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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第2章 ふしぎな世界
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10 お館の人々

今回は主人公はお休みです。お館に住まう人々の紹介になります。

 お話は、ネアがスージャの関の医務室に横たわっていた頃に遡る。


 言葉にも、表情にも表していないが、彼女がとても落ち着かないのはそのふさふさと尻尾の動きがなによりも雄弁に語っていた。

 「気になるなら迎えに行けば?」

 お館の2階の左翼にあるビケット家の居住区画で住み込みで働く熊族の獣人の少女がその尻尾の持ち主に声をかけた。

 「気になんかしてないよ」

 狐族の少女はそっけなく答えたか、その視線はちらちらと窓の外に向けられる。


 彼女らは、ビケット家の現頭首の妻、モーガとその両親である前郷主のボルロ、その妻のメイザの傍に直々に仕えている侍女であり、現に彼女らが言葉を交わしているの奥様、つまりモーガの居室である。

 モーガの居室は、郷主の妻の居室としては異様であった。採光の良い窓は平均的であるが、その居室内は裁縫師の職場を思わせるような品々で溢れており、又、それらが単なる装飾ではなく実際に使用されているのが異様さの主たる原因である。そして、居室に設えられた装飾味のない棚には色とりどりの布がきちんと整理して置かれていた。そんな異様な居室の中で彼女らは簡単な縫製や奥様の身の回りの世話を生業としているのである。


 「あら、お館様のお気に入りのクッキーがちょっとしかないわね」

 子供用のドレスを縫製しいていた手を少し休めて、お茶のポットを置いているテーブルに足を運んだ奥様がクッキー入れとして使用している大きなポットの蓋を開けて声を上げた。

 「クッキー?」

 居室の片隅で覚えたての文字を確認すかのように絵本と格闘していた今年8歳になる彼女の娘であるレヒテがうれしそうな声を上げた。その声につられるようにソファーの上で昼下がりの惰眠を貪っていた今年4歳になる息子のギブンが眠そうな目をこすりながら母親を見つめた。

 「困ったわねー、そうだ、フォニー、クッキーを買ってきてくれないかしら?お金はルビクから貰うといいわ、ちゃんと領収書をもらってね」

 奥様は朝から落ち着きがない狐族の獣人の少女に声をかけた。

 「小麦の森屋の漢のクッキーですね」

 奥様の声にフォニーは即座に反応した。何故か尻尾がうれしそうにゆっくりであるが大きく揺れていた。

 「承知いたしました」

 少女は恭しく奥様に頭を下げると、足早に居室から出て行った。ピーンと伸ばされ、ゆっくりと振られている彼女の尻尾が彼女の気持ちを物語っているようだった。


 同僚であるフォニーの尻尾を見つめていた熊族の少女は知らずのうちに己の短い尻尾をそっとさすっていた。自分にも長い尻尾があれば、もっと気持ちを伝えられるのに、少なくもとも気になる人の前で仏頂面じゃないことを伝えることができるのにと、尻尾の長い種族が少し羨ましく感じられた。


 「ラウニもふさふさの長い尻尾がほしいの?」

 そんな彼女の心を見透かすようにレヒテがじっとラウニの短い尻尾を見つめていた。

 「お嬢、熊族の尻尾はこれが正当なんです。長いのは他の種族の方で充分です。それに、長いとお嬢に掴まれたりしますからね」

 レヒテが時折、フォニーの尻尾を引っ張ったり、いきなり掴んで彼女に悲鳴を上げさせるのを身近でみているので、そこはちょっとした苦言を混ぜ込んでレヒテの問いに答えた。

 「でもね、フォニーの尻尾って触るとふわふわで気持ちいいのよね」

 ポットの中に残り僅かとなったクッキーを一つ摘み上げると奥様はそれを口に運んだ。


 お館に通じるケフの都の大通りの沿道には既に多くの人々が詰め掛けていた。それをチラリと横目で見ながら、まだまだ時間がありそうなことをフォニーは感じ取った。

 「お使いに来たんだ」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、大通りから一本裏通りに足を向けるそこに、パンの小麦の森屋が店を構えている。その店には装飾の類は一切無く、ただ無骨に「小麦の森」と焼き板に白い塗料で殴り書きしたような看板が出ているだけである。

 「こんにちはー」

 来店者を迎えるというより、拒絶するような扉を開けフォニーは薄暗い店内に声をかけた。

 「おう、その声は・・・、やっぱりお館の狐の嬢ちゃんかい。今日こそは俺のパンを買いに来てくれたんだな」

 いかにも、職人風情の初老の真人である、小麦の味が分かる マサタネがツルツルの頭をなでながら店の奥からのそりと出てきた。彼は、男の類ではないが、そのパンにかける情熱がオーラのようににじみ出ており実際の背丈より大きく見えるところが不思議な男である。

 「おじさん、ごめんね。お館様のお気に入りの 漢のクッキー がきれちゃって・・・」

 フォニーは申し訳なさそうに俯いた。

 「そうか・・・、でも俺の味を分かるお方がおられるのはうれしいことに違いねぇ。で、いつもと一緒でいいかい?」

 マサタネはちょっと寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を浮かべて大きな紙袋に甘い香りが漂うクッキーを店頭に置いてある瓶の中から小さなスコップですくって詰め込みだした。厳密に重さを量るのでもなく、個数を数えるでもなく、いつも感覚だけでの詰め込みであるが、もし計量機があればその誤差は数グラム内に納まっているのを確認することができただろう。

