115 ティマとマーケットと・・・
暑い日々が続いています。仕事の都合で来週はupが難しいです。こんなお話しでも楽しみにしていただいている方がおられればごめんなさいです。因みに、ティマの現在は夏毛です。換毛期のお館の清掃は抜け毛だらけで大変です。
「そろそろ休憩の時間ね、丁度ティマも帰ってきたしね」
奥様はそう言うとパンパンと手を叩いて休憩の時間であることを知らせた。ティマにとってはこの光景は想像の域を超えたものであった。ティマは、庶民は庶民なりに郷主の奥様とあればもっと優雅に、と言っても具体的にはどうかは良く分からないが高等遊民的な生活をしていると思っていた。しかし、ケフの郷の奥様は工房を構え様々な注文に応じた婦人服、子供服を専属のお針子や職人を駆使するとともに自らもデザイン、縫製などをこなしているのは異様に見えた。
「ラウニお姐ちゃん、奥様が働くのって普通なの・・・ですか?」
午前の休憩の準備を終え、寛いでいるラウニにティマが小声で尋ねてきた。
「多分、普通じゃないと思いますよ。でも、これは奥様の大好きなことの一つなんですよ」
「働くことが・・・?」
「ティマもさ、誰かの役に立って、ありがとって言われると嬉しいでしょ?仕事ってさ、誰かの役に立つことだとウチは思っているんだよ」
ラウニの答えに良く分からずキョトンとしているティマにフォニーが説明した。
「・・・誰かの役に立つ・・・」
ネアはフォニーの言葉に複雑な表情を浮かべた。ネアにとって仕事は任務であり、何が何でも完遂するものであり、その為には如何なる手段も使うことが常識であった。しかし、フォニーの簡単な仕事観に軽い衝撃を受けていた。
【人を泣かすために、人を泣かせながら、やる仕事って、それは仕事なのか・・・】
「ネアも仕事が好きなのもそういう理由だよね」
いきなりのフォニーの言葉にネアは一瞬固まった。
「こんな私でも、人に必要とされているって思えるから・・・かな」
ネアは前の世界なら「真面目に答えろ」と一喝されていたようなあやふやな答えを強ばった笑顔で答えた。
「必要とされている・・・、それいいですね。誰にも必要じゃないと思われるのは寂しいですよね」
ネアのあやふやな言葉にラウニが何かを感じ入ったようにうんうんと頷いた。
「喜んでもらえる、必要とされる・・・大切なことなんだ・・・」
今一つ良く分からないティマであったが、幼いながらそれは重要であると理解したようであった。
「ねぇ、ティマ、イーソンの街にもマーケットってあったの?」
使用人用の食堂の片隅で野菜がごろごろ入ったスープを飲むというか、食べながらフォニーがティマに聞いてきた。
「あったよ・・・でした・・・。たくさんお店があって、あたしの家もその時は広場にお店を出して、お父ちゃんやお母ちゃんのお手伝いを・・・」
ティマはそこまで言って俯いて黙ってしまった。
「明日はさ、黒曜日でしょ。だから、ウチらみんなでケフのマーケットに行こうよ。きっとティマの大きな尻尾にあったステキな尾かざりがあるはずだよ」
自分の言葉でティマが落ち込んだのを見たフォニーはあわてて、取り付けたような陽気さでティマに語りかけた。
「ティマ、思い出は大切だけど、思い出はこれからも作れますよ。昔のことをすっかり忘れた私でもこの1年でいろんな思い出ができたんだからね」
黙りこんでしまったティマにそっとネアが話しかけた。
「忘れた?」
「父さんや母さん、兄弟がいたのか、どんな所に住んでいたのか、どんなお友達がいたのか、忘れてしまいました」
結構重いことをさらりと言った後、ネアはにっこりとした。
「おトイレの使い方も忘れていたよね」
「女の子らしさもですよ」
先輩方は忘れたというネアに追い討ちをかけた。それを聞いていたティマは顔をあげてネアを見つめた。
「おトイレの使い方も忘れたの」
「それは、ちょっと大袈裟かな・・・」
【そもそも、身体の構造が変わったんだから、イロイロとあるだろ】
と言い返したいところをぐっと堪えてネアは笑顔を浮かべたが、尻尾の先が不機嫌そうに振られていた。
