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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第10章 出会い
120/342

111 麦穂

久しぶりにアップできました。レヒテの回りには毛深いのが集まる傾向にあるようです。

この季節にネコにベタベタされるのは嬉しいのですが、どうしても暑いので鬱陶しくも感じてしまい、葛藤を抱えています。

 「すごいねー」

 街に出たレヒテの第一声であった。いくら郷主の娘であってもケフのような辺境の地にいれば、ターレの大地に点在する港街からすると然程大きくないバーセンの街も驚異的であった。

 バーセンの街は一言で言えば混沌そのものであった。ここが、あの真人以外に対して厳しいワーナンの郷の街とは思えぬほど、様々な種族、真人ですら肌の色から髪の色まで見本市のような様相を示していた。そして、ネアたち獣人にはこの街の臭いの情報量があまりにも多く、慣れていないネアは思わず顔をしかめてしまった。

 「腐った魚、お酒、なんだろ、薬かな・・・、あれはお肉かな・・・、いい感じに焼けてるみたい」

 頭の中を整理するかのようにネアは小さな鼻をヒクヒク動かしながら呟いていた。

 「ネア、あのね、こんな時は臭いはある程度無視しないとやってられないよ」

 フォニーがネアを覗き込むようにしてほわっとしたアドバイスをした。

 「ネアも経験したから分かると思いますが、危険な臭いは嗅ぎ取ってくださいね。ここは・・・、あちこちに危険な臭いがしますから」

 フォニーの横からラウニが心配そうに辺りを見回しながらネアに注意を促した。

 「いい心がけです。危険な臭いを察知して、主人を危険から護るのも私たちの仕事ですからね」

 そんなネアたちのやり取りを耳にしていたイクルが振り返ってラウニに微笑みかけた。

 「イクルさんに褒められた・・・」

 ラウニは嬉しそうに呟くと笑顔が浮かんでくるのを止めることができなくなっていた。

 「ラウニ、あっちの世界に行っちゃダメだよ。ぼーっとしてたら誘拐されて、二度とヴィット様に会えなくなるよ」

 フォニーが茶化すようにラウニににやにやしながら注意した。

 「失礼ですね。弁えていますよ。それより、フォニー、お小遣いはちゃんと持っていますよね。もう使い切った、ってことはなしですよ」

 ラウニは今まで浮かんでいた笑顔を引っ込めてちょっと膨れっ面になり、フォニーに言い返すように口にした。

 「ちゃんと持ってます。まるでウチがいつもお金がないみたいに言って・・・」

 フォニーには尖った口をさらに尖らせた。そんなフォニーを見ていたネアが思わず

 「ラウニ姐さん、ちゃんとフォニー姐さんは貸したお金は返してくれますよ。今まで踏み倒されたことはありませんから」

 フォローしようとしたネアにフォニーは鬼のような形相で睨みつけてきた。

 「フォニー、貴女、ネアからお金を借りたのですか?ネアが”今まで”って・・・、何回ぐらい借りたのですか?」

 「あ・・・」

 ラウニがフォニーに詰め寄る姿を見てネアは思わず口を押さえたが、もう後の祭り、フォニーから冷たい殺気のような気が漂ってきているように感じられた。

 「ネア、後でお話があるからね」

 「ネアの話はしていません。貴女はもう少しお金について注意しないといけません。ネアより高いお手当てもらっているのに・・・」

 ネアを睨みつけるフォニーの肩に手を置いて視線を己に代えさせるとラウニはにっこり微笑んだ。

 「ウチだって、ネアに奢ったことも・・・」

 ラウニから視線をずらしながらフォニーはブツブツと零していた。

 「ねぇ、アレって美味しそうじゃない?」

 ちょっとギスっとした空気が流れ出したネアたちに元気良くレヒテが話しかけてきた。

 「え、なに・・・ですか?」

 ラウニが戸惑ったようにレヒテに尋ね返した。フォニーも何が起きているのか把握しようとしていたが、その努力が実ることはなかった。

 「アレだよ。いい匂いしてるよ」

 レヒテが指差した方向の屋台を見てネアは目を丸くした。

 「い・・・イカ焼き?」

