104 これからのこと
4月は仕事に追われてなかなか更新できませんでした。
5月も同じように慌しくなっていますので、更新は滞りますが、
生暖かく見守って頂けると幸いです。
「おばさーん、そのお花ちょうだい」
丸太を打ち込んで造られた柵に囲まれた村に入ると、フォニーは花を大量に積み込んだワゴンを押している中年の真人の女性に声をかけた。
「どれにする?で、誰のお花にするんだい?」
その女性はワゴンに積んだ色とりどりの花を見せながらフォニーに親しげに尋ねてきた。
「ウチのお母ちゃんのお花にするんだよ」
何気なく口にしたフォニーの言葉に彼女の表情が曇った。
「悪いこと聞いてしまったねぇ、ごめんよ。お詫びと言うわけじゃないけど、このお花、半額でどうだい?」
彼女はちょっと立派な花束を持ち上げてフォニーに見せた。
「ステキなお花、うん、これにする。おばさん・・・、おねえさん、ありがとう」
フォニーは自分の財布から硬貨を取り出して花売りの女性に渡した。
「随分と現金な子だねぇ。でも、久しぶりにおねえさんと呼んでもらえたから、これはオマケだよ」
そう言うと、花売りの女性は白い花をそっとフォニーの髪に挿してくれた。
「うわー、ありがとう。いい匂い・・・、ね、これ似合ってる?」
嬉しそうに花束を抱いたフォニーがラウニに聞くと、ラウニは目を細めて
「金色の髪に良く映えていますよ」
と、フォニーに賛辞を送った。
「ネアはどうかな?」
この手の話題に未だに疎いネアはちょっと考えてから
「よく似合ってます」
と、当たり障りのない言葉を返した。このような回答はとても及第点には及んでいないが、今回ばかりはフォニーはダメ出しをせず、終始ニコニコとしていた。
「よかったね、フォニー、あっちにお茶が飲めるお店見つけたから、そこで休憩してからお墓に行こう。先にルロが席をとっているから」
ニコニコしているフォニーにバトが優しく声をかけた。
「ええ、そうする。皆も行こう、おねえさん、ありがとう」
フォニーは花売りの女性に手を振るとバトの後についていった。それは、見ようによればカルガモが雛を連れて歩いているように見える光景であった。
「先に注文しておきました。心配しなくてもここには、お茶とお米から作った団子しかありませんから」
小さな店先に緋毛せんが敷かれた縁台が置かれ、その一つにルロが腰掛けて道端で何かを啄ばむ小鳥を見ながらバトたちに声をかけた。
「寂しかったのかな?一人にしてごめんねー」
バトは退屈そうにしているルロに抱きついて頬を摺り寄せた。そんなバトを体から引き剥がすようにしながらルロがむっとして口調で
「貴女の頭であそこからここまでの道が覚えられているかが不安だったのですよ。でも、ラウニさんたちが付いているから、迷子になって泣きながらあちこち彷徨うことにはならないだろうとは思ってましたが」
冷たく、バトをあしらっているうちに茶店の店主である真人の老人が団子と熱いお茶を載せた盆を手に出てきて、ネア達の横に丁寧にお茶と団子の盛られた小皿を置くと一礼して店の奥に戻っていった。
「このお団子と緑茶はこの辺りの特産らしいですよ」
何かの卵を思わせるような白くて丸い団子に楊枝を突き立てて持ち上げ、ルロは一気に口の中に突っ込んだ。
「人には上品にとか言っているくせに・・・」
バトは小皿の上で団子を楊枝を器用に使って小さく切り分けてそれをそっと口に運びながらぼやくようにつぶやいた。そして、ネアたちはと言うと、全員がルロの食べ方を倣ったようであっと言う間に団子は小皿の上から綺麗に消失していた。
それぞれが団子を胃袋に収め、お茶啜っている時、さっとバトが立ち上がり、ポケットから財布を取り出した。
「おじさん、お勘定をお願いね」
ここの勘定を自分で持つことを宣言するバトにルロは驚愕の目で見つめていた。
