106 幕開け間際
チートな(この世界では)力を持つ彗星君も何かに巻き込まれていくようです。
コデルの郷はちょっとした動乱の時期を迎えようとしているのかも知れません。
ナトロが酒を持参で面会に来た翌日の夜、郷主が準備してくれた決して豪華ではない宿で彗星は呆れたように口を開いた。
「ここの郷主が無能だってことは、秘密でも何でもないらしい。手鍋が風呂にならないことは小さな子供でも知っているレベルで」
昼頃に二日酔いが何とか治まった彗星とハイリはそれぞれコデルの都を散策しつつ、飲食店や町いく人々に話を聞いたところ、現郷主のルーテクに対する評価は概ね同じであった。
「私もその意見に同意します。現在、この郷は商工業の寄り合いの人たちが回しているようですね。それが、ルーテク様の耳に入るのも時間の問題で、そうなるとその寄り合いが解散されるだろうとのことです」
ハイリも呆れたように自分が仕入れた情報を彗星に伝えた。
「前郷主はアイツはただのお飾りとしてしておく予定だったらしいな。宰相やら騎士団長が担ぐ神輿が軽くて済むように、本来ならその連中がこの郷を回していく予定だったらしい。それが、新年の挨拶に集まったところ、火事で前郷主ともども、くたばったってことだ。だから、今のやり方をせざるを得ないってことらしい」
この郷を半日ふらふらして、話を聞いただけであるがこの郷が郷主のおかげで危機的な状況になりつつあることが他所者でも分かるぐらい明白であった。
「その火事ですが、事故と言うより事件じゃないかって噂がありますね」
「重要な連中が不慮の死を遂げると大概そんな噂がでるよ。俺のいた世界でも大統領、つまりとてもエライのが暗殺された事件で暗殺者は捕まったが、そいつも暗殺されるし、黒幕がいるらしいけど、それを知るとヤバイってような・・・」
ハイリは、彗星の言葉に頷くと
「噂と言えば、あのナトロ様にも・・・、豪快に見えても腹黒いと・・・」
辺りをさっと見回して安全をかくにんすると小声で呟いた。
「ああ、寄り合いを取りまとめているのも、実際現場で指揮を取るのもアイツだってのは子供でも知っている。知らないのは、郷主だけだよ。アイツ、さっさと兄貴を追い出しゃいいのに」
彗星がため息混じりに呟いた。
「これは、私の憶測ですが、今の郷主、ルーテク様があのような生活を続けている限り、お身体がその内・・・。その上、前郷主の遺言もありますから、時機をうかがっておられるのではないでしょうか」
「アイツとしては、違法なこともしていない、郷主は知らないが、何かと郷の運営を助けている、郷の民としてもアイツが郷主になったところで文句は言わないだろうな」
つまらなそうに彗星が吐き出した。
「今の郷主に仕えている人や、面倒を見ている人はそうは思っていないようですね。担ぐには現郷主は丁度良いですからね。彗星様、そろそろ食事にでかけませんか。そこでお酒が入った時の郷主やナトロ様のお噂を耳にするのもいいと思います。これからの我々の動きを考えるための良い材料になると思います」
ハイリはさっとソファから立ち上がると、にっこりとしながら彗星を誘った。
「丁度、腹も減ったところだよ。じゃ、行こうか、何を食おうがここの郷持ちだから、せいぜい良いモノを食わせてもらうさ」
彗星は誘うハイリの後を追うようにして部屋から出て行った。
「こんな夜更けに申し訳ありません。是非ともお話ししたいことがありまして」
食事から帰ってきた彗星たちを出迎えたのは昨日、郷主の館で入浴をさせた執事であった。
「郷主様からのお呼びかい」
うんざりしたように彗星が答えると、その男は首を左右に振り
「この件には、ルーテク様は関わっておられません。私は、「肌理の細かな砥石」のマデイラと申します。ルーテク様にお仕えしている者の代表として参った次第です」
「ここで、立ち話もなんですから、どうぞお入りください」
宿の廊下で会話している二人に、ハイリが気を利かせて自分たちの部屋の扉を開いた。
「ハイリの言うとおりだ。何もないが、入ってくれ」
