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本日、二度目の更新でございます。
「この格好……やっぱり馴れないね」
丈の短いスカートの裾を両手で掴むソフィアの頬は少し赤みがかっている。
「そうですよね」
同意するクラミの顔は少しやつれていた。
「二人とも一週間も同じ事ばかり言わないでください。頑張ってお仕事しましょう!」
やる気の感じられない二人に活を入れるのはアルモニアだ。彼女が言う通り、二人が酒場で仕事を始めてもう一週間が経過していた。
初めは一日だけのつもりだったが、老紳士の飲食店がクラミのせいで閉店した事を知ってしまい、ソレとは別にお店に迷惑を掛けたので、汚名返上のために頑張って働いているのだ。
「もう、一週間ですか」
「早かったような、遅かったような……色々と酷かったね」
クラミは沁沁と言葉を漏らし。その言葉を聞いていたソフィアも明後日の方向を向いて肩を落とす。
ソフィアが言う通り色々と酷い事があったのだが、初日は特に酷かった。
馴れない格好で恥じらう三人が仕事を始めると、少ない客が大騒ぎを起す。恥じらいながら丈の短いスカートを押さえる店員の後ろ姿を見ては頬を緩め、食事を運んで来た店員の揺れるお胸様に歓喜の雄叫びを上げ、エールをテーブルに置く店員にため息を付けば、恐怖して黙りこくる。
その様に店の中で騒げば、興味を持った男が一人、また一人と来店してきた。
徐々にだが客足が増えてきた事に、老紳士は喜ぶ。クラミも少しでも役に立てたと思いながら、騒がしい店内を走り回る。彼女の後ろ姿を肴にハイペースでエールを呷っていくお客様。
店の中が満員になる頃に事件は起きた。
盛り上がる客を見て、俺も俺もと、やけ酒かと思わせる飲み方を続ける内に悪酔いした客が増えてくる。
周りの祭囃子にはやし立てられ、一人の客がソフィアの事を「胸の無い店員さん~お酒のおかわり~」等とぬかし、彼女は満面の笑顔でアイテムボックスから短剣を取りだす。
それを見たクラミが慌ててソフィアを羽交い締め押さえる。
しかし、周りの客は和やかな表情のソフィアを見て、ショーの一つだと思い、無防備なクラミのお尻をタッチしてきた。
そこからは地獄絵図だ。
男にお尻を性的に触られたことに忌避感を覚えたクラミは、押さえつけるソフィアを放して、魔法の袋から全長一メートルの鉈を取り出し暴れ出す。
そんな化け物から逃げ惑うお客様。ソフィアは「胸の無い~」と、言った客にマウントを取り、パニックに陥ったアルモニアはその場で泣き崩れ、老紳士はカウンターで立ち尽くしていた。白目で口から泡を吹いて――。
そんな絶望的な状況から一夜明け、クラミとソフィア、アルモニアの三人は重い足取りで酒場に向う。
店内はたった一日でテーブルや椅子などが倒され、木製のジョッキの破片が散乱しおり、カウンターには未だに老紳士が佇んでいた。白目で――。
流石にこれは不味い。そう思った三人、特にクラミとソフィアは一生懸命部屋の掃除を行ない、ジョッキや皿を自腹で買いに行った。
店が奇麗になり営業できる状態になるが、老紳士は未だに――。
準備はできたが老紳士が気絶した状態に悩んでいると、扉が開けられ客が入って来る。
昨日あれだけクラミとソフィアが暴れたのに、お客が来るとは思っておらず焦る三人。
「いらっしゃいませ。クラミさん、お席に案内を」
「「「ッ!?」」」
お客様の気配を察しって白目で立ち尽くしていた老紳士の意識が戻り、営業が再開された。
「まさか、お客様が来るとは……グス」
涙ぐむ老紳士を見てソフィアとクラミは「絶対に暴れない」と、心に誓う。
――が、酔っ払いを相手にすれば、その誓いは直ぐに破られることになった。
初日までとはいかないものの、暴れ回る二人をみて、一滴の涙を零す老紳士。どうすれば良いのか分からないアルモニアはオロオロとしており、周りの客は自分に被害がこないことを悟ると、暴れる二人の姿を堪能しながら酒を飲む。
老紳士は色々と諦め、悟りを開けそうなほどの笑顔でアルモニアに接客をお願いし、暴れる二人は無視することにした。
そんなハチャメチャなお店だが、綺麗どころの店員を見るために客足は途切れること無く、一週間が過ぎたのだ。
自分たちの働きを思いだし、落ち込んでる二人とは対照的にアルモニアは笑顔であった。
年の近い二人と一緒に働けるのが嬉しくて、テンションを上げながら言う。
「クラミさんもソフィアさんも、元気出してお仕事しましょう!」
