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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
109/342

102 セーリャの関へ

この4月はお仕事の都合でお話を上げることが難しい状態です。もし、もしも、万が一、このお話を楽しみにされている方がおられたら申し訳ありません。

 緑曜日の朝、ネアたちはいつものように叩き起こされると、いつものように次女の制服に着替えるのではなく、野外で動くことを目的とした作業着、発色の良い緑色下地に黄色のラインが入った厚手の服、これはいつもの如くスカートではなく、レギンスと言う出で立ちであった。さらに、そこに濃いオーカーのリュックサックを背負っているのだから、どこの山にアタックするのかと勘ぐられそうな状態で、それが大中小とお館の使用人で入り口に並んでバトとルロを待っていた。

 「おっはよー、待たせちゃったかなー」

 と、朝っぱらから妙にハイテンションなバトと真面目な表情を浮かべたルロがネアたちを見つけて小走りに駆け寄ってきた。彼女達の出で立ちも基本的にはネアたちと一緒であった。違うところ言えば、バトは腰に剣を佩き、ルロはリュックサックに斧を取り付けているぐらいだった。ルロはネアたちに丁寧にお辞儀して、

 「おはようございます。体調は大丈夫ですか?水はちゃんと持っていますか?雨具は?」

 と、まるで遠足に小さな生徒を連れて行く教諭のように小さなことを確認してきた。その確認項目は多岐にわたり、リュックサック内の荷物の配置までに及んでいた。

 「日が暮れるよ・・・」

 そんなルロをバトは呆れたように見つめて呟くと

 「もういいよね。さ、行くよ、騎士団の皆も待っているから」

 ルロの点検を無理やり終わらせ、文句を言いたげなルロの背中を押してケフの都の門まで緑色の集団を導いていった。

 「ちょいと待ったぞ」

 門には既に厚手の革に鉄板を貼り付けたような軽冑を身にまとい、それぞれの得物を佩いた鉄の壁騎士団の一団と言っても10名がそれぞれが荷車を中心にして、好きなようにしながらネアたちを待っていた。

 「ごめんねー、ちょっと点検に手間取ったから」

 バトが軽く謝りながらチラリとルロを見た。

 「侍女になっても、それは変わらずか。ま、ルロらしいやな」

 セーリャの関の交代要員のリーダーは苦笑しながらルロを見た。そんな回りの様子にルロは黙ったままふくれっ面になっていた。

 「おい、行くぞ、お嬢様方を護衛しつつセーリャの関に前進する。ケツに見とれて周りの警戒を怠るなよ」

 騎士団員とネアたちが出発しようとした時、門から誰かが駆けてくる足音がした。ネアが何気なく視線を移すとそこには乳呑み児を抱いた真人の女性が息を切らして駆け寄ってくる姿が見えた。

 「この子がぐずったから、遅れちゃって・・・」

 その女性は胸に抱いた乳呑み児をそっと騎士団のリーダーに手渡した。

 「ミシェル、お父ちゃんは暫く留守にするが、いい子にしてるんだぞ」

 リーダーは今までの表情とは全く違う優しい表情を浮かべて腕の中のわが子の頬をそっとつついた。そしてじっと我が子の顔を見つめ、我が子がきゃっきゃっと笑い声を上げるとそっと妻に手渡した。その途端、これからのことを察したのか乳呑み児は大きく泣き出した。

 「2ヶ月もすれば帰れるからな。それまでは不安だろうが、頼む」

 リーダーはうっすらと涙を浮かべた妻にそう言うと後ろ髪を引く我が子の泣き声背にして歩き出した。

 「まるで物語の一場面みたい・・・」

 ラウニが片足をあっちの世界にいれながらうっとりと呟いた。そんなラウニを現実に引き戻すようにネアはラウニの手を引っ張って歩き出した。


 ケフの都からセーリャの関に続く街道は両脇に草原が広がり、あちこちで羊のようなそうでもない様な、兎に角毛むくじゃらの生物が残った雪の間から顔を出している草を懸命に食んでいた。時折冷たい風が吹くものの、天気は気持ちよく晴れ、ラマクの山々の雪が太陽の光に白く輝いていた。

