5-3 ②
本日6/7回目の更新でございます。
飛び出してきた三匹の鬼の内、一匹が先行し、残り二匹が右翼と左翼に展開する、三角の形を取りながら駆けてくる。
「いくよクラミ!」
魔剣とニーハイブーツを緑色に光り輝かせるソフィアが叫ぶと同時に姿が消え――緑色の残光が伸びた先では、先頭を駆ける鬼の体に幾重もの深い傷が浮かび上がり、一拍間を置くと青い血飛沫が舞い踊り、地面に転げ回る。
「うおぉぉぉぉ!」
ソフィアに負けじと雄叫びを上げるクラミは、立ち上がろうと片膝を付く弱った鬼に目掛けて走りだし鉈を振り下ろす――が、左翼にいた鬼の行動の方が速く、無防備に体を晒すクラミに体当たり喰らわして吹き飛ばした。
為す術なく凹凸の激しい地面を転がるクラミ目掛けて、すかさず鬼は駆け出す。
「クラミ!」
鬼達の後方にいるソフィアが心配の声を上げ走りだすが、右翼の鬼が進行を阻む。
しかし、圧倒的なスピードのソフィアを捉える事などできる訳も無く、目の前の鬼を振り切るどころか、腕を振り上げ追撃を与えようとしている鬼よりも速くクラミを掴まえ離脱する。
「あ、危なかった……ありがとうございますソフィア」
鋭利な爪で地面を切り裂く鬼を見て、肩を震わせながらクラミがお礼を述べる。
「お礼は後で、それより弱っている奴から一気にいくよ!」
「はい! 今度は迷惑を掛けしませんよ!」
モンスターコアの魔力が切れたのか、ソフィアが装備しているニーハイブーツの輝きは失せているが、短剣の光は健在だ。
装備の状態とクラミに怪我が無い事を確認したソフィアは無言で肯き、走りだす。その後をクラミも追うが、徐々に離されていく。装備の力無くても充分にソフィアは速い。
けれど、先ほどまでの圧倒的なスピードと比べると格段に落ちる。
「グガァァァァ!」
「遅い、遅い!」
それを確認した鬼の内の一匹が、捨て身覚悟で体当たりをするのだが、ソフィアは易々と避けつつ、交差する際に短剣で傷を負わせていく。
しかし、切り傷一つで鬼が止まるわけもなく、叫びながら殴り掛かってくるので、ソフィアはバックステップで距離をとる。
その二人の戦いに無傷の鬼が加わり、二匹で襲う。攻撃の手数が倍になるが、ソフィアはヒラリ、ヒラリと蝶のように柔らかに舞い、鋭い蜂の一撃を与える。
「ぬおぉぉぉぉ!」
二匹の鬼がソフィアに夢中になっている隙を突いたクラミは、負傷した鬼目掛けて駆け寄っていた。
「グ……グガァァァァ!」
迫り来るクラミに威嚇の咆吼を上げる鬼は、青い血を巻き散らせながら立ち上がり、両手を天にかざして迎え撃つつもりだ。
二メートル以上の巨躯と、鋭い目つきで睨み付ける鬼の迫力はハッキリ言って怖い。怖いのだが、クラミは足を止めることなどせず、一直線に走り抜ける。
鬼との距離が近づくと、クラミは鉈を振りかぶろうとするが――すかさず鬼が体当たりをしてきたので、咄嗟に鉈で受け止めれば、深々と刃が体に食い込む。
しかし、その行動は鬼の策略だった。
「ッツ! オォォォォッ!」
傷ついた体では真面に身動きがとれない。そう結論を出した鬼の行動は肉を切らせて骨を断つだ。
天にかざす両手には鋭い爪が伸びており。それをクラミの背中に突き立て、勢いよく切り裂く。
クラミに与えて衝撃により鉈が更に体に食い込み、青い血を口から吹き溢すも、勝利を確信したように笑う。
「ッ痛いけど、ふんがぁぁ!」
いくら鋭利な爪とはいえ、クラミが羽織る外套を切り裂く事ができ無かった。
クラミは背中に走る衝撃に顔を顰めるが、右手に持つ柄に力を込め、左手は刀身の天辺に置き、グイグイと左右交互に力を入れて鉈を鬼の体に食い込ませていく。
圧倒的な彼女の膂力の前に、傷ついた鬼の力では対応できるはずもなく、仰向けでクラミと一緒に倒れる。
倒れた鬼は口をパクパクと開くだけで動きはしない。
