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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
107/342

100 日常へ

100話になりました。まさか、ここまで続くとは、と、書いている本人が驚いたり、呆れたりしています。

 ネアたちが懐かしのケフの都に辿り着いたのはお昼を過ぎた頃だった。

 「お館のお昼の時間は終わってますね。食べに行きますか?」

 フラフラと馬車から降りたラウニが威勢よく腹を鳴らしているネアに何とか声をかけてきた。

 「・・・ラウニ、ちょっと休んでからにしようか・・・、その調子だと食べた後、すぐリバースするよ」

 車酔いでフラフラするラウニの背中を撫でながらフォニーが心配そうに声をかけた。

 「・・・私もすぐには動けません・・・。腰と尻尾が砕けてました」

 ネアも腰を呻いて伸ばしてながら情けない声を上げた。

 「あらあら、そんなにきつかったからしら」

 抱っこ紐でビブを抱いたレイシーが軽やかに馬車から飛び降り、乱れたスカートを直しながらネアたちを楽しそうに見つめた。

 「おい、いくら調子がよくなったと言って、無茶はいかんぞ。もし、転んだらビブが・・・。それにしても、悲惨なことになっておるのう」

 レイシーの後を大きな荷物を抱えたドクターが心配そうに馬車から降りてきて、うめき声を上げるネアとラウニを呆れたような表情を見せた。

 この惨劇を発生させたのは全てこの馬車のサスペンションにあった。日記を書くと決心して、日記帳を購入した時点でやる気を無くす三日坊主の信念より粘りも腰もないバネがネアの腰と尻尾の付け根、ラウニの三半規管をしたたかに攻撃したのであった。

 「二人とも乗物に弱いねー、ウチなんか何ともないのにね」

 「私は繊細なんです・・・、うっ」

 「姐さんたちみたいに、肉ついてないから・・・」

 「なによそれ、ウチが鈍感で、無駄に肉つけてるみたいじゃない」

 頬を膨らませて抗議の声を上げるフォニーにドクターたちは小さく笑い声を上げた。

 「何時までもそこにいると身体が冷えるよ。さ、早く温かいところへ、風邪ひいちゃうよ」

 レイシーが杖を持った手で胸を押さえて、こみ上げてくるナニカと戦っているラウニの袖をそっと引いた。

 「動かん椅子に座って、落ち着いておれば、気分の悪いのもすぐにマシになる。こご突っ立っていてもなにも良くならんぞ」

 ドクターは快活に言うと、荷物を片手で担ぐと腰をさするネアの手を引いて歩き出した。

 「今日のお昼は、あの人がご馳走するって・・・、あの人のお小遣いでね」

 「レイシー、何を勝手に・・・、仕方ない・・・、その点をよーく配慮してくれよ」

 ドクターはため息をつきながら、姦しい一団を引き連れてなじみの店へと足を向けた。


 侍女兼護衛というややこしい役目上、バトとルロは互いに休日をずらさざるを得なかった。主人がおらず、質素な造りと言えどお館には下々の民からすれば金目の物は多く、もし、ケフの郷に係わる秘密の書類などがあれば、それに良い値段がつくことぐらいは大概の人間が気づいている。休みと言うことで使用人の数が減っている最中、押し込みにでも遭えばその被害は計り知れないためである。

 と言うわけで、ルロは先に休みをもらい、久しぶりに帰省したのではあるが、彼女は己の神経は日ごとにささくれていくように感じられた。

 「で、良い人はいないの?」

 「早く、孫を抱かせてくれ」

 「隣の村の鍛冶職人の好青年がいるんだが、会ってみないか?気に入ると思うぞ」

 等の縁談に関する話を両親どころか、こんな時ぐらいにしか顔を合わさない遠縁のおっさん、おばさんに散々ふられたり、持ち掛けられたりで、そんな気が全くないルロにとってはそれは迷惑な話で、さらに