「ティマはお小遣いいくら貰ったのですか?私は、中銀貨1枚に小銀貨6枚、去年より小銀貨1枚増えました」
マーケットが開かれている広場へ続く道をティマの手を引きながらラウニが尋ねてきた。
「えーっと、8枚だったよ・・・です」
ティマが確認のために奥様から頂いたポーチから財布を取り出そうとするのをラウニは落とすからと押し留めた。
「ウチも1枚増えたよ。中銀貨1枚に小銀貨4枚」
「私も中銀貨1枚と小銀貨1枚です」
フォニーが嬉しそうに言うのにあわせてネアも弾んだ声でお小遣いの額を申請した。
「懐も暖かいから、まずはティマの尾かざりを探しに行こうよ。目利きのフォニーお姐ちゃんにませておけば大丈夫だからね」
ネアの手を引きながらフォニーが自身満々にティマに語りかけていた。
「はい」
初めての外出とあってか、ティマもいつもよりテンションが高いようで嬉しそうに返事した。
「浮かれるのはいいけど、皆、はぐれないように。怖い人もいますから。ネア、手を放さないようにしてくださいね。ティマ、危険な臭いを感じたら大きな声を出して衛士の人たちを呼ぶんですよ」
ラウニはネアとはじめての外出でネアがやらかして大騒ぎになったことを思い出していた。
「そう言えば、あの二人どうなったんでしょうね」
マーケットの人ごみを歩きながらネアは他人事のように口にした。
「あいつらは今、地下牢さ、あちこちで子供を拐して売っていたいたらしくてな。その上、泥棒から強請、集りと悪行が出るわ出るわで・・・、暫くお日様を拝めないだろうねー」
いきなりネアの頭上から声がして見上げるとゴッシュがにこにこしながら侍女見習い一行を見ていた。
「ゴッシュさんこんにちは」
ネアたちがにっこりしながら挨拶すると、ちょっとラウニ隠れるようにしてティマも「こんにちは」と挨拶をした。
「その嬢ちゃんが、新入りのティマちゃんか。俺は、鉄の壁騎士団でお館の警備とマーケットの警備をしている「錠前」のゴッシュだよろしくな」
ゴッシュはそう言うとしゃがんでティマと視線を合わせるとそっと手を出した。
「「麦穂」のティマ・・・です。よろしく」
ティマは小さな手でゴッシュのごつごつしたゴツイてをそっと握った。
「悪さしそうなのは、追っ払ったから安心だと思うが、気をつけてな。何かあれば、俺たちを呼ぶんだぞ」
ゴッシュはそう言うと手を振って人ごみの中に消えていった。
「びっくりした・・・」
ティマはいきなりのゴッシュの出現に驚いていたようであった。
「怖そうに見えるけど、優しい人だよ。私がマーケットで誘拐されそうになった時に助けてくれた人なんだ」
ネアはティマに言うとそっと頭を撫でた。
「ゴッシュさんの言うとおり、気をつけて、ティマはぐれないようにしてくださいね」
ラウニがティマを覗き込むようにして注意を促した。
「あの騒ぎも、ネアだったからあれですんだんだよね・・・。ネア、手を放しちゃだめだよ」
フォニーが意味ありげにつぶやいて自分に手を引かれているネアを見た。
【子供に手を引かれていることにも慣れたなー、慣れとは怖いもんだ】
フォニーの言葉にネアは頷くと俯いて苦笑した。
「その子が新入りだね」
いつもの尾かざりの露店につくと早速、店主である犬族の青年が愛想よく声をかけてきた。
「そだよ。栗鼠族の子で、ティマって言うんだけど。栗鼠族の尻尾って大きいから難しくってさ」
フォニーの言葉に店主はうーんと唸ると暫く考えた。
「ティマちゃん、後ろを向いてくれるかな。むむ、難しいといいながらなかなかいいチョイスだよ。さすがフォニーちゃんだ」
店主に褒められフォニーは嬉しそうな表情を見せた。
「エプロン部が小さいとまるで蓋をしているみたいで不細工なる、と言って大きいと着ているものと合わせるのが大変になる、デザインを派手にすると尻尾ばかりが目立っちまう。留め具の所をこういう大きいリボン状のものにして、そこにボリュームを持たせてエプロン部はさらりと流して・・・」
店主はブツブツ言いながら商品をあさって、薄いピンクの大きなリボンの付いた尾かざりを取り出した。
