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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第9章 火種
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108 第一幕開演

 彗星君がこの世界ではチートとされる力を使って盗賊団と刃を交えます。ネアにこれができるか、といわれると非常に困難であると答えざるを得ません。

 「討伐隊はご苦労なことだよな」

 固く閉ざされたコデルの郷の都の出入門の警備詰所で、軽冑を身につけた衛士が欠伸をかみ殺しながら、相方に声をかけた。空はそろそろ白み始め、門を照らしていた松明もだんだんと炎が小さくなってきていた。

 「ああ、イーソンの街が壊滅させられたって・・・、出すにしても遅すぎる。先週の話だぞ。もう、討伐対象はどこかに行っているさ」

 声をかけられた衛士はうんざりした口調で応えた。

 「本当に遅すぎる。でもよ。給料もまともに払われない所に忠誠を誓って、命をかけるってのも妙な話だよな」

 声をかけた衛士が勤務中にも係わらず酒瓶を口に当てて中身を喉に流し込むと、それを相方に薦めた。

 「それだよな。渋ったら、敵前逃亡と見なすってよ。敵前逃亡ってよ、死刑だぜ。糞ったれがよ。人を集めるのに時間をかけて、飯だとか、野営の準備に時間をかけて、馬車の調達に時間をかけて・・・、なんなんだよ・・・。郷主サマが書類にサインしないらしいし、その書類もちらっと見たんだが、子供の背丈ぐらいの量があったぜ。作ったエライさんも大したもんだが、それに全部目を通してダメ出しなされる郷主サマも大概だぜ」

 「ちげぇーねーな」

 二人とも同意権であることを確認したが、そこにあったのは同士を得たという笑顔ではなく、憔悴し、未来を憂う(これは己のことが8割、郷のことが2割であるが)ため息であった。

 「郷主様の急用である。開門されたい」

 互いに黙り込みながら酒を瓶から回し飲みしている二人にいきなり詰所の外から大きな声がかかった。

 「なんだ?」

 二人は酒瓶に栓をしてを床に転がすと慌てて詰所から駆け出して行った。

 「遅い、何をグスグスしている。郷主様がブクジの街に通知する書状を昼までに届けなければならんのだ。さっさと門を開けろ」

 馬車の御者台に座った着飾った男が衛士たちを怒鳴りつける。衛士たちは言われるままに、重い扉を二人がかりで開いた。

 「どうせ、酒でも呑んでいたんだろ・・・、これからはもっと素早く動け」

 御者台の男は、御者をつついて発信を促すと、挨拶もせず馬車を走らせた。

 「けっ、ついてねーな。むっ・・・」

 やっと開いた扉を閉じようと二人で扉に手をかけたとき、一人が小さく呻いてその場に崩れ落ちた。

 「呑みすぎたか?えっ・・・!」

 もう一人が呆れた様な声を上げて崩れ落ちた相方を見たとき、言葉を失った。相方の背中には深々と矢が突き刺さっていたのであった。

 「まずっ・・・い・・・」

 急いで仮眠をしている仲間を起こそうとしたが、かれも矢を背中に受けてその場に崩れ落ちた。


 「予定通りだ。さっさと突っ込めよ。最初に狙うは、寄り合いの店だ。そして、メラニの教会、郷主の館だ。小いせぇ店、住宅は後回しだ。気に入らなかったら火を放て、但し、退路を防ぐようなことはするなよ。盗むも、殺すも、犯すも、お前らの自由だ」

 コデルの郷の都を襲撃しようとしている穢れの民で構成された俄か作りの盗賊団の頭領であるエルフ族の男は最近雇った連中を見回して気合を入れた。彼は、自分達を引き入れた郷主の側近と名乗る男からは30名程度を雇う金を手に入れていたが、一人頭の配当を削って50人雇い入れていた。打ち合わせにない増えた頭数は彼なりの保険のつもりだった。彼らは矢で衛士が斃れるのを確認すると、音もなく門内に入り込み、惰眠を貪っている控えの衛士を剣で永遠に眠らせると10人程度の組を4組作らせるとそれぞれ大店を襲撃するように命じ、己は残った者を引き連れて郷主の館に向けて歩き出した。


 「そろそろか・・・」

 寝室の書机に小さな灯りをのみをつけて、ナトロは窓からだんだんと明るくなっていく街を見ていた。

 「アニキを完全にお飾りにするにはいい機会だ」

 そう呟くと机に広げられている何かのスピーチの原稿の文章の推敲を続けた。暫く作業していると教会の鐘が忙しなく打ち鳴らされ始めた。これは、緊急事態を告げる鐘の音であった。その音を聞いたナトロは口元を少し上げて笑顔になっていた。


