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本日7/7回目の更新でございます。
桃色の髪の少女は夢を見る。
暖かく懐かしい思い出と、辛い現実の夢を――。
「おかあさん、アグノスがないているよ」
そう言いながら桃色の髪の女の子は、同じ髪の色の女性にしがみつく。
「あらあら、待っててね」
しがみつく少女の頭を撫で、泣いている我が子を抱き上げる。
母の体温と安らぎを感じたのか、泣いている子の顔には笑顔が宿り、それを見た女性はゆっくりとベッドに寝かしつける。
「それじゃ母さんはお仕事に行ってくるね」
「うん! わたしがちゃんみとくよ!」
「お姉ちゃんは偉いわね」
女の子を抱きしめて頭を撫でると、少女は嬉しそうに破顔する。
母親が離れると少女は寂しそうにするも、手を精一杯振り送り出す。
「アグノスのいいこね、かわいい、かわいい」
少女は眠っている子の柔らかな髪を撫でながら母親の真似をする。
大好きなお母さんの真似をする事で寂しさを紛らわし、ゆっくりと時間を潰していく。
彼女達の生活は決して裕福ではない。
母親はその日その日の生活費を稼ぐのがやっとである。
今日も疲れた様子の母親が帰ってくると、硬いパンと具の無いスープを一緒に食べる。質素な食事だが、大好きな母親と一緒に食べると美味しく感じる少女はニコニコとご機嫌だ。
「どうして、おとうさんはいないの?」
小さな子にふやけたパンを食べさせている母親に少女は尋ねる。
その言葉を聞くと母親の手は止まり、悲しそうな表情で口を開く。
「私が……馬鹿だから。ごめんね、寂しい思いをさせて」
「寂しくないよ! アグノスもおかあさんもいるから!」
元気よく答える少女の元に、母親は子を片手で抱えたまま近寄り、空いた手で少女を抱きしめる。
「えへへ、おかあさんだいすき」
嬉しそうに抱きしめ返す少女の頭に、ポツリポツリと雫が垂れたくるので、不思議そうに見上げると母親が泣いていた。
少女は思わず「だいじょうぶ、おかあさん?」と、尋ねると、返事は帰ってこない。
代わりに強く抱きしめられ、悲しさが伝わってきたのか、少女は目頭が熱くなってくると母親の胸に縋り付く。
「本当に……私って駄目ね」
ベッドに眠る我が子達を見つめる母親は独り言を漏らす。
安らかな寝息を立てる子の頭を撫でながら旦那の事を思い出す――。
旦那は冒険者をしており、優秀な腕前のお陰でそれなりに稼ぎ、彼女は女の子を一人産み、幸せな家庭を築いていた。
しかし、順風満帆な生活は長く続くことはなく、旦那が別れ話を持ちかけてくる。
彼は涙ながらに色々と身の上の話しをしてくるが、彼女は呆然としており、旦那が何と言っているのか解らなかった。
ただ、自分に落ち度があると彼女は考える。
旦那と出会う切っ掛けとなった自分の職業。
不特定多数の男に色を売っていた自分に嫌気が差したと思えば、元旦那の別れ話を直に聞くしかなかった。
お腹には新しい命が宿っているのだが――。
あの時、どんなに嫌われようと縋り付けばこの子達が悲しむことはなかった? そう思えば、忸怩たる思いに苛まれる彼女の頬は涙で濡れるが、母親として何時までも泣いていられない。
彼女は静かに部屋からでると、春をひさぎに夜の街を歩く。
そんな生活をおくるある日、事件は起きる。
少女が何時も通りに子の面倒を見ていると、突然泣き出した。
特に慌てることもなく子を抱きかかえて、あやすのだが泣き止まない。
それどころか泣く勢いは増すばかりだ。どうすれば良いか分からない少女は必死に抱きかかえて頭を撫でる。
「アグノスはいいこ、いいこ」
母の真似をしてあやしていると、子の泣き声は次第に小さくなってきた。
少女はホッと、ため息を漏らして小さな子をベッドに寝かしつける。
ぐったりとしている子の隣に少女は寄り添いながら、胸を撫でながら瞼を落とす。
