5-2 ②
本日3/7回目の更新でございます。
機嫌が悪くなったソフィアをアルが宥めながら東区にやって来た三人。
先頭にはクラミが一人で歩いており、少し間を置きソフィアとアルが話している。
その二人が気になって後ろを振り向けばソフィアが無言で睨んでくるので、クラミは一人寂しく前を見つめながら歩く。
先ほどソフィアを無視して歩き出したことにより、彼女はへそを曲げたらしい。けして、大きな胸に見とれたことに怒っているのではない。
ため息を付きながら歩いていると、見知ったお店が見えてきたのでクラミは歩みを止める。
扉の前で立ち止まり、不安げな様子で後ろを振り向くと同時に、一本の腕が顔の横を通り抜けて扉を押し開けた。
「へ?」
「ほら、呆けてないで入るよ」
後ろから抱きつく形でもたれ掛かるソフィアが、クラミを店内に押し入れる。突然の事に慌てるクラミは恐る恐る後ろをふり返ると、ソフィアの指が頬に当たり、クスクスと笑い声を上げながら彼女は言う。
「別に怒ってないよ」
「でも、さっきから……冷たくないですか?」
「アルと内緒話をしていたからね」
「内緒話ですか?」
「聞きたい?」
挑発的な笑みを見せるソフィアから、未だお店の入り口で佇む――少し距離を取っているアルに視線を向けると、彼女は自分の胸を両手で隠して一歩後ろに下がった。
何だか嫌な予感がしたクラミは口元を引き攣らせながら尋ねる。
「どんな話しを――何を吹き込んだんですか?」
「ふふ……クラミは大きな胸が大好きって話しをしたんだよ」
唖然となるクラミは何かを言いたそうに口をパクパクと動かすが、言葉が出ない。それもその筈、出すべき言葉が見つからないのだ。胸が大好きなのだから。
必死に言い訳を考えるクラミの両肩にソフィアが手置き、耳元で囁く。
「早くお店に入りましょう。アルをエスコートしないと……ね!」
「……はい」
(やっぱり、怒っているじゃないですか!!)と、抗議の声を出したいクラミだが、今のソフィアに何を言っても無駄の様に思えて――否。仕返しが怖いので、言われるがままアルに話しかける。
「あ……アルさん。その……行きましょうか」
「は、はい」
肩をピクリと震わせるアルを見て、クラミは少し落ち込むと同時にソフィアを見ると、彼女は満足そうに肯いて、店内の奥へと進んでいく。
ソフィアの背中を追おうとするが、店外に居るアルを置いていくわけも行かず、クラミは手を差し伸べるが、彼女は頬を赤く染めて無言で俯く。
そんな彼女を見て、がっくりと肩を落としたクラミはアルに背中を向けて言う。
「何か色々とすいません――ッ!?」
話している最中に服の裾を引っ張られたので、後ろを振り向くとアルの手が伸びていた。
「は、恥ずかしいので……心の準備ができるまで……こっちを見ないで……欲しいです」
弱々しく言う彼女の言葉を素直に受け入れたクラミは、前に向き直り「行きますね」「ひゃい! お、お手数御掛けてして申し訳ありません」と、背中越しに会話をしながら店内を進んでいく。
クラミとアルが店の奥のカウンターに辿り着くと、既にソフィアと店主がカウンター越しに話しており、その二人の後ろに紅い外套が立て掛けられている。
「お、やっと来たか」
軽く手を振りながら店主が声を掛けてきた。
隣のソフィアは顔の赤いクラミとアルを見て満足そうしている。彼女の隣にクラミが並ぶように立つと、抗議の視線を飛ばす。
「何か知らんが、こっちの説明をしていいかな?」
見つめ合うクラミとソフィアの二人に、店主は胸を張りながら後ろに立て掛けられている紅い外套に親指を向ける。
色々とソフィアとお話しをしたいが――店主の言葉を聞き、そちらに目線を変えるクラミ。
鬼の皮は少しくすんだ赤色だったはずだが、この外套は思わず見とれてしまうほど鮮やかな紅色をしており、もう一つ特徴的なのが、襟元に赤い宝石と無色の宝石が填め込まれている。
外套の大きさは、倉物全身を覆えるほどの大きさで袖が付いておらず、マントと言うよりクロークタイプだ。
マジマジと見つめるクラミに気を良くした店主は外套を手に取り、見せびらかすように説明する。
「良い出来ばいだろ? 見た目だけじゃ無くて機能も凄いんだぜ。久々の会心の出来だ」
「機能ですか?」
「ああ、鬼の皮を使っているだけあって防刃性に優れている。しかもだ、元々火に強い皮を、鬼のモンスターコアと逸品物のモンスターコアを利用して、更に耐火能力を上げてある。きっとドラゴンが吐く炎のブレスすら防いでくれるはずだ」
饒舌に語る店主を余所に、この外套の凄さがイマイチ解らないクラミ。
見た目が綺麗なのは分かる。見たまんまだから。
防刃に優れているのも分かる。丸太を豆腐のように切り裂くソフィアが、森で鬼を滅多斬りにしたにも拘わらず、殆ど傷を負わすことができ無かったのを見たからだ。
しかし、ドラゴンの炎と言われても――。
曖昧な表情を浮かべるクラミは首を傾げて、ソフィアの顔を窺う。彼女は店主の説明を受け、無言で何度も肯き満足そうにしている。
自慢の一品を作り上げた事に対してドヤ顔の店主と、想像以上の防具を目の当たりしたソフィアが、クラミに外套の感想を聞きたそうに視線を送ると、
「あの……ドラゴンの件がイマイチ――凄いんですか?」
予想外の言葉が返ってきたので二人は押し黙る。
そんな二人を見てオロオロと慌てるクラミに、店主がカウンターに両手を叩き付けて身を乗り出して言う。
「いいか! まず鬼の皮がこれほど良い状態なのが珍しい!」
クラミとソフィアの二人が遭遇したときは、たまたま一匹だけだったが普段なら群で行動しており、とても傷つけずに倒そうなどと、余裕を持って戦えるほど楽な相手ではない。
「頑丈な皮を鞣すのも大変だ。そんじょそこらの革職人にはでき無いぞ!
