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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第10章 出会い
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112 英雄

暑くなってきました。仕事も混んでいます。そんな中「継続こそ力なり」と化石じみた思いでなんとかやっております。

 「あたしは、ティマ・・・、今年で4歳・・・、お腹減った・・・」

 小さな声で呟くように喋る栗鼠族の少女の顔を見つめながらイクルがそっと真新しい大きなタオルでティマを包み込んだ。

 「随分と衰弱しています。落ち着いてからお屋敷に運び込むのがこの子にとって一番ですが・・・」

 心配そうな表情を浮かべながらティマを診ていたイクルがギブンを厳しい表情で見つめた。

 「この子は、お屋敷で食事を与え、身体を休ませれば元気になるでしょう。ギブン様、それからこの子をいかがなされますか?また、街に出して一人で英雄とやらを探させに行かせるのですか?」

 イクルは心配そうにティマを見つめるギブンに問いかけた。

 「え、この子をまた、街に・・・、それは可愛そうだよ・・・」

 ギブンはイクルの問いかけに考えながら答えるた。

 「お優しいギブン様なら、そうお答えになると思っておりました。しかし・・・、ギブン様、厳しいことですが、この子と同じような身の上の子供はこの世に数え切れないぐらいいます。ここにいる、ラウニたちは運が良いほうなのですよ。この子を屋敷で雇うのも手かもしれませんが、これから先、かわいそうだけで動かれると、ケフのお館がこの子のような子で溢れかえることになりますよ。・・・まだ小さいギブン様には難しいかもしれませんが・・・、助けるというのは、その場限りじゃないんですよ、この子をどうするかまで・・・」

 イクルがギブンに助けることに伴う責任について厳しい調子で話した。

 「それじゃ、まるでギブンのやったことが悪いことみたいじゃないの」

 イクルの言葉にたまりかねてレヒテが噛みついてきた。

 「悪いこととは言っておりません。ただ、かわいそうだけで動くことと、助けることは違うのです。私はフーディンの家に助けて頂きました。その時の当主様は私に今の仕事をお与えくださいました。自分で生活できるように、と。そして、様々なことからお護りいただきました。時には、身を張って・・・、ギブン様、そのようなお覚悟はおありですか・・・、これから一つの郷を背負って行かれる方です。お優しいことは素晴らしいことですが、一時の感情で動かれると、郷が大変なことになることもお知りいただきたいのです。・・・一塊の次女風情が、出すぎた真似を致しました。申し訳ありません。如何なるお仕置きもイクルは受ける覚悟でございます」

 イクルはレヒテとギブンを見つめると深々と頭を下げた。

 「イクルの言葉で気を悪くしたならごめんなさい。でも、イクルの言っていることは間違ってない、イクルはその場の気持ちで言葉を口にするような人じゃないことは私が保証します。レヒテ、ギブンもイクルの言っていることは本当のことですよ」

 メミルはイクルを庇うように前に出るとイクルを睨みつけるレヒテとじっとイクルを見つめ何かを考えているギブンを交互に見つめて凜とした態度でイクルの言葉が間違っていないと主張した。

 「メミルお嬢さま・・・、侍女ごときにもったいないお言葉です。ありがとうございます・・・」

 イクルはメミルに深々と頭を下げ感謝の言葉を口にした。

 「イクルさんの言葉は間違ってないよ。でも、ボクはあのまま見過ごしたら、自分が嫌いになりそうだったんだ。ティマにはお館で働けるように父様、母様に話をするつもりだよ。それに、英雄を捜すにしてもこのままだったら危なすぎる。少なくとも、真人じゃない人でも生活しやすいケフに来てもらうのがいいと思うんだよ。君はどう思う?」

 ギブンやイクルが真剣な話をしている横で、話の確信であるティマはラウニが買ってきたパンケーキのようなお菓子に思いっきり被り付いており、自分の将来がどうなるかの不安より、空腹を何とかすることが重要な問題になっていた。