「・・・あの、バトが・・・」
実際、騎士団員から侍女にトラバーユして少しはお手当ても良くなったものの、もとよりそれほど貰っていないため、バトもルロも決して贅沢ができるような経済状態にはなく、特にバトは無料や割引などの文句に敏感に反応するタイプでこのような行動に出ること自体が在りえないことであったからである。
「で、領収書もお願い。で、お勘定は中銀貨1枚に小銀貨5枚ね、じゃ、これで、それとね、領収書の金額は中銀貨2枚にしてもらえないかな。お願い」
バトは老人に手を合わせて領収書の偽造に一枚かませようとしていた。その光景を見たルロは『いつものバトだ』と安堵のため息をつくと
「なにやってんの!」
パツーンと気持ちよくバトの頭を飛び上がって叩いた。
「痛っ」
「なに、悪さしてるの。しかも、小さい子が見ている前で」
鬼の形相で突っかかってくるルロにバトは頭を押さえながら、言い訳するように口を開いた。
「何も、私一人で美味しい思いしようとは思ってないよ。ここにいる皆に小銀貨1枚ずつのボーナスを作ろうとしたのよ。この程度なら誰でも大概やっているよ」
悪びれもせずに言うバトにルロはさらに食ってかかる。
「不正は不正です。曲がりなりにもお館に勤める我々がそんなことをしては、けじめが付きません。おじさん、こいつの言葉は無視してちゃんと書いてくださいね。皆、いい、これは悪い見本だからね」
シュンとなって正規の領収書を手にするバトを指差してルロはネアたちに諭した。
【組織が大きくなれば多かれ少なかれこういうことは生起するよ。これが積み重なると・・・】
ネアはかつての自分を思い出し複雑な気分になった。バトが言ったように自分のためだけじゃなかった。組織のためだった、組織のために全てを被った・・・、あの組織は自分に何をしてくれただろうか。今となってはエライ人たちが言った「悪いようにしない」が本当だったのか、それともリップサービスだったのか確かめたくなった。しかし、それは到底不可能なことであった。
「ほら、ネアさんも凄い視線で見つめている。バト、貴女、生物的にも倫理的にも子供に悪影響を与えるわね」
ルロが呆れたように口にすると、ネアたちに出発を促した。
「うう、なんだよう・・・、私が極悪人みたいじゃない。ルロも騎士団の出張費でお酒飲んだのに・・・、決められた宿じゃなくて、安くて酷い宿に泊まってさ、あの時、私、人に言えないようなところ、ミステリーゾーンをムシに刺されて、かゆくてかゆくて、大変だったんだからね」
すました顔で歩く、ルロにバトは恨みがましくブツブツ言いながらもこの奇妙なパーティの殿をしっかりと務めていた。
墓地の入り口は石組みのアーチで示されていた。そのアーチには苔むした『ブーマル墓地』の古めかしい文字が刻まれていた。アーチをくぐり、ちょっとした広場に着くとバトとルロの態度が急に騎士団員らしくなった。そして、きちっと二人並んだ、その視線の先には尖った新旧の同じ形の石柱が十数基並んでいた。その石柱に向かって深々と頭を下げた。
「?」
怪訝な表情を浮かべるラウニに礼を終えたルロが静かに口を開いた。
「セーリャの関で任務中に亡くなった鉄の壁騎士団員のお墓です。元とは言え、騎士団に属しいていたからには敬意を表すことが大切です」
「そうだねー、騎士団員でなくても、ケフの郷を護る最中に亡くなった方だから、敬意を表すのは当然だよ」
バトもルロと同じように答えると、ネアは誰に言われること無く深々と石柱に頭を垂れた。それを見てあわててラウニとフォニーも頭を下げた。その動作に元騎士団員の凸凹コンビはクスリと笑いをこぼした。
【何時の世も、どこの世界でも義務を果たすために命をなくした方に敬意を捧げるのは当然のことなんだな】
