97 人材発掘?
先日、体調を崩して仕事を休みました。たった一日休むとたまった仕事をリカバリーしないといけないし、今やっている仕事に遅れが出るし、で散々です。寒い日々が続きます。皆様もお体には充分注してください。
その集落はネアたちが宿泊している温泉宿のある集落と比して決して小さくはなかった。人口はこちらの方が多いようで、今宿泊している集落でそんなに目にしなかった子ども達が作ったと思われる小さな雪だるまがあちこちに佇んでいた。そんな雪だるまの中には、子どもの目に触れさせることが憚られるものも少なからず存在し、それを見つけるたびネアは先輩方の視線をそらせようと努力していたが、それはアーシャの一言で瓦解してしまった。
「あの、裸の雪だるま・・・、雪像はね、王都から落ちてきたって言っている人が作っているのよ」
とあっけらかんと裸婦像を指差した。その雪像は見事な裸婦像であったが、あまりにも微に入り細に入り作りこまれていた。しかも、足を広げているモノであるから、後は言わずもがなであった。
「スゴイですね」
「うわー、自分のもこんなにじっくり見たこと無いからねー」
「・・・」
にっこりしているアーシャの横で先輩方は雪像を覗き込んでいた。その横で複雑な表情をしたネアが興味津々にしている先輩方を心配そうに見ていた。
【この世界はおおらか、なんだな・・・、そう言うことにしておこう・・・】
「私も、これはやりすぎかなって思うけどね。なんでも、こんな調子だったから王都にいられなくなったって噂だけど」
アーシャの言葉を聞いて、ネアはこの世界はそんなにおおらかでもないと判断し、ちょっと安心したりしたが、心の中のおっさんの部分は何故かそれに不服の声を上げているように感じられた。
「でもさ・・・、モデルになるぐらい美貌っていいって思わない?」
フォニーが懸命に見つめるラウニに声をかけた。
「そうですね。でも・・・、多くの絵や像のモデルって真人かエルフ族じゃないですか。獣人は難しいでしょうね」
ラウニは小さなため息をつきつつ顔を上げた。ラウニはあえて「難しい」と言ったが、そこには「不可能」の意味が込められていた。
「そうねー、このステキな毛皮の色彩や質感を表現できる人なんていないでしょうからね」
そんなラウニの気持ちに反するようにアーシャは明るくそう言うと短い毛で覆われた顔をそっとなでてにっこりとした。厚着して身体を露出していないが、彼女は密かに己の褐色の身体にちりばめられた黒く丸っこい花のような模様が気に入っていた。良く豹族と間違えられることが悩みだった。そんな時、彼女はいつも丸い花びらの中にある点々を指差して違うことを力説するのが常だった。しかし、決して豹族に比して身体つきががっしりしているなどの肉体的特長については口にしなかった。
「さ、行きますよ。次はお茶を飲めるお店、この辺りで取れる木の実や果物を使ったお茶が美味しいんですよ」
アーシャは、雪像をしげしげと見つめるラウニとフォニーに声をかけると歩き出した。
「・・・と言うことは、ご両親は今、薬の材料の買出しに行っているのか・・・、しかし、その知識量、とても独学とは思えんな。それに加えて、実際の治療経験の数、ウェルの力なら都会の医学校でも上位に入れるぞ。こんな所に逸材が隠れておったとは」
ドクターは薬屋の青年、米豹族のウェルと話をしていてしきりに感心していた。家の医学書、父親からの手ほどき、自らの身体を使用しての薬効の確認、無医村だからこその医療活動などを控えめながらに語るウェルの話を聞いて、ドクターはウェルが医師となるべくして存在していると確信した。
「もっと医学を学びたいと思わないか」
ドクターはウェルをじっくり見つめながら尋ねた。ウェルはその問いかけに暫く考えてから口を開いた。
「それは・・・、もっと学んでもっと人の助けになりたいですが、ご覧の有様で・・・、とても学校に行けるようなお金も無いし、それに僕は獣人ですよ。こんな・・・毛だらけの肉球のついた手で・・・」
ウェルはそう言うと己の掌を見つめ、寂しそうに呟いた。
