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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第9章 火種
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109 発火点

 来週は何かとお仕事がつまっていてUPができそうにありません。こんなものでも楽しみにされている方がおられたらゴメンナサイです。

 彗星君は確実に駒になっているようですが、駒になるのもそれはそれでいいのかもしれません。判断を第3者に委ねることは楽でもありますから。

 「風呂の準備をしてくれ」

 返り血で真っ赤になった彗星を見て腰を抜かしそうにしている宿のボーイにぶっきらぼうに声をかけると、ポケットから中銀貨1枚を取り出して投げてやった。現金の力はボーイの意識を現実に連れ戻した。

 「承知しました。暫く、お待ちを」

 ボーイはさっと駆けでして行った。

 「・・・」

 ボーイの現金な対応に苦笑しながら彗星は部屋の扉を開いた。

 「彗星様、お怪我はありませんでしたか」

 ハイリは返り血で真っ赤になっている彗星に臆する事無く、いつものように落ち着いた調子で尋ねてきた。

 「ああ、怪我をするような相手じゃなかった。しかし、気分の悪い連中だった」

 ソファーが血で汚れるのも構わず彗星はどっかりと腰掛けた。

 「気分の悪い・・・?」

 ハイリは彗星にタオルを手渡しながら首をかしげた。

 「あそこまで下劣な振る舞いができるものかな、ってね」

 「そうですか?イーソンの街での出来事もありましたが」

 「あれは・・・、ヒグスが・・・」

 彗星は言いにくそうにつぶやき、そして血塗れの手で顔を覆った。。その声を聞いたハイリはにっこりと笑みを見せた。

 「そうです。あれはヒグスが彗星様にやらせたのです。何も知らない彗星様に・・・。だから、彼は償わされました。彗星様に・・・」

 ハイリは優しく語り掛けると、そっと彗星を抱きしめた。

 「そうだ、ヒグスのせいだ・・・」

 ハイリに抱きしめられながら彗星は呪文のように繰り返した。


 「酷いもんだな」

 盗賊どもに押し入られた豪商たちの屋敷から運び出されるその家族や使用人の亡骸をみながらナトロは他人事のように呟いた。盗賊団の討伐に向かった騎士団が戻るのは早くて明日の午後になるだろう。それまでは、街に残った少数の衛士と偶々居合わせた不運な住民により被害者達が運び出されていた。それらの亡骸は男なら一刀両断、女は例外なく辱められた痕跡がはっきりとあった。作業に当たった何人かはその場で胃の内容物をぶちまけ、それより少数であったが、一部の人たちは惨劇を目の当たりにして泣き崩れたり、固まったりしていた。衛士たちを指揮しながらそんな様子を見ていたナトロは小さく咳払いすると

 「本日、夕刻、お館から大切なことを報せる。よいか、皆、館前の広場に集まれ、その時、この度の事件について知りえたことを伝えよう。このことは、ここに居合わせていない者たちにも伝えて貰いたい」

 と、大音声で野次馬どもに語りかけた。ナトロは、後のことを現場の衛士に任せると、己の言葉にざわめく野次馬を後にして自宅に足を向けた。


 「今朝、何かあったのか?」

 お日様が確実に昇りきった後、いつものように書類と睨めっこをしていたルーテクが新たな書類を運んできた事務官に声をかけた。

 「盗賊が押し込んだようです」

 事務官の言葉にルーテクを神経質に眉をヒクヒクと痙攣させた。

 「私の質問に対して、ようです、とはなんだ。私は貴様の憶測を聞いているのではない。事実を知りたいのだ」

 「失礼しました。私が知っている限りでは、早朝、盗賊の集団がコデルの都に押し入り、大きな商家で皆殺しを働き、その全てを彗星様が退治された、ことだけです」

 事務官の報告にルーテクは顔をしかめた。

 「全くなってない。そこにはなんの情報もない。押し入った連中の人数、氏名、年齢、出自、使用した武器、その入手経路、誰が誰を殺したか、その時の攻撃手段は、どれだけの被害が出たのか。殺された者の氏名、年齢、年収、そして壊された物は何なんだ、その価値はいくらなのか、彗星は誰から斃したのだ、それに要した時間は、彼は何を使って攻撃したのだ。どのように戦ったのか・・・、大切な情報が全て抜け落ちている。役に立たないにも程がある。さっさと文書で提出せよ」

