5-5 ②
攫われた女の場所に向うクラミとソフィア。
案内役のひょろ長の男は足がなくて歩けない為、クラミが肩に担ぐ――案は、男が汚いので却下となり、ソフィアがアイテムボックスから取り出した縄で体を縛り、クラミが引っ張ることになった。
鬼の元住処は森の奥深くにあり、道は険しい。
そんな場所を引き摺られれば当然タダでは済まない。剥き出しの岩に肌を削られ、折れた木の枝が刺さったり、落ち葉が口の中に入ったりと散々な目にあうひょろ長の男。
目的地に着いた時点で喋る気力が無くなっていた。
そんな男を捨て置き、クラミとソフィアは眼前の鬼の元住処をマジマジと観察する。
木が鬱蒼と茂る森の中、小さな広場がある。その周りは木が何本も倒され、中央には丘のように土が盛られており、そこに大きな裂け目が緩やかに下へ下へと続いているようだ。
「この奥に居るんですかね?」
「たぶんね。それと、奥には見張りとかも居るはずだから……気を付けていくよ」
「コイツはどうしますか」
「足がないから逃げられないはずだし、その辺に放置でいいよ。逃げたら逃げたで、魔物が処理――」
ソフィアの言葉を聞き、クラミは縄を手放し、魔法の袋から大剣を取り出して地面に叩き付けた。大剣に巻き込まれる形で縄も深々と地面にめり込む。
縄を引っ張り、動かないことを確認したクラミは笑顔――ドヤ顔でソフィアに向き直る。
「どうですか! これで逃げられません――」
自慢げに語るクラミの頭にチョップを落とすソフィア。突然の衝撃に舌を噛み、涙目で頭を押さえながらソフィアを見つめると、彼女は笑顔で頬を引き攣らせていた。
「大きな音を出せば気付かれるよね、中の人に」
「あ゛」
「まったく……出てきたヤツから処理するよ!」
そう言い残すソフィアは小さな丘の上へと駆け出し、クラミは反省しつつその後を追う。
二人は小さな丘の上に辿り着くと、そこから入り口を見張る。
暫くそこで待つのだが、誰も出てこない。どうすればいいのか判らないクラミはソフィアを見つめた。
「私が先頭で中に入るよ」
「あの男に中に何人ぐらい居るのか聞くのは駄目ですか?」
「……そ、その案も良いけど、本当の事を喋っている保証がないし、ね!?」
両手に短剣を握り、緊張した様子のソフィアを見てクラミは「ゴクリ」と、唾を飲む。
なるほど、確かに敵の言葉を真に受けて何かあれば――。そう考えるクラミは尊敬の眼差しをソフィアに送る。が、当のソフィアはバツが悪そうに顔をそむけて「そ、それじゃ行くよ!」と、言い残して洞窟に入り、慌ててクラミもその後に続く。
洞窟に入ると直ぐにソフィアは立ち止まる。何かあったのか? そう思ったクラミはソフィアの肩越しに洞窟の奥を見る。
入り口から十メートル程の所にオレンジ色の光が見えた。
何が出てきても対処できるように鉈を握るクラミ。前方のソフィアはゆっくりと中腰で物音一つたてずに進む。その後を追うとするが、ソフィアは前を向いたまま後ろのクラミに手を突き出して「来るな」と、伝える。
その指示に直に従い、キョロキョロとオレンジ色の明かりの方を観察するソフィアの背中を見ていると、彼女はふり返り口を開く。
「こっちに来てくれるかな?」
無謀にもソフィアは明かりを背にして手招きをする。
その様子を訝しげな視線で見つめながら歩み寄るクラミ。彼女が辿り着くと、ソフィアは明かり方に親指を指す。
「……無事なんですよね?」
目の前の光景に困惑するクラミ。
彼女の目には広い空間が映る。ここは身長が二メートル以上の鬼の住処だけあって広々としており、旅館の大広間を彷彿させる縦長の空間で天井も高い。
そんな場所に数十人の女性達が疎らに座っている。
彼女らの近くには干し肉やパン、革製の水筒等の食料があり、部屋の隅っこには無造作に置かれた壺が複数個ある。
ぱっと見た感じ彼女達を拘束する物は無い。にもかかわらず、ここに留まっているのは何故か?