 「ふぇ?なにが・・・?」

 口のまわりにパンくずをつけたままギブンを見上げたティマは全く自分の置かれた立場を理解していなかった。普通の4歳児にそこまで求めるのが酷というものであることを、ギブンは見落としていた。ティマと同い年の自分をはじめここにはティーンにも達していないのがラウニ以外に存在しないことを、そのラウニですら10歳なのである。彼女らは子供らしくない、ひねた子供であることを、その中でもネアは論外であることを。

 「・・・ギブン様、ご自身を基準にされると・・・」

 イクルは自分も見落としていたことを隠しつつ、ギブンに注意を促した。

 「・・・ティマ、良く聞いてくださいね。貴女は英雄様を捜すには小さすぎます。大きくなって、一人で旅ができるようになるまで私たちと一緒に働きませんか。ケフは私たち穢れの民に優しい郷です。強い騎士団のおかげで盗賊団も寄せ付けません。・・・それと、食べ物がとてもおいしい所だよ。なにより、優しい人がいっぱいいるんだよ。お館様も奥さまも、そのお子様のギブン様がティマを助けてくれたんだよ」

 ネアはぽかんとしているティマに優しく語りかけた。ネアの言葉にティマは首を縦に振っていた。

 【子供を説得するぐらい軽いものだよな。変な勘ぐりも面子もないからなー】

 ネアは前の世界で気難しい世界選手権にエントリーできるようなおエライ人々に対して様々なプレゼンをしていたことをぼんやりと思い出していたが、残念ながらそのプレゼンの内容まで思い出すことはできなかった。

 「兎に角、お屋敷に戻って母様にこの子のことをお話ししないといけませんね。大丈夫、ボクが悪いようにしないからね」

 ギブンはネアの話に耳を傾けていたティマの頭をかるく撫でるとにっこりしながら話しかけた。ティマはギブンの顔をじっくりと見つめると緊張の糸が切れたのか泣き出し、

 「ありがとう・・・」

 としゃくりあげながら言うだけであった。


 「貴女が「麦穂」のティマちゃんね。確か4歳、で、どこから来たのかしら、答えることできるかな?」

 ティマは屋敷に連れて行かれ、洗濯物のように洗われ、汚れを落とされると見本用の女児用の遊び着を着せられ、客間で寛いでいる奥さまと大奥様の前で固くなっていた。ギブンとレヒテはティマとの面接であるとのことで同席していなかったが、何故かネアと離れたがらないティマのためネアも同席していた。

 「はい、あたしは・・・、コデルの郷のイーソンと言う街から来ました」

 ティマは緊張しつつも頑張って奥様の問いかけに答えていた。ネアはティマの手が強く握ってくることと、汗ばんでいることからティマの心の中の状態がどうなっているか理解した。

 「ティマ、奥様も大奥様もお優しい人だからね、心配しなてもいいですよ」

 ネアがティマの緊張をほぐすように小さな声で話しかけると、それに応えるようにティマは小さくうなずいた。

 「コデルの郷のイーソンかい?ティマの父ちゃんや母ちゃんは?」

 大奥様がお茶を飲みながら、まるで駄菓子屋のおばちゃんのような感じでティマに尋ねた。その砕けた言い方がティマの緊張をほぐしたのか、彼女はぽつりぽつりと己が身上を話し出した。


 「去年の・・・、新しい年になるまえに街に盗賊たちが来たの。盗賊は代官様や騎士団の人たちを殺したの。そして街の中で勝手なことをしだしたの。お金も払わずに食べたり、気に入らないって殺したり・・・、春になると街には食べるものもお酒もなくて・・・、いきなり盗賊たちが街をでるから見送りに来いって、お父ちゃんを連れて行ったんだ、あいつら、集まった人たちを・・・、斬ったんだよ。それから、街の中の人たちを手当たり次第・・・、家に火をつけたんだ・・・、お母ちゃんは首を斬られて、お姉ちゃんは首をねじ切られた・・・、あたしは隠れていて助かった・・・、それで英雄様にあいつらをやっつけてもらおうとキャラバンに付いて行ったり、船に乗ったりして・・・ここまで来たの」

