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4-5 ②

 「おほん!」と、咳払いをした執事が馬車に入ると天井部にカンテラを吊り下げて、クラミとソフィアの対面に座る。

 それを確認した馭者が扉を閉めて、執事が窓際に垂れ下がる紐を引っ張ると、鈴の音が響き渡り、ゆっくりと馬車が動き出す。

 二頭の馬が奏でる蹄の音に誘われ、カンテラが左右に少し揺れ動く。


「「「…………」」」


 オレンジ色の淡い光に灯されるクラミとソフィアの顔は未だに赤く、執事は真剣な表情で二人を見ている。

 その眼差しが二人から言葉を奪い去り、沈黙を生み出す。


「お二方は、お付き合いをなされているの……ですかな?」


 さらっと執事が爆弾を投げて――投げつけてきた。

 揺れるカンテラが爆弾を受け取った一人、ソフィアの顔を照らすと、彼女は下唇を噛み締めて恥ずかしそうに、肩を小刻みに揺らす。 


「いえ、そういうわけでは……」


 慌てた様子のクラミが、頭を横に振り反射的に返す。

 再度、揺れるカンテラがソフィアの顔に光を灯すと、彼女は無表情になっていた。

 その二人を観察する執事は心の中で安堵のため息を零す。

 しかし、仕える主の事を考えれば今のうちに憂いを絶つべきか? もし、リトスが仲睦まじい二人を見たとしたら……それは、それで、自分の心に素直になれるチャンスではないか。等と考えていると、クラミが口を開く。


「ところで、なんの用事なんですか?」

「質問に、質問で返すようで申し訳ありませんが、お二方は今の冒険者生活にご不満はありませんか?」


 執事の問いに、クラミはソフィアの顔をチラリと盗み見る。


「私は特にありません」


 クラミは今の生活に文句は無い。元の世界に戻るため、己の玉と棒をこの異世界で探し出すために今の冒険者の立場はうってつけである。

 未だ何一つ手掛かりなど無いのだが。


「不満は無いけど……ありませんけど、将来の不安はありますね」


 それに対してソフィアは以前クラミに街の説明している際に『まぁー冒険者として成功しているけど、正直別の仕事がしたいね。安定した仕事がね……』と、言っていた通り、冒険者生活に不満があるようだ。

 

 二人の答えを聞いた執事は少し悩みながら口を開く。


「お城で、リトス様の元に仕える気はありませんか?」


 答えが出ないままソフィアは執事を見る。その表情は真剣であり、冗談の類いでは無い事を悟る。

 私が貴族に――それも、エライオンに仕える? 何の冗談だ。と、困惑しながら隣のクラミに視線を移す。彼女は腕を組み、唸っていた。


「リトス様から改めてこの話しが出ますので、それまで考えて置いてください」

 

 言い終わると馬車が止まる。


「まぁ、余り考える時間はありませんが」


 馭者が扉を開け、執事が先に降りて手を差し伸べる。クラミはその手を取り馬車から降りたが、ソフィアは執事の手を拒否した。

 それに対して怒ることも無く、執事は室内の天井に吊り下がるカンテラを取り外す。


 外に出たソフィアはマジマジとお城を眺める。いくらこの街で暮らしているとは言え、こうも間近で見るのは初めてだ。

 その様子を見ていたクラミは、自分もこんな表情をしていたのかな。と思いながら、城を見上げる。


「リトス様がお待ちです」


 城の扉に手を向けながら執事が言うと同時に、扉が開けられメイド二人が出てきた。執事が歩き出したので二人も後に続く。

 長い廊下の天井には照明らしきものが設置されているが、明かり灯されてない。

 執事が持つカンテラと、窓から差し込む月明かりを頼りに三人は無言で歩く。

 暫く歩くと、明るい廊下が見えてきた。執事はカンテラに設置されているモンスターコアを取り外し、アイテムボックスにしまう。


「クラミは……さ、どうするの?」


 明るい場所に出たことで、目がシバシバするクラミは首を傾げる。

 そんな彼女に安堵を覚えるが、ソフィアは不安げに聞く。


「このお城で働くの?」

「それは――」

「着きましたよ」


 クラミの声を遮った執事は扉を開けて部屋に入る。

 部屋の中には、リトスがお茶を飲みながらソファーに座っており、それを見た三人は息を飲む。

 

