表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
gift  作者: 佐宮 綾
過去
1/4

1

 




 夢みたいだ、と思った。

 幼い頃から行きたいと願い続けた、大学の合格発表。


 左手に握り締めた受験票に書かれた6桁の数字は、合格者一覧に存在していた。

 苦しかったけど、それでも勉強を続けてきた日々が、想いが、きちんと報われた気がした。



 *



「おじいちゃん、大学受かったよ。わたし、後輩になるよ」



 夜、いつもわたしは写真の祖父に話しかけ、線香に灯をともす。

 わたしが受かった大学は、祖父の母校でもあり、祖父が熱心に教鞭を振るっていた場所でもあった。


 祖父は優秀な数学者だった。


 いつもは言葉少なで、けれど教壇に立つときと数学を語るときに饒舌になる祖父が、大好きだった。


 そんな偉大な祖父に、わたしは幼い頃数学の基礎を叩き込まれた。

 祖父は深い青色の万年筆を魔法のように操り、ブルーブラックの数式をさらさらと書き上げていた。



「数学は言語なんだ、世界共通の道具だ、正しい式には必ず意味がある」



 祖父はそう、わたしに言い続けていた。


 わたしは気づけば数学の虫になっていたし、祖父に大学で数学を学ぶことを夢見続けたのである。



 そんな祖父は4年前、がんでこの世を去ってしまった。


 祖父に大学で数学を学ぶことは叶わなかったけれど、わたしは祖父と同じ場所で、数学に向き合うことになったのだった。



 *



 早いもので、4人暮らし最後の夜。



「いただきます、」



 母は熱心に腕を振るったのだろう、ご馳走が並んでいる。

 食事中ずっと、母も、父も、祖母も、笑ってわたしを見つめてくれていた。


 明日、わたしはこの家を出て、遠くの場所で一人暮らしを始める。

 母は手伝いに来てしばらく泊まっていくらしいが、わたしにとって母の料理と家族の笑顔が並ぶことも、夜、仏壇に向かうことも、当たり前ではなくなる。


 次、この光景を見られるのはいつだろう。


 部屋には大量の箱が積み上がっていて、入学手続きも済んでいて、数学科から届いた課題を片付けて、それでもまだ、実感が湧かないのはどうしてだろうか。



「おじいちゃん、明日から、大学のそばに引っ越すからね」



 仏壇の前でぽつり、と零した。


 語りかけた言葉は、自分に言い聞かせるためのものだったかもしれない。



「ひとみ、ちょっといいか、」



 仏壇の前で座り込んだわたしを呼び止めたのは、父だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