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夢みたいだ、と思った。
幼い頃から行きたいと願い続けた、大学の合格発表。
左手に握り締めた受験票に書かれた6桁の数字は、合格者一覧に存在していた。
苦しかったけど、それでも勉強を続けてきた日々が、想いが、きちんと報われた気がした。
*
「おじいちゃん、大学受かったよ。わたし、後輩になるよ」
夜、いつもわたしは写真の祖父に話しかけ、線香に灯をともす。
わたしが受かった大学は、祖父の母校でもあり、祖父が熱心に教鞭を振るっていた場所でもあった。
祖父は優秀な数学者だった。
いつもは言葉少なで、けれど教壇に立つときと数学を語るときに饒舌になる祖父が、大好きだった。
そんな偉大な祖父に、わたしは幼い頃数学の基礎を叩き込まれた。
祖父は深い青色の万年筆を魔法のように操り、ブルーブラックの数式をさらさらと書き上げていた。
「数学は言語なんだ、世界共通の道具だ、正しい式には必ず意味がある」
祖父はそう、わたしに言い続けていた。
わたしは気づけば数学の虫になっていたし、祖父に大学で数学を学ぶことを夢見続けたのである。
そんな祖父は4年前、がんでこの世を去ってしまった。
祖父に大学で数学を学ぶことは叶わなかったけれど、わたしは祖父と同じ場所で、数学に向き合うことになったのだった。
*
早いもので、4人暮らし最後の夜。
「いただきます、」
母は熱心に腕を振るったのだろう、ご馳走が並んでいる。
食事中ずっと、母も、父も、祖母も、笑ってわたしを見つめてくれていた。
明日、わたしはこの家を出て、遠くの場所で一人暮らしを始める。
母は手伝いに来てしばらく泊まっていくらしいが、わたしにとって母の料理と家族の笑顔が並ぶことも、夜、仏壇に向かうことも、当たり前ではなくなる。
次、この光景を見られるのはいつだろう。
部屋には大量の箱が積み上がっていて、入学手続きも済んでいて、数学科から届いた課題を片付けて、それでもまだ、実感が湧かないのはどうしてだろうか。
「おじいちゃん、明日から、大学のそばに引っ越すからね」
仏壇の前でぽつり、と零した。
語りかけた言葉は、自分に言い聞かせるためのものだったかもしれない。
「ひとみ、ちょっといいか、」
仏壇の前で座り込んだわたしを呼び止めたのは、父だった。