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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
108/342

101 フォニーのこと

花粉で鼻周りが大変なことになっていますが、何とか書き上げました。

しかし、この世界でも花粉症ってあるのかと、疑問に思いましたが、この世界は不自然な杉の植樹はしていないので多分ないと思います。(少なくとも国民病といわれるようにはなっていないはずです。)

 ネアたちは年始の休暇を終え、日常に戻っていった。と、言ってもネアにとっては、日常とは言い難いことなのであるが。年齢も性別も種族すら違う身体になっているというだけでも非日常の極みなのである、その上、良く分からない魔法だとか、侍女としての仕事だとか、お嬢のお相手、どれもこれも新鮮を通り越して、御伽噺の登場人物になったような気分であった。

 【完全に非常識な世界だったら割り切れるが・・・、あちこちで前の世界と似ているところがあるから難しい・・・】

 日常に対するネアの思いはこんなものであった。そんな非日常的な日常を繰り返し、冬の終わりの月に差し掛かった頃、ネアが何とか慣れだした針仕事に精を出している時、奥方様が同じように懸命にボタンを夏物の淡い藍色のシャツに取り付けているフォニーに声をかけた。

 「フォニーちゃん、次の茶曜日でしょ。今年も行ってもいいのよ」

 「でも、お仕事が・・・」

 奥方様の言葉にフォニーは顔を上げると奥方様を見つめて戸惑ったような声を上げた。

 「今年は注文が少ないから大丈夫よ。前の日にセーリャの関に交代にいく騎士団がいるから、一緒に行けるようにヴィットに話は通しておいたから」

 戸惑うフォニーに奥方様はにこやかに、しかし反論は許さぬ、規定路線であるとフォニーに言いつけた。

 「そうね、今年はラウニとネアも一緒に行くといいわ。それも伝えてあるから、ちゃんとお友達と楽しくやっている姿を見せてあげないとね・・・、アレは出発のときに渡すからね」

 奥方様はラウニとネアまで規定路線として巻き込んでいた。その言葉にネアとラウニはポカンとした表情で奥方様を見つめ、そして互いに見詰め合ってタイミングを合わせたように互いに首をかしげた。

 「あ、ありがとうございます」

 フォニーはその場にぴょんと立つと奥方様に深々と頭を下げた。


 「次の茶曜日に何があるんですか、セーリャの関に誰か知っている人がいるんですか?」

 その日の昼食時、食堂の片隅のテーブルで複雑な表情をするフォニーにネアは首をかしげながら尋ねた。

 「ウチのお母ちゃんのお墓参りだよ・・・、ネアには言ってなかったかな・・・、ウチはケフの生まれじゃないって」

 フォニーは、この話し、はじめてだったかなとネアに奥方様から言われたセーリャの関について簡単に説明した。

 「私がここに来て1年も経たずに来ましたからね。あれから、2年になるんですね」

 ラウニが懐かしそうに呟いた。そして、はっと気づいたように立ち上がった。

 「さ、お昼からのお仕事ですよ。いろいろなお話しはお仕事が終わってから。食後のお茶の準備もしなくてはなりませんからね」

 ネアたちは食べ終えた食器を載せたトレイを持つと回収棚に置いて、いつものごとく元気よくごちそうさまの挨拶を調理人たちにすると奥方様の執務室に向かった。


 「奥方様、去年はフォニーちゃんだけで行かしたのに、今年は3人とも行かせるのですか?仕事の量は去年に比べるとうんと少ないですが・・・、この部屋が寂しくなりますよ」

 職人の中年女性がネアたちが食事に行った後、そっと奥方様に尋ねた。

 「あの子達に、それぞれの抱えているモノを分かち合って貰いたいと思っているの。・・・あの子たちは、ある意味このケフの鬼札になるかも知れない子たちだから・・・、これは秘密よ」

 にこやかに穏やかではないことを言う奥方様に彼女はある種の恐怖の香りを嗅ぎ取った。

 「ま、まさか、なんのことだか分かりませんから・・・」

 職人の中年女性は、引きつった笑顔で奥方様に答えると、奥方様はにっこりと頷いた。


 「ネアにはまだ言ってなかったけどね・・・」

 ネアたちは自分達の部屋でいつものように小さなテーブルを囲んでいた。フォニーはネアとラウニを見るとポツポツとここに来た経緯を話し出した。

 「ウチは小さい時から、ずっとお母ちゃんと旅してたんだ。お母ちゃんは言わなかったけど、何かから逃げていたんだと思う。・・・お父ちゃんはウチが生まれる前に死んだって聞いてる・・・」