 「気持ちいいねー、お母ちゃんが晴れさせてくれたのかな」

 雲ひとつない青空を見上げて嬉しそうにフォニーが言った。春の日差しにフォニーの黄金色の髪と毛が気まぐれに吹き付けた風になびいた。

 【稲荷の神使みたいだなー、この世界に稲荷ずしはないけど、あれば飛びつくのかな】

 そんなフォニーを見ながらネアは前の世界のことをちょっと思い出していた。

 「もうすぐ行くと、メラニ様の祠がある。そこで、昼飯だ」

 交代要員のリーダーはネアたちを中心にして進む一団に声をかけた。

 「昼飯って・・・、お弁当は持ってないですが・・・」

 「あの辺りって祠ぐらいしかなかったよね」

 ラウニとフォニーが心配そうに互いを見合った。そんな中、ネアは食べられそうな動植物がないかとあたりをキョロキョロ見回していた。

 「いたっ!」

 何かを見つけたネアは隊列から飛び出して街道脇の草むらに飛び込んだ。暫くガサゴソしているかと思えばにっこりしながら草むらから出てきた。その両手には長さがネアの背丈ほどの長さがある黄色いものが握られていた。

 「ネア、何を取ったの、え、それって・・・」

 ネアが手にしていたのは黄色い蛇だった。蛇はいきなりのことに何があったか理解できないようで、ひたすら舌をちろちろと出し入れしつつ、己の身の上に何が起きたか状況を確認しようとしていた。蛇より先に状況を掌握したルロが蛇を指差しながら青ざめて悲鳴に近い声を上げた。。その横ではバトが手を口に当てて固まっていた。ラウニとフォニーは悲鳴を上げてその場にしゃがみ込み、騎士団員はポカンと呆気にとられていた。

 「お昼にちょうどいいかなって、蛇はさばきやすいし、火を通せば大概食べられるよ」

 周りの反応を気にするでもなくネアは蛇を掲げて見せた。

 「お嬢ちゃん、それはいけないぜ。メラニ様のお祭りも近い中、例え蛇でも誰にも飼われていないものの命を取るのはご法度だぞ」

 交代要員のリーダーが恐る恐るネアに近づき、蛇を逃がすように促した。

 「昼飯はちゃんと荷車に積んである。猫族って普段からそんなもの食べるのか」

 「そうですか。折角捕まえたんですが・・・、命拾いしたね」

 ネアはリーダーの言葉に促されるまま、蛇を草むらに投げ込んだ。蛇が完全に視界からいなくなったことを確認したルロがネアに近づいて、コツンと頭を叩いた。

 「なに危険なことしているの。アレに毒があったら・・・、もし、貴女たちに何かあれば・・・」

 ルロは怒りとも不安とも言えないような表情を浮かべネアを睨みつけた。

 「ルロー、あの蛇さー、黄色蛇だよ。毒はないよ。でも、好んで食べる人もいないよ」

 何とか落ち着いたバトがルロにネアが手にしていた蛇について説明した。

 「毒のあるなしじゃなくて、危険なことはしないで下さい。命が縮みました」

 ルロは周りが想像以上に反応していることに戸惑っているネアをぎゅっと抱きしめた。

 「熊族でも蛇は食べませんよ・・・」

 「狐族もそうだけど、それ以前に蛇を食べようと思うかな」

 ラウニとフォニーは驚愕と呆れが混じった表情できょとんとして抱きしめられてネアを見つめていた。

 「鼬族も食わないぞ」

 「鹿族も食しませんね」

 交代要員の騎士団員もネアの行動に引き気味になっていた。周りから注がれる冷たく、痛みを感じる視線に耐えられなくなって俯いてしまった。

 「ネアって、さっき蛇はさばきやすいって言ったよね。やったことがあるの?」

 俯きながら歩くネアにフォニーが話しかけてきた。

 「なんとなく・・・、覚えているような気がしたんです」

 【生存自活訓練だったかな・・・、あれせいぞんじかつって・・・】

 ネアはふと何かの風景を思い出したが、それは掌に舞い落ちた初雪のようにすーっと消えていった。

 「蛇を食べる村とかがあれば、そこがネアの出身地かもしれませんね。だから、蛇を捕まえるのは随分と慣れていたんですね」

 ラウニも妙に何か納得しているようであったし、バトとルロはネアが不審な行動に走らないかとじっと監視しはじめていた。


 「着いたぞ、ここで昼飯と休憩だ。その前に、ちゃんとメラニ様にお参りしろよ」

 街道脇の広場のような場所の奥に小さな祠が一つ建っており、そこには綺麗な花やお菓子などが備えられていた。そして、その祠の回りにはシートを広げ春の日差しを楽しむ家族連れの姿が3組ほどあった。