しかし、クラミは馬乗りの態勢で鉈を必要に押し込むのを辞めない。硬い背骨を折る為に一心不乱に体を動かし、辺りに鈍い音が響くと、口元を引き攣らせながら立ち上がる。
「ガァァァァ!」
異様な気配を察知したのか、ソフィアを襲っていた二匹の鬼はクラミの方角を見て、激高の雄叫びを上げる。
そこにあるのは体を斜めに押し潰されるように切られ骸と化した同胞の姿。
怒りに顔を歪める二匹はソフィアに背を向けてクラミに襲いかかろうとするが、そんな隙だらけな背中に一刀を浴びせる。
「クラミ! 一匹はお願いね!」
「大丈夫です! ウオォォオォ!」
ソフィアの一撃を受けた鬼は向き直り、もう一匹はクラミ目掛けて駆けてくる。
気合の入った雄叫びを上げるクラミは青い血で汚れた鉈を骸から引き抜き、迫り来る鬼に刃を向ける彼女も走りだす。
刃などお構いなしに鬼は鉈に左肩をぶつけてくる。
普通の人間なら自ら刃物に触れるなどするはず無いのだが――鬼の予想外のショルダータックルにより、クラミは吹き飛ばされ、急斜面を転げ落ちていく。
「クラミ!?」
ソフィアの焦った声を背後で感じながら、鬼は憎い獲物を追うべく斜面を滑るように走る。スピードが出すぎたら細い木を一瞬掴むことでブレーキを掛け、クラミを探しながら降りてくる。
対するクラミは訳も解らず急勾配を転げ落ち、無意識のうちに地面を掴むように指を食い込ませ、中腹辺りで木に背中を打ち付けてようやく止まる事ができた。
「ッッ! いだいな、クソが!」
悪態を付きながら背中を摩るクラミ。フラフラと回る視界に捉えたのは左肩をダランと垂れ下げるも、憎しみの表情を露わにして叫ぶ鬼の姿。
真面に立つこともできない急斜面で戦うのは危険と判断したクラミは、滑り台を滑るようにお尻を地面に付けて降りていく。
そんな悠長な降り方で大丈夫か? と、思うが、外套のお陰で結構なスピードが出る。
「わあ、ああああ!」
間抜けな声を上げながら、大股で滑り落ちるクラミ。彼女の目の前には細い木が迫るのだが、足を踏ん張ってブレーキを掛けるのだが――間に合わなかった。
咄嗟に両手で顔を覆い隠すが、拡げきった股は木に直撃してしまい、バランスを崩して転げ回る。
(女で……良かった)
俯せで地面に横たわるクラミは、自分の股を撫でながら初めて女である事に感謝の念を考えていると、
「ガァッ! シャァァァ!」
斜面を降りてきた鬼はクラミの横っ腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。
これで何度目だろうか、さっきからゴロゴロと地面を転げ回ってばかりのクラミは、引き攣った笑みを見せてヨロヨロと立ち上がり、魔法の袋から黒い棍棒を取り出した。
「調子にのるなよ……なぁ!」
二メートルの棍棒を引き摺りながらクラミは地面を蹴り上げ、鬼を目指して走りだす。
体中が痛いが、我慢できない程ではない。
それよりも、心の内に沸々と沸き上がる怒りを鎮めるのが先だ。
鬼気迫る表情のクラミを見て、鬼は決意したように顔を顰め駆け出した。
「ウオォォォォォ!」と、雄叫びを上げる二匹の獣は再度ぶつかり合う。
身を屈める鬼は壊れかけの左肩で体当たりをしてくるが――クラミはそれを左手で殴り付けて止める。
痛めた肩にクラミの小さな拳がめり込みと、全身に嫌な音が響き渡り、絶叫を上げる鬼は左肩を押さえてヨロヨロとその場に座り込む。
「死ね」
その言葉を鬼が理解できたとは思えない。只、音が聞こえた方を見上げると、黒い塊が顔に落ちてきた――。
鬼との激闘を終えたクラミは棍棒を魔法の袋に収納し、鉈を探しながら急斜面を登っていく。
探していた鉈はわりとあっさり見つかり、それを片手にゆっくりと斜面を登って辺りを見渡す。
「あれ、ソフィア? そ、ソフィアさーん!?」
不安げに叫ぶクラミ。彼女の視界には二匹の鬼の死体が転がっている。
そう、死体はあるのだがソフィアの姿は無い。
焦るクラミは大声で何度も叫ぶのであった。