「ちょっとさわるよ」
店主はティマの尻尾の付け根あたりにそっと手にした尾かざりをあててみた。
「フォニーちゃん、どうだい?」
その尾かざりはティマの大きな尻尾に負けることなく自己主張しながらも栗鼠族特有の尻尾の魅力を損なうものではなかった。
「ステキ、それをお願い。で、おいくらになるの」
フォニーはティマを置いてけぼりにして勝手に話を進めていた。傍から見ればとんでもない事であるが、尾かざりに関して言えばそれは妥当なことであった。
「これは・・・、本来、中銀貨3枚なんだけどなー、こんだけでかいリボンがついているのは栗鼠族のお嬢さんぐらいしか買ってくれないし、栗鼠族の人はそんなに多くないからねー、思い切って中銀貨1枚だ」
店主は尾かざりを手にして暫く思案した後、思い切った数字を口にした。
「・・・お金が足らない・・・」
店主とフォニーのやり取りを聞いてティマが寂しそうに呟いた。
「就職祝い、ティマに会えたことに感謝して、私は小銀貨4枚、フォニーは責任を持って小銀貨3枚、ネアももうお姐さんなんだから、小銀貨2枚、ティマは小銀貨1枚、それでいいですよね」
ラウニが有無を言わせない迫力で言うとそれぞれが財布から指定された金額を取り出してラウニに手渡した。
「お買い上げ、ありがとう。ティマちゃんいいお姐さんに恵まれたね。これは、俺からのお祝いのプレゼントだ」
店主はラウニから代金を受け取ると尾かざりを紙袋に入れると、商品を詰め込んだ箱の中から可愛らしい胡桃の柄のハンカチを取り出すと紙袋に入れた。
「これからもご贔屓にね」
店主はしゃがんでティマに視線を合わせてからそっと紙袋を差し出した。
「ありがとう。お姐ちゃんたちもありがとう。これ大事にする」
ティマは最上級の笑顔を浮かべた。
「そろそろお腹すきましたね」
フォニーに手を引かれながらネアが声を上げた。朝からずいぶんと歩き回り、以前なら手に取るだけで犯罪者扱いされた女児用の下着やら可愛らしい小物の類の買い物に付き合わされて精神的に疲れ果てていた。一番幼いティマは生まれついての女性であることからあまり苦にしているようには見えなかった。
「そうねー、あ、あれがよさそうだよ」
ネアの言葉を聞いたフォニーが辺りを見回して一つの屋台を指差した。
「どれですか・・・、あ・・・」
フォニーが指差した屋台を見てネアは絶句した。そこには「必勝、力の焼き串、食べた少女が悪党二人を叩きのめした実績あり」とでかでかと書いたあった。
「いいですね。そこにしましょうね」
ラウニの一言で本日の昼食が決定されてしまった。何も知らないティマは期待の表情を浮かべているのに対してネアの表情は微妙だった。
「お、あん時のお嬢ちゃん、お嬢ちゃんのおかげで商売繁盛だよ」
店の親父がネアを見るとうれしそうに声をかけてきた。
「え、まぁ・・・、その、繁盛しているようでなによりです」
店主のテンションに反してネアのテンションは高くなかった。あの件でネアは危険な子のリスト入りしているのではないかと危惧していたのである。もし、グルトなみの力を誇示したい馬鹿がいたらゆっくり外出もできなくなることは高確率で約束されているようなモノである、とネアは読んでいたからである。
「あれ、1本しか頼んでないよ」
肉が刺さった串を2本手渡されたフォニーが驚いたような声を上げた。
「ネコのお嬢ちゃんのおかげで美味しい思いをさせてもらったんだ。これはそのお礼だよ」
店主はニコニコしながらネアたちに2本ずつ串を手渡した。
「思いもよらないサービスですね。ネアのおかげですよ」
嬉しそうに串にかぶりつきながらラウニがネアに感謝の言葉をかけた。
「複雑な気分です」
ネアはうんざりしたような口調で答えた。実際、あの事件も相手が子供しか相手にしないような小物であったからこそ対処できたのであり、もし、本格的な刺客だったりすれば今のネアに対処する術はないであろう。本当に運が良かっただけのことであった。
「そう言えば、冬知らずも・・・ね」
フォニーがさらに公にしたくないことまで口にしてにっこりとした。
