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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第8章 春
101/342

94 手柄に付いて来ると思われること

冬知らず討伐の後のお話しです。

熊の肉っておいしいんでしょうか?

 雪洞の外の吹雪の音は益々大きくなってきているようだった。狭い雪洞の中、ロウソクを中心にして8名の子ども達(シャル含む。)が肩を寄せ合って、それぞれ顔に不安を表情に色濃く滲ませながら揺らめく炎を見つめていた。

 「明日になれば、晴れるかな」

 悪ガキどもの一人がポツリとこぼした。女の子がいる手前、涙こそ見せていないが、その背中を一押しすれば泣き出しそうな風情であった。そんな彼の言葉を耳にしたリーダー格の少年は彼の不安を吹き飛ばすように遭えて気楽そうな表情を作った。

 「ああ、明日になれば快晴だよ。そしたら、もう一度釣りなおしだ。今日釣ったのは・・・、誰かが冬知らずのエサに使っちまったからなー」

 彼はそう言うと黙りこくって、吹雪が続いた場合の行動について考えていた。そんな難しい表情を浮かべているネアをジロリと睨みつけた。

 「・・・なに?」

 ネアは顔を上げて少年を見つめた。少年は暗がりで瞳がまん丸になっているネアの目をにらみ付けた。

 「あんたが、俺たちの釣った魚を台無しにしてくれたよな。普通なら、殴り倒している所だけど・・・、その、なんだ、あんたのおかげで俺たちは冬知らずに喰われずにすんだ。このことは感謝している。だから、殴り倒すのはなしだ・・・」

 リーダー格の少年は不器用にネアに感謝の気持ちを伝えようとした。

 「ネアを殴ったら、ウチらが許さないよ」

 その少年の言葉に、フォニーが低く唸る様に声を出した。その横でラウニが黙ったままリーダー格の少年を睨みつけていた。

 「・・・お前らとケンカする気はねぇーよ。そ、それに・・・、ケンカで女に勝っても自慢にもならねーよ」

 彼はそう言うとプイと横を向いてしまった。

 「グルトよりマシか・・・」

 ネアはあのどうしようもない少年を思い出して苦笑した。ネアのこぼした言葉を聞いたフォニーは苦い薬を飲まされたような表情になった。

 「アイツは、最低だよ。弱いくせにさ、親のお金とか騎士団とか他の力で偉そうにしてさ」

 「彼みたいな人が、あちこちにいたら・・・、災害ですよ」

 ラウニがうんざりした表情になった。

 「その、グルトって子、随分な言われようね。そんなに酷いの」

 シャルが興味を持ったのかちょっと身を乗り出して尋ねてきた。

 「グルトのこと?2回もネアにケンカを売って、2回とも返り討ちにあった子って以外に何かあったかな。ね、ネア」

 フォニーはそう言うとネアの顔を見た。しかし、ネアは心ここにあらずで最悪の事態への対処を考えていた。つまり、吹雪がこのまま続く事態であった。食料、暖をとるための手段も無く、持って後1日程度と考えていた。では、吹雪の中、強行突破する時期は、ネアの頭の中は、まだ体力が残っている今なのか、それとも天候の回復を待つのか、それぞれの問題点と処置でいっぱいであった。

 「・・・?、グルト・・・、後ろ楯が無いと何も出来ないヤツ、頭を使うだけ、ブレヒトの方がマシか・・・、アレは後ろ楯もってないし、」

 いきなり、グルトについての意見を求められてネアはグルトの思っていることをありのままのことを口にした。

 「後ろ楯でイキがってんのか、そいつ、最低だよな」

 リーダー格の少年はそりを引かせていた犬族の少年達に同意を求めた。

 「あんただって、最低じゃないの。その子たちにそり引っ張らせてさ、犬ぞり遊びするなんて。あんたたちもなんで付き合ってるのよ」

 フォニーは少年達にもやもやとした気持ちをぶつけていた。

 「ダイマーと僕は好きで引っ張っているんだよ。バイゴたち真人ってさ、歩くの遅いしね」

 犬族の少年はもう一人の犬族の少年、ダイマーを見て同意を求めた。

 「・・・そうだよ。僕たちは足が速いし、力もあるし・・・。ラッケの言うことに間違いないよ」

 ダイマーは大きな身体をすまなそうに小さくしながらぽつぽつと先ほどの犬族の少年、ラッケの言葉を肯定した。

 「あんたたちが、どう思っているか知らないけど、ここでは種族なんてそんなに重要じゃない。出来るヤツ出来ることをやる。そうじゃないとこんな小さな村はあっと言う間につぶれちまうよ。穢れだとかなんとか言ってられるのは、安定した生活をしている連中が言うもんだよ、と俺ん家の父ちゃんが言ってた」