 小さく呟いたつもりであったがイクルが振り返ってネアを見つめた。

 「そうですね。屋台にイカ焼きって書いてありますけど。この距離から読めるんですね。それとも・・・、知ってたのかな・・・」

 意味ありげに微笑むイクルにネアはさぁ?とばかりに首をかしげ、視線を外した。そんなネアを見てイクルはクスクスと笑った。


 「むむむ、これは・・・見たことがない生物・・・、でもこの香りは」

 レヒテは屋台の前でいい感じに鉄板の上で焼けているイカをじっと見つめると

 「ねぇ、おじさん、これって・・・、イカ?って言うの?」

 レヒテは慣れた手つきで鉄板の上のイカにタレを塗っていた、イカと言うよりタコに近い中年の真人に親しげに声をかけた。

 「おや、嬢ちゃんは知らなかったのかい、コイツがイカだ。見た目はこんなんだが、美味いことは保証するぜ」

 「じゃ、皆に一つずつお願いね。いいよね」

 レヒテはネアやメミルたちに串に刺さったアツアツのイカを屋台の前で手渡して行った。

 「じゃ、これ御代ね。楽しませてもらうから」

 レヒテはジャラジャラと屋台にイカ焼きの代金を置くとにこやかに屋台の親父に手を振った。


 「いっただきまーす」

 屋台の近くのベンチに腰を降ろしてレヒテは思いっきりイカにかぶりつき、慣れぬ食感に戸惑いながらも咀嚼し、飲み込むと

 「おいしいっ。皆も食べて美味しいよ」

 メミルやラウニもレヒテに促されるままにイカにかじりつき、そして喜びの声を上げた。

 「・・・」

 そんな中、ネアは串に刺さったイカをじっと見つめていた。

 「大丈夫ですよ。腰は抜かしませんよ。ネアさんはタマネギも食べるでしょ?」

 ネアの心配を察したのか、イカを齧りながらイクルがそっとネアに声をかけてきた。

 「イクルさんが大丈夫なら・・・」

 ネアはイカにかぶりつくと、その懐かしい味を堪能した。そして、同じようにイカを食べているイクルを見て目を丸くした。

 「え、どうして?」

 上品とはいえないイカ焼きをイクルは綺麗な所作で齧っていた。さらに驚くべきことに口元の毛に一切イカに塗られたタレなどが付着していないのであった。

 「どうかしましたか?」

 驚愕の眼差しで見つめるネアにイクルは優しく問いかけた。

 「どうして・・・、信じられない、どんなに注意してもタレは付くし、品良く食べるなんて私にはできませんから・・・、どうしたらできるんですか?」

 ネアは口元に付いたタレをハンカチでぬぐいながらイクルに尋ねた。ネアの言葉を聞いてイクルはいつものまどろんでいるような目をますます細くして笑顔になった。

 「鍛錬を続けた年月ですよ。そう、日々自分の動きに注意して、マズルがあっても綺麗に食べることができるようにって、それを長年続けるとできますよ」

 「長年って、一体どれぐらい・・・」

 「それは、貴女の正体と同じで秘密ですよ」

 ネアの問いかけにイクルはそれだけ答えると、後は微笑むだけであった。


 「喰い応えあったねー」

 口の毛のまわりにタレをぺろりとなめとったあとをハンカチで拭きながらフォニーが満足そうにラウニiに声をかけた。

 「食べている時に獣じみた雰囲気になりますが、美味しい食べ物でした。海のないケフではイカは手に入れるのは難しいのが残念です」

 ラウニも同じように口を拭いながらちょっとさびしそうに呟いた。

 「みんな食べたよね・・・、ギブンは・・・、ネアお願いできるかな」

 食べ終えて口元も拭き終えたレヒテが立ち上がって一堂を見回すとほとんどが食べ終えており、ギブンのみがイカを咥えたまま眠っていた。ネアはそっとギブンの隣に腰を降ろすと眠っているギブンの肩を優しくゆすった。

 「若、起きてください。そろそろ出発しますよ」

 「ん・・・おはよう・・・、イカ食べなきゃ・・・」

 ギブンはイカを咥えたまま目をこすると立ち上がった。

 「齧りながら付いていくよ」

 ネアはギブンの手を引きながらレヒテたちに付いて行った。


 「王都で今、流行っているアクセサリーについて知りたいか?儲け話がある郷のことについて知りたいか?、これから戦が起こりそうな話を知りたいか?、悪党どもをばったばったと倒している英雄について知りたいか?」