しかも、鬼のコアと、金貨二枚で……き・ん・か・に・ま・い・で! 買い取ったゴブリン・『将 軍』のコアを利用した逸品なんだぞ!」
モンスターコアと一言で言っても沢山の種類があり、簡単に別けると二種類ある。
属性コアと無属性コアだ。
後者のコアはごく一般的に出回るモンスターコアで、これと言った特徴は無く、殆どのコアは魔力が尽きれば砂のようにボロボロと崩れ落ちる消耗品である。
魔道具の電池みたいな役割をしており、ゴブリンなど低ランクの魔物から取れる。が、稀に進化固体から壊れない無属性コアが取れたりする――これは充電式の電池みたいな物だ。
前者のコアはソフィアが装備している短剣に填め込まれているモンスターコアで、コア一つ一つに風や火、水と言った属性を秘めており、主に武器や防具などに利用される。
属性コアを持つ者の殆どは高位のモンスターや、進化固体である。
その為か、モンスターコアの魔力を使いきってもコアが崩壊することは殆どなく、魔力を補充すれば何度も利用することができるので、高値で取引される。
ちなみに、水を生み出す魔道具や冷気を生み出すエアコンの様な魔道具の中には属性コアが埋め込まれており、無属性コアの魔力を消費しているのだ。
今回利用したコアは火の力を宿す属性コアと、無属性コアだ。
進化固体である『将 軍』の無属性コアは高い魔力を秘めており、その力を利用して鬼の火属性の力を――耐火能力を引き上げている。
これ程の防具を作れるのは店主の腕が本物の証拠であり、彼自身の誇りなのだ。
だからこそ、自分の防具を信用しないクラミに熱く語りかけるのである。
「並大抵の炎なら絶対に効かない! ドラゴンのブレスだって……一回は防げるぞ!」
「一回だけかよ!」
思わずツッコミを入れるクラミ。
しかし、隣のソフィアが「一回でも防げる何て凄い事よ? 昔、エライオンの南街道には森があったけど、ドラゴンのブレス一つで燃え尽きつたらしいわよ」と、言うものだから、ごくりと唾を飲み込み、改めて紅い外套を見る。
「やっと、これの凄さが解ったか」
クラミの眼つきが変わった事に気を良くした店主は外套の両肩部分を持ち、ヒラヒラと扇ぎながら言う。
「今ならなんと、金貨四枚だ!」
「ひょッ! よ、四枚なんて……っ!!」
金貨四枚と余りの高額な値段に、思わず素っ頓狂な声を上げるクラミ――ではなく、今まで蚊帳の外にいたアルが叫ぶ。
普段の暮らしでもっとも縁がない硬貨ーーそれが金貨だ。
それを四枚も請求され、アルはオロオロと慌ててクラミの袖を引っ張り、涙目で言う。
「どうしましょう! どうしましょう! 金貨なんて持ってないです! ないですよぉ」
「落ち着いてくださいアルさん。別にアルさんが払うものじゃないですから」
「でもでも」
アルを落ち着かせるように頭を撫で、クラミは魔法の袋から金貨を四枚取り出す。
クラミとしては手持ちの金貨が四十枚あり、その内の四枚だけなら断る理由もない。
もしも、銅貨一枚の価値が百円であれば金貨四枚で四百万円なわけで、それならきっと彼女の対応も変わっていただろう。
それはさておき、クラミが金貨をカウンターに乗せようとすると、ソフィアの手が差し止める。
それを見た店主は抗議の声を上げると共に、口元を三日月のように釣り上げて笑い、クラミの背中に悪寒が走った。