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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
110/342

103 セーリャの関から

これから墓参ととなりますが、そこで運動会をする予定はありません。

令和初の投稿となります。

これからも生暖かく見守って頂きたくお願いします。

 人も生物であることに変わりなく、様々な思いを抱いていてもお腹が膨れ、いい感じに疲れていると確実に睡魔に襲われてしまう。まだ、歳若すぎるラウニやフォニーは宿舎に戻った時すでに半分寝ているような状態であった。ネアも身体の年齢に引っ張られて瞼が下がってくるのを無駄な努力としりつつ必死で押し上げている様だった。

 「明日はゆっくりでいいからね、私たちの用件が終わったら、すぐに声をかけるからね」

 バトがネアたちがベッドを間違えないようにそっと誘導しながら声をかけた。

 「随分と歩いて疲れていると思いますから・・・、去年は食べている時に眠ったそうですね」

 にっと笑ってルロが眠そうなフォニーを見つめた。

 「お姐さんたちと違って・・・、まだ育ち盛りだから・・・、おやすみなさい」

 フォニーはルロの言葉に眠そうに応えながらベッドにもぐりこんでいた。

 「睡眠不足は毛の艶を悪くしますから・・・、おやすみなさい」

 ラウニは大きな欠伸を一つすると、シーツを頭から被って丸くなって寝息を立て始めていた。

 「ネアは大丈夫ですか。どこか痛いところとかないですか」

 眠る前に再度キチンとベッドを直しているネアにルロが心配そうに声をかけてきた。一番幼いネアが文句も言わず、グズリもせずに少々眠そうにしているが、しっかりと訓練中の騎士団員ですらやらないような、角張ったベッドメーキングをする姿はバトとルロにはその姿は異様に見えた。

 「ネア、そのベッドメーキングってお館で習ったの?」

 バトの問いかけにネアは首を振ると

 「分からないんです・・・。おやすみなさい」

 そう一言言うとシーツを押し上げてその中にすっぽりと入り込んでしまっていた。そんなネアの姿を見たバトとルロは互いに顔を見合わせて首をかしげた。


 ゆっくりでもいい、と言われた起床であるがネアはいつもと同じような時間に目を覚まし、そして、用を足しにそっと宿舎から外に出た。まだ空は明けきっておらず、風邪もまだまだ寒かった。ブルッと身を震わせて体毛が逆立つのを感じながらネアは宿舎の外にあるトイレに向かっていた。その時、関の柵の隙間から昨日は暗くて分からなかったこの関の立地をなんとなく目にすることができた。

 「ミオウに続くあの道は谷の底にあったのか、その谷の出口にこの関があるか・・・、闇雲に席を作っているわけじゃないんだな」

 トイレでしゃがんで朝一番の絞りたてを作りながらネアは一人納得していた。

 「はー」

 そして、朝一番絞りたてを作り終えるとぶるっと身震いして深いため息をついた。用を足す時の手間が増えたことには未だに慣れきれず、そして時折とてつもない喪失感がおそってくるのがネアの悩みだった。巨大な喪失感を抱きながら明けていく空を眺めているといきなり背後から声がかかった。

 「おはよー、早いな」

 明日で当番から下りる騎士団の長身痩躯の隊長がしゃがれた声で挨拶をしてきていた。

 「おはようございます。早いことは・・・・、あの・・・、おしっこで・・・、あのー、この関ってやっぱり砦みたいなものなんですか」

 ネアはここは女の子らしく振舞いつつ、ケフの防衛や安全について尋ねようとした。

 「ああ、ここは都まで近いし、ミオウの郷の関もあの谷の向こうだろ、あの谷のあたりに傭兵崩れや盗賊が潜んでいたりするんだ。困ったことに、そいつらはある程度の勢力を持つと近くの村や町を襲おうとして郷に入ろうとするんだよ。で、その迷惑極まりない連中を撃退するために、ここで追い返したり、ぶっ潰したりするんだ。そんな連中が溜まらないように時折、関の向こうを掃除するんだ。危険な掃除だが、必要だからな」

