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3-3 ②

 仰向けで横たわる(オーガ)を見下ろすクラミ。その表情は優れない。

 彼女は大きく息を吸い込むみ、二三秒間を置いて白い息を吐き出すと、魔法の袋に手を突っ込んだ。

 そして、(オーガ)を仕留めた鉈を取り出すと、両手で掴み天高く掲げる。


「…………ッ!」

「クラ、ミ?」


 いくら死んでいる魔物とは言え、人の姿をしていることにクラミは忌避感を覚え、鉈を振り下ろすのを躊躇してしまう。

 そもそも、(オーガ)を仕留めたのはクラミなのだが、今は戦闘の時に感じる心の高揚は無く、フラットな精神状態では只の高校生だ。

 それでも意を決した彼女は、鉈の柄を力いっぱいに握り締めて、声高々と叫ぶ。


「いきます!」

「ちょっとまって!」


 突然のソフィアの叫び声に、クラミは肩を跳ね上がらせる。


「え、っと。どうかしたんですか?」


 鉈の切っ先をゆっくりと地面に下ろし、不思議そうな表情を浮かべて声のする場所に向き直ると、驚いた表情の受付嬢。その隣のソフィアが申し訳なさそうに眉をひそめて言う。


「クラミ、解体なんてできないでしょ?」

「はい。でも、頑張りますよ!」


 郷には入れば郷に従え。この言葉を体現するかの様に、異世界で自立を目指すクラミは必死であったのだが――。


「申し訳御座いませんが、できれば解体業者をご利用下さい。今のやり方では折角の素材を無駄にしてしまいそうで……」

「…………」

 

 頬を引き攣らせた受付嬢の言葉がクラミの心に突き刺さる。


「それじゃ、どうすれば?」


 縋り付くようにソフィアに視線を送るが、彼女は顔を逸らし言う。


「ごめんね。ちょっとした冗談のつもりだったんだよ……」


 ソフィアの言葉に、心が折れ地面に蹲り体育座りでいじけそうに為るが、クラミはその思いをグッと堪え、大きなため息と共にはき出した。

  

「その、お詫びにお昼ご飯をご馳走するから。ね?」


 背を向けて鉈を魔法の袋に収納中のクラミに問いかけると、笑顔お見せてくるが、直ぐさま訝しげな表情になる。


「また、冗談とか言わないですよね?」

「そんなこと言わないよ」


 そう言うが、クラミは未だ警戒を露わにしている。それもその筈、ソフィアは時折クラミの事をからかってくるからだ。

 

「麦粥は嫌ですよ?」

「クラミの好きな物でいいよ」


 その言葉を聞くと警戒を解き、笑顔を見せて来るクラミ。ソフィアは、そんな現金な彼女に苦笑を向けると共に、喜びを感じる。

 名前は呼び捨てで呼んでくれるが、口調はいつまで経っても他人行儀のように敬語のままだし、態度もどこか一歩引いた様に距離がある。

 しかし、今は自分(・・)に対して負の感情を露わにしており、その事が二人の心の距離が縮まった証拠だと思うフィアは、顔を綻ばせた。


「本当に、本当に好きな物食べていいんですよね!?」


 そんなソフィアとは裏腹に、クラミは彼女の笑顔を見ると、また意地悪されるんじゃないかと警戒し出す。


「あの、解体の方は……」


 あきれ顔の受付嬢の言葉に、上機嫌なソフィアが解体の依頼を出し、クラミは疑りの目を向けた。




「お昼はどこで食べよっか?」

「広場の屋台がいいですね! 今朝見たお肉!」


 西の冒険者ギルドを後にした二人は昼食を摂るべく、クラミの指定した東区の広場を目指して歩く。

 

「それで、解体の方は……いつできるんですか?」

 

 自分で話題を振っておきながら、先ほどの事を思い出したクラミは恨めしそうな表情で問いかける。まだ少しだけ根に持っているようだ。

 そんなクラミを見るとソフィアは笑顔で頬を突っつきながら言う。


「ふふ、怒らないでね? それと、解体の方は直ぐにできるよ。仕事をしている人は、居なかったからね」


 普段の西の冒険者ギルドなら、森で倒した魔物を引っさげた冒険者達で賑わっており、解体する部屋も人や魔物の死体で賑わっているのだが――冒険者達が仕事をしないせいで閑古鳥が鳴いていた。

