4-1 ②
ソフィアがベッドの上で悶々としている頃、風呂場の椅子に座るクラミは、お湯の入った手桶を両手で持ちながら水面に映る自分の顔を眺めていた。
別段、怪しい儀式の最中であるとか、自分の姿に見惚れている訳では無く、水面に映る女の子が自分とはどうしても認識でいない。
昨日の出来事も、この女の子とソフィア二人だけの蜜刻であって、第三者の自分はただテレビの画面越しに見ている一視聴者なだけでは無いのか?
しかし、どんなに目を逸らそうとも、画面からは絶対に感じられない肌の温もりや柔らかさ。鼻孔を甘く痺れさせるソフィアの香りを思い出せば、嫌でも自分が当事者だと実感される。
訂正――嫌では無い。ただ、ただ単に、ソフィアと顔を合わせづらいだけだ。
「…………はぁ」
ため息を漏らしながら、頭を横に振り、手桶のお湯を一気に浴びる。
お湯をふんだんに含んだ髪は肌に張り付き、床に垂れている部分は、排水溝に向って流れる水に誘われる様に泳いでいく。
「夢だった。アレだな、溜まっていたから……エッチな夢を見てもしょうがない」
<女性に愛される加護>を初めて貰った気は嬉しかったのだが彼女たちが向けてくる好意の思いや優しさは、クラミと言う女の子の加護のお陰であり、蔵美善十郎と言う、筋肉質で大柄な体格――本当の自分に向けられていない。
結局のところ愛されているのは加護であり、自分では無い。
どうしてもその事が頭の中を掻きむしるので、考えないようにする。
リトスの時と同じように記憶を厳重に封印するという、現実逃避だ。
何時までもお風呂の中で悶々と為ているわけにも行かず、大きな樽の中に入っているお湯を汲み取り、もう一度頭か被り、両頬を強く叩く。
「おっし! 俺の目標は帰ることだ」
独りぼっちの異世界で自分のやるべき事を声に出して言う。
ずるずると甘美な世界に流されない為に口に出し、元の世界の両親を思い出す。
自分の本当に居るべき場所を――。
何故クラミが急にこんな事を考えているのかは謎で有る。
もしかしたら、賢者タイムなのかもしれない…………。
………………。
…………。
……。
風呂上がりのクラミは、まだ乾ききってない髪のままソフィアと二人部屋を後にする。
「今日も泊まるのかい? 歓迎するよ」
宿を出る際に、顔がやたらツヤツヤしたおばちゃんが声を掛けてくる。
「こっちとしては有り難いのですが、いいんですか?」
「いいんだよ、いいんだよ」
今朝、殆どの客が宿泊を延長するという、おばちゃんにとって嬉しい出来事があった。
その原因が何であるのか、おばちゃんは無論知っている。
昨日の二人の声は、一階で寝泊まりするおばちゃんの部屋まで聞こえており、その声にあてられ旦那さんとむちゃくちゃ――。
一階まで聞こえていると言うことは同階の二階は無論のこと、最上階の三階の住民まで聞こえていた。
そんな事を知らない二人は訝しげにおばちゃんを見つめると、頬を赤らめて「やぁね~もう!」と、手招きするように空を叩く。
「そ、それじゃあ、行ってきます」
何だか深く関わりたくないクラミは、頬を引き攣らせ宿を出た。
宿を後にした二人は東区のギルドを目指して歩く。
「おばちゃんは、ああ言ってましたが、今日は自分の宿を探そうかと思います」
「うん? ギルドで仕事探さないの? それに、昨日は昼から探して見つからなかったんでしょ。もう、お昼だよ」
「うぐ……」
ソフィアの言葉に反論できないクラミ。
しかし、このまま同じ宿に泊まれば昨日のような出来事があるかもしれない。
悩むクラミに、声のトーンを落としてソフィアが言う。
「どうしても一人がいいなら、私が別の宿に泊まるけど?」
「いやいやいや、それは駄目でしょ!」
何度も何度も首を振りながら、ソフィアの提案を否定するクラミ。
自分の我が儘でこれ以上迷惑を掛ける訳にも行かない。そう考えれば、足を止めてソフィアと向き合い、頭を深く下げる。
「今日も一緒の宿に泊めてください」
「ふふ、いいよ」
計算していたのか、ソフィアは妖艶に微笑む。
彼女には勝てないな。等と考えていたら、いつの間にかギルドに辿り着いていた。
ギルドに入ると、直ぐ横の壁に貼られている雑用の依頼に目を通す。雑多に張られている紙をソフィアが一枚一枚読んでおり、字の読めないクラミはそれをただ眺めていた。
「クラミはどんな仕事がしたい?」
「どんな仕事があるのか……酒場の仕事ってありますか?」
質問に質問で返そうとしたのだが、昨日会った巨乳の少女アルが、酒場で働くことを言っていたのを思い出し聞いてみる。
ソフィアは「酒場ねぇ、酒場……」と、呟きながら壁の端から端へと忙しなく目線を動かす。
「うん、一枚だけあるね。でも、どうして酒場なの?」
その問いに、昨日アルと合ったことを説明しながら受付カウンターに歩を進める。
カウンターに辿り着き、壁から剥ぎ取った張り紙を差し出す。
「あ、クラミさん、ソフィアさん、こんにちは」
何時もの受付嬢がにっこりと笑いながら挨拶をしてくる。二人もつられて挨拶をすると、受付嬢は笑顔から一転、真剣な表情になり口を開く。
「それと、護衛依頼はどうなさいますか?」
「あ!」
間抜けな声を上げるクラミが大きく開いた口を押えていた。
隣のソフィアはクラミを見て、受付嬢に怪訝な視線を送る。
「クラミさん、話すの忘れていたんですか?」
「その……すいません」
「いえ、元々こちらの仕事ですので、お気になさらずに」
「なんの話しかな?」
クラミは申し訳なさそうに頭を下げ、隣のソフィアは少し苛立った様子で二人を見ていた。
「あのですね――」と、説明する受付嬢の声を遮り、一人の男がソフィアとクラミの後ろから声を掛けてくる。
「貴女がソフィアさんですか? 私の護衛依頼は受けてくれるのですかな?」
二人が声のする方向に振りかえると、そこには身なりのいい服で着飾る太った男が一人居た。