 ティマの言葉に思わず奥様はティマを抱きしめていた。大奥様は苦い顔しながらティマの言葉を吟味していた。

 「コデルの郷・・・、最近だけど、盗賊団に襲われた時にすごいのがそいつらを片っ端から始末したってうわさがあったし、確か悪政をしていた代官を打ち倒したヤツがいたって・・・、真実はそれかい・・・。酷い話が美談に変わるって、怖いことだよ」

 大奥様はそう言うとため息をついた。

 「・・・ティマ、英雄様ってどんな人か知っていますか?」

 奥様に抱きしめられ、安心したのか泣き出したティマにネアは尋ねた。その問いかけにティマは首を左右に振った。

 「知らないんですね。英雄様って、こんな人らしいよ」

 ネアは街で買った英雄の似顔絵が書いてある紙をティマに見せた。その時、ティマの表情が一変した。

 「違うっ、これは英雄じゃない、違う・・・、だって、こいつがお母ちゃんとお姉ちゃんを・・・」

 ティマは吼えるように叫んだ。そしてネアに掴みかかった。

 「そいつ、どこにいるの?」

 怒りを隠そうともせずに掴みかかるティマにネアは一瞬戸惑った。

 「会ってどうしますか?やっつけますか?ティマにそれだけの力があるの?」

 ネアは落ち着きを取戻すと静かにティマに語りかけた。ティマはじっとネアを見つめると大声で泣き出した。信じていた一縷の望みが最悪の形で裏切ってきたのである。小さな子供には泣くこと以外するべきことはなかった。泣き喚くティマを奥様は優しく、しっかりと抱きしめた。

 「この子を外に出すと大変なことになるねー、ギブンもすごいモノを拾ってきたもんだよ。あの人が拾ってきたハッちゃんよりは可愛いだけマシだけどね。モーガ、この子、館で雇うよ。ネア、この子はアンタの後輩だからしっかりと面倒をみてやるんだよ。ティマ、良くお聞き、いいかい、これから英雄のこともお前さんの仇のことも喋っちゃいけないよ。これはここにいる皆との約束だよ。もし、喋ったら、ティマを護ることができないからね。自分の命が惜しくて、仇をやっつけたいなら良いと言うまでこの話はなしだよ。いいね。約束できるかい」

 大奥様の言葉にティマは泣きながら頷いた。それを見た大奥様はティマの傍らにそっとしゃがむと優しくティマの頭をなでだした。

 「こんな小さいのに、きつい目にあったんだね。かわいそうに・・・、ここにはティマのお父ちゃんもお母ちゃんもお姉ちゃんもいないけど、私らやネアたちやお館、郷のいっぱいの人がティマの家族だよ。もう心配いらないからね。ギブンもこんないい子をみつけるとはね。あの子、ひとを見る目があるよ」


 「ようこそティマ、お話しは奥方様から聞きました。私は「山津波」のラウニ、奥様付きの侍女見習いで最年長ですから、分からないことが何でも聞いてくださいね」

 ネアたちが宿泊している大部屋にネアに連れられたティマにラウニがにっこりしながら挨拶してきた。思わずネアの後ろに隠れようとするティマに今度はフォニーが近づいてきた。

 「熊族は初めだったかなー、ハチミツがあればご機嫌な人だからね。ウチは、「霧雨」のフォニー、遠慮することはないからね、何でも聞いてね」

 ニコニコしながらフォニーが差し出した手をティマはそっと握った。

 「私は、「湧き水」のネア、ここに来てもうちょっとで1年になります。私たちはみなティマと似たような身の上ですから、ちょっとぐらいならティマの苦しさが分かると思いますよ」