 事務官に矢継ぎ早に命令を与えるとルーテクは書類の不備点探しを再会した。命ぜられた事務官はため息をつくと一礼して郷主の執務室からそっと出て行った。

 「どいつも、こいつも使えん。・・・それに、いい加減な書類だ。橋のペンキの材料の調合比率がないじゃないか・・・。この郷を壊す気なのか、いい加減な仕事をしおって・・・」

 ルーテクはブツブツと言いながら綺麗に書かれた書類に赤インクで足りない場所を事細かに記入していった。

 そもそも、今朝の騒ぎはこの館の前の広場で繰り広げられていたのであるが、ルーテクはまったく気づいていなかった。神経過敏なルーテクは少しの物音、不潔極まりない野生の鳥、虫喰い跡のある落ち葉、小さな蜘蛛の巣などなど、自分の中の秩序にそぐわない物を目にするだけで目が冴え、睡眠どころではなくなってしまうため、寝室には窓はなく、外の物音すら届かないようになっていた。また、この状態でもルーテクの寝つきは悪い上に、眠りは浅く、ベッドに入れば何人も声をかけることは許されていなかった。これには、例外は認められなかった。ルーテクが如何なる緊急事態より、時間通りに行われること、秩序を重んじた結果であった。


 「アニキはどうだった・・・」

 ナトロが自宅の書斎で今日ぶちかます演説の原稿を見ながらルーテクに報告に上がった事務官に尋ねた。

 「事の本質には気づかれていません。いつものように、どうでもいい細部の情報を書面で要求されました。今までことから、この書類も受理されず、訂正の赤インク真っ赤になったものがつき返されるだけでしょう」

 その事務官は諦めのため息をつきながらナトロに報告した。この郷に関するあらゆることが無役であるナトロの元に集まる形になっていた。実際、郷主であるルーテクは何一つ、悪事もであるができず、仕事の流れを滞らせ、せき止めてしまっているからである。

 「アニキはいつも通りだな。しっかし、寄り合いの連中が片っ端から殺されたのは予想外だったな・・・」

 ナトロの大きな誤算であった。コデルの郷の経済を取り仕切っていた重鎮が一日にしていなくなったのである。今まで大して良くなかったコデルの郷の経済は確実に悪くなるとナトロは読んでいた。そんな時、かれの部屋のドアがノックされた。ナトロはいいぞと一声かけた。

 「ナトロ様、お客様です。モンテス商会の方が是非ともお話ししたいことがあると」

 屋敷の使用人兼秘書である真人の女、名は「雨粒」のリスカ、年齢は今年で19歳になる美人の部類に入り、その上、気が利くのでナトロは重宝していた。

 「モンテス商会?確か、うちの郷にはヤツラの店は無かったはずだ。ヤツラが喜びそうなものはなにもないからな。それが、一体・・・、まぁ、いい、通してくれ」

 ナトロは手を招くようにしてリスカに命ずると、その後ろから、王都好みのゴテゴテした衣装を纏った恰幅のいい男が、ちょっと小柄な男を引き連れて入ってきた。

 「私、モンテス商会でこの辺りを統括しております「豊作」のドゥカと申すものです。こちらは、私の秘書の「静かな湖面」のサルロ。実は、お困りがあるようですので、我等がモンテス商会が少しでもお手伝いできればと思いまして、参上した次第でございます」

 男たちはナトロが薦めるまでその場に立ったままであった。ソファに座るように促してやっと腰掛けた。

 「俺の困りごと、とは?」

 ナトロは二人を値踏みするように睨みつけながら低い声で訪ねた。

 「今朝のご不幸で、コデルの主要な商人がお亡くなりになったと耳にしました。我々には、この郷の経営、新たな産業のための投資の準備がございます。また、お兄上、郷主様が喜ばれるような書類を作ることに長けた者もおります。本日のご面会の書類は、今朝その場で決裁して頂きました。それがここにございます」

 ドゥガと名乗った男は、妙に綺麗に、そして機械的な感じがする書類を隣のサルロと読んだ男に取り出せされた。そこには、判でついたような郷主の線の細いサインが書かれていた。