 バイゴと呼ばれたリーダー格の少年はフォニーが何故もやもやしているのかなんて全く分からなかった。

 「だって、お店の前や釣りに来た時、あんた、ウチらに随分キツイこと言ったよね」

 きょとんとしているバイゴにフォニーはさらに喰ってかかった。

 「あれは、お約束のからかいよ。気になる女の子をからかうのがこの子たちの流儀、と言うか、仲良くなりたいのにね。テレなのかな。私のことを混ざり物って言うのも、気になるからだよね」

 シャルがお姉さんの余裕を見せながら、バイゴを見つめると彼は赤くなって俯いてしまった。

 【初々しくて良いねー】

 ネアは彼らのやり取りを傍観者の視線から楽しんでいた。


 「これなら、行けるな」

 宿に物々しい姿で集まった男達を前にラスコーは明るくなってきた空を窓から見上げながら呟いた。昨夜からひたすら吹雪が去ってくれることを祈ったのが点に通じたのか、ネアたちが釣りに行った翌朝は昨夜までの吹雪が信じられないぐらい穏やかになっていた。

 「わしも行くぞ、その場で処置せんと生命に関わる事も少なくないのでな」

 ドクターは愛用の斧を気合を入れるように拳で叩くと、診療用の鞄を背負った。

 「レイシー、鋸とお前さんの剣、よーく汚れを落として煮沸消毒をしておいてくれ」

 ドクターはレイシーに宿でしおくべきことを指示した。その言葉にレイシーは短く返事すると早速、巨大な鍋を捜しに厨房に入っていった。

 「鋸と剣って・・・、ひょっとして・・・」

 ドクターの言葉にラスコーは唾を飲み込んだ。

 「酷い凍傷なら、全身が腐る前に切断しないとな。まだ、誰かの手足を切り落とすと決まったわけじゃない、あくまでも用心じゃよ」

 最悪を心配しているラスコーにドクターは安心させようと腰をポンと叩くと

 「で、何時、出発するんじゃ?皆、用意は出来ておるぞ。空も明るくなってきおったし、温かくなるのを待つつもりか?」

 宿に集まった者たちを見回すと、窓の外を凝視してラスコーに出発を促した。

 「分かっている。さ、行くぞ、冬知らずが出たときは、打ち合わせどおりに、まずは弓で弱らせてからだぞ」

 ラスコーは宿に集まった男達に指示を下すと、宿を後にした。


 壊された避難小屋を目にした男たちは言葉を失い、最悪の事態を覚悟した。

 「これは・・・、酷いな・・・」

 避難小屋が見事に壊されているのを発見した犬族の男が鼻をヒクヒクさせ、辺りの臭いを確認しながらつぶやいた。

 「血の臭いはないぞ」

 その男の声に一同は胸を撫で下ろすと、小屋の中に踏み込んだ。小屋の中のあちこちには、冬知らずがつけたと思われる爪痕が生々しく残っており、保存食のほとんどが食い荒らされていた。

 「子どもたちは・・・、一体どこに・・・」

 捜索に加わったドクターが避難小屋の外に出て辺りを見渡したが、見えるのは目に痛いぐらいの雪に覆われた湖面だけであった。捜索に来た男たちはそれぞれあちこちに散らばって子ども達の痕跡を探した。その時、湖面の奥のほうに進んでいた男が声を張り上げた。

 「あれは・・・、なんだ?」

 彼が指差す方向に半ば雪に埋まった大きな黒いモノがあった。

 「冬知らずか?武器を構えて前進だ」

 それぞれバラバラに散っていた男たちは固まるとそれぞれが武器、剣やら槍やらクロスボウを構えて早足で進み出した。彼らは焦る心を抑えつつ、氷が薄くなっている所を避けて岸に近づいていった。