 道化師じみた派手な衣装を着た男が小さな台の上に立って大音声で叫んでいた。

 「知りたいなら、あそこのスタンドで売っているぞ。一つ、小銀貨1枚だ。数に限りがあるぞ。早い者勝ちだぞ」

 台の上の男は大量に何かを刷った紙が積まれているスタンドを指差した。それに釣られてぱらぱらと通りがかりの者たちがスタンドの前に立った。

 「イクルさん、あれって・・・」

 ネアはギブンの手を引きながらスタンドを指差し、尋ねた。

 「噂屋っていわれているモノです。港街ならではの他国の噂話を印刷して売っているんです。あくまでも噂ですから、信憑性は・・・、ね、分かるでしょ」

 ネアはイクルの説明を聞いて難しい表情を浮かべていたが、すっと自分の財布を取り出して中身を確認した。

 「イクルさん、若を暫くお願いします。私、気になるモノがありますから」

 【英雄ってのがひっかかる。アイツのことかも知れないからな・・・】

 ネアはスタンドの前に立つと男か女か良く分からない、しかし、匂いから女と思われる人物に声をかけた。

 「英雄のを下さい」

 スタンドの人物はネアが差し出した銀貨を受け取ると無言のまま英雄についてかかれている紙を1枚手渡した。

 「・・・」

 ネアはスタンドから離れると、その紙に目を通した。そこには大きく英雄の似顔絵が描かれていた。それを目にしたネアの動きが止まった。

 「あいつだ・・・、来てやがったのか・・・」

 ネアは、苦虫を噛み潰したような表情になると、吐き出すように呟いた。その言葉はとても6歳の少女が発するようなものではなかった。

 そこに描かれていたのは、この世界に来るきっかけを作ってくれた通り魔の男であった。

 「あいつ、メテオって言うのか・・・」

 紙を見つめながら難しい表情を作っているネアにフォニーがそっと近づいて、脇からネアの見ている紙を見ると複雑な表情を浮かべた。

 「さっき、あのおじさんが言っていた英雄ってこの人?なにか線が細いし、あんまりいい男に見えないなー」

 それは英雄を見たフォニーの偽らざる感想であった。

 「あ、フォニー姐さん、英雄のことがちょっと気になったから」

 「英雄に憧れる乙女ですね。少しは女の子らしさが出てきたみたいですね。私たちの指導も無駄じゃなかったということです。フォニー、これからももっと力を入れていきましょうね」

 いつの間にかフォニーの横に立っていたラウニが嬉しそうにフォニーに恐ろしいことを言いながらネアを見つめた。

 【憧れじゃなくて、危険を知ろうとしただけなのに・・・、あの指導がますます激烈になるのは・・・】

 ラウニの言葉にネアはあの英雄以外に新たな脅威を感じ取っていた。

 「放してよーっ!!」

 ネアたちが英雄についてそれぞれの思いを致していたところ、いきなり幼い子供の悲鳴のような声が響いた。

 「見てくるっ」

 いつもは眠っているギブンがイクルの手を振り解いて声のした方向に駆け出していった。

 「ギブン様、勝手に動いちゃ危ないです。ラウニ、皆でギブン様を追いかけて、レヒテ様とメミル様は私が見ています」

 人ごみの中を駆け抜けていくギブンの背中を目で追いながらイクルが声を張り上げた。

 「承知しました。いきますよ、はぐれないように」

 ラウニはフォニーとネアを交互に見つめて声をかけるとギブンの後を追いかけ出した。

 「ウチらも行くよ」

 「了解っ」

 ネアもフォニーの背中を追うように走り出した。


 「その子をどうするおつもりですか?」

 リス族の小さな女の子の襟首をつかんでぶら下げている船乗り風の男にギブンは気後れする事無く声をかけた。

 「どこの坊ちゃんだか知らねーが、コイツは俺たちの船に密航したんだ。勝手に乗り込んで俺たちの食料や水を勝手に飲み食いしたんだよ。密航者ってのはその身体で船賃を払って貰うのが定めってな。坊ちゃん、コイツをお買いになさるんですかい?」