 隊長は顎を撫でながら、かつて行った掃討作戦を思い出していたようであった。隊長の話を聞いて、ネアは頷いた。

 「トラップや伏兵は要注意ですね。それと、ミオウの郷と示し合わせて挟撃するのもいいかもしれませんね」

 「そうだよ、だから」

 「掃除の時期や方向は秘密ってことですね、それと友軍相撃に注意しないと・・・」

 ネアはなにやら納得したようで、隊長が言おうとしていた言葉を先に口にしていた。

 「嬢ちゃん、良く知っているな、誰に習ったんだ?お館の侍女ってそんなことまで習うのかい」

 「・・・、寒くなってきたので、これで失礼します。お勤め頑張ってくださいね」

 何か言おうとしている隊長にペコリと頭を下げるとネアはさっさと歩き去って行った。残された隊長は怪訝な表情を浮かべて首を傾げていた。

 ネアはぽつりと小さく呟くと寝息といびきが合唱している暗い部屋に戻っていった。

 【スージャほどでなくても、関ってここまで頑丈に作る必要があるんだな】

 シーツに包まりながらネアは改めてこの世界の治安が思っているより良好でないことを認識していた。


 「いつまで寝ているの?ネアらしくないわね」

 この世で一番の快楽と言われる二度寝を貪っているネアに無慈悲にもラウニがその小さな身体を揺すってきた。

 「あ、あ、お、おはようございます」

 びっくりして飛び起きるとネアは素早くベッドから抜け出してシーツを綺麗に畳み、そして着替え始め、それら全部が終わるまでに然程の時間はかからなかった。その速やかな行動にラウニは驚きの色を見せたが、いつものように年長者らしく落ち着いたふりをしながら朝食に行くように促した。

 「え、こんなに早く準備できたの?」

 先に食堂で席を確保していたフォニーがラウニに連れて来られたネアを見て驚きの声を上げた。

 「低血圧じゃないですから」

 乱れた髪を手櫛で整えながらネアは呟いた。

 「私も驚きました。ネア、貴女は一体何者なの?」

 ラウニは手を引いているネアを見下ろしながらため息混じりに尋ねたが、ネアの答えはいつもと同じで「分かりません」であった。


 「これが・・・、ご隠居様からの?」

 セーリャの関の代官であるメイズ・ゴッズはルロから手渡された封印された封筒を見つめながら確認するように呟いた。

 「これは、代官であるゴッズ様だけ確認してください。それは、この関を自由に通過できる権利を付与された者の一覧ですから・・・、もし・・・」

 不思議そうに封筒を見つめるゴッズにルロが真剣な表情でこの封筒の中身について概要を説明している所に、

 「手形もなにも持ってなくても、その名前で判断して欲しいのです。その一覧には符牒も記載してありますから、それで本人であるとの確認ができるはずです。間違っても、他の人に特別だから通すなんてことが悟られないようにしてください」

 バトがいつものシモエルフではなく、真剣な表情で訴えかけてきた。

 「ご隠居様の命と言っても難しい話だな・・・、何をしようとしているんだ」

 手渡された封筒をテーブルの上に置くとゴッズはこの封筒を届けに来た二人をまじまじと見つめた。

 「この関を通ろうとする者が、この封筒に書いてある『天が裂けるほどの大事のため』との台詞を口にした時、封筒の中身をご確認ください。それ以外では決して開封するなとのご隠居様からの御達しです」

 ルロが表情も変えずに淡々と事務的にこの封筒を使用する際の要領について説明した。

 「この事以外は、我々も知りません。この事、内密ですが、よろしくお願い申し上げます」

 バトがそう言うとルロを促して立ち上がった。

 「詳細は不明だが、この件に関しては了解したとご隠居様にお伝えしてくれ。遠いところ、ありがとう」

 バトとルロはゴッズに一礼すると執務室から静かに退去して言った。後には封筒を睨みつけて首を傾げるゴッズが残されていた。


 「私たちのお仕事は終わりました。いつでも出発できますよ」

 見張り塔に上げて貰ってあちこち物珍しそうに眺めているネアたちにルロが大声で呼びかけた。

 「呼ばれたから、行くね。おじさん、ありがと」

 フォニーは案内してくれた真人の騎士団員にペコリと頭を下げると、ネアとラウニもおなじく感謝の言葉とともに頭を下げた。フォニーとラウニがはしごを使って確実に降りていくのを傍目にネアは見張り台から地面までの距離を目測していた。