と、頭を上げてしげしげと石柱を見つめながらネアは自分の価値観と騎士団員の価値観にそんなにズレがないことを認識していた。
「騎士団員さん、ありがとう。で、お母ちゃんのお墓は、こっちの方だよ」
墓石による巨大迷路のような墓地の中をフォニーはさっさと目的の方向に向かって歩き出した。
「この上の方がエライ人、で、エライ人に向かって右側がこの辺りの人、この逆方向がこのあたりで旅の途中で亡くなった人のお墓・・・」
フォニーは墓地のあちこちを指差して案内しながら、似たような小さな墓石が並んでいる区域の一つの墓石の前に足を止めた。そして、そっと手にした花束をその墓石の前に置いて跪くと手を合わせた。
「お母ちゃん、今年も来たよ。今年はね、お館のお友達、元騎士団のおねえさんたちと来たんだよ。心配しなくてもウチはそれなりにやっているから・・・」
バトとルロ、ラウニ、ネアもフォニーに倣って跪いて手を合わせた。ネアはそっとフォニーの母親の墓石を見た。そして小さく首をかしげた。そこには、埋葬されている人物の名はなく、『我が子の未来に希望を託した若き母親ここに眠る』と彫られており、その文字の下にふちが綺麗に彫刻された丸い窪みが彫られていた。
「・・・ウチさ、お母ちゃんの名前、知らないんだよね・・・」
名前が刻まれていない墓石を見てフォニーが呟いた。
「どういうことですか?」
寂しげなフォニーを気づかうようにラウニがその背中にそっと手をあてた。
「お母ちゃんが死ぬ前、お館様にお話があるって、そのお話しの最中に・・・、でも、お館様はウチが大きくなってから、お母ちゃんが何を話したかを教えるって言われて・・・、その時にならないとお母ちゃんの名前は分からないし、ウチがどこから来たかも分からないんだ・・・」
ちょっと寂しげに言うフォニーにネアはかける言葉が見つからなかった。
「ウチさ、ひょっとするとお姫様かもしれないよ」
かける言葉を捜している周りを気づかうようにフォニーは明るく言うとクスリと笑った。
「随分と、庶民的なお姫様ですね」
ラウニがつられて笑いながらフォニーに言葉をかけた。
「庶民的なら、お嬢が一番です」
暴れ姫の異名を持つレヒテを思い出しながらネアが言うと、バトとルロが頷いて肯定した。
「お姫様かー、私もどこかの郷の若にみそめられないかなー、黙っていれば、それなりにイケルって言われているからね」
パトがなんとも突っ込みにくい発言をするとルロが大きなため息をついた。
「シモエルフって言われているウチは望み薄です。バトはもっと・・・」
「私が、お淑やかでレディとして振舞うと、ルロ、貴女完全に霞んでしまうよ。シモエルフって言われているのは、貴女への気づかいでもあるの」
ルロが何か言おうとしているのを打ち消すようにバトは言うと、ケラケラと笑った。
「・・・ありがと、あなたのおかげで、私までイロモノに見られる光栄に感謝しなくちゃね」
ルロは嫌みったらしく、バトに言い返すと肩をすくめた。
「お母ちゃん、ウチは毎日、こんな調子だから、心配いらないよ」
フォニーは墓石にそう言うと立ち上がった。
「・・・逆に心配されそうな・・・」
そんなフォニーにネアは小さく突っ込んでいたが、それは華麗にスルーされた。
「天気が良くてよかったな」
関の食堂にフォニーが入ると関付きの料理人がニコニコしながら声をかけてきた。
「嬢ちゃんの日ごろの行いがいいんだねー。で、今日は特別にデザートにこのあたりで採れた果物でジュースを作ったから、食後に楽しみにしておきなよ」
「おじさん、ありがとうね」
フォニーがうれしそうに礼を述べるその横で、元騎士団員の凸凹コンビが複雑な表情を浮かべていた。
「私たちのとき、あんなサービスはありませんでしたね」
「ルロは昨日、お酒貰っているでしょ。ねぇ、私たちの分もあるのかな」