 「あのアニキからその場で決済・・・、信じられん。しかし、この書類、確かにアニキの好みだ。文字のズレ、お前達の服のサイズから年収まで・・・、この数字は本当か?」

 ナトロはサルカが取り出した書類を手にしてじっくりと見つめた。

 「これは、随分と手厳しい・・・、お兄上はそのようなことを気になされるでしょうか?」

 綺麗過ぎる書類に目を通しているナトロにドゥガはニタリと黒い笑みを浮かべた。

 「で、そこまでして、お前達に利益はあるのか」

 書類をテーブルに置くとナトロはドゥガを睨みつけた。

 「この郷にはまだまだ開墾されていない肥沃な土地があります。使用許可についてはこの書類より手間はかかりますが、郷主様の了承は得られますので、問題はございません。コデルの郷にはこれからの可能性があります。我々はそれに投資して、利益を得るだけです。何のうま味もなければ、態々足を運ぶことはありません」

 ナトロの視線を軽く受け流しながらドゥガは表情も変えずに自分たちの利益について語った。

 「成程、うま味か。俺としてもアニキの守をしてもらい、郷の経営などに参入してくれれば、いい話だからな。ぶっちゃけ、俺はいい生活がしたい、それだけだからな。いい食いもん、いい酒、いい女って具合にな」

 ナトロはそう言うと豪快に笑った。

 「そこまで素直にお口にされるとは、我々も儲けが第一ですから」

 ドゥガも含んだ笑みを浮かべた。


 「立て続けに2回だ。こんなことが今まであったか?このコデルの郷、我らが始祖であるナズハ・ルーテクが王よりこの地を賜って以来、尽きる事無く繁栄に力を尽くしてきた。しかし、我らの繁栄を遠のけようとしている輩がいる。ここに並べられているヤツらがそうだ」

 日が傾き出そうかという頃、郷主の館の前の広場に賊の骸を缶に入ったオイルサーディンのように一列に並べたその前に即席に作られた演説台の上でナトロは大音声で集まった郷の民に語りかけた。

 「多くの人々が辱められ、そして殺された。郷にはいるには門をくぐらなくてはならん、しかし、誰かが内側から門を開いて賊を招きいれた。抗った衛士が犠牲になった・・・。この郷に隣人の幸福を妬み、その財を我が物にしようとしている輩がいる。もう一度、ここに並べられているヤツらを見てくれ。もう、どんなヤツが我々の足を引っ張り、背後から斬りつけようとしいるか。懸命な者ならすぐに分かるだろう。常々、アニキ・・・、郷主は秩序を守れと言われている。秩序あるところに繁栄はある。この秩序を乱す者、もう一度、こいつらを見ろ。姿、形・・・、秩序を保っているか?」

 ナトロは群集に尋ねた。

 「無秩序だ」

 群衆の中から大きな声があがった。

 「そうだ。無秩序だ・・・、こんな連中に尊い命が散らされたのだ。ここで黙祷したい・・・」

 ナトロは目を閉じて頭を垂れた。しばらくして顔を上げると群衆を見回した。

 「このような困難から見事に我らを護ってくれた英雄を紹介したい。彗星殿、どうぞこちらへ」

 彗星は、風呂から上がってさっぱりしていた頃に無理やりこの茶番劇のような演説会に参加するように言われ、ハイリに宥められて嫌々ながらこの周回に顔を出していた。彗星はナトロが招くままに演説台にあがった。

 「英雄殿、如何様な状況だったのか、ここに集まっている者に語ってもらいたい。よろしいかな」

 ナトロから振られた彗星はナトロの三文役者ぶりに辟易としながらも深呼吸してからゆっくりと口を開いた。

 「今朝、俺はとても気分の悪いモノを見た。二度と見たく無いモノを見た。これ以上に醜いものはないモノを見た。人を殺すのは気持ちのいいモノじゃない。俺の手も充分に汚れている。しかし、こいつらを斬ったとき、そんな気持ちは湧かなかった。こいつらがやったことを目にしたからだ。どこの世界に幼い子供を嬲り殺すことに快感を感じるヤツがいる?泣き叫び、命乞いする者を容赦なく斬り捨てるヤツがいる。ここに並んでいるのはそんなヤツらだ。秩序や正義などは俺には分からない、しかし、こいつらのやったことは気分が悪い、俺はそんに気分を悪くするヤツには容赦するつもりはない。それだけだ・・・」