 ネアがティマの寝床を指差しながら自己紹介をした。指差された寝床には侍女用の制服と子供用の普段着、寝間着、下着数着とタオルやブラシなどがきれいに置いてあった。

 「ここにあるのはティマが新しく仲間になったことのお館からのお祝いです。よろしく、ティマ」

 ラウニがティマのものになる品々を説明した。ティマにとって例え侍女の制服とは言え今まで着てきたどの服より上等な布で作られており、その華々しさはお姫様が着るのではないかと思われた。

 「すごい・・・、これをあたしに?」

 新たな衣装を手にしてティマは信じられないと目を見開いていた。

 「そうですよ。今日から貴女はケフの郷のビケット家に仕える侍女です。私たちと一緒に立派な侍女、そしてレディになりましょうね」

 ラウニはそう言うと目を丸くしているティマをそっと抱きしめた。

 「「これから、よろしくね」」

 ネアとフォニーはそう言うとティマに抱きついた。先輩方に抱きしめられながらもティマはなんとか

 「あたしこそよろしく・・・です」

 と言うのが精一杯であった。


 「あの人がよんでいたのが当たっていたようだねー」

 メイザは客間でワインをちびちび飲みながらため息混じりに呟いた。

 「まれびとと英雄のことですか、お母様、あの子の言葉とおりなら英雄なんてとんでもないことですよ」

 メイザはモーガの言葉に鼻先で笑うとぐいっとワインを飲み干した。

 「わたしゃね、美談や英雄譚ってのはどうも胡散臭く感じられるんだよ。大概その手の話は誰かに都合が良いように脚色されているものさ。でもね、それに気づいてその事を口にするとエライ目に会わされるから滅多なことは口にできないのがこの世の常ってもんさ」

 メイザはうんざりしたような口調でそう言うとベッドに身を横たえた。

 「あんなおチビが、英雄の実態を口走ったところで誰も相手にしないかも知れない。でも、噂好きが騒ぎ立てるとあの子は窮地に陥って、あの子の家族の下に行くことになる」

 「ティマにこの事は黙っているように釘を刺されたのは正解です。英雄が何をしようとしているのか、それとも英雄を駒として遣おうとしている者がいるのか・・・」

 モーガ難しい表情を浮かべた。

 「その辺りはうちの人の専門だよ。もう、あの人には使いを出したから早速ヌイグルミを手配しているだろうね。それと、水着も」

 そう言うとメイザはクスクスと笑った。

 

 「こんなことになるなんて・・・」

 家族を目の前で殺され、行商人のキャラバンに潜り込んだり、貨物船に密航したりで一時も気が休まることがなかったティマに久しぶりに訪れたなんの心配もなく眠れる夜、ベッドの上で周りの寝息を聞きながらこれから自分がどうなって行くのか不安に感じていた。あの時、ギブン様が声をかけてくれていなければ、自分は今頃、商品として折の中にいたかも知れない、ティマは亡き家族が自分を護ってくれているのではないかと思った。

 「・・・」

 大奥様から言うなと言われたこと、仇を討ってもらおうと考えていた英雄が仇であったことは大きな絶望であった。大きくなって力をつけなくてはアイツを倒すことはできないことも知らされた日でもあった。

 「時間がかかるけど、それまで待っていてね・・・、きっと、アイツをやっつけるから・・・」

 ティマはベッドの上でシーツを身にまといつけると小さく呟いた。その内、彼女の意識は夜に飲み込まれていった。

 彗星に家族を殺された幼女がティマでした。果たして彼女が仇を討てるのはいつになるのか、それとも討てるのか、そして彼女の明日はどっちなのか、貴様の血の色は何色なのかと悩みつつ、お話を続けて行きます。

 今回も駄文にお付き合い頂き感謝しております。このお話が少しでも暇つぶしになれば幸いです。

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