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4-3 ②

「知り合いなの?」


 お互いに難しい顔で見つめ合うカウンターでグラスを拭いている最中の老紳士と、入り口で佇むクラミ。そんな二人の顔を見比べてソフィアが口を開く。


「知り合いというか、何というか……」

 

 歯切れの悪い口調でクラミがぼそりと言葉を漏らす。

 それもその筈、アルと一緒に老紳士が経営する飲食店で働いた際に、たちの悪い冒険者と一悶着起して首になったのだから。

 苦い記憶が甦ったクラミは、ふと疑問に思う。


「飲食店、だったんじゃ……?」


 クラミの記憶ではこのお店は酒場ではなく、軽食をメインに扱う店だった。内装や外観は変わってはいないのだが、一月も経たずに営業内容が変わっている。

 もしや、自分が暴れたせいで変わったのか? その様な考えが脳裏をよぎると、申し訳なさそうに老紳士を見つめる。


「前の店は、イマイチ客足が伸びなくて」


 ため息交じりに、老紳士は愚痴をこぼした。

 それを見ていたクラミは自分が暴れたことは関係無い。ただ単にお店が流行らなかっただけと、結論を出す。


「誰かが暴れたせいで……」

「ごめんなさい」


 ――が、直ぐさま老紳士の怨念でも籠もってそうな声と共に、考えを改める。

 自分のせいで迷惑を掛けたのだから、どうすれば良いのか?

 悩むクラミは難しい表情で言う。


「今日は頑張って働きますんで、何でも言っ――」

「ッ!? 今、何でもって言ったよね!」


 拭いている最中のグラスを、大きな音をたててテーブルに置くと、カウンターを飛び越えてクラミににじり寄る。

 

「ッひ!」


 鼻の下を伸ばして、目尻を下げる老紳士――元い、エロ親父が近づくにつれて、クラミの口から短い悲鳴がこぼれる。それは恐怖からくる悲鳴では無く、生理的嫌悪感。つまり、存在の否定だ。

 エロ親父が一歩近づくと、クラミは一歩半後ろに下がり、間合いを取る。


「何でも! 何でも! ふふ……!」


 何を想像しているのか解らないが、クラミの背筋に冷たいものが走る。


「まずは、あの服を――」

「…………」


 爛々と輝く笑顔を振り撒くエロ親父の正面に、ソフィアがクラミを庇うように前に出る。

 その表情は冷たく、ソフィア行き付けの衣服兼防具店の店主なら「ありがとうございます!」と、頬を上気させながらお礼を言いそうなほどだ。

 しかし、エロ親父にはその様な高尚な趣味は無いらしく、ガタガタと肩を揺すりながら震えている。


「で、何する気なの?」

「いえ、べ……別に、ただ、服を着て……貰うかと」


 口を開くソフィアが一歩前に出ると、エロ親父は首を横に振りながら後ろに下がった。

 形勢逆転したクラミは、頼りになるソフィアの背中に熱い眼差しを送る。エロ親父は気付いていないが、ソフィアの左手にはアイテムボックスが展開されており、何時でも得物を抜ける状態だ。

 

 クラミとしては、冒険者も素手で殴り飛ばす実力を知っているエロ親父の態度は、悪ふざけしたものだと思っていたのだが――ソフィアは本気で敵対している。

 それに気付いたクラミは慌ててソフィアを止めようとした所で、


「マスターさん、服がきついのですが……あれ、クラミさんと、ソフィアさん?」


 カウンターの奥からはち切れんばかりの胸元を隠した少女、アルモニアが声を掛けてきた。


「アルさん! アルさんもここで仕事ですか?」

「はい、そうなんですけど……この状況は……何があったんですか?」


 のんびりと話す二人の間では、睨み付けるソフィアと、怯えるエロ親父の図。この状況をどう説明すれば良いのか迷っていると、エロ親父が口を開く。


「あの、助け……ください」

「ソフィアその辺で」


 縋り付くように言うので、ソフィアの肩に手を置き宥める。


「…………ッ!」


 肩に手置くと同時にビクッと、体を震わせてクラミに向き直るソフィ。彼女は大きく見開いた瞳でクラミを見つめると、数回瞬きをした後に大きなため息を吐く。

 

「別の仕事に変更しますか?」


 魔物と戦っているときでさえ冷静なソフィアが、昂ぶる感情に支配されているように感じるクラミは、彼女の事を心配して言う。

 展開していたアイテムボックスを消したソフィアは首を横に振る。

 

「アルだけをここで働かすのもね」


 そう言いながらアルモニアに視線を合わせる。状況が飲み込めないアルモニアは心配そうに、周りの顔色を窺う。豊満な胸を両腕で押し潰すように祈りを捧げるポーズをとりながら。

 クラミの視線はソレに吸い寄せられ、自然とソフィアを見る。 


「何を見ているの?」


 冷やかな声が聞こえると肩を震わせて、クラミとエロ親父は視線を逸らす。その逸らした視線同士が交わると、お互いに無言で頷き合う。

 「見ましたか、今のお胸様を!」「凄く……凄いです!」と、目で会話をしていると、ソフィアの人差し指がクラミの脇腹を突っつく。

 突っつくと書くと、他の女に見とれていたのに嫉妬した彼女の可愛らしい抗議なのだが、ソフィアのそれは、エグかった。


「っぐ!」


 脇腹に人差し指が突き刺さったクラミは痛みの余り、くぐもった声を漏らしながら蹲る。

 それを見ていたエロ親父は憐憫の眼差しを送ると共に、自分から意識が逸れたことに安堵していた。


「何を見比べていたのかな?」

「いえ、その様な事は……」


 見比べるつもりは無かった。無かったのだが、アルモニアの胸がどれほど大きさなのか無意識の内にソフィアを見つめたことを後悔するクラミ。

 そんな彼女を冷たい笑顔で見下ろすソフィア。目尻に涙を溜め込んだクラミは懇願した表情で見上げていると、アルモニアが声を掛けてくる。


「あの……そろそろ、お仕事の準備をしませんか?」


 その一言を受けて、クラミとソフィア、店主のエロ親父は声を揃えて漏らす。


「「「あ、忘れていた」」」


 エロ親父はシャツの襟を整えながら「お嬢さん方は仕事で来たのですかな?」と、最初に聞くべき質問を飛ばす。

 ソフィアが差しのばす手を取りながらクラミが肯くと、エロ親父から老紳士へと表情を切り替えた彼は、カウンターの奥へと消えていく。


「どうしたのクラミ?」

「ソフィアは、アルさんの格好を見てどう思います?」


 質問に質問で返された事に訝しげるソフィアは、アルモニアの頭からつま先まで見つめる。白のレースで彩られたヘッドドレスで頭を飾り、服装は丈の短い黒のワンピースと純白のエプロンを身に付けている――メイド服だ。

 ソフィアの無遠慮な視線を遮る様にアルモニアは身をよじる。


「可愛い格好ね」

「同じ格好ができますよ」


 力無く言うクラミを見つめるソフィア。彼女の頬は少し引き攣っていた。


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