プロローグ改稿版
新年明けましておめでとうございます。
久々の投稿です。
もうホントすいませんでした。
薄暗い部屋の中、一人の少女が黙々と作業を行なっている。
光源は木目が鮮やかなプレジデントデスクの上にあるランタンだけだ。その明かりを頼りに山積みに置かれた紙束から一番上の紙を取り目を通すと、近くにある青い羽に手を伸ばす。
それは羽柄の部分が金属で加工されたペンであり、彼女は馴れた動作で紙の上に走らせ、サインを書き終わると両腕を椅子の肘当てに置き、深いため息を吐く。
「……ふぅ」
背もたれに全身を預け、力無く天井を見つめる少女。
肩まで伸びた青い髪は薄暗い部屋のせいで輝きを失っており、今の少女のように力無く垂れ流されている。
「私は……どうしたいのかしら」
独り言を漏らす少女は自分の唇に左手の人差し指と中指を添えて瞑目すると、脳裏によぎるのは黒髪の少女がメイド服に身を包んだ女性と楽しそうに喋っている姿。
そして、真っ赤な顔で――。
「…………」
机の上に置かれたランタンのオレンジ色の明りが頬を、唇を赤く照らす。
その唇に添えた人差し指をゆっくりと動かす少女。唇の柔らかさを確かめる様に、形を確かめる様に指はぐるりと一周して止まる。
と、同時に部屋をノックする音が響く。
「リトスお嬢様、お茶を淹れてまいりました」
「入れ」
入室許可を素っ気なく伝える少女、リトス・ブレ・エライオンは背もたれから身を起し、右手に持つ羽ペンを元の位置に戻す。
その様子を部屋に入ってきた男性がワゴンを押しながらマジマジと見つめて口を開く。
「お疲れのご様子ですね。何かお持ちいたしますか?」
立派なカイゼル髭が特徴的で、燕尾服を着こなす執事はお茶を注いだカップをリトスの前に置いた。
湯気が立ち上るカップを手に取ったリトスは、二度息を吹きかけて口に含む。
「……うん、いい香りね。お茶だけで結構よ」
「なら仮眠を取られたらどうですか?」
リトスは首を横に振り、カップの縁に唇を押し当ててお茶を飲む。
今寝てしまうと、モヤモヤとした何とも言えない夢を見てしまいそうだ。だからこそ彼女は仕事に没頭するために、紙束に手を伸ばす。
執事は小さなため息をつき言う。
「ご無理はなさらないように」
「ええ分かっているわ。それよりも、これを急ぎでリマニに届けてちょうだい」
サインを書き終わったリトスは、紙に書かれた内容を見えるように手渡す。
「リマニの魔窟を潰すのですか?」
「宝石珊瑚が取れるのは問題だわ。宝石は稀少だからこそ価値があるのだから」
躊躇いの無い一言を聞き、執事は満足げに肯く。その様子を見たリトスは自分が試されているのだと悟り、執事を睨み付ける。
しかし、平然とリトスの視線を受け流した執事はアイテムボックスを展開して仕舞うと、今度は別の紙束を取り出して彼女に手渡す。
「この手紙は夜が明けると共に送るとしまして――あの商人から接収した財産の振り分けは如何なさいますか?」
執事から受け取った紙束には商人から接収した品目が書かれており、リトスは目を通しながら言う。
「そうね……四等分に換金して生き残った娘達、孤児院、クラミとソフィア、残りは街に回しなさい」
目を通し終えたリトスはサインを書き執事に手渡す。
「……畏まりました」
「何か言いたそうね?」
一拍間を置いた返事にリトスは怪訝な表情で机の上に頬杖を付いて睨み上げる。
「クラミ様の報酬はお金だけでよしいのですか?」
その問いにリトスは押し黙り考える。
ゴブリン騒動の時も多大な貢献をしたクラミ。今回も領地の財産と言える民を救った彼女に、お金だけの報酬でいいのか?
追加の報酬に悩んでいるリトスに執事がアドバイスを送る。
「剣を送ってみてはいかがですか?」
「クラミを顕彰するって事よね」
「そうです。それほどの働きをしたので妥当かと」
「早速、手配してちょうだい」
「畏まりました。ただ、クラミ様が使う剣は普通でないので――」
カイゼル髭を弄りながら執事は思い出す。クラミが扱う武器はどれも規格外の大きさをしており、普通の剣を使っていない。
リトスが領主となって初めての顕彰式なので、彼女自身の手から直接渡せるようにしたいのだが、クラミの武器に合わせたら持つことは不可能であろう。
「ブレ家からの褒章として礼剣を一振りと、鍛冶屋に依頼してクラミ様に合った剣を作る。それでどうでしょうか?」
細身のリトスが持てる礼剣と、実用性のある剣を贈る案を出す執事。
「それでいきましょう。直ぐに手配を」
「畏まりました。クラミ様の件はこれでいいとして、ソフィア様……ソフィアが侍女として働くことになりました。」
一瞬だけ眉をひそめるリトスは手付かずの紙束に手を伸ばしながら言う。
「それは喜ばしい事ね」
「はい。今は古株の侍女達に教育を任せておりますので、王都に同行するのも問題無いでしょう」
今現在、リトスのお世話をする侍女は複数人いる。居るのだが、皆高齢のため遠出ができ無い。その問題を解消するべく、クラミとソフィアに声を掛けたのだ。優れた冒険者の彼女達なら護衛にもなる。
しかし、引き受けたのはソフィアだけなのだが――彼女はBランクの冒険者。
護衛としては申し分ないが、新人をいきなり主の元で働かす訳にも行かず、今は別の侍女が鍛えている最中なのだ。
「王都……国王誕生祭か」
「否応が無くコミティス公爵家と顔を合わす事になりますな」
「色々とケリをつけたい……ものね」
手に持つ紙を握り締めるリトスは瞑目し、ギリギリと歯を食いしばる。
彼女が処理している書類の殆どが、先日、誘拐事件を起した商人がらみであり、彼らはコミティス公爵家ご用達の商人である。
そのコミティス公爵家はブレ家――リトスとは浅からぬ因縁がある相手だ。
だからこそ彼女は憤りを隠せずにいた。
「熱いお茶のおかわりをお持ち致しますので、暫くお休みになってはいかがですか?」
リトスを一人にする為に執事は部屋を後にする。
ドアが閉まるとリトスは椅子から立ち上がり、近くの窓に体を預けて外を見渡す。
何時のまにか夜は明けており、黒髪の少女が庭で大剣を勢いよく振り回していた。
「目茶苦茶な振り方ね」
幼少の頃から剣を握りしめていたリトスからしたら、余りにも稚拙だ。
けれど一生懸命に剣を振る姿は小さい頃の自分を思い出す。
父に褒められたくて、母に褒められたくて――。
今は亡き両親に思いを馳せるリトスは黒髪の少女を見守り続けるのであった。