 「これは、熊のお嬢ちゃんと分けて食いな」

 大人の拳ほどの丸いパンを二つ別の袋に入れると、クッキーの入った大袋と一緒に手渡した。

 「いつもと同じの中銀貨1枚でいい?」

 「おうよ、いつもありがとな。次はパンを買ってくれよ」

 「できたらいいけど・・・、ありがとね」

 フォニーはちょっと言いよどみながら店から出た。すると、大通のほうから歓声が聞こえてきた。

 「急がなくちゃ」

 大小の紙袋を胸に抱えてフォニーは駆け出した。


 「流石、我等が黒狼騎士団、見事に敵を撃ち破ったらしいぞ」

 「ガング様の戦いを見たかったわー」

 「ボクも大きくなったら騎士団に入りたい・・・」

 沿道に押し寄せた人々は口々に凱旋する騎士団に賞賛とあこがれの言葉を、気の利いた女性は花を投げかけていた。凱旋する騎士団の先頭は血に汚れたケフの旗を誇らしげに掲げた騎士団員の固き石のクルザックの前を馬上豊かに進むゲインズ・ビケット、その旗の後ろを同じように騎士団旗の前を馬で進むガング・デーラ、騎士団旗の後ろには剣を持った者、槍を担いだ者が足取りに疲れを見せながらも軽やかに行進していく。


 「・・・」

 フォニーは、更新する騎士団の中に灰色の影を懸命に捜したが、どこにもそれはいなかった。

 「まさか・・・」

 彼女はクッキーと丸パンの入った紙袋をぎゅっと抱きしめ、身体全身の毛が逆立つのを感じた。

 「あの、馬鹿野郎・・・」

 食いしばった歯の隙間から押し出すように小さな声をだす。いつの間にかその茶色の目に涙が滲んできた。

 「あら、フォニーちゃん、お使いなの?」

 背後からのいきなりの声に、さっと手の甲で滲んだ涙をぬぐって振り返るとそこには真っ黒の人影があった。

 「レイシーさん・・・、こんにちは・・・」

 声をかけてきたのは、豹族獣人のレイシーである。彼女はだっこ紐で昨年生まれたばかりの娘をだっこし、綺麗な装飾が施された杖にちょっと体重をかけながら立っていた。その彼女に何とか挨拶したフォニーであるが、それ以上は何も言えなかった。何か喋ると涙声になっているのが丸分かりなることを恐れたからである。

 「ウチの人はね、明日帰ってくるんだって。で、ウチの人の護衛に坊ちゃんがついくれてるんだって。だから、心配しなくてもいいわよ」

 レイシーはすやすやと眠る我が子の斑模様が入った髪を優しくなでながらフォニーにその指先と同じように優しく言った。

 「アイツ、・・・ルップ坊ちゃんは無事なんですね」

 泣きそうな、実際は泣いていたのであるが、その表情が一転して明るく輝いた。

 「この匂いは・・・、小麦の森のクッキーね」

 レイシーは黒い鼻をひくひくとさせて紙袋を見つめた。

 「あ、いけない。レイシーさん、ビブちゃん、御機嫌よう、さよなら」

 フォニーはぺこりと頭を下げると黄金色に輝く尻尾を大きく振りながら駆け出した。

 「いい娘ね」

 駆けていくフォニーを見送りながらレイシーはにっこりと微笑んだ。


 「どうだった?」

 息を切らせながら戻ったフォニーにラウニがニタっと笑いながら尋ねた。

 「なにが?」

 「フォニーの尻尾がね、良いことがあったって騒いでいるから」

 ラウニは元気良く振られてる尻尾を指差した。


 「あの子の帰りは明日になるぞ」

 居室のドアを開けて大奥様であるメイザ・ビケットが後ろに料理の詰まれたカートを押したり、お茶セットを手にした女中数名を従えて入ってきた。

 「食堂で大げさにするより、ここでざっくばらんに食事をするほうが婿殿は好きそうだからね」

 「そうですね。あの人も喜びます」

 「しっかし、あの宿六はどこに行ったのかねー、婿殿が凱旋するというのに・・・」

 メイザは今や楽隠居の身になって毎日ふらふらと過ごしているボルロのことを呆れたように言うと、

 「お前さん達は何か知らないかねー」

 メイザはラウニとフォニーを見つめるとにっこりしながら尋ねた。

 「湖に釣りじゃないでしょうか?」

 「下町でお酒・・・でしょうか?」

 二人のはっきりしない答えを最初から知っているようにくすくすと笑いながら聞くと

 「帰ってきたら、ちょいとお灸をすえてやろうかね」

 ラウニとフォニーはご隠居様の身を考えて、小さなため息をついた。


 「留守の間の報告は、面倒だな、そう思わんか?ガング」

 お館様が騎士団長と宰相のハリーク・ノスルを引き連れて居室に入ってきた。

 「お館様がご不在の間、様々な案件が決裁できませんでしたので」

 長身のエルフ族の宰相のノスルが不満の声を上げた。

 「ご隠居様に代理の決裁をお願いしたのだが・・・」

 「ご隠居様のご性格をご存知でしょ」

 二人は顔を見合わせて苦笑した。その後ろで騎士団長が呆れたように天井を見上げていた。


 「お帰りなさい」

 「お帰りなさいませ、無事の帰還、なによりもの幸いです。」

 モーガをはじめとした館の人々がぶつぶつと小声で話し合っているお館様と無言で突っ立っている騎士団長に笑顔で彼らの帰還を心から喜んでいることを伝えた。

やっと、おっさんだけの世界から脱出できました。

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