「獣人が医師をするなって法は少なくともケフにはない。獣人が医師になれないと誰が決めた。さっきお前さんが言った肉球、その癒し効果は絶大じゃぞ。まさしく、癒し手、それは、わしが保証する。その若さで、自分の種族で断念するな。確かに、ドワーフ族のわしでも風当たりは強いが、この世界は実力じゃ、病に苦しむ者に種族の差は無いのと同じように、救う者にも種族の差なんぞないとわしは考えておる」
ドクターは今まで自分が体験した言われ無き仕打ちを思い返しているうちにどんどん熱くなってきていることを感じていた。それと同時に目の前のまだあどけなさが思いっきり残っている青年が自ら可能性を摘んでしまうようなことはさせてはいけないと思っていた。
「お前さんのご両親には後日、この話を手紙で送るつもりだ。すぐに答える必要はない。ケフの都で待っとるぞ」
黙って考えこむウェルにドクターはにっこりした、その時、店の扉が開かれ賑やかな声が店内に響いた。
「ドクター、そろそろお昼だよ」
店に入るなりフォニーが声を張り上げた。その後ろになにやら紙袋を抱えたラウニがにこにこしながら立っており、その横に何故か憔悴したネアと彼女らの行動を楽しげに眺めるアーシャの姿があった。
「もう、そんな時間か・・・、よし、食事に行くか。ちゃんと店まで案内してくれよ。食事が終わって暫くしたら戻る、商品はその時にな。そんなに急ぎはせんから、お前さんの目利き楽しみにしておるぞ」
ドクターはにこやかにウェルに告げると、両手に花・・・つぼみにすらなっていないのを引き連れて店から出て行った。
「お兄ちゃん・・・、難しい顔しているけど何かあったの?」
店の奥の居間で昼食の昨日の残りのシチューの入った鍋を温め、簡単な卵料理を作りながら、ドクターが出て行ってから、ずっと黙り込んで何かを考えている兄にアーシャは心配そうに声をかけた。
「ジングルさんから、ケフの都で医師の勉強をしないかって、言われてね。僕にとってはとても魅力的な話しなんだけど、この店のことや村のことを考えると・・・ね」
ウェルはため息をつきながら力ない笑みを浮かべた。アーシャはそんな兄を見て同じようにため息をついた。アーシャは己の兄が薬石に関することとなると食事や寝ることも忘れて行動するくせに、第三者が絡んでくるといきなり優柔不断になることを知っており、いつものように、判断に悩む姿が当分続くことになるだろうと読んでいた。その読みは大概当たっており、今回も読み通りに推移するのであった。
「で、いつまでもここで薬屋としてやっていくの?もっと、薬のことや人の身体について勉強したいんじゃないの?この店のことだったら、私がいい感じのお婿さんを見つければやっていけるよ。それよりもさ、お兄ちゃんがここで開業してくれたら、ずっとお医者様がいない状況がなくなるんだよ。そりゃ、お兄ちゃんがいなくなると寂しくなるけど、あのドクター、えーとさっきのお客様ってジングルさんでしょ。人体の修理屋って呼ばれるぐらいの腕の良いお医者様からスカウトされるなんて、滅多にないチャンスだよ」
アーシャは煮え切らない兄の前に湯気を上げる卵料理がのった皿を勢い良く置くとじっと兄を見つめた。
「チャンスはそうそう転がってないらしいよ。私だったら、今すぐにでもついていくよ」
「アーシャは、思いっきりがいいからなー。それに、父さんや母さんに黙って行く訳にも行かないよ。ジングルさんは両親宛に手紙を書いてくれるって言っていたから、父さんたちが帰ってきたら話すよ。・・・このチャンスは逃したくないって、ね」
ウェルはそう言うと、時間をかけていないのにそれなりに美味しいオムレツに似た卵料理にかぶりついた。
「・・・お兄ちゃん、そう言いながら、また悩むでしょ。暫くは悩んでいなさい」
アーシャは表情の晴れない兄をみると苦笑した。
「凄い量だね」
ウェルが準備してくれた薬草や乾燥した動物の部品らしきものが詰められた袋が三つ店の床にきちんと並べられているのを見てフォニーが声を上げた。
「これを持って帰るのですね。だから橇が必要だったのですね。コレぐらいなら私たちで引く事ができますよ」
ラウニはそう言うと早速袋を持ち上げようとしたが、思ったより袋は重く小さく驚きの声を上げた。
「びっちり詰まってます。ひょっとして私より重いかも知れないです。私たちだけで引くときついかもです」