クラミが疑問に感じていると、ソフィアは部屋の中に入るのだが――皆、力無く項垂れているので誰も気付かない。
そんな中、ソフィアは部屋の入り口で手に持つ短剣の背を打ち合わせて、甲高い音を響かせた。
「……助けに来たわよ。みんな怪我はない?」
囚われの身を救いに来た、希望の声の筈なのだが――ソフィアの声に反応して顔を上げる彼女達の表情は優れない。
クラミとソフィアの容姿を確認するとまた、俯いてしまう子や、すすり泣く者も。
「仕方ないの、ここから逃げたらどうなるか……見せしめがあったのだから」
二人が困惑していると、部屋の奥から声が響く。そこに視線を向けると、小さな少女が地面に座っており、首元には鎖で繋がった銀入の首輪が怪しく輝いている。
腰まで伸びているであろうブロンド色の髪を両サイドで縛る、ツインテールの少女の元に二人は歩み寄る。
この少女は他の女性達とは違い、力ある瞳で二人の姿を見ていた。
「何があったの?」
「それよりも、できればコレを外して欲しいの」
ソフィアが話し掛けると、少女は顎を上げて首輪を見せる。それを確認したソフィアは顔を顰め、腕を組む。
「何ですかこの首輪は」
他の女性達には無い首輪を見て、クラミが疑問を口にする。
「これはね、魔法を封じる首輪なんだよ」
「魔法をですか?」
「ええ、魔法銀――ミスリルって鉱石があって、それは普通の金属とは違い、魔力伝達に優れているの」
ソフィアの説明を聞いてクラミは首を傾げる。何故、魔力伝達が優れていて、魔法を封じることになるのか? その様な事を顔に出して悩んでいると、ソフィアが続きを言う。
「ミスリルは魔力伝達が優れすぎていて、首に巻いたまま火の魔法を使えば、どうなると思う?」
「え? 熱くなったりとか……ですか?」
「そんな感じだね。火の魔法を使えば勢いよく燃えたり、風の魔法を使えば鎌鼬で切れたり――」
「そんな事より、これ外せるの?」
誤って魔法を使ってしまった場合の、陰惨な事態を想像したクラミは唾を飲むのだが、自分は魔力が殆ど無い事を思い出し、安堵の色を含む切ないため息を漏らす。
そんなクラミを見つめて、少女は無表情で聞いてきた。
「ああ、すいません。どうなんですかソフィア?」
「首輪は無理だけど、鎖なら――クラミ、叩き切っていいよ」
「叩き切るって、その子にできるの?」
首輪から伸びる鎖は、地面に垂れ落ちており、その先には楔が打ち込まれている。
クラミは楔の近くに寄ると鉈を大きく振りかぶり、地面に叩き付けた。
地面を抉る轟音が洞窟内に重く響く。その音で目を覚ましたかのように、他の女性達が顔を起して、驚いた表情になる。
「切れましたよ!」
クラミが自慢げに少女を見ると、彼女は地面に倒れている。
その理由は、勢いよく鎖が地面にめり込み、少女もそれに巻き込まれたのだ。
俯せで動かない少女を見て焦るクラミを、女性達は困惑気味に見ていた。
洞窟を出たクラミとソフィア、その他大勢は森の中をゆっくりと歩いている。
最初は洞窟から出るのを渋っていた彼女達だが、クラミの力を見て信頼したようだ。
しかし、こんな大人数で森を歩くのは大丈夫か? ソフィアが一人で街に帰って護衛を呼んだ方が良いのでないか? と、クラミが疑問を口にすると、
「このまま皆で街に行くよ。今の森は、何故か魔物と出会うことが無かったからね。時間を置くと危険になると思うんだよ」
そう返されれば素人のクラミは直に従うしか無い。
女性達は護衛がクラミとソフィアの二人しか居ないことに、不安を感じていた。