「あれも、運が良かっただけの話ですよ」
むすっと返すネアにティマが不思議そうな表情を浮かべた。
「ネアお姐ちゃんって強いの?」
今までの断片的な話を耳にすれば当然の疑問であった。それにネアは真顔になってティマに向き合った。
「私は強くありません。ただ、運が良かっただけ、ちょっとでもなにかがズレていれば、ここにはいません。だから、ティマも無理はだめだよ」
ネアの言葉にティマは半信半疑で頷いた。
「あれ・・・、なにかな?」
ティマがピンと立った耳を動かして耳慣れない音を追いかけながら首をかしげた。
「あれね、旅の芸人さんだよ。いろんな歌を聞かしてくれたりするんだ。イーソンのマーケットには来なかったの?」
フォニーの問いかけにティマは首を振った。
「こんなに大きなマーケットはじめて。それに、マーケットにお客様で来たのもはじめて。それとね、こんな可愛い服、あたし盛ってなかったから・・・、だからとても楽しいよ・・・です。歌って、どんな歌なのかな」
今まで、ちょっとお腹が膨れたことでマーケットの喧騒の人ごみに呑まれていたティマが漸く我を取戻し、自分の着ているラウニ、フォニー、ネアと持ち主を変えてきた奥様手製の子供服をみながら嬉しそうに言った。
「食べ終わったら観に行きましょう。どんな歌が流行るのかも興味がありますから」
ティマが何とか食べ終わるのを待ってネアたちは音楽が流れている方向に歩いていった。音をたどることも聴覚の優れた獣人にはそんなに難しいことではなかった。暫く歩くと、派手な衣装に身を包み、ギターに似た楽器を奏でている、ちょっと残念なイケメン風の若作りした男がいた。彼はひと夏の淡い恋の歌を甘ったるいメロディで歯が浮きすぎて、歯槽膿漏になるようなきざったらしい歌詞を情緒たっぷりに歌い上げていた。それなりに有名なのか、既に彼が用意したおひねり用の箱にはそれなりの硬貨が入っていた。
「ステキな歌・・・」
歯が浮きそうになるのを懸命にこらえるネアの横でラウニがうっとりと呟いた。
「ラウニ、あっちの世界に行かないでね」
ラウニの異変をいち早く感じ取ったフォニー速やかに注意を促した。
「・・・ヴィット様と・・・、え、なにですか、フォニー」
フォニーにいきなり声をかけられたラウニは驚きの声を上げた。
「お帰りなさい。こんな所であっちの世界にいったら置いて帰るからね」
「そ、そんなことしません。あっちの世界って・・・」
フォニーの言葉にラウニは頬をふくらませた。
「それでは、甘い世界から、勇ましい世界を、ここからずっと南の郷に突然現れた英雄の歌を一つ」
旅芸人はそう言うと、今まで変わったリズミカルな曲を奏で出した。
「英雄っ!」
旅芸人の言葉を聞いてティマがいきなり鋭い表情になった。
「ティマ、押さえて、ここで騒ぐと大変なことになるから」
ネアは今にも飛び掛りそうなティマの小さな肩を押さえて小声でティマに落ち着くように訴えた。
「ーっ」
ネアの言葉が聞こえているのか、ティマは歯をむき出して怒りの表情を浮かべていた。
「ここで騒いだら、あいつの仲間にやっつけられるよ。あいつをやっつけたければここは我慢するんだ」
ネアは低く力強い声でティマに言い聞かせた。ネアの言葉にティマは頷くとぎゅっと拳を握り締めた。
「その気持ち、分かる・・・、でも我慢だよ。いい子だ」
何とか感情を押さえ込んだティマにネアは易しく言うと背後からそっと抱きしめた。
「では、ここよりずっと南に彗星のごとく現れた英雄、悪党を打ち倒し、正しく秩序ある世界をつくるために戦い続ける英雄、彼の偉業のほんの一部をご紹介いたします。では・・・」
旅芸人の男は取り囲んだ客に恭しく一礼すると英雄の冒険譚を歌い始めた。
ネアのやらかしたことが案外いい形で返ってきています。ネアが危惧している危険な子リストの存在はケフの郷では肯定も否定もされていません。もしあれば、ネアはどれぐらいにランクインしているか気になるところです。
今回も駄文にお付き合い頂いた方、ブックマークして頂いた方に感謝申し上げます。