 解体業者からすればその間は仕事はなく、久しぶりの依頼に、餌を見つけた蟻のように群がって来る。


「って、ギルドの受付嬢が言っていたよ。本来なら(オーガ)の解体は二、三人で作業するけど、今回は特別に十人ぐらいに依頼を出すから、早ければ昼過ぎには終わるって」

「大変そうですね」

「まぁ、そこはギルドの仕事だしね」

 

 (オーガ)の素材の価値や使い道の解らないクラミは、気のない返事で答える。

 ソフィアにしても別段お金に困っている訳でも無いため、気のない声で返す。

 そんなやり取りをしながら歩けば、あっという間に東区の広場に着く。


「お肉ですね! お肉! 肉!」


 広場に着くなり、肉肉と連呼するクラミ。その隣を歩くソフィアは思わず苦笑を浮かべる。


「はしゃぎすぎだよ。それより――」

「どうかしたんですか?」

「何でも無いよ。それより行こっか!」


 本当はここで、「やっぱり麦粥にしよっか」と、言おうとしたのだが、無邪気に喜ぶクラミを見てその考えは改めた。


(やりすぎて嫌われるのもね)

「早く行きましょう!」


 そのように考えていると、クラミに急かされたので、雑念を振り払いお目当ての屋台を探していく。

 丁度昼時のため、屋台の彼方此方から肉の焼ける匂いや、焼きたてのパンの香りが漂ってくる。

 クラミは鼻をひくつかせ、気になる屋台に顔を覗かせると、屋台の店主が元気よく挨拶してきた。


「お! らっしゃ……って、眩しいな!」

「あ! そう言えば、魔法が……」


 光っている姿を見慣れてしまった為に気付かなかったソフィアと、周りが明るいために、自分が光っていることを忘れていたクラミ。西のギルドで掛けて貰った魔法は未だに解けておらず、屋台の店主は片手で顔を隠した。


「ソフィア、これって……どうしたらいいのですか?」

「ちょっと、私も解らないけど、暫くすれば消えるよ」


 受付嬢が使った魔法が専門外のために、ソフィアも曖昧に答える。

 どうすることもでき無いクラミは取敢えず、店主に声を掛けた。 


「すいません、お肉買いたいのですが……」

「いや、それよりこの光を……」


 屋根付きの屋台の中に居たために、光に馴れていない目を少しだけ開ける店主。薄ぼんやりと見える物は長い黒髪で――。


「あれ、嬢ちゃんか!」

「……屋台のおっちゃん!」

「知り合いなの?」

「昨日、串に刺さった肉を買ったら、一本おまけしてくれたんですよ!」

「へぇ……そうなんだ」


 嬉しそうに昨日の出来事を語るクラミとは対照的に、ソフィアは興味なさそうに視線を店主に向けた。

 そんな二人が話し込んでいる間におっちゃんの目は段々と光りに馴れて、クラミに問いかける。


「じょ、嬢ちゃん。今日も買っていくかい?」


 鋭いソフィアの視線に店主は肩を竦めるが、プロの根性を発揮して耐える。


「はい。私は二本下さい!」

「私も二本で」

 

 怯えるおっちゃんの態度に気付かないクラミは、元気よく注文した。肉に見とれていたためだ。

 少し不機嫌なソフィアが銅貨四枚を支払ってその場を辞去し、近くでパンを二つ買い、ベンチに腰を掛ける。


「う~ん。美味しいですね!」

「そうだね」


 パンに切れ込みを入れて、即席のハンバーガーを作り頬張っていくクラミとソフィア。


「食べ終わったらどうしますか?」

「そうだね……私は西のギルドに行ってみるよ。解体がまだなら武器を少し見たいしね」


 右手に持つハンバーガーを膝の上に置き、アイテムボックスから短剣を取り出す。

 ハンバーガーを左手で頬張り、右手に持つ短剣を天にかざしながら、刃こぼれのチャックを行なう。


「あの、ギルドマスターに報告はしないんですか?」

「…………ああ。しないとだよね」


 ギルドマスターの名前を出した途端に歯切れが悪くなるソフィア。

 