バトはねだるような声を出した。
「ああ、お前さんらに出さんと、あとあと煩いからな」
「おじさん、いいところあるね。惚れ直したよ」
「ああ、そうかい。侍女になっても、ノリは相変わらずだな」
料理人は呆れたようなため息をついた。
結局、侍女たちは食事の後の特製ジュースを楽しんだ後、速やかに寝床に潜り込んだ。
その夜、ネアは久しぶりに猫族の家族、この身体の持ち主の家族の夢を見た。それは、鮮明な日常生活の夢だった。質素な食事でも家族で食卓を囲んで食べるとどんなご馳走より美味しく、小さな喜び、歯が抜け替る成長の喜びも家族の喜びだった。そんな幸せな風景を味わいながら、ネアのおっさんの部分はとてつもない喪失感を味わっていた。自分は一体なにを掴もうとしていたのか、組織を強くする、そのための仕事に悔いはないが、生き方が仕事のみであったこと、自分の幸せも部下の幸せも考えたことがなかったこと、そのために知らずのうちに周りに苦痛を強いていたこと、それらの集大成が前の世界に未練がない状態にしていたことに改めて気づいた。朝、まだ暗い頃に目を覚ますと、ネアの目の周りは泣きはらしたようにはれぼったくなっていた。
侍女たちは朝食をさっさと済ませると都に帰る騎士団員と共にせきを後にした。来たときと同じように天気は良く、ときおり吹き付ける風が心地よかった。そんな天候とは裏腹にネアの気分は複雑であった。
【この世界に来たことは、人生のやり直しのチャンスなんだな・・・、でも、家族を持つとなると、俺の立ち位置は母親になる、ってことは、どこかの男と所帯を持って・・・】
随分と男として生きてきた身にその想像は受け入れ難いものがあった。しかし、もう男ではない、と自分に言い聞かせてもどこか納得できない部分が心のあちこちに散らばって、強く自己主張していた。そして、知らずのうちに大きなため息をついていた。
「ネア、どうしたのですか?疲れましたか?」
ラウニが心配そうにネアを覗き込んで尋ねてきたが、それにネアは首を振って無理やり笑顔を作って答えた。
「ネアはさ、自分の気持ちをいつも隠すよね。時々、大泣きするのは押し込めている気持ちが爆発するからじゃないのかなー」
フォニーが何気なくネアにかけた言葉に、ネアはドキリとした。フォニーの言葉は、あまりにも正鵠を射ていた。フォニー自身にそこまでの考えはなかっただろうが、ネアにその言葉深く突き刺さったように感じられた。
「フォニーちゃん、ちゃんとお母様に挨拶してきましたか?」
翌日、朝の挨拶をすませると奥方さまが優しくフォニーに尋ねてきた。
「はい、お母ちゃんに、ウチは皆と楽しく、元気にやっているって伝えてきました」
春の清清しい天気のようにフォニーが元気良く答えた。
「それは、良かったですね。じゃ、今日も楽しく、元気よくお勤めしましょうね。今日は、このコートとシャツ、3枚あるけど、これのボタンを全部つけるわよ。ボタンはその箱に服ごとに分けて入れてあるから、間違えないようにね」
「はい、奥方様」
ネアたちは、いつものように裁縫箱から針を取り出して糸を通しだした。ネアも練習の成果があって、肉球がついている手で器用に素早く糸を通した。これは、内心とても誇らしく思っていた。その時、フォニーの昨日の言葉が蘇った。『気持ちを押し込める』、人生を真剣にやり直すなら、これはどうしても克服しなくてはならないとネアは思った。
「ここ、最近ですけど、私、糸通し、早くなったと思いませんか」
ネアは、ちょっと自慢げに先輩方に糸を通した針を見せながら小さな胸を誇らしく張ったのであった。
フォニーの出生の謎はいつか明らかになると思っています。
ネアにいたっては、生き方の改革を目指すようですが、難しそうです。
この駄文にお付き合い頂き、毎度感謝しております。