 打ち鳴らされる鐘の音を耳にしたハイリはゆっくりと彗星に声をかけた。

 「彗星様、退治の時間です。お気をつけて、ハイリはここでお待ちしております」

 ハイリの言葉を背に鎧もつけず、ただ両手剣二振を佩いた彗星は片手を上げて応えただけで宿からまるで散歩に出るような足取りで街の中央部に歩いて行った。


 「けっ、いい暮らししやがってよ」

 屋敷の主が血塗れで転がる寝室に入り込む朝日で調度品がはっきりと自己主張しだす中、ドワーフ族の男はシーツで斧についた血を拭きながら面白くなさそうに呟いた。

 「アイツも好きだな・・・」

 血のついたシーツを投げ捨てた時、隣の部屋からこの屋敷の主の幼い娘の悲鳴を聞いてため息をついた。見た目は愛くるしい感じがする栗鼠族の男は、仕事の時は女がいれば、それが老人だろうが赤子だろうが気にする事無く己の獣欲のままに振る舞い、嬲り殺す趣味を持ち合わせておりそのために寸でのところでお縄になりかけることも少なくなかったが、その行いは改まることはなかった。

 ドワーフ族の男は目をキョロキョロさせて、金になりそうなものを物色し、寝室の机に目をつけると

 「っ!」

 斧を机に叩き込んで引き出しの中身を床にばら撒いた。一々鍵を開けたりするのが面倒あることが、骨董的価値がある手の込んだ彫刻が施された机の価値より勝っていた。この行為が彼にとって不孝を呼び込むことになるとはこの時は思ってもいなかった。


 「ここか・・・」

 通りを歩いていると、突然似つかわしくない破壊音を耳にした彗星は現在進行形で略奪、殺戮等の目を覆いたくなるような行為が行われている貸し金屋の屋敷を見上げた。その屋敷をよく見ると、出入り口の大雛扉が破壊された上に通りに面した窓のあちこちが割れており、この屋敷が尋常な状態ではないことを訴えていた。

 「行くか」

 彗星はそう言うと、普段のこの時間帯ならしっかりと閉じられている扉(今はぶち壊されているが)をくぐって中に入った。まず目に入ったのは、多分扉が破壊された時の物音で何事かと確認に来たのであろう用心棒らしき男、そのどれもが首と胴体が分離していたのが数名転がっていた。

 「酷いな」

 その有様を見ながら彗星はさらに奥に進んだ。彼が踏み込んだのは使用人たちが起居するエリアだったらしく、あちこちに寝間着のままの使用人たちが血塗れで転がっていた。そんな人々を踏まないように彗星はよけたりまたいだりしながら一つの部屋の扉を開けた。そこには毛むくじゃらの獣人が3名、もう動かなくなったこの屋敷のメイドだった女性の上で腰を振っていた。その光景を見た彗星は思わず吐き気を催したが、黙って剣を抜くと、とりあえず一番近くにいた兎のような姿の獣人の首を跳ね飛ばした。面白いことに首がなくなっても胴体のほうは2・3回腰を振った後、永遠に動きを止めてしまった。

 「えっ?」

 突然のことに兎の近くで同じように息絶えた幼さが残る少女に覆いかぶさっていた豚族の男は目を見開いた。しかし、その腰の動きが止まることはなかった。

 「・・・汚らわしい・・・」

 それは豚族の男が最後に耳にした言葉だった。彼はその後一瞬自分の身体をありえない方向から目にして、やっと己の身に何が起きたかを悟ったが、それを誰かに伝えるには時間も手段もなかった。

 「何しやがっ」

 最後の垂れた耳の犬族の男は何とか動かなくなった少女から身を離すと素早く立ち上がり、傍らに置いていた剣を手にした。

 「うぐっ」

 彗星は仕事を中断されたことを理解していない犬族の男の股間に剣を一閃させた。犬族の男は目を見開いて己の股間を確認した。そこに見慣れたものはなく、代りに真っ赤な地が噴出しているだけで、駆け抜ける激痛とショックでうめき声を上げた。

 「もう使わんだろ・・・」

 彗星は目を見開いている男の首をきれいに跳ね飛ばし、その部屋から立ち去った。


 「大金貨3枚か、寝室にはその程度か・・・」

 血塗れの主が横たわる寝室を物色していたドワーフ族の男が手にした金目の物は彼の手の中で朝日を浴びて輝く金貨だけであった。不服そうな表情をしているが、いつもの仕事なら望むべくもない大金であった。

