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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
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96 薬屋にて

 前回、シャルが言っていた人物が登場します。雪の中、童心に返ってはしゃぐのは精神衛生上良いかと思いますが、ええ年齢のおっさんがやらかしたら通報モノです。

 次の日の朝は、空はちょっと雲っていて時折、雪原にスポットライトを気まぐれに当てるような天候だった。肌寒いものの、ネアたちは冬知らず騒ぎなんぞどこ吹く風で意気高揚していた。

 「ネア、いきますっ!」

 雪原となった耕作地に連なる斜面に橇を何とか引き上げて滑り降りる、何の生産性も遊びであるが、彼女らはそれなりに、と言うか、とてもはしゃいでいた。雪面を滑り降りると言う動きは、常日頃、体験することの無い動きであり、そのスピード感と適度なスリルはネアのおっさんな部分も童心に戻らせていた。ネアは座布団2枚程度の大きさの橇に乗り込むとぐっと体重を移動させて橇を斜面に押し出した。

 「ーっ」

 顔の毛を撫でる冬の空気が心地よく、ネアは言葉にならない声を上げていた。そして

 「ごぶっ」

 斜面の凹凸で橇がきれいにバウンドし、投げ出されたネアは猫族が得意とする身のこなしで着地しようとしたが、高度が足りず、速度がありすぎたため、顔から雪面に突っ込むと言う猫族としては非常に恥ずかしい着地をしてしまった。

 「ついに、ネアも雪に飛び込む面白さに気づいたんだ・・・」

 フォニーが感慨深そうに頭をブルブル振って雪を払い落とし、口に入った雪を吐き出しているネアを見つめて呟いた。

 「・・・アレは、下に石とかあったら怪我しますよ。いくら、雪が嬉しくてもレディたるもの、いきなり頭から雪に突っ込むのはいただけません」

 「あはは、そうかな・・・、あ、ネア大丈夫?」

 ラウニはギロリとフォニーを睨むとそっとフォニーは視線をずらし、その場から立ち去るようにネアのもとに駆けていった。

 「あの子は・・・、ネア、怪我はないですか」

 ラウニは頬を膨らませてむっとしながらも雪塗れになっているネアに歩み寄り、パンパンと雪を叩き落としてやった。

 「おお、そこにおったか」

 再び滑り降りるためにラウニが橇を引っ張り出した時、どこかで聞いた野太い声がかかった。侍女たちが声がした方向を見るとドクターが白い息を吐きながら小走りで駆け寄ってくるのが見えた。

 「何かありましたか?」

 ラウニが橇を引き上げる手を止めてドクターに尋ねると、彼は深呼吸してから

 「一緒に隣の集落まで来てくれんか」

 ドクターはいきなり、侍女たちに話を持ちかけた。

 「え?」

 「なにかあったの?」

 「急患・・・?」

 ネアたちに一瞬緊張が走った。

 「おいおい、そんな一大事なら、もっと騒いでおるわ。宿には使えそうな橇がそれしかなくてな、折角お前さんら遊んでおるのに、いきなり寄越せと大人気ないこともできんじゃろ。隣の集落の薬屋にちと買い物をしたくてな。それで、お前さんらも一緒にどうかなと思ったんじゃよ。隣の集落には良い飯屋もあるそうなんで昼飯でも一緒にどうかな?」

 ドクターの話にラウニはちょっと考え込んだ。普通なら、橇だけ渡して他の遊びを見つけようと考えるのであるが、ドクターの言った昼飯の件が彼女に圧倒的に重要な要素として働いた。

 「皆、ドクターについて行きましょ。橇に誰かのって引っ張っていけば、橇遊びも楽しめるし、いいと思いませんか」

 「ウチはいいよ。ネアはどう?」

 「それも面白そうです。なによりお昼が楽しみです」

 ネアたちはドクターに昼飯に釣られてついて行くことに決定した。

 「ありがと、すまんな、いいモノがあれば多く仕入れておきたいからな」

 ネアたちの決断にドクターは礼を述べるとラウニからそりの引き紐をを受け取るとネアたちに向かって

 「引っ張るから、誰か乗らんか」

 とにこやかに声をかけた、その声にラウニはネアを抱き上げるとそっと橇に乗せた。

 「一番小さい子に乗る権利はありますよ」

 あまりにもの子ども扱いに少々むっとしているネアを他所にドクターは橇を引き出した。

 【ガキの頃、こんなことあったかな・・・】

 橇に乗せられ引かれながらネアは穴だらけの記憶を辿ってみたが、そんな記憶はなかった。自分の名前のように抜け落ちたものではなく、なんとなく元よりもっていないと判断された。