ネアも袋を持ち上げようとしてその重さを知ると小声でラウニに現状の深刻さをそっと告げた。
「大丈夫ですよ。それは僕が運びます。これだけ買って頂いたから配送もサービスです」
そんなネア達の心配を吹き飛ばすように軽々と袋を持ち上げると店の外に置いてあった橇に手際よく積み込んでいった。
「うちのレイシーも結構力があると思っておったが、種族の違いかのう」
ウェルが袋を運ぶ様子を見てドクターが感心したような言葉を漏らした。
「レイシーさんって・・・」
ドクターの言葉を聞いて思わずアーシャが疑問の声を上げかけた。
「レイシーさんはね、豹族のすごい美人な人で、ドクターの奥さんですよ」
そんなアーシャの言葉を聞いたフォニーがちょっと自慢げに説明した。
「豹族の方なんですね。私たち米豹族は豹族のひとより力があるって言われていますから・・・」
「だから、豹族の人に比してがっしりした身体になっているんですよ。こう見えてもアーシャは線が細いって言われているんです。でも、豹族の人に比べると・・・」
フォニーの言葉にアーシャが答えていると、荷物を積み込み終えたウェルが店内に入ってきてアーシャの言葉に付け加えた。
「お兄ちゃん、いらないことは言わないでいいの。さっさと配送に行ってよ。遅くなると晩御飯無いからね」
アーシャはちょっとむすっとして兄を睨みつけた。そんな妹の剣幕にウェルは肩をすくめて店の外に出て行った。
「本当に、こんなにお買い上げありがとうございます。それと、兄のこと、お願いします。少し頼りないですけど、真面目で優しい人ですから」
アーシャに言葉にドクターは大きく頷くとにっこりした。
「そして、飽くなき探究心の持ち主じゃ。狂の字がうっすらと見えんことも無いが、いい人材を見つけることができたわい。そしていい店とかわいい娘さんも、これからもちょくちょくと寄らしてもらうぞ」
「これからもご贔屓お願いします。また、来てね」
アーシャは元気良くドクターに挨拶すると、ネアたちに手を振った。
「ありがとうございました。また来ます」
ネアたちはアーシャに見送られながら店を後にした。ずっしりと重い橇をウェルは軽々と引きながらドクターと薬草とその効用について、ネアたちには決して理解できないような専門用語が7割を占めるような会話をしていた。
「ドクターたちなにを話しているのかな?」
「何かの言葉だと云うことは分かりますが、その内容は全く分かりません。ネアは何か分かりますか?」
ドクター達の会話を聞いた先輩方は素朴な疑問をネアに投げかけてきた。普通に考えれば二人より幼い存在が知っているわけがないのにである。ここは共感を求めているのだと理解したネアは首をかしげながら
「・・・分かりません」
と申し訳なさそうに答えた。ネアはこれで先輩方が納得すると思っていたが、そうではなかった。
「ネアが分からないってこと無いでしょ」
いきなりラウニが無茶なことを言ってきた。その言葉にどう返したものかと考えていると
「分かっているのに、知らないふりしてる?」
フォニーがさらにおおいかぶせてきた。
「私、お薬のことなんて知りませんよ」
年齢相応の答えを返すと先輩方はさらに納得しかねるとネアを睨みつけてきた。
「甘いものばかり食べていると、足先から死んでいくとか、酷い霜焼けになると手足を切断するとか、良く知っているじゃありませんか」
ラウニはネアの知らないという言葉を信じかねるとばかりに尋ねてきた。
「お館の書物にちょっと書いてあったんですよ。難しいから詳しくは読めませんでしたが・・・」
ネアはお館の図書室に簡単な医学書があったことを思い出して、咄嗟にその場を繕った。
「・・・そうなのかなー。ネアって肝心なことは知らないことが多いのに、妙な知識はあるからねー」
フォニーは疑いの目をネアに向けてきた。ネアはこの場を何とか凌ぎきらなくては頭をフル回転させた。今の自分にできる、もっとも効果的な行動、今、あるものを有効に活用しなくてはと考え、そして閃いた。
「姐さんたち、私を信じてくれないんですね・・・、うっ・・・」