 「ネア、お参りに行きましょう」

 ラウニはそう言うとネアの手を引いて祠に向かった。ネアは祠のお供え物、その周りの家族連れを見ている内に、この風景をかつて見たような気持ちになってきた。

 「・・・知っている・・・」

 ネアは知らず知らずのうちに声を出していた。前の世界ではなく、この世界でかつてこれに近い風景を見ている。何時だったか、どこだったかはさっぱり分からないが、そこには自分にとって大切な人たちがいたことを思い出していた。

 【前の世界のことじゃないぞ。するとこれは・・・、この身体の記憶か・・・】

 戸惑っているネアに今度は例えようもない喪失感が襲い掛かってきた。それは、同じぐらいの大きさの悲しみも伴っていた。

 「ーっ!」

 ネアはその場で大きな声を上げて泣き出した。おっさんの部分では押さえきれない感情の爆発だった。

 「ネア、どうしたの?」

 「何かあったの?」

 しゃがみこんで泣きじゃくるネアにラウニとフォニーが寄り添い、そっと背中を撫でてくれた。

 「ネアちゃん、どうしたの?怖いことないから、大丈夫だから」

 ネアの騒ぎに駆けつけたバトが泣いているネアを優しく抱きしめて頭を撫でながら安心させるように優しくささやきかけた。

 「私たちがいるから、大丈夫ですよ」

 バトに抱かれたまま泣いているネアにルロも優しく言うと、興味深そうに見つめている騎士団員たちに構うなとばかりに手で追い払う仕草をして見せた。

 「・・・いないの。もう、会えないの・・・、絶対に会えないの・・・」

 ネアは泣きじゃくりながら切れ切れに言葉を吐き出していた。しかし、その言葉はネアのおっさんの部分には理解できないものだった。

 【いないって、会えないって、誰のことだよ・・・】

 ネアは自分のことでありながら、理解できないこの感情にこの場にいる誰より戸惑っていた。

 「暗いの、暗くて冷たくて・・・、苦しいの・・・」

 「大丈夫だからね。大丈夫、皆いるからね」

 本人ですら何のことか分からないのに、ネアを抱きしめているバトに何かが分かるわけは無かったが、ネアを安心させようと懸命だった。その懸命さは、泣きじゃくるネアにも充分に届いていたが、ネアにはどうしようもなかった。

 携帯ストーヴで湯を沸かし、干し肉だとか乾燥した野菜やらを突っ込んだスープができる頃には、やっとネアは落ち着いていた。

 「一体、どうしたんですか?心配しましたよ」

 温かいスープの入ったカップと固いパンをネアに手渡しながらラウニが覗き込むようにしてネアに尋ねてきた。

 「何かあったの?」

 フォニーも食事に手も付けずネアを見つめていた。ちょっと離れた所からバトとルロがネア達の行動をそっと見守っていた。

 「とても大切なことを思い出したような気がしたんです。そして、それがもう手が届かないものだと思ったら・・・」

 ネアは手にした温かいカップに目を落としながら涙でカピカピになった目の周りをこすった。

 「じゃ、家族のことを思い出したの」

 フォニーが身を乗り出して尋ねてきたが、ネアはそれに首を振って答えた。

 「蛇を捕まえたり、大泣きしたりと忙しい子だな」

 リーダーは苦笑しつつ部下たちにこぼした。

 「普段はすごく落ち着いた子と聞いていますが・・・、噂だったのでしょうか」

 部下の一人がリーダーの言葉に頷きながら返すとバトがきっと睨みつけて来た。

 「ネアは落ち着いた子だよ。今日は・・・、どこか違うみたいだけど・・・」

 何とかネアを弁護しようとしたが、それは尻きれトンボになっていた。

 「蛇の件があるまであの子が騒いだりしましたか?小さいけど足が痛いとか、疲れたとか言わなかったでしょ」

 バトの後を受け持ったルロがネアを弁護し出した。ネロの言葉には一理あったので騎士団員は頷くしかできなかった。


 「やっとついた・・・」

 ネアたちがセーリャの関に着いた時には日はもうすっかり暮れて辺りは暗くなっていた。そんな暗い中、煌々と松明を灯した砦のような建物、それがセーリャの関であった。スージャの関に比べると小さいが、それは比較的良好な関係があるミオウの郷と接しているためであった。