 【俺はどんなガキだったのかな・・・】

 おぼろげにある子どもの頃の記憶と言えば、遊びもせず必死に勉強していたことしか思い出せなかった。そうしないと、置いていかれると思い込んでいたからである。その努力のおかげで成績は上位をキープしていたが、親しい友人ができた記憶もなかった。元よりこの身体がもっている精神のおかげで今はそんなことはないが、それでもついついやらかして、酷いときにはぶっ倒れたりもした。これは奥方様をはじめ、多くの方々にお叱りを頂いたことは短いこちらの世界での生活の中でも激烈な記憶になっていた。

 「なんか、ネア楽しくなさそうだね」

 黙って橇に乗っているネアを覗き込むようにしてフォニーが尋ねてきた。

 「え、ちょっと考え事していたから・・・」

 「お昼に何が食べられるかって考えてたんでしょ?」

 照れ隠しのようにきょとんとフォニー見上げるネアにラウニが自分基準で発言してきた。そんなラウニに

 【子供じゃないんだぞ】

 と言い返したいところであったが、大人の対応として照れ笑いを作ってやり過ごすことにした。

 「子供は子供らしくが一番じゃな」

 橇を引きながらドクターが意味深な言葉をネアにかけた。その言葉にネアはドキリとしたが、子供らしく橇に乗っている事を楽しむことにした。橇に乗ると視線は低くなり常に目にする風景とは異なってくる。また、視線が低いことで体感速度も上がる。そうすると、何もないような田舎の風景がとても劇的な風景に思えてきた。建物も自然の景色もネアにとっては異国情緒あふれる風景なのであるから、あっと言う間に心の中のおっさんの部分は押し込められ、年齢相応の感情が湧いてきていた。

 「なんか、さっきまでと随分雰囲気変わったみたい」

 「楽しむことが大切です。だって、ご隠居様はいつもそうなさってますよね」

 ネアの表情が明るくなったことで先輩方の表情も明るくなっていた。

 【気持ち・・・、本当に表情って伝染するんだな・・・、どうだっていい事だと思ってたが・・・、この年齢になってやっと気づくなんて・・・、俺は前の世界で何を手に入れようとしていたのかな】

 ふと、おっさんの部分が寂しいことをぶつぶつ言い出したが、ネアはそれを子供らしい楽しいの気持ちでひねり潰した。


 「この辺りと聞いておったが・・・」

 ネアを乗せた橇を引きずりながらドクターが隣の集落の広場であちこちを見回していた。

 「お薬屋さんですよね」

 「それらしいものは・・・」

 先輩方も辺りをキョロキョロと見回して捜していた。荷物のように橇に乗っているネアは小さな鼻をひくつかせて辺りに散らばっている臭いを探った。

 「あっちの方向からお薬っぽい臭いがします」

 橇に乗ったままネアは臭いが漂ってきた方向を指差した。

 「あ、そっか、臭いを追いかければいいんだ」

 「うっかりしていました」

 先輩方はテヘっと笑って舌を出すと、真剣な表情になって臭いを辿り出した。

 「ドクター、こっち、こっち」

 フォニーはさっと駆け出して通りが交差している場所に立つと手招きした。

 【狐に手招きされる・・・、昔話だと騙される流れになるなー】

 ネアが妙な感慨にふけっている間にラウニも駆け出して、フォニーの横を曲がっていった。

 「ここです」

 ネアのピンと立った耳にラウニの声が届いた。

 「ドクター、ラウニ姐さんが見つけたみたいです。いま、声がしました」

 「わしには何も聞こえんかったが。流石、獣人じゃな。臭いを辿るとは・・・、わしらには真似できんことじゃよ」

 ドクターはにっこりしながらネアを見ると、再び橇を引いて歩き出した。


 その店は、ケフなどの街であったなら小さくて見過ごされそうな佇まいであった。大きな看板も、しょーウィンドウもなく、煤けたような看板に薬草を図案化した文様が掘り込んであるだけの質素なものであったが、扉が閉まっていても中から漢方薬のような臭いが漂ってきていることがなによりも薬屋であることをしめしていた。