 ここまで語るとフォニーはネアが淹れたお茶を一口飲み、そして口を開いた。

 「あの旅でお母ちゃんは身体を壊したんだ。そして・・・、セーリャの関を越えたところで動けなくなったんだ。きっと酷い状態だったと思う。ウチは倒れたお母ちゃんをどうすることもできず・・・、道端で泣くことしかできなかった。そん時、セーリャの関の視察に行こうとしているお館様にあったんだ。お館様は泣いてるウチを抱き上げて、そしてお母ちゃんに手当てをしてもらったんだけど・・・、手遅れだった。そして、ウチはここに侍女として引き取られたのよ。これが、ウチがここに来るまでのお話しだよ」

 フォニーはここまで言うと深いため息をついた。

 「奥方さまが言っていたアレってなんですか?」

 「ネア鋭いですね。私も聞きたかったことですよ」

 話し終えたと思っているフォニーにネアが切り込んでいった。

 「あ、アレね。コレぐらいの革の袋に入った大きなメダルみたいなものだよ。ウチも袋から出してみたことがないんだ。お母ちゃんがアレは絶対に無くすな、そして、どうしようもない時以外は袋から出すなって言ってたから。とても大切なモノだから、奥方様に預かって貰っているんだよ」

 フォニーは両手の人差し指と親指でメダルの大きさを表した。

 「それって、なんなのでしょうか」

 ラウニが首をかしげた。それに対してフォニーも分からないと同じように首を傾げながら答えた。

 「ひょっとすると、どこかのお姫様であることの証拠とか」

 ネアが大昔に目にした時代劇のご落胤騒ぎを思い出しながら呟いた。

 「え、ウチがお姫様、それってすごくない」

 「ここまで騒がしいお姫様はいないでしょ」

 フォニーとラウニがいろいろと想像しながらやりやっている横から、ネアが自問するように呟いた。

 「獣人もお姫様になれるんでしょうか?」

 「それは・・・」

 「聞いたことないね。すると、アレってお金になるモノなのかな。それはそれでいいかな」

 自分のことでありながらもあっけらかんと答えるフォニーにネアは苦笑しつつ、この世界での獣人の立ち位置を改めて認識することになった。

 【獣人の郷主もいないのかも知れない、政が真人よりになっているのは仕方ないことなのか・・・】

 ネアはこの世界のどうしようもない現実を思いながら暗鬱とした気分になった。

 「それでは、お姫様、もうお休みの時間でございます」

 ラウニが恭しくフォニーに消灯であることを告げた。

 「ご苦労様、分かりました。では、明日もよろしくお願いね」


 「アレの招待をご存知なのでしょ」

 モーガは寝室で寝間着に着替えたお館様に尋ねかけた。

 「俺もアレを袋から出して見ていないよ。ただ、フォニーの母君の言葉を信じているだけだよ」

 お館様は欠伸をかみ殺しながらモーガを見つめて微笑んだ。

 「フォニーちゃんのお母さんはなんて言ったのですか?」

 「それは、時が来るまで口外できない。彼女との約束なんだ。ただ、ネアと同じように穏やかに生活させるには、他言はできないんだよ。決して俺の子じゃないからな」

 モーガもフォニーのメダルについて何も知らないのである。ただ夫であるお館様に保管するように言いつけられているだけであった。

 「貴方がそう仰るならそうなんでしょうね。フォニーが貴方の子じゃないことも信じます。・・・只、あのフォニーちゃん、うちのレヒテよりお嬢様らしいところがあったりするのよね。本当に幼い頃にきっちりと躾されているみたい・・・、それを隠そうとしているのか、荒い喋り方をしているみたいですけど」