 「騎士団を辞めたって噂だけど、何をしたの?」

 「侍女?いい花嫁修行だ。お館から紹介されたのか?」

 などと神経をこれでもかと逆撫でされるような話題を酒の肴に振られ、当初は曖昧な返事でその場を濁していたが、お館に帰る前日、アルコールが入ったのがいけなかったのか、大いに熱くなり、両親、親戚を向こうに回して激しい言いあいをやらかしてしまったのであった。

 「相手もいないのに・・・、と言うか、私のキャリアはこれからなのに」

 挨拶もせず実家を後にしたルロは重い足取りでお館と歩んでいた。鉄の壁騎士団で一団員として勤務するより、お館様やご隠居様の特命で動く侍女兼護衛の立場は出世であると彼女は考えていた。そして、この職務を見事にやり遂げればそれなりの地位や報酬があるだろうとも考えていた。それと同時にルロはどこかの教会のギスギスした修道女や屋敷内で発言権だけは大きい古手の侍女のようなオールドミスになる気は毛頭なかった。本音のところ、侍女として勤務している際に、どこかの貴族のご令息と劇的な出会いにより、様々なドラマの末にハッピーエンドを手に入れることを心から望んでいた。戦闘力だけでみれば騎士団でも上の方にいたし、侍女としての掃除、洗濯等の家事のスキルも家にいる時に身につけたものが役に立っているので他の侍女と比してそんなに酷いとは思えず、いつか望んでいるハッピーエンドが訪れると根拠もなく信じていた。

 「その時が来たら、バトには悪いけど、さっさと玉の輿に乗るから」

 まだ、寒風が吹く中、ルロは皮算用の算盤をせわしなく弾きながら、にやにやが止まらなかった。


 お館でルロとの交代を待っていたバトは今までに無いほど頭を絞っていた。昨日から悪寒、頭痛に見舞われお館の横の診療所に診察と薬の処方を受けに来たのであるが、熱で頭が働かなかったのか、今日の診察はあのハンレイであることに受信の受付をすましてから気づいたのである。

 「きっと、あのセンセイは診察室に入ると『パンツを脱いでくれ』って言ってくるはず。そこで真っ赤になったらシモ(ねた)エルフの名が廃る・・・、今のうちにパンツを脱いでノーパンで相手を先制して、主導権をこちらのものに・・・」

 と、傍から見ればどうでもいい事で熱で働きらない頭をフル稼働させていた。いざ、パンツを脱ごうしたものの、診察を受ける患者は待合室に子どもから老人、男から女まで両手の指を越えるほどぐったりと椅子に腰掛けており、その中で堂々とパンツを脱ぐ度胸はバトにはなかった。

 「このままじゃ、主導権がとれないよ・・・、パンツだけを考えるから脱げないんだ。いっそのこと真っ裸になれば・・・、それじゃ、私が痴女みたいになるよ・・・」

 待合室でルロが頭を抱えている時、ハンレイも心中穏やかではなかった。看護師のいかついオバサンが手渡してくれた患者名を見た時、ハンレイは思わず

 「来るべき者が来たか」

 と小さく呟いていた。名簿には最近、エルフらしからぬシモネタ一本槍の娘がいると噂に聞いていたが、その彼女が自分の診察を受けるのである。

 「負けられんな・・・」

 腹を下したという馬族の老人を診察しながらハンレイは呟いた。

 「あの年齢でエルフ族で、そこまで言われる人物だ。私の『パンツを脱いで』には、きっとノーパンで切り返してくるはずだ。・・・そこでたじろげば私の敗北だ・・・」

 診察を受けている馬族の老人は目の前の医師がなにやら尋常ならざる独り言を呟いているのに巨大な不安を感じていた。

 「先生、大丈夫ですか・・・」

 思わず、ハンレイに声をかけたがハンレイは難しい表情のまま老人を睨みつけるように見つめた。

 「名誉に掛けて負けられぬ戦いというものがあるのだよ。心配しなくてもご老体のパンツには全く興味はありません」

 「あってもらっちゃ困りますよ・・・」

 「軽い食あたりだな、薬を処方するからそれを食後に飲みなさい。食事は油っぽいものや消化に悪いものはダメですよ」

 ハンレイは普通の意志の表情に戻ると老人に処方箋と養生の要領を指示した。診察を受けた老人は手渡された処方箋を手にしながら不安げな足取りで診察室を出て行った。この老人の不安が杞憂であったことは翌日の朝にはっきりするのであるが、この時点では彼の態度は尤もなことであった。