(誰にでも苦手な人っているもんだよな)


 クラミはギルドマスターとソフィアが、顔を合わせる度に言い争っているのを思い出し言う。


「私が報告してきましょうか?」

「いいの?」

「はい。冒険者カードを受け取るついでに報告してきますよ!」


 笑顔でそう言い、最後の一口を口の中に入れる。


「ありがと、ね」


 気恥ずかしそうに言うソフィアに、頬を膨らましたクラミが肯く。

 

「そう言えば、ソフィアと初めて仕事したときも同じ物食べましたね」

「確かクラミの奢りだったね~」

「飲み物はソフィアが買って来てくれましたね」


 昼食を食べ終わった後、二人で他愛もない会話をしていると、クラミは立ち上がり言う。


「それじゃ、今度は俺が飲み物を奢りますよ」

「……うん」


 ソファは違和感を覚えつつも立ち上がり、二人で飲み物を売っている屋台を探す。

 辺りをキョロキョロと首を振るクラミの肩をソフィアがたたく。


「こっちだよ」


 ソフィアの案内で飲み物を扱っている屋台を見つけるクラミ。そこの商品は一種類しかなく、それを二人分買う。


「美味しいですけど、もっと冷えていれば」


 温い果汁のジュースを飲むクラミは目を細めて小声で愚痴を言う。

 そんな彼女を横目で見ているソフィアは訝しげな表情だ。


「ねぇ、クラミ――」

「何ですか?」

「…………何でも無いよ」


 不思議そうな表情で首を傾げるクラミに、ソフィアは首を横に振り、ジュースを一気にあおり、木製のコップを屋台に返して言う。


「さてと、私はそろそろ西区に行くね」

「分かりました。午後の予定はどうしますか?」

「今日の仕事は終わりで、また明日ギルドで待ち合わせね」


 明日の予定をきめると、クラミもジュースを一気に飲み干して、背筋を伸ばす。


「それじゃ、私は東のギルドに行ってきますね」

「また明日ね」


 空いた手でソフィアを見送り、クラミは木製のコップを屋台に返してギルドに向う。




 一人で黙々と歩き、東のギルドに着いたクラミは、自分の手を見ながら扉の前で佇む。

 見つめる両手は光り輝き、未だ魔法が切れていない証拠だ。

 こんな状態でギルドに入る事を躊躇していたが――意を決してギルドの中に入っていく。


 建物に入る事で光が目立つが、幸いなことに冒険者達の姿は見えない。

 ほっとため息を漏らしながら受付カウンターに一直線で歩く。


「どうしたんですかクラミさん!?」


 光り輝くクラミに声を掛ける受付嬢。

 クラミは苦笑いを浮かべながら、西区のギルドで魔法を掛けて貰った事と、解き方が分からない事を伝える。

 それを聞いた受付嬢は白い魔方陣を展開して、カウンター越しにクラミに触れる。

 すると光が段々と弱まり消えていく。


「ありがとうございます! いつ消えるのか心配だったんですよ!」

「西のギルドには後で文句を言っときますね。それとクラミ様、カードの更新が終わりました。お受け取り下さい」


 そう言うと銀色の冒険者カードをカウンターの上に載せた。

 それを興味深そうにクラミが眺めていると、受付嬢が話しかける。


「他にはご予定はありませんか?」

「そうでした、ギルドマスターって居ますか。少し話を……したいのですが?」

「お呼びいたします前に、少しいいですか?」


 クラミが肯くと受付嬢が眉を顰めて言う。


「ソフィア様に指名依頼が来ていまして――その、王都に戻る商人の護衛依頼です。ソフィア様に会うことがあればお伝え下さい」

「明日、ギルドで待ち合わせをしているので、その時に」

「ありがとうございます。それではギルドマスターを呼んで参りますので少々お待ち下さい」


 受付嬢は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げて、ギルドの奥に引っ込む。

 その後ろ姿を見つめながら、クラミは静かにその場で待つことに。


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