 「やっと終わったか・・・」

 隣の部屋からの物音を耳にして呆れたように呟いた。


 「殺っちまったかな」

 さっきまでギャーギャー喚いていたこの屋敷の娘がいきなり黙ったのでちょっと残念そうに栗鼠族の男は呟いた。この手の行為は相手の首を絞めると具合がいいのを経験的に知っているので、彼はどの仕事においてもこの手の行為をする時は相手の首を絞めるようにしていた。これでも随分と手加減したつもりであったが、相手がまだ幼すぎたのか、彼の計算よりも早く組み敷いている小さな身体が動かなくなったのは残念であった。

 「殺したのか・・・」

 残念に思いつつも、身体の欲望のままに腰を動かしている最中、いきなり声をかけられ栗鼠族の男はあわてて振りかえった。そこには抜き身の剣を持ち、嫌悪の表情を顔面全体に貼り付けた男が立っていた。

 「悪いなー、まだ温かいから、俺の後で・・・」

 彼は最後まで台詞を吐くことができなかった。最後の言葉を口から出す前に、剣の先端が口から突き出たためであった。勿論、その剣をこの男のうなじに突き刺したのは彗星であった。彗星は、剣についた血を剣を振って払うとそのまま隣の部屋の扉を開けた。

 「誰だっ」

 寝室で金の次に価値がある酒を見つけたドワーフ族の男は躊躇う事無くその酒を喉に流し込んでいた。これから好き放題に暴れられるのである。コレぐらいはちょっとした駄賃程度だろうと思っていた。

 「穢れらしい姿だ・・・」

 酒を煽るドワーフ族の男を見た彗星の目が細くなった。

 「貴様、吐いた唾飲み込むなよっ」

 ドワーフ族の男は手にした酒瓶を彗星に向けて投げつけた。彼はそれをちょっと身をよじるだけで交わすと一瞬にしてドワーフ族の男との間合いを詰めた。

 「命乞いしてみろよ」

 無手の男の首に剣を当てて彗星は低く呟いた。

 「ふんっ」

 彗星の言葉にドワーフ族の男は鼻先で笑って応えた。

 「そうか・・・」

 彗星は短くため息をつくと剣を素早く引いて男の頚動脈を綺麗に切断した。噴水のように手の指の間から噴出す血しぶきをよけながら彗星は他の部屋に足を向けた。


 「ドワーフの組を除いて全員集まったな・・・、アイツ、酒でも見つけたのか・・・、女には手を出さんが酒には汚いヤツだからな」

 エルフ族の男は、襲った屋敷から煙が上がるのを郷主の屋敷前の広場に陣取りながら確認すると嬉しさと呆れが混ざったため息をついた。

 「奪ったものは一端ここに集積だ。ドワーフが来たら、郷主の館にかち込む。他のところと同じように容赦するんじゃないぞ。・・・、しかし、アイツなにをしてるんだ」

 エルフ族の男が再び飲んだくれのドワーフ族の男に悪態をついた。

 「お前の待っているヤツって、コイツのことか?」

 いきなり声がかかり、それと同時に足元に何かが投げつけられたのをエルフ族の男は察知し身構えた。そして、投げつけられたものを目にして一瞬動きか止まった。そこには、貸し金屋を襲撃させたドワーフ族の男の首が転がっていた。

 「他の連中も似たり寄ったりで、ここには来れないぜ」

 声の主は、返り血を浴び、血塗れた剣を肩に担ぎながら楽しそうに驚きの表情を見せている野盗の集団を見つめている彗星であった。

 「アイツを始末しろっ」

 エルフ族の男は広場にいる臨時雇いの手下どもに鋭く命じた。

 「穢れしかいないのかよ」

 自分に剣やら弓を向ける連中を見つめて彗星は小さくぼやいた。獣人も人なのであるが、彗星にとって獣人を斬ることは動物を斬っているのと感覚的に大差ないように感じられていた。それなら、まだ毛皮も尻尾もないエルフ族やドワーフ族を斬っている方が人を斬っているようで、彼にとっては命のやり取りをしている感じがして好ましかった。