だが、洞窟の入り口で今まで散々自分たちを苦しめていた者の哀れな姿を見て――それよりも、銀色に輝く鉄の塊を、無造作に持ち上げるクラミの姿に確かなる信頼と恐怖を抱く。
それは、目の前に居る復讐すべき相手の存在を忘れてしまうほどだ。
そんなクラミが女性達の後方を歩き、ソフィアが先導しながら歩く。彼女が言う通り、魔物と遭遇すること無く森を抜ければ、オレンジ色の空が出迎えてくれる。
その暖かさと哀愁漂う日の光を浴びて、幾人の女性は涙を流す。
「もう少しで街ですから……行きましょう」
クラミがそう口にすると、彼女らは無言で肯き歩き出す。
それを見て、右肩に担ぐ気絶したままの少女の位置を直して、左手に持つ縄を乱暴に引っ張りながら街を目指す。
西の門に着くと直ぐさま複数の兵士がやってくる。
森から女性だけの団体が街に近づいて来ているのを、遠目から確認していた。
兵士達にソフィアが事情を説明する。普段ならここで話しの真偽を確かめるために時間を取られるのだが、リトスの客人であるクラミが居るのでとんとん拍子で話が進む。
「その男はこちらで引き取ります。それで、申し訳ありませんが、彼女達を孤児院のある教会まで送ってもらえないでしょうか?」
この兵達の中で一番偉い者が、申し訳なさそうにクラミにお願いする。
客人にこんな事を頼むのは失礼なのだが、攫われていた女性達の事を思えば、同じ女性の方が安心するだろうと、考えた配慮である。
「わかりました、教会ですね」
「はい、お願いします。何かと人手がいると思いますので、こちらの兵も一緒に着いて行きます。
それが終わりましたら、リトス様に直接事の顛末をお伝え下さい。こちらからも伝えますが、当事者からも事情を聞きますので」
クラミが快諾すると、数人の兵が前に出る。彼らを最後尾にしてクラミとソフィアの二人が先頭で移動を開始する。
結構な人数で歩けば住人の奇異の視線が集まり、居心地を悪そうにする女性達。それを見てクラミは無言で鉈を引き抜こうとするので、ソフィアが慌てて止めて「何見ているのよ!」と、周りに威嚇する様に叫ぶ。
「なんだい、なんだい、騒がしいわね?」
結局、目的地に着くまで威嚇の声を上げる事になったソフィア。彼女の騒ぎ声を聞きつけて、教会からおばちゃんシスターが出てきて、クラミ達一団を見て困惑する。
そんなシスターに兵の一人が事情を説明し、何かあれば手伝うことを伝えると、
「分かったわ。それじゃ、兵隊さん達は教会の裏に回って下さい。それで、貴女達はお風呂が先ね。 アル! アルモニアー!!」
テキパキと指示を出すおばちゃんシスターは、孤児院に向って大声で呼びかける。
余りの声量に、クラミの肩で気絶していた少女は唸り声を上げて目を覚ます。
「ここは……?」
「あ、気が付きましたか……ここはエライオンの街の教会ですよ」
少女を肩から下ろすと状況を説明し、クラミは勢いよく頭を下げて謝罪する。
「すいませんでした!」
「えっと……何が?」
「鎖を切る際に……その、不注意で気絶させてしまって」
「そんな事ですか、私達は貴女方に救われた身なのです。感謝されこそすれ、謝ってもらう何て」
鉄の鎖を叩き切る程のクラミがモジモジと謝ってくるので、少女は目を細めて笑う。彼女の笑顔を見て、肩の荷が下りたクラミは安堵のため息を漏らす。
「私はイリニ。イリニ・ピスティスって言うの。貴女達は?」
「蔵美です。蔵美善十郎」
「ソフィアよ。ソフィア・オリキオよ」
二人の名前を聞くとイリニはぺこりと頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。クラミにソフィア」