 「動かないぞ」

 彼らが冬知らずと思っている黒いモノはピクリとも動かず、さらに不思議なことにその背中から木の棒らしきものが突き出ていた。

 「これは・・・」

 彼らがその大きな黒いモノ、つまり冬知らずの成れの果てを見下ろして息を飲んでいた。

 「死んでいる・・・、誰が一体・・・」


 「起きて、誰か来たよ」

 うつらうつらとしていたネアが忙しなく耳を動かしたかと思うと半分寝ているような子どもたちに声をかけると、雪洞の入り口の雪をどかして外に飛び出た。

 「っ」

 外は目に痛いほどの快晴であった。そして、少し離れた所に横たわっている冬知らずをおっかなびっくりで見つめている男達の姿が目に入ってきた。

 「ここにいます。早く来てください」

 ネアは男達に大声で呼びかけた。ネアの声でうつらうつらと舟を漕いでいた子ども達も雪洞から冬眠から目覚めた熊のようにのそのそと這い出てきた。


 「子どもたちがいたぞ。こっちだー」

 這い出てきたネアたちを男達が取り囲んだ。

 「バイゴーっ、大丈夫かーっ」

 「父ちゃんーっ」

 と、あちこちで感動の再会が繰り広げられていた。

 「シャル・・・、誰も怪我はないのか」

 全ての感情を押し殺し、ラスコーは娘に尋ねた。

 「はい、誰も怪我もしていません」

 シャルも父親に飛びつきたい気持ちを抑えながら淡々と答えた。この子どもたちの中で最年長者であるシャルと村のまとめ役であるラスコーは立場上それ以上のことは自制していた。

 「父親ですか・・・、いいですね」

 親子の再会する光景を眺めていたラウニは目を眩しそうにしていた。それは、雪原が眩しいだけではなかった。

 「いいよねー」

 その横でポツリとフォニーがさびしそうに呟いた。

 「わしじゃ、不足か、お前ら」

 しんみりしている2人にいきなり野太い声がかかり、その方向をみるとがっしりした短躯の人影が嬉しそうにしながらネアたちを見つめていた。

 「ドクターっ」

 「心配掛けてごめんなさい」

 フォニーは短く叫ぶとそのがっしりした身体に抱き付いていた。その後を涙を堪えたラウニが何とか言葉を口にしていた。2人ともそれが精一杯で後はドクターにすがり付いて涙を流すだけであった。

 「・・・皆無事です。多分、酷い凍傷にかかっている者はいないと思います」

 2人を抱いてそれぞれの頭を優しく撫でているドクターにネアは淡々と健康状態を報告していた。ネアとしても心の中ではすぐさまドクターに抱きついて安心したいという気持ちがあったが、どうしてもおっさんの部分がそれを押し殺していた。

 「ネア、ご苦労さん。随分と苦労したみたいじゃな・・・。詳しいことは後で聞くよ。落ち着いてからな」

 ドクターはネアの気持ちを察したのか優しくネアに語り掛けた。その言葉にネアの気持ちは後押しされたように堰を切ってしまった。

 【また来た・・・】

 押し寄せる感情の本流に飲み込まれながらネアのおっさんの部分は声を上げて涙を流す自分にため息をついていた。


 「ネアさんの作戦で氷の薄いところに冬知らずを誘い出して湖に落としたの。もがく冬知らずに石をぶつけて弱らせて、上がって来たところを、あの槍で・・・」

 シャルは宿のホールで毛布に包まりながら昨日あったことを良心やドクター達に説明していた。

 「・・・できれば、私たちがやったことは伏せてもらいたいんです」

 ネア達の活躍を聞いて感心しているラスコーにシャルと同じように毛布に包まったネアがお願いした。

 「こんな大手柄を・・・、何故?」

 ラスコーはネアの申し出に首をかしげた。

 「そうだよ。アレはウチらのがんばりでやっつけたんだよ」

 「いい事したのだから、胸張っていい事でしょ」

 フォニーとラウニがネアの真意が分からずネアに問いかけた。

 「私たちは普通の侍女・・・、その見習いです。そんな女の子がいきなり、運が良かったとは言え、冬知らずをやっつけたとなったら・・・、グルトみたいなのがまたケンカを吹っかけてきたり、侍女じゃなくて騎士団へ行けって言われたりしたら・・・、私はそんなの嫌です」