 「ちっ」

 運動能力に長けた獣人であっても統制もされず、我流の剣を振り回している連中は彗星にとって脅威にはならなかった。意識を集中し、自分の周りがノロノロと動いているように感じられる状態に持っていけば、急所だけを難なく切りつけていくことが可能で、命のやり取りをやっているハラハラドキドキ感は感じられず、ただ作業をしているだけのように感じられた。そんな中、彗星は確実に襲い掛かる野盗たちを一人ひとりと三途の川の渡し舟、この世界にこのような概念があればであるが。に乗せていった。

 「くそっ、聞いていたより数が多いぞ」

 野盗の群の中で剣を振りながら彗星はこぼしていた。経験上、20数名までは相手にしたが、今回は40名程度いる、それが大半は剣であるが、何名かは弓矢で攻撃してくるものだから勝手が違い戸惑いもあった。今まで弓矢を持ったヤツと真面目に戦ったことがなかったのでどう対処していいのか、ただ飛んでくる矢をかわし、叩き落すことだけが弓矢対策になっていた。

 「こいつらを平らげてからか、それとも・・・」

 それぞれが勝手な流儀で斬りかかって来る獣人達に致命傷となる一撃を与えながら彗星は弓矢を遣う連中と己の間合いを計っていた。

 「今っ」

 ふと斬りかかって来るヤツが途切れ、弓矢を使う5名程度の連中との間合いが自分の間合いとなった時、彗星は一気に弓矢組との間合いを詰めた。

 「うるさいんだよ」

 彗星は、その一言を発すると綺麗に並んでいた弓矢組の首を舞うように身をひねらせながら跳ね飛ばしていった。この間、僅か瞬き3回程度の時間であった。


 「コイツは一体・・・」

 いきなり乱入してきた彗星にエルフ族の男は混乱していた。その動きを追うには余りにも早く、その一撃を止めるにはあまりにも重い攻撃を留まる事無く仕掛けてくる彗星のような存在を彼は見たことがなかった。もし、彗星がまれびとであると知っていたなら、彼はその場から脱出することのみを考えていただろう。しかし、こうなっては脱出することすらままならなくなってきていることは明確に分かっていた。

 「バラバラに突っ込むな、一斉に突っ込め」

 残った数名の配下に彗星を囲むように位置とらせるとエルフ族の男は細身の剣を抜いた。

 「かかれっ!」

 その男は短く叫んだ。そして配下と共に彗星に斬りかかった。彗星がこちらを見たのを感じた。


 「ふん、数がもう少しあればやばかったけどな」

 一斉に斬りかかってくる穢れどもから彗星は一端身をかがめ、そして飛び上がった。斬りかかる獣人どもの頭上を飛び越え、背後に着地しながら手近の獣人を袈裟懸けに斬りつけ、相手が態勢を変える暇も与えず、素早く斬り捨てた。これだけの数を相手にするにしては余りにも時間が短かった。遠巻きに見ていた野次馬たちも目の前に何が怒っていたのか正確に把握している者はだれもいなかった。

 「もう・・・、終わりかよ・・・っ!」

 肩で息をしながら返り血で真っ赤になった彗星は、己が斬り捨て、無残に転がる野盗たちの真ん中で勝利の雄叫びとも、愚痴とも言えるような叫びを発した。この時点でコデルの郷の都に押し入り、かつ生き残った盗賊は0名になっていた。


 「まさか・・・」

 少しは彗星の手助けをしてやろうと数名の配下を従えて広場にやって来たナトロはあまりのことに目を丸くしていた。ここで賊の2名程度を斬り捨てて、民どもにいいところを見せる算段であったが、それはもうないことを悟った。

 「彗星殿、英雄殿、この郷を代表して礼を申し上げる。一度ならず二度まで、彗星殿、貴方はこの郷の英雄である」

 持ち前の大声で彗星に礼を述べる。騒ぎを耳にしてぞろぞろと出てきた郷の民に向けてナトロはいかに彗星がこの郷の危機を救ったか、そして押し入った賊たちの卑しさをとうとうと語りだしていた。

 「ふん、くだらない。それより風呂だよ・・・」

 己の返り血だらけの姿を再確認した彗星は景気良くアジ演説をかましているナトロを尻目にさっさとハイリが待っている宿に向けて疲れた足取りで歩き出した。

 見事に道具になっている彗星君を書きたかったのですが、力及ばずでした。ネア達のお話しはもう少ししてからになると思います。それまでは、もう一人の主人公(?)彗星君の巻き込まれっぷりの良さのお話しになると思います。

 今回も駄文にお付き合い頂き、あまつさえ、ブックマークまで頂いた方に感謝を申し上げます。

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