 クラミは喧嘩別れした事を意識して。

 ソフィアは街の領主との面会に緊張して。

 執事は――居るはずの無いリトスが居ることに。


 本来ならこの部屋に客人を連れて来てお茶をだし、その間に主を呼びに行くはずだったのだが、クラミが来ることが待ちきれなかったのか、リトスはすでにスタンバイしていた。

 色々と言いたいことができた執事だが、とりあえず客人であるクラミとソフィアをソファーに案内する事に。


「お待たせしました、女伯爵様(カウンティス)。お二方も、お掛けになってください」


 そう言い残した執事はお茶の準備の為に、慌てて部屋を後にした。

 慌ただしく部屋を出ていく執事を呆然と見送っっている二人に、リトスはお茶の入ったカップをテーブルに置き、対面のソファーに手を向ける。


「どうぞ、お掛けになって」


 二人が座るとリトスは柔らかな表情で話す。


「久しぶりね、クラミ」

「お、お久しぶりです」 


 まだ仲直りする為の作戦を考えていなかったクラミは、リトスの機嫌が良さそうな事を察して、一先ず安堵する。

 

「それと、貴女がソフィアね。初めまして、ソフィア・オリキオ」

「は、はい。初めまして、ソフィア・オリキオと申します。リトス・ブレ・エライオン様」

「リトスでいいわ」


 和やかに挨拶するリトスの目は笑っておらず、ソフィアを探るように見つめ、それを察したソフィアは背筋を伸ばし緊張しながら挨拶をする。

 隣のクラミは珍しい物を見たと思いながら、声をひそめて笑う。


「どうかしたのクラミ?」

「いえ、ソフィアでも緊張するんだと思いまして」

「……緊張するわよ」


 テーブルの下でクラミの足を小突きながら、ソフィアは小声で抗議する。

 二人の様子を見ていたリトスはカップを手に取り、一口お茶を啜り話す。


「とりあえず、単刀直入に言うわね」


 二人の雰囲気を壊すためか、それとも時間が無いのか、リトスはカップをテーブルに置き、真剣な眼差しで二人を見る。

 馬車での執事との会話を思い出した二人、特にソフィアは、ゴクリと唾を飲み込み膝の上で手を握りしめる。


「二人とも私の侍女として働く気はないかしら?」


 一拍間を置き、クラミが頭を下げた。


「申し訳御座いません。私は冒険者の仕事を続けていたいです」

「そう、ソフィアの方はどうかしら?」


 歯を噛み締め、少し表情が崩れるリトス。しかし、直ぐさま取り繕い、ソフィアを見つめてくる。

 まだ、考えが纏まらないソフィアは黙り込んでしまう。

 そんな彼女の為にクラミが時間を稼ごうと、リトスに問いかける。


「リトス様、お城で働いているメイドさんじゃ駄目なんですか?」


 メイドと侍女。同じように感じると思うが、それぞれ仕事が違う。簡単に説明すると、メイドの仕事は城の掃除や洗濯と言った雑用だ。

 対する侍女の方は、女主人の――リトスの身の回りのお世話をするのが仕事だ。

 一応、何人か侍女は居るのだが、皆高齢のため長旅について来られずに執事やリトスが困っていた。


 クラミの問い掛けに、リトスは苦笑いを浮かべながら言う。


「それも考えたけど、執事のドリフォロスが『最近は物騒なので、どうせな護衛も兼ねた人物を雇いましょう』って、いうものだから……二人にこの話を持ちかけたのよ」

「物騒なんですか?」

「あら、まだ冒険者ギルドで街からの依頼が出てないのかしら?」


 そう言いながらリトスが説明をしてくれる。

 ゴブリン騒動の後から、エライオンの街に出入りする商人や、近隣の村で畑仕事をしている娘などが襲われたり、攫われたりする事件が多発している事を。


「あの騒動の後にですか……」

「ええ、ゴブリンのせいで他のモンスターの縄張りが崩れたせいじゃないか。って話しね。今は街の騎士達を街道に派遣しているけど……成果は芳しくないのよね」


 深々とソファーの背もたれに身を埋くめるリトス。

 その話しを初めて聞いたクラミは唸りながら腕を組む。


「だから、私の身の回りのお世話をする女性も戦闘ができる女性がいいの」

「もしかして、どこかに出かけるんですか?」

「そろそろ王都で国王誕生祭があるから――」


 話しながらリトスはチラリとクラミを見る。彼女は考え込んでいるようで、色よい返事が期待できそうだ。

 クラミとしては、このまま恩人のリトスを王都に送り出し道中で何かあれば……寝覚めが悪いってもんじゃない。