イリニが感謝の言葉を贈ると、次々と他の女性達からも同様の言葉が贈られる。
数十人の人から一度に感謝された経験が無いクラミとソフィアが、恥ずかしそうにしていると、孤児院からアルがやって来た。
「シスターお呼びですか――ッ!?」
シスターの元に駆け寄るアルは、この集団が何なのか困惑気味に見ている。
彼女は馴染みのクラミとソフィアが居るに気が付き、二人と喋っているイリニを見ると、目を大きく見開く。
「お、お姉ちゃん?」
ポツリと呟いたアルはその場を駆け出し、イリニに抱きついて叫ぶ。
「イリニお姉ちゃん! お姉ちゃんだよね!?」
「アル? アルモニアなの?」
小さな少女イリニをお姉ちゃんと言って抱きつくアル。
そんな彼女をクラミとソフィアが困惑気味に見ていると、シスターやって来て口を開く。
「ほらアル! まずは皆さんを風呂に案内して、落ち着いてから色々とお話しをしましょう」
「はい、分かりました。皆さんこちらへどうぞ。お姉ちゃんも」
「う、うん」
嬉しそうにイリニの手を握るアルとは対照的に、彼女の表情は優れない。伏しめがちで、顔を合わせようとはしない。
その様子をクラミが不思議そうに眺めていると、ソフィアがおばちゃんシスターに話しける。
「シスター、治療をお願いしたいのだけど」
おばちゃんシスターではなく、クラミが慌ててソフィアに向き直り聞く。
「ソフィア、怪我したんですか!?」
「怪我しているのはクラミでしょ?」
そう言いながらクラミの背中を触ると、激痛が走り、彼女は蹲る。
「ちょっと、背中見るわよ!」
紅い外套ごと服を捲ると、クラミの背中には紫色の太い線が斜めに描かれている。
それを見たおばちゃんシスターは目を瞑り、両手から白い魔方陣が浮かび上がると、クラミの背中に押し当てた。
「温かいです……それに、痛くない!?」
クラミの背中から傷が消えると、おばちゃんシスターはため息をついて言う。
「まったく……怪我しないと言っておいて。まぁ、大事に至らなくて良かったよ」
「すいません。ご心配を御掛けてしまって」
「いいわよ。でも、治療費は貰うからね! ほら、リトス様が待っているんでしょ? 早くお城に行きなさい」
服を下ろすと背中を叩き、おばちゃんシスターは「治療費を払うのが嫌なら、もう怪我するんじゃないよ!」と、言いながら手を振って二人を見送る。
孤児院を後にした二人は薄暗い街の中、リトスの住まうお城を目指して歩く。
只の薬草採取の筈が、大変な事になったな。と、クラミが思っていると、ソフィアの手が背中を撫でてくる。
「もう痛くない?」
「平気ですよ。魔法って凄いですね!」
一瞬で痛みが消えた魔法の力を思い出し、興奮気味にクラミが口を開くが、ソフィアから何の返事も無い。
横を振り向くと、そこにはソフィアの姿は無く、後ろを向くと彼女は立ち止まっていた。
「あのね、クラミ」
日が落ちてソフィアの表情が読み取れない。
「私、侍女の仕事をやってみるよ」
そう言いながら歩き出すソフィア。
彼女が隣に来ると、クラミも歩き出し、口を開く。
「それが良いですよ。リトス様もいい人ですしね」
攫われた女性の末路を考えれば――冒険者の仕事を一人で熟すソフィアの事を思えば、侍女の仕事の方が断然に良い。
今日一日の体験で確信を持ってクラミは言う。
「そうだよね、これが賢い選択なんだよね」
クラミの背中を摩りながら、自分の出した答えを噛み締めるソフィア。
二人は重い足取りで歩くのであった。