 「お疲れさん、お前さん達の部屋はあの離れだ。細かいところはバトとルロが良く知っているから、彼女らに聞くといいぞ」

 ネアたちを護衛してきた交代要員たちは兵舎に荷物を置くと早速、ケフに戻る組から最近の状況について申し受けに行った。

 「さ、行くよ。今は女子の団員はいないけど、ここは女子団員用の兵舎なんだよ。ベッドもシーツもあるからね。お風呂はないけど、この裏にシャワーがあるよ。この暖炉に火を入れるとそれを利用してお湯を作る仕組みになっているんだよね」

 バトは暗い兵舎に入ると壁に取り付けてある変換石を利用したランプを灯した。ランプに照らされた部屋にはベッドが5台が2列で10台が綺麗に据え付けてあり、その枕元には小さいながらも小物入れが取り付けられていた。部屋の真ん中には大きめのテーブルと10脚あった。

 「食事は一番大きな建物の隅にあるから、後で行きましょう。その前にベッドを整えて、フォニーは明日、お参りに行くんですよね。私たちの用事が終わってからでもいいですか?奥方様から目を離すなって言われますから、また誰かが危険なモノを捕まえるかもしれませんからね」

 ルロは荷物をベッドの上に置くとネアたちを見つめて明日の行動について簡単な指示を出してきた。

 「先にご飯にしようよ。皆、お腹空いたよね。今から、暖炉に火を入れたら、ご飯が終わる頃にはお湯もできているよ部屋も暖まっているしさ」

 一通り、ルロの指示を聞いたバトは早速暖炉に火を入れると、ネアたちを呼び寄せた。

 「ルロ、早く来ないと、ルロの分まで食べちゃうよ」

 「侍女になったんだから、もっとお淑やかにできないかなー」

 バトに呼ばれたルロはブツブツ言いながらネア達の後について行った。


 セーリャの関の食堂は30人も入れば一杯になるような大きさだった。粗末な木のテーブルに作りだけはしっかりした野趣に溢れすぎている椅子、そして素朴としか形容しようがない料理、お館の食堂がまるでどこかの王侯貴族の食堂に思われるようなものだった。

 「二人ともお館の侍女になったって聞いたが、本当だったんだな。お前さん方が来るって聞いたからよ、ちょいといい素材使ってるぜ。ルロ、量は足りねぇが、ワインもあるぞ」

 セーリャの関付きの料理人がニコニコしながら素朴な料理を自ら運んできた。

 「舌の肥えたお嬢ちゃんたちには物足りないかも知れないが、ここでは普通だからな。おっと、そこの狐のお嬢ちゃんは去年も来ていたな。あ、そっか・・・、お母ちゃんによろしくな」

 料理人はそう言うと、ルロ用のワインの小瓶を置いてさっさと厨房に戻っていった。

 「温かいうちに食べようよ。見た目はアレだけど味は保証するよ」

 バトはそう言うと、ネアたちに大皿に盛られた小魚をネア達の皿に取り分けていった。

 「つい最近までここに来たりしていたのに、なんか随分前のように感じますね」

 ルロは懐かしそうに回りを見回しながら、用意して貰ったワインの栓を抜いてグラスに注いだ。

 「スージャの関より小さいですね」

 「あそこが大きすぎるんだよ。ウチの知っている限りじゃ、セーリャの関も立派なほうだよ」

 本当に幼い頃に母親と旅していた時のことを思い出しながらフォニーがこの関が小さいものではないと説明した。

 「スージャは別格、あそこは関じゃなくて要塞だよね」

 「女神様のご加護なかったら、どうなってたことか・・・、私たちも第2陣で出ることになっていましたからね」

 バトとルロは昨年のスージャの関の一件を思い出して互いを見合っていた。

 「もっと早く女神様のご加護があればなー、いや、ウチのお母ちゃんにご加護があれば・・・」

 フォニーが小さく、寂しげにつぶやくのを耳にしたネアはそっとフォニーを見上げた。

 「ご加護はこれからですよ。多分・・・」

 ネアは自分がスージャの関の一件の当事者であると言いそうになるのを何とか堪えて、フォニーにそっと寄り添った。

何となく、セーリャの関に着きました。お話しの中にもあるようにスージャは関としては異質なもので、要塞的なものになっています。

今回も、この駄文におつきあい頂き、さらにブックマークまで頂いた方に感謝申し上げます。

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