3-5
冒険者ギルドを後にしたクラミは、当てもなく広場を歩く。
先ほどギルドマスターから貰った銀貨を親指の上に載せて弾き、高々と飛ばし胸元近くに落ちてくると掴まえる。
その様なことを歩きながらやってると、掴まえるタイミングがズレてコロコロと銀貨は転がっていく。
「ああ、ちょっとまって」
慌ててクラミは銀貨を追うと、通行人の足に当たり止まる。
それに気が付いた通行人は身を屈めてその銀貨を拾うと、落とし主を探すよう辺りを窺う。
拾ってくれた人は女性で、少しウェーブのかかったブロンドの髪は腰まで伸び、彼女が動く度に豊かなお胸様が揺れているのが分かる。クラミはこのお胸様に見覚えがあり、その女性の顔を見る。
「アルさん?」
エライオンの街の協会で暮らす少女、アルモニア・ピスティスだ。
「え? クラミ……さん!」
声を掛けると、キョトンとした表情でこちらを見つめて、クラミだと分かると慌てて駆け寄ってきた。
「お体の方はもう大丈夫何ですか?」
そう言いながら両手でクラミの片手を胸元に持ち上げて握る。
「その……体は全然ヘイキデスヨ」
「そうでした。シスターは精神的なものだと言ってましたね。それでも心配したんですよ?」
心の底から心配しているのに対して、クラミの視線はアルのお胸様に釘付けになっている。
只でさえ服の上からでも自己主張をするお胸様がアルの両腕で挟まれ、その存在感と言ったら――クラミが思わず生唾を飲んでしまうほどだ。
「どうかした…………」
クラミの熱い視線に気付き、アルは何を見ているのかを悟ると、クラミの手を離して自分の胸を両手で覆い隠し、頬を赤く染めて俯く。
「す、すいません! その……すいません」
羞恥に耐えるようにプルプルと震えるアル。そんな彼女の態度に、ようやく正常な意識を取り戻すと、何度も頭を下げる。
「いえ、私の方こそ……同じ女性に見られて恥ずかしがるのって変ですよね」
胸を覆い隠していた手を退けると、服の裾を両手で掴み潤んだ瞳でクラミを見つめてくる。
「変じゃないですよ。そもそも、俺が見過ぎたのが――」
そう言うものの、どうしても目線が落ちてしまう。視線を上下に忙しなく動かすクラミ。
「これからはあまり見ないで下さいね。その、クラミさんに見られるのは嫌じゃないのですけど……恥ずかしいです」
露骨なクラミの視線に釘を刺しつつ、アルはより一層裾を掴む手に力を込める。その為胸が押し潰されてクラミを悩ませる。
これ以上見ていると本当に嫌われそうなので、クラミは取敢えず咳払いをして無理矢理話題を変える事に。
「アルさん、お金拾ってくれて有難うございます」
その問いの意味が解らず少し間を置き、アルは手に持っている銀貨のことを思い出した。
「クラミさんのですか、はいどうぞ」
「ありがとうございます。ところでアルさんお仕事終わりですか?」
「いえ、お昼を食べたのでこれから午後の仕事です」
銀貨を受け取り世間話に花を咲かせれば、アルが感じていた羞恥心はすっかり消え去っており、クラミの意識も胸から話しに移る。
「すいません、長々と引き留めていたら迷惑ですね」
「そんな事無いですけど、時間があるときにゆっくりお喋りしたいです」
「明日も仕事ですか?」
「はい、酒場で配膳の仕事です」
頭を下げてその場を去るアルに「お仕事頑張って下さい!」と、言いながらクラミは手を振る。
「それにしても……大きかったな」
本人が居なくなったので、先ほどまでの撓わに実ったお胸様を思い出しながら歩く。
何を食べればあれほど大きくなるのか? ソフィアの薄い胸板を思い出し比較すれば、背筋が寒くなったので、失礼な妄想を打ち払うように頭を振る。
そんな奇っ怪な行動をしているクラミに、周りから訝しげな視線が集まった。
「帰ろ」
周りのことを無視して歩き出すクラミ。広場を抜け、その足取りは自然と第二城壁へと向っている。
「そう言えば、宿探さなくちゃ」
第二城壁の門の前で、今朝リトスから独り立ちを宣言したことを思い出す。
クラミは頭を掻きながら、すっかりリトスに依存している自分に苦笑する。
「クラミ様、どうかなされましたか?」
城壁内に入ろうとせずに佇むクラミに、門番が心配そうに声を掛けてきた。
「いえ、何でも無いです。それじゃ」
平静を装いつつその場を辞去する。
そして、宿を探すために北区へと足を運ぶ事に。
宿を探すべく北区に来たクラミなのだが、その成果は芳しくない。
「すまんね、うちはもう一杯だよ」
「最近は近くの街から来た商人達で空きが無いんだよ」
「ほら、ゴブリン騒動があっただろ。あの時の臨時報酬を貰った冒険者達が泊まってくれて……ごめんね」
等と、様々な理由で宿の空きが見つからない。
北区での宿を諦め、ソフィアが泊まっていた北西に移動し、ベッドの絵が描かれた看板を虱潰しに探すのだが――駄目である。
お昼を少し過ぎた辺りから探し始め、今ではすっかり空が紅く焼けており、そろそろ夕闇の時間が迫ってきた。
「どうしよ……ソフィアは宿に泊まるときは北区って言ってたけど、空きが無いんだよな」
ため息を漏らしつつ第二城壁にもたれ掛かる。
今朝、執事が言っていた「こちらで宿を手配しましょうか?」その言葉に甘えておけば良かった後悔しながら城壁を眺めた。
「さすがに、出て行くって言ったその日で戻るのは、かっこ悪いよな」
フカフカのベッド思い出しながら、再度ため息を漏らす。
「南に行くか。南の客が北に来ているから、空いているだろう。いや、空いてて下さい」
治安が悪いと言われている南に行くことに。
南区に行くことに不安がないかと聞かれれば――特にない。
元々男なので、女性が感じる身の危険というのも分からないし、ゴブリン・将 軍や 王 との戦いを経て、多少の荒事には自身があるつもりでいた。
両頬を数回叩き、気合を入れて歩き出す。
「あれ、クラミ?」
城壁沿いに歩き、門の前に差し掛かると聞き慣れた声で呼ばれる。
「ソフィアじゃないですか、どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞だよ。もうこんな時間だけど、帰らないの?」
辺りは薄暗くなり、周りの家からはオレンジ色の淡い光が灯る。
「今日から独り立ちをしたんですよ。それで宿を探していたのですが……これから南区に行ってみようかと」
クラミの言葉を聞くとソフィアは両肩を強く掴む。
「駄目に決まっているでしょ!」
急に大声を出すソフィアに驚くが、宿が無いのでどうしよも無い。
その事を伝えると、
「それじゃあ、一緒に泊まる?」
「え!? いやいやいや、流石にそれは――」
「さ、早く行って夕食を食べよ」
有無を言わさずにクラミの手を取り歩き出す。ソフィアの手の温もりを感じる余裕など無く、女の子とのお泊まりに胸が高まり、頭が沸騰してしまう。
そんなこんなで、クラミは宿を手に入れたのであった。