 しかし、元の世界に帰る為にも、自由の身である冒険者を辞めるわけにはいかない。

 唸り声を出して悩んでいると、ある事を思い出す。


「もし王都に行くときは、護衛依頼を出してください! 訳分からない商人の時は断りましたが、リトス様の為ならタダでもやりますよ!」


 力強く言うクラミにリトスは嬉しさと寂しさを感じるが、それよりも気になる言葉があった。


「護衛依頼を出してきた商人が居たの?」

「はい、何て名前でしたっけ?」


 未だに悩み続け存在感が薄れたソフィアに話しを振るが、彼女は話しを殆ど聞いておらず、慌てた様子で頭を下げる。


「すいません、話しを――」


 ソフィアの声を遮る様にドアが四回ノックされる。「入りなさい」と、リトスが言うと、執事がお茶を運んできた。

 目の前に置かれるお茶をソフィアが一口飲み、深呼吸して話す。


「先ほどの話し――」

「ソフィア――」


 ソフィアが話すと同時にクラミが言葉を被せてきて、また会話が途切れる。

 その様子を見ていたリトスは口元に手を当てて、クスクスと笑い、執事は不思議そうに顔の赤いソフィアを見つめていた。

 このままでは埒があかない。クラミは強引に先ほどの商人話しを切り出す。


「ああ、あの商人の名前は、確かポリティス……だったかな? コミティス家ご用達とか」

「ポリティスに……コミティス家、ね」

 

 ポツリと、名前を確認するようにリトスが言葉を洩らす。

 それと同時に、先ほどの和やかな空気が一変して重くなる。


「もう遅い時間だわ。二人を部屋に案内してちょうだい」

「畏まりました」


 どこか棘を含む口調でリトスは執事に命令を飛ばす。執事は直ぐさま近くのベルをならせば、メイドが二人やって来た。


「ごめんなさいクラミ、ソフィア、侍女の話しは明日、もう一度聞いてもいいかしら?」

「はい、構いませんけど……」


 急変したリトスに、もう一度『申し訳御座いません。私は冒険者の仕事を続けていたいです』と、断る勇気が無いクラミ。隣のソフィアも何か不味い事を言ったのか? と、悩みながら無言で肯く。


「お客様を案内してちょうだい」


 リトスの命を受けたメイドの後に付き従いクラミとソフィアは部屋を後にした。

 二人が出て行くのを確認したリトスは重い口を開く。


「ポリティスの行動は全て監視しているんじゃなかったかしら?」

「申し訳御座いません。直ぐに監視の者を洗います」

「ええ、一応、事情も聞きなさい。それと――」


 カップの茶を全て飲み干したリトスは、それをテーブルの上に置かずに両手で握り締めて膝元に置いて言う。


「ポリティスは、消しなさい」


 その命を受けた執事は沈黙する。クラミに護衛依頼を出しただけで殺すのは如何なものか? せめて処刑する為の理由が欲しい。そう思いながら執事は考える。


(処刑)の理由が欲しいのかしら? なら言うは、リトス・ブレ・エライオンが命じる。私の街を、ブレ家を汚した者を断罪しなさい」


 目を細めて命を告げるリトス。今の彼女の視線は、それだけで人が殺せそうなほどだ。

  

「ドリフォロス・プラニトゥ・オリキオの名にかけて、彼の者に断罪を」

 

 リトスの決心を受け入れた執事はその場で片膝を付き、頭を垂れて命を受け取る。


「どのくらい時間が掛るかしら?」

「確かAランク冒険者と繋がりがあると報告がありました。それを鑑みて、主要街道に配備した上級騎士集めるのに、四日――いえ、二日ほどお時間を下さい」

「分かったは、もう下がっていいわよ」

 

 執事が部屋を後にすると、空っぽのカップに視線を向けるリトス。


「……コミティス」


 言葉を洩らしながら、カップを握り締める手に力が入っていく。


「コミティス、コミティス、コミティス!」


 ギリギリと歯が軋むほど力むリトスは、カップを床に投げつける。

 割れて床に散らばるカップのように、ソファーに身を投げたリトスは天井を眺めながら独り言を漏らす。


「もう、私のものは……絶対に奪わせない」


 目元を隠すように右腕を乗せて、深く息を吐く。


 部屋の外側のドアに寄りかかりながら腕を組んでいる執事は、大きく息を吸い込み、目を細めて歩き出す。


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