 モーガはフォニーの常の行動を思い起こしながら、彼女の正体を探ろうとした。

 「フォニーって一体・・・、只、今日もうっかり口にしたのですが、あの子はケフの鬼札って・・・、貴方が時折、フォニーちゃんのことを言っているみたいに・・・」

 モーガが申し訳なさそうにお館様に言うと

 「そうだな、間違っても本人には言わないようにしないとな。あの子は我々の切り札になってくれる可能性が大きいんだよ。でも、俺はあの子には普通に生きていってもらいたい。出自であの子の人生が狂ってしまうことは何が何でも避けたいんだよ。これは、あの子だけじゃない。ラウニもネアも我々の切り札になりうる存在であるが、普通の子として生きてもらいたいんだよ。だから、敢えて手元に置いているんだよ。ま、それ以前に誰もがいい子だから、俺は実の娘のように思っているよ。尻尾が生えているけどね」

 お館様はそう言うと背を伸ばしてモーガが寝ているベッドに入った。

 「ええ、尻尾はあるかもしれませんが、私も実の娘のように思っていますよ」

 郷主夫妻は互いに見つめあうとそのまま目を閉じた。


 「セーリャの関って、馬車で行くんですか。そうなるとクッションを準備しておかないといけないから」

 仕事を終え、食事も終わった後の浴場でゆっくり身体を温めながらネアはフォニーに尋ねた。

 「うーん、残念だけど歩きになるよ。ネアは年末のマーケットでいい感じのサンダルを買ったでしょ。あれの威力を発揮できるよ」

 湯の中でふわっと膨らんだ尻尾を撫でながらフォニーがネアに今度の旅行が快適で無いモノである事を告げた。

 「乗り物酔いしなくていいですね。騎士団の人たちと一緒なんですよね。すると、ヴィット様も・・・」

 ラウニが湯船の中で身を正してフォニーに詰め寄った。

 「残念、団長は行かないよ」

 ラウニの背後からいきなり声がかかった。ネアたちが振り返るとそこには一糸まとわぬ姿で仁王立ちしているバトの姿があった。

 「うわっ」

 思わずネアは驚きの声を上げていた。すらりとしたいいプロポーションの美女が何も隠さず仁王立ちしている姿は芸術とか色気などの対極にあるように思われた。

 「隠しなさい。だれも見たがらないから」

 バトの後ろからタオルを身体に巻いたルロが足早にやって来て、バトに手にしていたタオルを投げつけた。

 「ネアちゃんが凄い目つきで見ているから、いいかなって・・・、本当はお金取るけど、今日はサービスだよ」

 バトはネアに向かってウィンクすると投げつけられたタオルを身体に巻きつけた。

 「減るもんじゃないけどね・・・、ここ使わせてもらうよ」

 バトたちはネアたちが浸かっている獣人用とされる湯船の周りの腰掛けに腰を降ろした。

 「抜け毛がつきますよ。亜人の人は・・・」

 「私たちがこっちを使っちゃいけないって法はないんだから」

 「抜け毛なんてお湯から出る時、流せばいいんですよ」

 ラウニが何か言おうとするのをバトは押さえつけようにかぶせてきた。ルロもそんなことには全く頓着しない様子であった。

 「あっちの湯船に時々浮かんでいる縮れた毛より、こっちの色とりどりのキレイな毛のほうがいいもんね。私は毛が薄いから毛を落とすことはあんまりないけど、ルロは剛毛でしょ、ひょっとして浮いている毛のほとんどがルロのじゃないの」

 「私はちゃんと手入れしているから・・・、貴女こそお湯の中で変な液体を排出しないでね」

 「変な液体って、人をアメフラシみたいに言って、この剛毛ウニ女が」

 「アメフラシに悪いからね、万年発情期は自重するように」

 互いの肉体的なことをネタにいつものように掛け合いが始まるのを見ながら、頃合を見計らってネアが口を挟んだ。

 「バトさんとルロさんに同行してもらえるんですか」

 「そうですよ。私たちもセーリャの関に運ぶものがあるから、そのついでにね」

 ルロが自分達もいくことをネアたちに告げると、彼女たちは互いに見合って嬉しそうな声を上げた。

 「ステキなお姉さんと一緒に行けるなんて嬉しいでしょ。美形のエルフ族とちんちくりんだけど、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでるドワーフ族と一緒なのよ。金払ってでも付いてきたいって男がいっぱいいるぐらいよ」