 ネアとしての本音はこの事が自分がまれびとである、とか女神様が遣わした子と勘ぐられトバナみたいな連中やややこしい正義の光の信者に付けねらわれることを危惧したからである。このネアの言葉にラスコーはネアが言おうとしていることを読み取った。

 「そうだな。ややこしい連中がなんだかんだと押し寄せそうだし、そうなるとお館の仕事にも差障りが出てくるだろうね。分かった、この事は黙っておこう。ヒルカ、すまないが、この事を村中に伝えてくれるようにしてくれ、連絡網をつかってな。理由は、面倒くさいのがネアさんたちに危害を与えるから、冬知らずは寒さにやられたとでも言っておいてくれ。くれぐれもあの悪ガキどもがいらんことを口にしないように、釘を刺しておいてくれ。もし、外に漏れたらあのガキどもはそれなりの代償を払わなくちゃならんとな。お館の仕事を妨げるんだからな。しかし、お手柄であることは変わりない、ささやかながら、今夜はキバブタのフルコースと木の実のケーキをご馳走させてもらうぞ。さ、それまでにゆっくりとお風呂で温まってきなさい」

 ラスコーはヒルカに指示を出し、ネアたちに入浴を促し、彼女らがその場からいなくなったのを確認すると、そっとシャルを呼び寄せた。

 「あのキツイ天気の中、子どもたちをよく護ってくれたな。もし、誰かが命を落としていたら、俺はその子の親、ラウニさんたちならお館様にこの首を持って詫びなくてはならんところだった。年長者としての務め、見事だよ。父親としても鼻が高い・・・、そして・・・、無事帰って来てくれて・・・ありがとう」

 ラスコーは己の娘に深々と頭を下げた。そんな父親の肩をシャルは抱きしめた。

 「父さんの教えが良かったから・・・、ネアさんもいたし、バイゴも聞きわけがよかったし・・・、怖かったよ」

 シャルはその時、初めて涙を流した。大きな声こそ上げなかったが、ラスコーに抱きついてブルブルと肩を震わせて涙を流していた。ラスコーは娘の背中を優しく撫でながら

 「シャル、お前は俺の誇りだよ」

 と優しく呟いた。


 湯気で目の前すら見えないような浴場で侍女たちはゆったりと湯に身体を浸していた。

 「ネア、折角のお手柄なのに勿体無いよ」

 ネアが冬知らずを討伐した手柄を辞退したことにフォニーが納得しかねると口を尖らせた。

 「でも、それで面倒くさいのが絡んでくることを考えるとアレで良かったと思いますよ」

 ふくれるフォニーを諭すようにラウニが声を出した。

 「それでもさー」

 まだ、納得できないようなフォニーにネアは小さな身体を湯船の中で思いっきり伸ばしながら声をかけた。

 「絡んでくるのがグルトみたいなのなら、何とかできるけど、ご隠居様と泳ぎに行った時に襲ってきたような連中やら、ワーナンで絡んできた連中みたいなのが来ることを考えれば、キバブタのフルコースの方がいいです」

 「んー、そうかも知れないけど、心配しすぎだよ・・・」

 「事が起きてからでは遅いですよ。もし、騎士団に行けって言われたりしたら、もうお嬢と常にお会いすることもできなくなります。そうなると騎士団の一番下だから、ルップ様にお声をかけることもできなくなりますよ」

 腑に落ちないフォニーにラウニが分かりやすい起こり得るであろう事を説明した。

 「そうか、ヴィット様にもそうだよね。ネアの考えがよかったんだ」

 漸く納得したフォニーは安心したように湯船の中で身体を伸ばして目を閉じた。昨夜の疲れが身体前進からにじみ出て行くような心地よさを感じていた。

悪ガキどもの名前がやっと出てきました。通名(とおりな)はまだですが、彼らにも名前はあったのです。都のグルトと比べるまでも無いいい子たちです。(素朴なのか環境がそうさせているのかはよく分かりませんが)

今回も駄文にお付き合い頂きありがとうございました。ブックマーク頂いた方、評価頂いた方に感謝を申し上げます。

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