4-5
「ドリ……フォロスさん。どうしたんですか、こんな所で突っ立て?」
カンテラを片手で持つ執事を見て、クラミは自信なさげに名前を言う。
「いえ、お二人に用がありまして、もし宜しければ、今からお城に来て頂けませんか?」
「うーんと、ソフィアは?」
城に行くことに吝かではないクラミはソフィアの顔色を窺う。お呼ばれしたのは二人で、もしソフィアが渋ればどうしようかと悩む。久しぶりにリトスと会えるのは嬉しいが、最後に喧嘩別れの形を取ってしまった事を思えば――。
彼女との仲直りの為に、是非ともリトスと同性のソフィアには一緒に来てアドバイスが欲しい。
そう思うクラミは無意識のうちに同情を誘う上目遣いで聴く。
「私……も、行くよ」
彼女としては何の接点も無い貴族、それも、この街を治める領主の城に行くことは、出来れば避けたい。自分が礼儀作法に疎いのを知っているので、問題を起さないように危険と関わりたくないが、クラミが縋る様に見つめてくるので、つい肯いてしまう。
クラミに対して甘いな。と、思いながらソフィアはため息を零し、問題の彼女を見る。
嬉しそうに顔を綻ばせ、今にもお城に向って走りだしそうな雰囲気で、街の中心に意識を向けていた。
その姿を見ていると、不意に記憶が甦る。
『酷い顔ね。酷い貌をしているわよ?』そう言いながら、クラミを抱きしめる青い髪の少女の事を。
この一週間、一緒に森で狩りをしたり、酔っ払いと喧嘩したり、ベッドの中で嫌な客の愚痴を言い合ったり等と、クラミの心身と共に過ごしてきたと思うソフィア。
けれど、リトスと間に決定的な壁を感じてしまう。
心の底から古い記憶がにじみ出る。
『私はいいのよ……平気よ、ソフィア。私の賢い子』そう言いながら、痩せこけた頬を引き攣らせ無理して笑顔を見せる女性の事を。
あの時と同じで、クラミから逃げ出した自分。
必死に謝り、許しを乞う自分。
何かに八つ当たり、苛立ちをまき散らす自分。
自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が――。
「ソフィア! どうしたんですか?」
「クラ……ミ?」
思考の深みに嵌まっていたソフィアは瞳を大きく見開き、何度も瞬きをしてクラミを認識する。
「ほら、馬車が来てますよ。ささ行きましょうか!」
「ええっと……ごめん。やっぱり――」
「ほら、ほら、乗りましょう!」
急に元気をなくしたソフィアに訝しげな視線を送るクラミは、彼女の口から「行かない」と、言う単語が出掛かった為に、強引に背中を押し馬車へと押し込む。
ここでソフィアを逃せばリトスとの仲の修復ができ無いかもしれないし、今の彼女を置いて行くなんてもっての外だ。
であれば、多少強引でも仕方がない。と、言い訳を考えながらソフィアの隣に腰掛けた。
暗い馬車の中でクラミとソフィアの二人は黙って座っている。ソフィアは馬車の窓から夜空を眺め、クラミは開けっ放しのドアを見つめていた。
ドアの向こうでは執事が馭者と話し込んでおり、クラミはその二人を恨めしそうに見つめる。
馬車の空気が重い。無理矢理押し込んだ事に、ソフィアが怒っていると勘違いしたクラミは、早くこの空気を変える為に馬車を動かして欲しい。
その様な逆恨み的な視線を送っていた。
「…………」
「…………ごめんなさい」
重圧に耐えきれずにクラミが謝罪の言葉を零す。
頭を下げ、地面を見つめるクラミは気づかなかったが、彼女の言葉を聞くと同時に、ソフィアの肩が跳ねる。
口を開き、言葉にならい声――息を漏らすソフィアは、思考を打ち払うように頭を横に振り言う。
「何が?」
「なんと言えばいいのか、嫌がるソフィアを無理矢理乗せたから、怒っているのかと……」
「怒っているように見える?」
「元気は無いです」
歯切れ悪く答えるクラミの声が温かく響く。自分の事を心配してくれる言葉が嬉しい。
そう感じるソフィアの心は結局の所、ただ単に寂しかっただけだ。
領主の城に行けばリトスにクラミを取られると思い、訳の分からない事を考えていた。
自分の心に折り合いを付け、息を吐く。
肺が空っぽになるまで深々と嫌な考えと共に息を全て吐き出す。
そんな長々としたため息を隣で聞いているクラミは、肩を震わせて落ち込んでいる。
それほどまで嫌だったのか。リトスと仲直りどころか、ソフィアとの仲までヒビが入ったのか?
猫背気味に、どんよりと濁ったオーラがにじみ出るクラミの脇腹をソフィアが突っつく。
「ひゃう!」
「ふふ、何て声をだしているの」
薄暗いせいでハッキリとソフィアの表情が分からない。けれど、声色からして普段通りに感じるクラミは、ほっと胸をなで下ろした。
「どんな人なの、リトス様って?」
「リトス様は優しい人ですよ」
調子を取り戻したソフィアに、脇腹を押さえるクラミは皮肉交じりで答える。
馬車の窓に頬杖を付いたソフィアは「そうなんだ」と、言いながら空いた手で再度クラミを突っつくが、脇腹を守る手に阻まれ防がれてしまう。
ソフィアの攻撃を防いだ事で「……っふ」と、勝ち誇った表情をして鼻で笑う。
それを聞いたソフィアがクラミに向き直った所で、開けっ放しのドアが四回ノックされる。
「そろそろ馬車を走らせても宜しいでしょうか?」
ドアに隠れて姿の見えない執事の声を聞くと、二人は顔を真っ赤にして返事をした。
葛藤らしき話しを書きたかったのですが……面倒くさい性格に。
うーむ。キャラ付けって難しいです。
話し方に特徴も無いので、複数人で話すと誰が何を言っているのか分からなくなりそうだなと感じつつ、そろそろ二章も終わりです。
もう少し、ソフィアの心を揺さぶって5-1に入る予定かな。