彗星がその男に部屋に入るように促すと、男は深々と頭を下げ部屋に入った。
「掛けてくれ、で、何の話だ。先に言っておくが、貸すような金は持ってないぞ」
ハイリがお茶を淹れるのを見守りながら彗星が口を開いた。
「お戯れを・・・、単刀直入に申します。ルーテク様をそっとしておいてください。ナトロ様が何をお考えかは知りませんが、今のルーテク様にナトロ様と事を構える力も知恵もありません。我々としては、ルーテク様をそっと政から外したいのです。そうしなければ・・・」
マデイラは真剣な表情で詰め寄るように彗星に訴えた。
「理由は何であれ、郷主サマをその座から引きずりおろすような力は俺にはないぞ」
「彗星様がじっとしておられても、ルーテク様はその座からお降りになるでしょう。ここだけの話ですが、ルーテク様の神経過敏が激しくなっておりまして、この一月、お眠りになることもできないようで、衰弱が激しくなっておられます。ずっとデスクに張り付いて、ひたすら・・・」
マデイラの表情には深い疲れが刻まれていた。そして不安も。
「ひたすらダメ出し・・・」
ポツリとハイリがつぶやいた。その声に力なくマデイラは頷いた。
「郷主になられてから、もう1年は経ちますが、ルーテク様は書類の不備を発見する仕事以外はなされていません。郷の仕事は全て滞り、街の寄り合いが影で切り盛りしている状態ですが、騎士団員の給金の支払いにも滞る次第です。お金はあるのに・・・、支払いの決済がなされないのですよ。そう、ルーテク様は何一つ決断なさらない、方針もお示しにならない。この1年なされたことと言えば、ひたすら秩序の維持を呪文のように繰り返し、書類の不備を発見なさることだけ」
マデイラは深いため息をついた。
「彗星様が我等が郷主様にお力をお貸しになるとますます、ルーテク様は判断する事項が増えて、お壊れになるのは目に見えています」
マデイラの悲嘆に彗星は少しばかり同情した。酷い上司に仕えたばかりに、この男も自分と同じように対人運がないんだろうな、と考えると他人事とも思えなかった。
「ここから、俺がさっさと出て行けばいいのか?」
彗星は、ルーテクの悩みの一つをなくすため提案をした。
「いいえ、彗星様がここの郷から早く出て行かれるとルーテク様はこの郷に何か問題がある・・・、ご自身以外に・・・、と考えられます。そうなると、彗星様を追い出したのは誰か、それは先日の盗賊団に繋がりがある、これは、大きな秩序の乱れです。秩序に関することになればルーテク様は先頭にお立ちになられるでしょう。そうなると、ますますお身体に障ることになります」
マデイラはこの郷の政より、主の身体を案じていた。
「面倒なことは願い下げだよ。つまらない兄弟喧嘩には首を突っ込まない。俺はそこまで暇人じゃない」
彗星はつまらなそうに答えると扉を開き、マデイラに退席を促そうとした。
「悪政を退け、盗賊団を退治された英雄である彗星様は一つの郷だけに留まることはありません。しかし、正義をなすためならそのお力を惜しみなくお貸しくださるでしょう。貴方に正義があれば」
退出するマデイラの背中にハイリは優しく言葉をかけた。
「あの、まれびとでございますが、ここから遥か南のコデルの郷で郷主の座を争ういざこざに巻き込まれつつあるようです。現郷主のルーテク・ヘリントンは、極度の神経質、かつ無能、その座を狙う弟、現在は無役ですが、ナトロ・ヘリントンは、兄とは正反対に豪放磊落と見られていますが、郷主の座を奪うために実父に手をかけたと噂されるほどの男、どちらにせよ、郷の民にとっては茨の道となりますが」
王都にある貴族の館の一室、深夜であるにも拘らず明るく照明された部屋できっちりと隙無くスーツを着込んだザ・官吏とでも言うべき男がその部屋の主である痩せた男に恭しく現状を説明していた。
「コデルの郷か・・・、郷の大きさの割には石高も産業も薄い郷と来ている。ずいぶんと空いている土地があるらしいが、その辺りはどうなっているのか?」
部屋の主は机の上に広げられたコデルの郷地図を眺めながら尋ねた。