 【ざっと10メートルか、これなら、いける】

 ネアは見張り台からひらりと身を躍らした。スカートが捲れあがるのを両手で押さえながらのジャンプであったが、着地寸前で身をひねって両手、両足を使って着地し、全身で着地の衝撃を分散させた。

 「なにやってんの!」

 着地した際に手に付いた土を手をたたくように払っているネアに、バトが駆け寄ってきてパツンと尻を叩いた。

 尻をさすりながらびっくりしたような表情でバトを見上げるネアにバトは泣きそうな表情を見せた。

 「怪我したらどうすんだよ。この辺りにはいいお医者様はいないんだよ。もし、取り返しがつかないことになったら・・・」

 その後は言葉にならなかった。肩を震わせているバトの背中をそっとルロが撫でると難しい表情でルロがバトの言葉に続けた。

 「取り返しがつかないことになったら、あの子たちがどれだけ悲しむか分かりますか?お嬢や奥方様、ご隠居様、大奥様、そしてお館様・・・、皆、悲しみます。主に仕える者が命を粗末にしてはいけません。私たちの命は主を護るためにあるんです。徒に、自分勝手に危険にさらすことは許されません」

 落ち着いて喋っているようであるが、ルロもまた拳をぎゅっと固く握り締めていた。

 「流石、猫族ですね。見事な身のこなしです」

 「ウチも飛び上がるのは得意だけど、これだけはねー、ネア凄いね」

 ラウニとフォニーのネアに対する態度は、説教モードのバトとルロとは正反対であった。

 「あんたたち、ネアはあんな危険なことをしたのよ」

 バトがネアが飛び降りた辺りを指差しながらラウニとフォニーをにらみつけた。それに対してラウニとフォニーはきょとんとした表情を浮かべた。

 「猫族の人は高い所からの飛び降り方を身体が知っているし、身体のつくりもそうなっているから・・・ね」

 ラウニが戸惑いながら説明してフォニーに同意を求めた。

 「ネアほどじゃないけど、ウチらもあれの半分ぐらいなら、何とかいけるよ。ウチら獣人は身体のつくりが人より獣によっているからって、ドクターが前に言ってたよ」

 二人の言葉にバトとルロは互いの顔を見合わせた。

 「虎族のトニーはそんなことしなかったよね」

 「確かに獣人の方は皆身体能力が高いけど、種族によって違うって、気づきませんでした」

 元騎士団の凸凹コンビはしゅんとしょげて、ネアに対面すると深々と頭を下げた。

 「ごめんなさい。でも、危険なことはやめてね」

 「すみません。私たち、亜人でありながら、種族について無頓着でした。これは恥ずべきことです」

 二人の大袈裟にも見える反省にネアは戸惑いながらやっとのことで口を開いた。

 「私が不注意でした。着地点の状態もしっかり確認しませんでした。これからは、このようなことはしません」

 ネアも反省をこめて深々と頭を下げた。

 「あのね、虎族の人は猫族のひとに比べて体が大きいし、力があるけど、身のこなしは軽くないんだよ。ウチも狼族の人からすると力がないけど、その分スピードがあるから。これは、獣人同士じゃないとあんまり気にしないことだから」

 「お二人ともこれは種族の特性ですから・・・、言い訳のようですが、獣人は身体ができるとこととできないことを瞬時判断できるようになっています。どんな理屈かは獣人である私にも分かりませんけど」

 フォニーとラウニが凸凹コンビを慰めるように声をかけた。

 「私でも豹族の人と米豹族の人の見分けは難しいです。顔見ただけでは分からないです」

 最近会った米豹族の兄妹を思い出しながらネアも言葉をかけた。

 「そう言ってもらえると幾分かこころが軽くなります」

 「そう言えば、街エルフと森エルフも区別しがたいもんね」

 「生活が違うだけでしょ、どっちも同じエルフ族でしょ」

 凸凹コンビの立ち直りは早いようで早速掛け合いのようなやり取りがはじまった。それを見たネアたちは小さく苦笑した。

 「それじゃ、これから荷物を持って、フォニーさんのお母様の所に向かいましょう。フォニーさん以外は道を知らないから、フォニーさん案内をお願いしますね。じゃ、荷物を持って集合」