 彗星はそう言うとナトロに後のことを任した。

 「英雄殿が言われた気分の悪いヤツ、まだいるはずだ。ここに集まった諸君ら心安らぐ家の隣にそんなヤツはいないか?我々の前にはまだまだ試練があるだろう。しかし、秩序正しく行動することにより試練は乗り越えられるだろう。この事件で亡くなった方、その家族の方に郷主の言葉を伝える。この死は無駄にしない。そしてこの悲劇を繰り返さないためにも、郷の民が秩序正しく生活することを望む。以上だ」

 ナトロが言い終ると群集から「我々は負けない」、「秩序を乱す者に死を」などの歓声が上がった。ナトロはその歓声に手を上げて応えると彗星の肩をそっと叩いて自分に同行するように促し、演説台から降りた。

 「俺の屋敷で一杯やらないか、これからのことも含めてな。勿論、ハイリも一緒だ。悪い話にはならんぞ」

 ナトロは深刻な表情のまま彗星に囁くとさっさと己の屋敷に引き上げて行った。

 「俺を駒にするつもりかよ。この駒は使い難いぞ・・・」

 人ごみにもまれながら宿に戻る彗星は一人呟いた。その呟きは喊声にかき消されていた。


 「ナトロ様、本日のお言葉染み入りました。特に秩序を乱すのは穢れどもと仄めかされたのは良い手です」

 ナトロの屋敷の客間でナトロと彗星、ハイリの3名だけの宴が開かれていた中、ハイリが葡萄酒が注がれたカップをかざしてナトロの演説をほめた。

 「いい役者になれるよ・・・」

 彗星もあまり美味くない葡萄酒をすすりながら呟いた。

 「そうか、ま、俺はいい男だからな。で、だ、彗星はこれからどうする。俺としてはもう少しここに残って貰いたいのだがな」

 自らカップに酒を注ぎながらナトロが彗星に尋ねてきた。

 「彗星様、急ぐ旅ではありませんから暫く逗留なされてはいかがでしょうか。ここで英雄としての名を上げるのも良いかと思いますが」

 彗星のカップに葡萄酒を注ぎながらハイリは彗星にナトロの申し出にのるように薦めた。

 「そうだな・・・」

 彗星はそう呟くと注がれた葡萄酒を流し込んだ。

 「それがいいぞ。これから、この郷をどうするか・・・、経済面ではいい仲間ができそうだし、民たちにみせつける力として彗星は是非とも必要だ。・・・これからどうするか、いい考えを持っている者がいるらしいが」

 ナトロは何かと彗星の世話を焼いているハイリを見つめた。

 「この郷に人、真人を呼ばれてはいかがでしょうか。穢れどもにはここから退去して頂いて・・・、あれらは秩序正しくありませんから・・・ね」

 ハイリはそう言うとにっこりと微笑んだ。

 「真人だけの国か。いいなそれも、扱い難い愚かな穢れどもには退場して貰おうかな」

 ナトロはハイリの言葉に同意した。

 「真人だけの正しい世界をここから広げて行くのです。常に正義がなされ、秩序が保たれている世界を、そのためにも彗星様、正義の英雄としての活躍をハイリは期待しております」

 ハイリはうっとりするような目つきで彗星を見つめた。その視線に彗星はどこか違和感のようなものを感じたが、只の思い過ごしだと思うことにした。

 「俺はハイリと一緒にいられればそれでいいよ。正義だとか秩序は俺には難しいよ・・・」

 彗星の言葉にハイリはにっこりと微笑んで応えた。

 

 何とか火種をつくることができました。果たしてこの火は広がるのか、ケフの郷まで及ぶのか、と小さい世界で何となく壮大な感じがするようなお話しになってきました。小さい世界ですが、これからも生暖かく見守って頂けると幸いです。

 今回も、この駄文にお付き合い頂き感謝を申し上げます。

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