心の中のおっさんの部分を力でねじ伏せて、身体に相応の心の悲しいと思う気持ちのリミッターを思いっきり引き抜いた。そうすると、いきなり大きな両の目から涙が滲んできた。そして、悲しそうな表情で黙って俯き、涙を手袋をはめた手で拭った。その様子を見た先輩方はことの重大性を認識したのかいきなり掌を返したようになった。
「そんなつもりで言ったのでは・・・」
「ネア、ごめんなさい・・・」
先輩方の謝罪や自己弁護の言葉を聞きながら暫くネアは心が暴走するに任せることにした。いつもなら涙が止まらなくなったり、いきなり抱きついたりしてしまうこの心の暴走が良いように働いていることを悲しみの波にもまれながら認識した。そして、最も骨の折れる暴走の沈静化に全勢力をつぎ込むことにした。これが功をなす頃に一行は宿の前にたどり着いていた。
「これ、中に入れますね」
軽々と袋を手にするとウェルはさっさと宿の扉を開けようとした。その時、中から扉が開けられ、外のにぎやかさの確認のためにシャルが姿を現した。
「あ・・・こんにちは」
いきなり米豹族を目の前にして固まっているシャルに愛想よくウェルは挨拶すると、袋をロビーの片隅に置いた。シャルはそこにドクターの姿を見つけると何事なのか尋ねようと宿の外に足を踏み出した。
「ーっ!」
その時、シャルは何か大きなものにいきなり身体を抱きしめられたのを感じて悲鳴を上げようとした。そして、その悲鳴は何か大きな音にかき消されてしまった。
「雪が落ちるぞっ!」
シャルが外に出ようとした時、宿の屋根に積もった雪がゆっくりと確実に速度を上げながら崩れてくるのを目にしたドクターが声を上げた。その時、いきなりシャルの背後から大きなものが走りこんできて覆いかぶさるのを目にした。崩れてきた大きな雪の塊はその上にその大きさに比例した音を立てて落下し、巨大な雪煙を上げた。
「シャルさん、大丈夫」
ドクターとネアたちが落下した雪が山となっている宿の玄関先に走り寄った。ドクターがその雪山を手で掘ろうとしたとき、雪山が蠢いて、その中から人影がぬっと現れた。それはウェルであった。その腕の中に恐怖に目を見開いているシャルの姿があった。
「いきなり不躾なことをして申し訳ありません。お嬢さん、お怪我はありませんか」
雪塗れになったウェルは雪山から大事そうにシャルを抱えて出てくるとそっと降ろしてにっこりしながら尋ねた。シャルはその問いかけに只頷くだけだった。
「ジングルさん、血の匂いはありませんから外傷はないと思います。直接雪が当たることはなかったので怪我はされてないと思いますが、診察をお願いします」
ウェルはそう言うと己の身体に付いた雪を叩き落としだした。その時、宿の中からラスコーが血相変えて飛び出てきてウェルと目が合った。
「貴様っ、俺の娘に何をしたっ!」
恐ろしい形相でウェルを睨みつけると、玄関の脇においてあった雪かき用のスコップを手にして身構えた。
「ラスコーっ、短気は起こすな。そこのウェルがシャルさんを落雪から身を挺して守ってくれたんじゃぞ」
ラスコーの剣幕に後ずさりするウェルを見てドクターが声を張り上げた。
「ウェルさんが、シャルさんを守ったんです。私は見ていました。ね、姐さん」
ネアはラスコーの前に立ちはだかるとちらりと先輩方を見た。
「ネアの言うとおりです」
「ウェルさんが庇わなかったら、大変なことになっていたよ」
先輩方は口々にネアの言葉が正しいと声を上げた。
「・・・父さん、ネアちゃんの言うとおりよ。その人が庇ってくれなかったら私・・・」
パニックから立ち直ったシャルがか細い声で父親の行動を諌めようとした。
「そうか、すまなかった。ありがとう・・・」
ラスコーはいまだ雪塗れになっている米豹族の青年に深々と頭を下げた。
ドクターの目に留まったウェル君ですが、気が弱く妹にマウントされているお兄さんです。
行動力はあるようですが、果たしてドクターの見立てが正しいのかは今後分かってくるでしょう。
お話しの中にもありますが、落雪はこわいですね。雪国で生活している時、夜中に落ちる雪の轟音で
目が覚めることも度度ありました。雪の多い地方の方はご注意くださいね。
今回も駄文にお付き合い頂き感謝しています。カタツムリの歩みの如くノロノロとしていますが、
少なくとも前進しているつもりです。引き続き生暖かく見守って頂けると幸いです。