 「邪魔するよ」

 ドクターは看板と同様に煤けた扉を開いて中にいるであろう人に声をかけた。

 「はーい」

 店の奥で声がして、暫くすると白衣を纏った米豹族の少女が慌てて飛び出してきた。

 「初めてのお客様ですね。こんな田舎の薬屋に・・・、ひょっとして急患ですか。外傷を伴うもの・・・、それとも内臓の・・・、こんな時にお兄ちゃんたら・・・」

 辺りをキョロキョロと見回して、兄の姿が見えないことを悟るとその少女は身を乗り出すようにしてドクターから話を聞こうとした。

 「いや、急患じゃない。わしは、ケフの都で医者をやっておるんじゃが、ここに良い薬屋があると聞いてな、この季節、冷えで足腰や古傷が痛んだり、風邪をひく患者が多くてな、良い薬があればと思ってな」

 ドクターは手を振って急患ではないことを少女に説明すると、来店した理由を話した。

 「良かった・・・、この辺りはお医者様がおられなくて・・・、お薬の話だと兄が詳しいんですが・・・」

 その少女は申し訳なさそうにドクターに話していると、いきなり扉が開かれて何かを背負った人影が店内に入ってきた。それに気づいたネアたちは一瞬ドキリとして思わず後ずさってしまった。

 「コイツがしぶとくて・・・、あれ、あ、お客様ですか、申し訳ありません。アーシャ、お客様にお茶と椅子を、この子たちにはお菓子を。すみません、コレをしまったらすぐに来ますので」

 その人影は米豹族にしては線の細い感じがする青年だった。背負っていたものは立派な角を持った鹿であることが彼が紛れもなく狩りができる獣人であることを物語っていた。青年に声をかけられたアーシャと呼ばれた少女は頷くとさっさと店の奥に姿を消し、その青年も広くない店内の商品や家具に鹿を触れさすことも無く器用な身のこなしで店の奥に姿を消した。

 「びっくりした・・・」

 呆気にとられていたフォニーがやっと口を開いた。

 「鹿1頭担いでくるなんて・・・」

 ラウニも同じようにあの青年に驚愕していた。そんな2人を他所にドクターはにこりとするとゆっくり店内を見回していた。

 「お待たせしました。どのような要件でしょうか?妹からお客様はケフのお医者様と伺いましたので・・・」

 白衣を着た青年が店の置くから出てきた。その姿は先ほどの獲物を背負っていたのと同一人物とは思えないぐらいインドアな雰囲気をまとっていた。

 「寒さから来る腰や手足、古傷の痛みに効くのと、風邪薬を探しておっての、いつもはワーナンから取り寄せておるんじゃが、最近、値段は上がる、質は下がるで困っておるんじゃよ」

 椅子に腰掛け、ストーブで手を温めながらドクターが青年の問いかけに答えた。

 「それは、お困りですね。うちは、この辺りで採れる薬草などを中心に商ってますので、果たしてご期待に応えられるか・・・」

 青年はドクターが言った症状を緩和する薬品を手にした小さな黒板にメモ書きにしていった。そんな時、ポットやカップ、ネアたち用のお菓子を載せたトレイを手にした米豹族の少女が微笑みながら出てくると、店内の小さなテーブルの上にカップを置くと温かいお茶をそそいでいった。

 「寒かったでしょ?貴女たちもこのあたりじゃ見ない顔ね、あ、今、癒しの星明り亭に泊まりに来ているお館の侍女さんたちね。こんな田舎にようこそ、何も無くてびっくりしたでしょ」

 アーシャはそう言うとトレイを胸に抱えるようにしてにっこりした。

 「それより、鹿に驚きました。・・・いい香りです」

 ラウニはお茶の入ったカップを両手に抱えるようにしてその香りを確かめた。

 「昨日ならもっとびっくりしたと思うよ。ヨッゴの湖で冬知らずの死体が見つかったって聞いたとたんに 出て行って、なんだか良く分からない内臓やら骨やらをバケツや袋に入れて持って帰ってきたのを見たら・・・、慣れてる私でも気分が悪くなったから」