「いいこ、いいこ」
日が段々と落ちてくる頃、少女は眼を覚ます。
大好きな母親に強く抱きしめられながら、眼を覚ます。
「おかあさん、おかえりなさい。いいこにしていたよ」
少女の言葉を聞けば、母親はより強く抱きしめてくる。
それが嬉しくて少女はハニカミながら抱きしめ返す。
「いいこよ。二人は本当にいいこよ」
その日は夕食を摂らずに、二人は抱き合ったまま眠りにつく。
隣にいた子が見当たらない事に少女は疑問を持ち、その事を聞くと、
「アグノスは……ね、お父さんと……出かけたの」
そう返されるので、少女は安心して母親に甘えるのであった。
次の日から一人でお留守番をする事になった少女。
独りぼっちの家は寂しいが、母親の言い付け通りいい子で過ごす。
日が落ちてくれば大好きな母親が笑顔を見せて来るのだから。
しかし、母親は子が居なくなった日から笑わなくなった。
不安を感じた少女は段々と夜に寝付けなってくる。暗い部屋で一人起きると、母親を探すが見当たらない。
どうすることもできない少女は部屋の端で膝を抱え込み、涙を流しながら一人で孤独と戦っていた。
「…………スン…………ッスン」
「え、どうしたの!?」
「あのね、……だれもいなくて……ね……でも、いいこにしていたよ?」
何時もの仕事を終え帰ってきた母親が少女を見つけると、直ぐさま駆けつけて抱きしめる。
少女の頭を撫でながら何度も何度も母親は謝ってきた。
次の日からは母親は夜に居なくなることはなくなり、少女は安心した日々を過ごすはずだった――。
夜の仕事をしなくなった母親に不満を持つ人物がいた。そいつは夜な夜な家にやって来ては母親にお願い事をする。
母親は何度も断るのだが、不満が募った男は強攻策にでる。
深夜の時間帯に男は家の中に侵入してきた。
妙な音に眼を覚ます少女はただ、母親と男を見つめることしかできない。
泣いている母親を見つめて息を飲む。少女が起きてきたことを悟ると母親は引き攣った笑顔を見せる。
そんな二人の事など気づかない男は欲望を叩き付けていく。
それから少しして男はお金を置いて出て行き、少女は母親に抱きついて涙ながらに何度も謝る。
その頭を優しく撫でる母親も少女に謝罪の言葉を言う。
お互いに寄り添いながら、日が昇るまで謝り合うのであった。
その日から母親の態度がおかしくなり、日に日に頬がやつれてくる。
次第に立つこともままならなくなった母親はベッドに伏せがちになってきた。
少女は母親の事が心配で、家の外に出て助けを呼ぶ。
「おかあさんをたすけてください」「おかあさんのげんきがないです」と、必死に周りの大人達に助けを乞うが、帰って来た答えは辛辣だった。
それに、少女を見つめる大人達の視線は、あの日の男を思い出させる。
そう感じれば、恐怖を覚えて家に引き返すしかなかった。
「おかあさん、ごめんなさい」
少女はベッドに横たわる母親に抱きつきながら謝る。
その頭を撫でる母親は精一杯の笑顔を作り言う。
「私はいいのよ……平気よ、ソフィア。私の賢い子」
「おかあ……さん」
「ソフィアは、賢く生きるのよ? 私みたいになったら駄目……アグノス分まで幸せになって――」
………………。
…………。
……。
優しく暖かい思い出と、冷たい現実に打ち拉がれた幼少期の夢から覚めるソフィア。
頬に伝う涙を拭おうと体を動かそうとするが、両手が縛られて動かない。
落ち葉の上で横たわっている、この状況になった理由を必死に思い出す。
そんな彼女の頭上から声が落ちてきた。
「なんだ、もう起きたのか?」
その顔に見覚えがある。
いつぞやギルドで絡んできたAランク冒険者のひょろ長い男と丸い男の凸凹コンビだ。その後ろには二匹の鬼と十人程の武装した男達がいた。
ギリシャ語でソフィアは『賢さ』って意味です。
母親はきっと賢く育って、自分みたいな苦労をしない生活を送って欲しかったんですかね。
あと一話を追加で更新します。