 丸太のような腕で少女をつまみ上げている髭モジャの船乗りは小馬鹿にしたようにギブンに答えた。

 「そのような幼い子供に・・・、大人の振る舞いとしていかがなモノかと思うね」

 ギブンは呆れたような口調で船乗りに言い返すと、ぶら下げられているリス族の女の子はギブンの言葉に勇気付けられたようにぶら下げられたまま身をくねらせた。

 「で、その子の乗船料はどれぐらいなのかな?」

 とても4歳児とは思わせぬ落ち着いた態度でギブンは船乗りに尋ねた。

 「大銀貨8枚だ。これ以上は負けられん。この程度の・・・メスか、うまくいけば小金貨1枚ぐらいにはなるかもな」

 ぶら下げたリス族の子の服が乱れ肌のあちこちが見えたことにより、その子を捕まえた船乗りは、初めてぶら下げているのが女の子だと知った。

 「若、お怪我はありませんか」

 ラウニがギブンの元に駆けつけるなり声をかけた。

 「ないよ。大丈夫」

 ラウニの心配を払拭させようとするようにギブンは明るく答えた。

 「お、若ね・・・、で、坊ちゃんはこの手の趣味なんですかい?」

 ラウニの後に駆けつけたネアとフォニーを見て船乗りは下卑た笑いを浮かべた。

 「大銀貨8枚・・・、ラウニは持ってないよね」

 悲しいかなギブンは外で買い物する時はいつも付き人が清算してくれるので現金は持ち歩くことはなかった。また、身につけているモノで換金しやすい貴金属や宝石も持ち合わせていなかった。

 「え、そんな大金持ってませんよ。私とフォニー、ネアをあわせても中銀貨5枚がいいところですよ」

 ラウニはポケットの上から財布を撫でながらギブンに答えた。ネアもフォニーもそんなに持ち合わせがないことを頷くことにより答えた。

 「坊ちゃん、残念だったな、このメスガキは渡せねーよ、じゃあな」

 船乗りが立ち去ろうとした時、凜とした声がかかった。

 「待ちなさい」

 その声に船乗りが振り返るとそこには目を細めてにっこりしているイクルが右手にメミル、左手にレヒテの手をとりながら立っていた。

 「ああ、なんだ・・・」

 イクルは獣人(?)であるが、そのボディラインは全てのオスに少なからず影響を与える力があった。

 「大銀貨1枚に負けられないかしら」

 イクルはレヒテたちの手を引きながらにこやかに語りかけた。

 「おい、毛むくじゃらの姐さん、冗談はよしてくれよ」

 「大銀貨1枚ならすぐにでもお渡しできるんですけど、でも今手が放せなくて、ここにあるんですけどね」

 イクルはちょっとはだけた胸を相手に見せつけた。その大きな二つの丘の間の谷間に何か銀色に光るモノがあった。

 「ここにあるんですけど、お願いできるかしら」

 船乗りはイクルの胸の谷間の中銀貨1枚がその貨幣の価値以上になっていることに気づいた。

 「仕方ねーな、じゃ、1枚で勘弁してやるよ。ちょいと失礼」

 船乗りはイクルの胸の谷間の中銀貨をゆっくりと引き抜き、その暖かさを手で感じながらニタリと笑った。

 「下の方だったら、小銀貨1枚でもOKだぜ」

 「残念ながら、そこは取り出し難いので入れてません」

 「このガキはアンタのものだ」

 船乗りはイクルの足元に無造作にリス族の女の子を投げ捨てると手にした中銀貨を見せびらかしながら歩み去っていった。

 「大丈夫?」

 ラウニがうずくまるリス族の子の横にしゃがみこんで声をかけた。

 「・・・なやつ、英雄様に・・・がいして・・・、っけてもらうんだ・・・」

 そのリス族の子は切れ切れに何か呟くとそのまま黙り込んでしまった。しかし、その沈黙はすぐに彼女の腹の虫の盛大な鳴き声でかき消されてしまった。

 「お腹が減っているのですね」

 ラウニがレヒテを見つめた。今、ここで現金を握っているのはレヒテだけだった。

 「そうね、ラウニ、フォニー、そこの屋台から適当なモノを買ってきてネアはその子をそこのベンチに案内して、イクルはあそこのお店で大きなタオルを買ってきて、お金はここにあるから。この子の着ているものが・・・」

 ネアは改めてその少女を見ると、彼女の身に付けている服はあちこち破れて、肝心な場所をかろうじて隠している程度になっているのに気づいた。

 「お名前言えるかな」

 ネアは優しく少女に尋ねると、その少女は小さな声で

 「ティマ、「麦穂」のティマ・・・」

 そう言うとまた黙り込んでしまった。しかし、彼女の腹の虫は別のような雄弁に彼女が空腹であることを物語っていた。

 

 

漸く、ネアが英雄があの男、つまり彗星君であることを確認しました。新キャラ「麦穂」のティマは英雄とどうかかわるのか、それとも数話限りの出演になるのかなど、様々な葛藤やら、押し寄せる仕事に心が折れたりしながらも続いていく予定です。

今回も、この駄文にお付き合い頂き感謝しております。

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