 ルロがこれからの行動を手短に指示してそれぞれに行動を促すように手を叩いた。

 「勝手に仕切って・・・」

 そんなルロの行動にバトが口を尖らせて抗議したが、ルロは敢えて聞こえないふりをした。

「私含めて5名、全員揃いましたね。では、フォニー、案内お願いしますね。バト、フォニーさんの直衛、私はラウニさんとネアさんはバトの後ろ、最後尾は私が警戒します」

 前進する隊形をルロが手短に支持するとバトはこくりと頷いてそっとフォニーの後方に位置を取った。

 「妙なのがいたら、すぐに知らせてね。そして、バックして私の後ろに位置すること、そうじゃないと護るのも難しいから」

 バトがフォニーに注意を促すと奇妙なパーティは前進を始めた。


 セーリャの関のケフの郷側の出入り口の門をくぐり、関まで来た道を後戻りする形で暫く進むと、丁字路に出くわした。フォニーはそこを躊躇う事無く曲がるとどんどんと細くなっていく道をすたすたと進んでいった。その後をいつもの呑気そうな足取りでありながらも辺りを警戒しつつ付いていくバト、その後をちょっと間を空けてラウニとネアが横一列で、その後を時折後方を警戒しつつ前進するルロが続いた。

 「この一本道をもう少しいくと村があるから、そこでお花とお供えの小さなお菓子を買うから」

 フォニーが生活の臭いが漂ってくる方向を指差して直衛しているバトに簡単に道案内をした。

 「んー、分かった。ルロ、村に着いたらちょっと休憩しようよ。咽喉も渇いたし、お腹も少し減ったでしょ。私が減ったと感じているんだから、ルロはもっと飢えているよね」

 バトはフォニーの言葉に了解すると、このパーティの殿を務めるルロに楽しげに声をかけた。

 「人を野獣みたいに・・・、了解、村に入ったら休憩します。フォニーさん、村から墓地までどれぐらいありますか?」

 ルロはバトの言葉にフンと鼻先で抗議しつつ、先頭を行くフォニーに大きな声で尋ねた。

 「えーと、村の壁を過ぎたらすぐだから」

 フォニーが答えて暫くすると形を整えもしない大きな板に赤く『ブーマル墓地』と板とは反対に綺麗な髭文字に似た書体で書かれた看板が道端に立っているのが目に入ってきた。

 「ひょっとして、墓地の管理で成り立っている村なのかな」

 ネアがポツリと独り言をもらした。

 「多くはありませんが、珍しくありませんよ。私が住んでいた村も盗賊団に潰されてからは墓地の管理を専らとする村になったと聞きましたから」

 ラウニはネアの独り言に答え、

 「あれから、行ったことはありませんけど」

 と、付け加えた。

 「人それぞれ、いろんなものを背負ったり、抱えたりしてますからね。気楽そうなシモエルフも何かあるみたいだし」

 ラウニの言葉にルロがため息混じりに呟くと

 「貴女たちからすると、我々は非常に恵まれているのでしょうね」

 と付け足し、先頭をいくフォニーを見つめ、何か言葉をかけようとしたが、その台詞が全く考え付かず、難しい表情で歩き続けた。バトもルロも何となくいつもの陽気な雰囲気はなく、そこには務めに精を出している騎士団員の姿だけがあった。

一口に、獣人と言えどもその身体能力は種族によって大きく変わります。

猫族とよばれる小型猫の種族は瞬発力と俊敏さが抜きん出ています。

トラのような大型猫族の種族は力に抜きん出ています。

また、獣人はあまり自身の身体能力をひけらかさないことが礼儀と考えているようで、

ネアのような行動は、子どもだから許されるようなものです。

この駄文にお付き合い頂いた方に厚くお礼を申し上げます。

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