 「彼女がノーパンで入ってくる。どう切り返す・・・『君は心を病んでいるようだね』と真っ当に切り返す。これがいいぞ・・・、待て、そうすると最初の『パンツを脱いで』と態度が矛盾する・・・、なかなか強敵だ、しかし、この変態の称号、エルフの小娘に譲るほど軽くないことをあの娘に思い知らさなくては・・・」

 「先制ノーパンの手がない以上は・・・、『パンツを脱いで』でその場で躊躇わずに脱ぐ、診察代として渡すのもいいかも・・・、この寒さの中でノーパンで帰る・・・、あそこから風邪ひいちゃうな・・・」

 若い、しかもエルフ族の見目麗しい娘がぶつぶつととんでもないことを呟いているのを聞いて待合室で診察を待っていた患者たちはそっとバトから距離をとりだした。

 「あの娘、確か騎士団で噂のシモ(ねた)エルフじゃないのか」

 「すると、変態ハンレイとの一騎打ちか・・・、俺達、凄いものを目にできるのか」

 「迷惑な話ね、子どももいるのに・・・」

 物好きな連中は熱によるものか、これからの戦いに備えてか、俯き加減でブツブツとつぶやくバトを遠目に好奇の目を向けていた。

 「「よしっ」」

 暫くすると診察室と待合室同時に気合を入れるような声が響き、その後、バトの名が呼ばれた。子供連れは子供の耳を塞ぎながらとりあえず待合室から出て行き、好奇心旺盛なおっさんたちは一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてた。

 「症状は?」

 「悪寒と頭痛が昨日から・・・」

 「なるほど、ちょっと手を出して、血を診るから」

 ハンレイは差し出された白い腕にそっと牙を立てほんの数滴の血を口の中で転がすようにしてから、足元のツボに吐き出した。

 「感冒ですね。薬を処方します。温かくしてよく寝るように」

 期待された二人のやり取りはごく普通だった。互いに手を読み会って、どちらも後の先をとろうとして普通に切り出したのである。そして互いに牽制しあってごく普通の診察風景になったのである。耳をそばだてていた他の患者たちはがっかりして互いを見合った。彼らがため息をついている時、その中で毎日の散歩のように診療所に通っている老人が重々しく口を開いた。

 「竜虎相搏つことを回避したか・・・、しかも片や病人、勝ったとしてもなんの自慢にもならんことを悟ったか・・・、あの娘もここは勝負すべきでないと悟るとは将来が楽しみじゃ」

 と、歯がほとんどなくなった口を大きく開けて笑うとそのまま咳き込んでしまっていた。


 「・・・」

 馬車に揺られながらレヒテはむすっと膨れていた。年始の旅行とは名ばかりの郷主としての各地域の視察の付き添いにうんざりしていたからである。全部の村や町に回ることができないものの、毎年数箇所の村や町を視察するのがビケットの家の習わしであった。護衛としてデーラ一家が同行しておりレヒテとしてはパルが近くにいてくれることが唯一の救いだった。そのパルもどこに行ってもお嬢様として祭り上げられるのが居心地が悪く、レヒテほどではないが機嫌は良くなかった。

