3-4
受付カウンターの前で待つこと数分、ギルドマスターが部屋の奥から歩いてくる。
「よ! 名指しで呼ぶとは、何かあったのか?」
辺りを見渡しクラミを見つけると、片手を上げながら挨拶をしてくる。
それに対してクラミは軽く頭を下げて返す。
「えっと、ですね……。森での報告です」
「森での……か」
顎に手を当て、ギルドマスターは真剣な眼差しで見つめてくる。その視線を浴びたクラミは緊張した辿々しい口調で言う。
「その、森で鬼がでました」
森で起こったことを簡潔に述べるクラミ。彼女はこれで報告は終わったと思ったのだが――。
「うむ。確かにあの森には鬼が棲んでいるが……それで?」
ギルドマスターからすれば、森に鬼が出てくるのは当然知っているので、詳細を聞くのだが、クラミは眉間に皺を寄せて腕を組む。
「それで……」
先ほどソフィアに「代わりに報告してくる」と、大見得を切った物ものの、よくよく考えれば何をどのように報告すればいいのか分からないクラミは、内心で焦り言葉が途切れる。ギルドマスターは苛つく態度や急かす事はせずに、普段どおりの口調で声を掛けた。
「まずは座ろうか」
カウンター前の椅子を手で案内し、ギルドマスターはクラミの対面に座る。
その席は何時も受付嬢が座っている場所だ。その為か窮屈そうに肩を狭めるギルドマスターを見て、クラミの緊張が幾らか解れた。
「順を追って聞いていこうか。最初は何で森に行ったんだ?」
今朝の騒動の後に、薬草採取の依頼を受けた事、森に入って鬼と遭遇、撃退後までのあらましを説明する。
「森の浅い場所に鬼一匹と、謎の存在か」
「最後のは私しか気付いていなくて、その……」
「ソフィアは捕捉していなかったのか?」
「はい。私だけです」
「それで、ソフィアにも話を聞いて見たいのだが……?」
「ソフィアは……あははは」
ソフィアの話が出たので、思わず渇いた笑い声を出すクラミ。
そんな彼女を見たギルドマスターは大きなため息をついて、カウンターに視線を落としてポツリと言う。
「まぁ、俺に会いたくないから、来てないんだろ?」
その言葉を肯定するように、あからさまに嫌そうなソフィアの顔が思い浮かぶ。
「そ、そんな事は……無いかも」
「しょうがないけどな。それでも事情の説明だけにはちゃんと来て欲しかったな」
一応、フォローの為に否定の言葉を発するが、その声は届いてないらしく、ギルドマスターは覇気の無い顔を上げ、髪の生え際を掻きながら遠くを見つめる。
「報告なら西のギルドでちゃんとソフィアが報告してましたよ」
「そうか。それなら後で此方にも届くな」
何とか報告を伝え終えたクラミは考え込む。ソフィアが何でギルドマスターを毛嫌いしているのか? ギルドマスターの弱々しい態度も気になり――。
「報告は以上か?」
いきなり黙り込むクラミに訝しげな視線を送ると、彼女はゴクリと唾を飲み込み、意を決した表情で言う。
「ソフィアと何かあったんですか」
「…………うむ。まぁ、なんだ」
相当に聞かれて欲しくなかった話題なのか、ギルドマスターは両腕を組み、眉間に皺を寄せて目線を受付カウンターに逸らす。
「嬢ちゃんは、ソフィアと仲良いよな?」
「ええ、良いと思いますが……?」
質問に質問で返されたので、クラミは困惑するが、その事に気付かないギルドマスターはポツリと言葉を漏らす。
「これからもソフィアと――娘と仲良くしてやってくれ」
「…………家族なんですか!?」
ギルドマスターの言葉を一拍間を置き理解したクラミは、受付カウンターに両手を叩き付けて、身を乗り出してきた。
「落ち着け! それとな、家族では無い」
「どう言う事ですか? さっきは娘をって……?」
クラミの両肩を押さえつけて椅子に座らしたギルドマスターは、背もたれに深々ともたれ掛かり、天井を見つめながら語る。
「娘だと思う。いや、娘だよ。けどな……」
大きく息を吸い込み、胸の内に溜め込んだ思いと共に息を――言葉を吐き出した。
「俺が捨てたから、家族では無いんだよ」
自分が言ったことを反芻するかの様に、ギルドマスターは髪の生え際を掻きながら黙り込む。人生経験の乏しいクラミは、何て声を掛ければ良いのか、これからソフィアとどう接すれば良いのか悩む。
「嬢ちゃんは何も考えずに、普段通りソフィアと居てくれ」
自分の考えを読まれたのかと、クラミは目を見開きギルドマスターを見つめる。
「ハハハ、顔にでてるぞ」
少し戯けながら自分の頬を突っつく。けれどクラミには、自嘲気味に笑ってい様にしか見えない。
自分の感情を抑えきれずに、クラミはスカートを握り締め口を開く。
「その……俺は何て言えば――」
しかし、喋っている最中にギルドマスターが手の平を突き出し、言葉を遮る。
「この話は終わりだ。嬢ちゃんが気にすることじゃない」
言い終わると同時に席から立ち上がるギルドマスター。つられてクラミも立ち上がる。
「すまんな。辛気臭い話しで」
「いえ、そんな事は――」
力無く返事をするクラミを見て、ギルドマスターは両肩をバンバンと叩く。
「痛い痛い!」
「そんな顔していると幸せが逃げていくぞ! これでうまいもんでも食ってこい」
アイテムボックスを展開し、銀貨一枚をクラミに手渡す。
「貰えませんよ!」
「気にするな、情報代だ」
銀貨を押しつけたギルドマスターは身を翻して「すまん――ありがとな」と、漏らしながら部屋の奥へと消えていく。
クラミは銀貨を見つめながらため息を漏らし、冒険者ギルドを後にした。