 アーシャは苦笑すると、ごゆっくりと声をかけて店の奥に入っていった。アーシャがネアたちと会話している頃、ドクターと米豹族の青年は専門的な世界にどっぷりと嵌った傍から聞いていてもなんのことかさっぱり分からないような言葉を交わしていた。

 「成る程、以前からその草には解熱の効果があるらしいとは聞いておったが、実際効能があるということじゃな」

 ドクターが感心したように青年に話しかけると、その青年は照れて頭をかきながら

 「この辺りの老人すりつぶして飲むと良い、と言っていたものですから、何らかの効能があると思いまして・・・、妹が熱を出した時、使ったんですよ。やはり、昔からの言い伝えは正しかったようです」

 さりげなく、恐ろしいことを口にした。

 「お前さん、実の妹を実験台にしたのか?それは・・・」

 ドクターがその青年のやったことを咎めるように話すと青年は慌ててそれを否定した。

 「いつも自分で試してからですよ。妹に処方したのも昔からのやり方です。危険なことはしていません。この草の効能をもっと発揮させるには、乾燥させて煎じるのが一番効果的です」

 青年はバスケットボール程度の大きさの壷に乾燥させた草がぎっしり詰まったものをドクターに見せた。

 「寒さから来る痛みには、これなんかいいですよ。源泉の辺りで採れる湯の花です。これを入れたお風呂に入ると身体の芯から温まります。それに、この各種香辛料や薬草をブレンドした粉末をお風呂に入れても身体が温まりますが、怪我していると染みますので、そこは使いようですが」

 青年はすらすらと様々な薬を見せながらドクターに説明していった。

 「ラウニ、あれ蛇だよ・・・」

 フォニーはガラス瓶に詰められた乾燥した蛇を指差して情けない声を出した。

 「そうですか、それじゃ振り向かないほうがいいですね。そこには乾燥したキバブタの頭がありますから」

 怖がるフォニーを宥めようとしたのか、さらに怖がらせようとしたのか、ラウニは不気味な笑みを浮かべながらフォニーに警告を発した。

 「やめてよ・・・」

 フォニーがうつむいて小さく呟くのを聞いたネアは立ち上がると俯くフォニーの手を取ってドクターに声をかけた。

 「お話しまだまだあるみたいですから、わたしたちでこの辺りを見て回ってきます。お昼の鐘が鳴る頃には戻ります」

 「そうじゃな、お前さんらには退屈だろうからな、あんまり遠くに行くんじゃないぞ」

 店から出ようとしているネアたちにドクターが声をかけると青年は妹を呼び寄せた。

 「アーシャ、この子たちを案内してくれないか。慣れない所で迷子になると大変だからね」

 「そうね、いいわ。じゃ、行きましょ。都から比べるとうんと小さいけど、お店もあるから」

 兄の言葉にアーシャは気持ちよく応えると白衣の上から分厚いコートを着込んで店の外に出ると

 「道が凍っているから、滑らないように注意してね」

 ネアたちを呼び寄せると、臨時のツアーが開始されたのであった。

 「やっと解放されました」

 「お薬の素材もだけど、臭いも・・・」

 ラウニとフォニーの言葉を聞いてアーシャが苦笑した。

 「アレは慣れだから、私みたいに小さいときからだったら逆に何の臭いも無いほうが不安になったりするんだよ」

 アーシャの言葉にラウニとフォニーは小さな声でごめんなさいと言うと頭を下げた。そんな2人を見てアーシャはくすくすと笑って気にすることはないと、小さな集落のツアー進めていった。

 隣の集落にいくだけで1話使ってしまいました。これと言った戦闘もなにもないのですが。

未だに主人公は冒険者登録していませんし、ステータスウィンドウを呼び出すこともできませんし、これからもできないと思いますが、生暖かく見守って頂ければ幸いです。

今回もこの駄文にお付き合い頂いてありがとうございます。また、ブックマーク、評価頂いた肩に感謝申し上げます。

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