「人手が足りない、歴代の郷主が開拓できないとの話ですが、どうも開拓をする際の手続きが煩雑らしく、その上不備が一点でもあれば永久に申請を受理しないらしく・・・、これは現郷主ではなく、歴代郷主のやり方のようです」
官吏らしき男は姿勢を崩さず書物を読み上げるように部屋の主の質問に答えていた。
「郷の民の気質は・・・、やはり神経質なのか。穢れは多いのか」
「神経質と言うか、規律をなにより尊ぶ気性のようです。現郷主はその点では病的ではありますが。建物、街の作りも簡単に地図にできるようにきっちりなっています。穢れは、その姿形が様々であるため、規律を乱すとして嫌われております。政策ではなく、長年築き上げた庶民の生活が穢れの連中を受け入れなくなっているようです」
部屋の主はその言葉を聞くと何かを考え込んだ。
「秩序か・・・、良い言葉だ。彼らは存在的に正義だ。我々の信仰に近い、是非とも取り込みたい、真人が集まりやすいように、真人のための、真人による郷にするのだよ。そう、その人手で開墾させ、産業を発展させ・・・、穢れの連中を殲滅するための拠点にするのだ。・・・愚かな穢れどもが恨むのは郷主となるが、少なくとも我々には火の粉はふりかからん」
部屋の主は考えながら、官吏風の男に言った。
「シナリオをそのように作っていきます。あのまれびとは我々の広告として動かす予定です。秩序の体現者として、彼に歯向かう者は無秩序を尊ぶ異端思考、正義に仇なす悪となるように。コデルの郷では、現郷主に引き続き統治して頂きます。彼の周りには、コデルの寄り合いではなく、王都好みの文書を作成できる者、実力のある商会・・・、モンテスあたりを派遣しようかと思います。郷主の弟にはせいぜい鼻薬を嗅がせていい気にさせておきます。今の郷主が身体を壊して舞台から退くのは時間の問題でしょうから」
官吏風の男の言葉を聞いた部屋の主は深く頷いた。
「よろしい、その流れで動かしてくれ。くれぐれも役者には気づかれないように」
「夜の影のように」
「そうだ。正義は、我等にあり」
「正義は、我等にあり」
夜の王都ので、一つの郷の動きが決定されようとしていた。
「よう、元気そうだな。昨夜、兄貴の使用人が来たそうだな。何を吹き込もうとしたが知らんが、きにすることはねーよ」
街角のカフェで朝食をとっていた彗星たちにナトロは気さくに声をかけてきた。
「ああ、郷主サマの心労にになるから、これ以上関わらないでくれって」
つまらなそうに答えた彗星の言葉にナトロは噴出した。
「いかにも兄貴の使用人らしい言葉だ。いやいや、兄貴には勿体無いぐらいだ。で、出て行くのか」
「それは、今のところありません。この郷の正義を見極めてからになります」
ハイリがじっとナトロを見つめた。
「正義ね・・・、ぶっちゃけ、俺は懐が暖かくなればそれでいいんだよ。こんな田舎の郷で一生くすぶるつもりなんか・・・、おっと俺の話はここまで」
ナトロは本音を少し漏らすと照れ隠しの笑いを浮かべた。
「その内、ヤバイ連中が来るかも知れんが・・・、騎士団の連中は給料が支払われないんで日雇いで忙しいらしいぜ」
ナトロはそう言ってニタリと意味ありげな笑みを浮かべるとぶらぶらと街の人ごみの中に消えて行った。
「英雄の名を確実にしていくチャンスですよ」
ナトロが消えたのを確認すると小声でハイリがつまらなそうにお茶を飲む彗星に声をかけてきた。
「そうすると、アイツが手引きするのか」
「多分、郷主が危機に対応できない暗君であることを宣伝しようとしているのでしょう。彗星様は立場を気にせず征伐されれば良いのですよ。今、立ち位置を明確にする必要はないと思います」
「ハイリがそう言うなら、そうなんだろうな。どちらにせよ、俺が失うものはないからな」
彗星は腰に佩いた片手剣をそっと撫でた。
ネアと同じように灰汁の強い回りに飲み込まれつつある彗星君ですが、彼にはネアにはない力があるのである程度は自分で泳げそうです。
チートがあれば何とかなると思っていた自分が愚かでした。(自白)
今回も子のだ分にお付き合い頂いた方に感謝を申し上げます。