 「私も、ネアたちと一緒に行きたかったなー」

 仏頂面のまま呟いてわざとらしく大欠伸をした。

 「姉さん、今日後一つ視察したら終わりだから、がんばろうよ。ボクもこの馬車の寝心地の悪さに我慢しているんだからさ」

 そんなレヒテをギブンが優しく宥めた。

 「ずっと居眠りしてるのに?」

 そんなギブンにキツイ口調でレヒテが突っ込んだ。

 「お館のソファでの居眠りを100とすると、この馬車は60だよ。振動も心地悪いし、クッションもちょっと固いし」

 面白くなさそうに馬車での寝心地に採点したギブンにレヒテは軽くため息をついた。

 「私はね、じっとしているのが苦手なの。私のお淑やかの残量は100のうち、5も残ってないよ」

 「それが、郷主の娘としての勤めだよ。パルも騎士団長の娘として付き合ってくれている。彼女の馬車はこれより寝心地が悪いはずだ。それでもあの娘は頑張っている。お前こそ、機嫌が悪くなっているパルやギブンに指導する立場なんだぞ。毎日じゃないんだから、やる時はやってみせてくれよ。これができなかったら、レヒテ、お前は郷主の娘としての勤めも果たせない、只の我が儘な暴れ娘になってしまうぞ」

 仏頂面のレヒテにお館様が優しく諭すように語り掛けた。さすがのレヒテもお館様の言葉にうなずくことしかできなかった。彼女は優しく言われているうちに戈を収めないと後々エライ目に遭うことを知っていたのである。

 「返事は?」

 「はい、分かりました」

 父の叱責にレヒテはうんざりした調子で答えた。


 「ただいまー、ロロ、寂しくなかった?」

 自分達の部屋に戻るとフォニーは荷物を足元に置くとさっとベッドに飛び乗り、寂しそうに佇んでいるキツネのヌイグルミを抱きしめていた。

 「フォニー、荷物を整理してからね」

 元気を取り戻したラウニがフォニーが置きっ放しした荷物を指差して指導した。

 「洗濯物はこの洗濯袋にいれればいいんですよね。いつもより量があるから入れるのきついけど」

 ネアは誰に言われるまでもなく、いつものように淡々と荷物の整理を始めていた。

 「ネアって、キッチリしているね。そんなに神経質だと禿げるよ」

 しぶしぶベッドから降りたフォニーが荷物を整理しながら、もう整理を終えようとしているネアに感心したような口調で話しかけた。

 「これは普通のことですから」

 そんなフォニーにネアは事務的に答えるとやっとベッドの上のヌイグルミを抱き上げた。

 「ただいま、お留守番、ありがとうね」

 「ネアは流石ですね。要領もいいし、しなくちゃならないことを知っていますね」

 ラウニも整理を終えるとクマのヌイグルミを愛おしそうに抱き上げてその丸い耳元に

 「ただいま、もう寂しくないよ」

 と、そっと呟いた。それから、消灯のベルが鳴るまで侍女たちのラゴの村での思いで話に花が咲いた。明日から日常の生活になると言うにもかかわらず、ネアは何故か楽しい気分でいた。

 【そう言えば、こんなに休んだことも、旅行に行ったことも前の世界ではなかったなー、ずっと職場だったからなー】

 ベッドに横たわりながら、ネアは前の世界で休日も昼も夜も関係なく黙々と仕事をしていたことを思い出していた。あの時、旅行や休暇と言う存在は知っていたが自分には関係ないと思っていた。

 【・・・職場の部下にも強制したな・・・、酷いヤツだな・・・】

 家族とのイベントがあるという部下に仕事が終わっていないと無理やり残業させたことをネアは思い出した。その時の部下の目を今思い返すとほろ苦い後悔の念がどっと押し寄せてきた。

 【前の世界に何もなかったじゃなくて、俺が捨てたんだな・・・、暖かなものを・・・】

 ネアは深いため息をつきながら暗闇の中、そっと目を閉じた。

 

やっとネア達の年始のお休みが終わりました。そして、やっと100話目に辿り着くこともできました。

今回も、この駄文にお付き合い頂き感謝しています。

ここまで続けられたのもブックマークを頂いたり、

評価を頂いたりしたおかげです。改めて感謝を申し上げます。

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