にこやかなアルモニアを見て二人はやる気を出し、戦いに赴く。
更衣室をでた三人を老紳士が朗らかな笑顔で出迎える。
「三人とも今日も頑張っていきましょう」
この一週間で免疫ができたのか、心に余裕が生まれたのか、心なしか鼻の下を伸ばしながら挨拶をしてくる。
何時ものソフィアなら突っかかる筈だが、色々と後ろ暗い彼女は我慢していた。それに気付いたクラミも「今日は静かに頑張ろう」と、気合を入れてテーブルを拭く。
開店時間と共にお客が入ってきたので、笑顔で出迎える三人。
最初の頃の客層は、店員目当ての人達だったが、最近は老紳士の出す料理目当てのお客様が増え、暴力沙汰は減ってきている。
緩い空気の中をクラミは料理をお盆に載せて運ぶ。
「お待たせしました。ステーキセットとエールです」
このお店自慢の一品がステーキセットで、お値段も銀貨一枚と凄くお高い。一週間ここで働き、この料理を頼んだのは目の前のお客様が初めてだ。
クラミは溢れそうになる涎を飲み込み、胃に訴えかける香りを振り撒くステーキセットをお客様に配膳を行ないつつ、その容姿を確認する。
まず目に入ったのは、使い込まれた鎧姿の格好だ。その背には大きな剣を携えており、冒険者か騎士の人かと考える。
「おお! うまそうだな!」
「俺もこれにすれば良かった………いや、姉ちゃん、これもう一つ!」
「更にもう一つ追加だ! 俺も同じ肉をくれ」
鎧姿の男が歓喜の声を上げると、相席していた二人が同じものを頼んできた。頼んできた二人は鎧を着ていないが、仲よさそうに鎧の男と話しているのを見て彼らが冒険者だと悟るクラミ。
その様に考えていたクラミが何時までも受付をしないことに冒険者の男達が心配そうに話しかける。
「大丈夫だよ、姉ちゃん。臨時収入で懐が温かいからな」
「ハハハ! 確かに温かいな!」
「ゴブリン騒動の時のですか?」
臨時収入の一言に、クラミはゴブリン騒動の事を思い出す。金貨を二十枚以上貰いすっからかんの懐が一気に温まったので、彼らもそうと貰ったのであろう。と、思い一人で納得していると、男達は顔を見合わせて笑い出す。
「俺達はここの人間じゃねえよ。北にある港街から来たんだよ」
「そうそう。最近あそこの街に魔宮が生まれたもので、そこを潜ったら……コレよ!」
そう言いながら男はアイテムボックスから赤い棒を見せてきた。
クラミは眉間に皺を寄せて見つめながら疑問を口にする。
「何ですかコレは?」
「俺達もよく分からんが、宝石珊瑚っていって、高く売れたんだよ」
「まったく宝石珊瑚と、ポリ何とかって言う王都の商人様々だよな」
王都の商人の一言を聞き、険しい表情になるのだが、冒険者達は気付いていないらしく、見た目美少女のクラミに自慢するように話す。
「王都の商人って言うだけあって護衛の者も十人ぐらい居たな。最近は商人が襲われることが多いらしいから、護衛を沢山付けるは分かるんだけど、な?」
「そいつらに囲まれながらコレを高く売れるように交渉したんだよ!」
「まぁ、俺達みたい幾多の死線を越えるとな、数なんて目じゃないんだよ!」
三人で盛り上がり、自分たちは凄いぞ。と、アピールするがクラミは黙り込んだままカウンターに戻る。
「護衛が居るのに護衛依頼を出すのか……」
独り言を漏らしながら老紳士にステーキセットを二つ頼んだ。
その日は特に問題も起らず、珍しく――初めて暴力沙汰を起さずに店を閉めることができた。
当たり前の事なのだが喜んだ老紳士は給料を奮発し、賄いも出してくれた。夕食を四人で一緒に食べ、喜ぶアルモニアを協会兼孤児院に送り届ける。
「今日はありがとうございました! おやすみなさい、クラミさんソフィアさん!」
「また明日、アルさん」
「おやすみ」
頭を下げるアルモニアに手を振って別れを告げるクラミとソフィア。
二人は暗くなった夜道を歩く。宿の夕食も美味しかったが、老紳士が提供する食事も捨てがたい。その様な事を話していると、クラミは冒険者の話を思い出す。
「そう言えば、前ギルドで護衛依頼を出してきたポリティスでしたっけ? あの人、ちゃんと護衛が居たみたいですよ」
「…………そうなんだ?」
「今日いた冒険者のお客さんが言ってましたね。どう思います?」
クラミの問いに腕を組んで悩むソフィア。険しい顔つきで歩いているといつの間にか宿にが見えてきた。
「お帰りなさいませ、クラミ様。それと、ソフィア・オリキオ様」
宿の前には立派なカイゼル髭を蓄える執事が宿の前で佇んでいた。