 身体を洗いながらバトが自慢そうに言うと、哀れみを込めた視線をルロに送った。

 「普通のエルフ族ならね、シモエルフと一緒だと恥ずかしいからね」 

 ルロは身体をゴシゴシ洗いながらバトの視線をやり過ごすと、パトに切りかえした。

 「シモエルフって・・・、最近この呼び名が根付いてきているけど、ハンレイ先生の変態の称号を越えるにはまだまだな気がするのよ。どう思う?」

 バトが神妙な面持ちで横目で睨みつけてくるルロに真剣な表情で尋ねた。

 「バト、そんなに変態の称号が欲しいの。それって女の子としてどうなの?私なら、シモドワーフって言われた時点で随分と傷つくけど」

 ルロがまるで哀しい人を見る目つきでバトを見るとため息をついた。

 「尻軽とか言われるよりマシ、極める行為が重要なのよ。皆も何か極めるものを見つけることが大切だよ。そして、日々精進して極めるのよ」

 堂々と語るバトの台詞はある意味真っ当に感じられたが、当の本人が極めようとしているモノが決して他人には理解できないものだから説得力は半減していた。

 「そうだよね。絵本に出てくるようなエルフ族のお嬢さまだったら、バトさんじゃないもんね」

 バトの言葉にフォニーは何故か納得したようでしきりに頷いていた。

 「目指す方向を間違えなかったらそのとおりですよ。フォニー、道を選ぶことは大切ですよ」

 感心しているフォニーに心配そうな様子でラウニが声をかけた。

 「男だったら、漢の浪漫ってヤツですねね」

 ネアもバトの言葉に何かを感じたらしく、バトを見る目にほんの少し憧れの色が混じっていた。

 「漢の浪漫・・・、私は女だけど、まさしく浪漫ね。漢のロマンが分かる女って、いい女の条件でしょ」

 何故か盛り上がっているネアとバトを横目にルロは深いため息をついた。

 「二人とも、ママのお腹の仲に忘れ物してきたってヤツじゃないの?」

 「ルロ、忘れものって・・・、あ、アレか・・・」

 バトはルロが何を言おうとしているのか察したようで、付いていたらかっこいいかなと明後日の方向なことを口走り、ネアは喪失したモノを懐かしく思い出していた。

 「・・・二人とも、何か思い当たることがあるの?で、ルロさん、忘れ物ってなんですか?」

 微妙な表情を浮かべている二人を目にしたフォニーが純真な眼差しでルロに尋ねてきた。その横で同じようにラウニも興味津々の様子で見つめていた。

 「そ、それは・・・」

 ルロはどう答えようかと言葉を捜している時にその横からいきなりバトが口を挟んできた。

 「それはね、オチ・・・・ぐっ」

 バトが最後まで台詞を口にできなかった。その代わりに口にしたモノはルロのバックハンドであった。

 「歯が折れるよ・・・、この子たちにはまだ早いかな・・・」

 「早いも何も、侍女を目指し、あわよくば玉の輿を狙う者が口にする言葉じゃないよ」

 「ルロって、玉の輿を狙っているんだー」

 バトがネロの言葉に食いついてニヤニヤと見つめた。

 「な、なによ。貴女もあわよくばって思わないの」

 「あわよくばは、こちらで作るのよ。既成事実で追い込むの」

 二人のアダルトな会話にラウニとフォニーはぽかんとした表情を浮かべ、ネアはその横で顔を横に向けて笑いを堪えていた。

 「・・・、それより、皆、セーリャの関まで歩きになるから、体調管理は確実にしておいてね。汗をかいた時のために下着は多めに持ってくること」

 話が子どもに良くないと判断したのか、バトがいきなり普通の台詞を口にした。

 「あ、そ、そうです。汗をかいてそのままにしておくと身体を冷やしますから。まだまだセーリャの関は寒いですからね」

 ルロがバトにあわせて慌てて話題を修正した。そんな二人のやり取りをネアたちはにこにこしながら聞いていた。勿論、その日のお風呂で三人とも真っ赤に茹で上がったのは言うまでもないことだった。

フォニーの生い立ちが少し明らかになりました。まだまだ謎な部分はありますが、作者はそのあたりをちゃんと考えているのか、少し不安ですが、ま、大丈夫でしょう。(フォニーのモデルはアカギツネのつもりです。)

今回も駄文にお付き合い頂きありがとうございます。ブックマーク頂いた方に感謝申し上げます。

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