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3-2 ②

 顔の半分を無くした(オーガ)は、鮮血を巻き散らせながら前のめりで倒れ込む。

 

「…………」


 顔に付いた返り血を左手の甲で拭きながら、クラミは森の奥を睨み付けていた。

 目の前の脅威を打ち砕いたはずなのに、未だ緊張の糸を切らさない彼女の元にソフィアが駆けつける。


「クラミ、怪我は無い?」

「大丈夫です。それよりも――」


 アイテムボックスを展開してタオルを差し出すソフィアに、クラミは左手を突き出し、その動作を止める。

 そして右手に持つ鉈を左手に持ち替えて、空いた手で腰に下げている魔法の袋から黒い棍棒を取り出し言う。


「まだ、嫌な匂いがします。気を付けて下さい」

「え!?」


 直ぐさまタオルを投げ捨てて、ソフィアはアイテムボックスから二本の短剣を取り出し、腰を落として臨戦態勢に。

 

 先ほどまで(オーガ)の雄叫びが木霊する様から一変、辺りは静寂に包まれている。

 虫の鳴き声や鳥の囀り一つ聞こえない、不気味な静けさの中、唯一聞こえるのは緊張により高鳴る自分の鼓動だけであろう。

 玉のような汗が頬をなぞり、顎の先で止まり、地面に落ちる。

 湧き出る汗を無視して、クラミは(オーガ)がやって来た方向を凝視し、息を飲む。

 

 こんな静かな森に本当に何か居るのか疑問に思うクラミだが、異臭だけはする。確かに感じ取れる。

 元の世界に居たときもクラミの鼻が良かったか? と、聞かれれば――普通である。犬並みの嗅覚がある訳ない。それでもクラミは自分の鼻を疑う素振りを見せない。無条件で信じ込んでいるようだ。


 未知なる存在に緊張が高まる。いっその事、森の中から(オーガ)が出てきて欲しいと思いながら、クラミは何時間森を睨み付けているのだろうか?


 一時間は経っただろうか。それとも、二時間、三時間。

 はたまた、三十分、十秒ぐらいか?


 極度の緊張感が時を狂わせる。


「…………ッゴク」


 カラカラに渇いた喉を潤すために自然とクラミは生唾を飲み込む――と、同時に一陣の風が吹き込んできた。

 風が木々の間を通り抜けると、ザワザワと音をたてて木の葉が揺れ動き、真上に昇った太陽の光が薄暗い地面に点々と注ぎ込む。


「ふぅ…………」


 顔を上げて緊張と一緒にため息を零すクラミは、ダラリと腕を伸ばし武器を地面に付けて、時折目に入る日差しに、目を瞑る。


「もう大丈夫なの?」

「匂いは消えましたね」

「そっか。少し休もうか?」


 ソフィアが切り株に指を向けると、クラミは肯き、黒い棍棒を魔法の袋にしまい、切り株に腰を落とす。

 緊張の糸が完全に切れたクラミとは対照的に、ソフィアは片手に短剣を握り締めたまま、地面に投げ捨てたタオルを手に取る。


「はい、顔を拭いた方が良いよ?」


 自分の足にタオルを打ち付けて、枯れ葉を落としてクラミに手渡し、アイテムボックスから革の水筒を取り出すと、それも渡す。

 

「ありがとうございます」


 お礼を言い、クラミは水を一口飲み、今度はタオルに水を掛けてソフィアに水筒を返した。




「ふんっが、ふふんが」


 短剣片手に水筒の水を飲むソフィアの横で、クラミは両手に持ったタオルを勢いよく顔に押しつけて上下に動かして汚れを落としていく。まるで中年のおじさん様に――。


「うわぁ、タオルが青い!」

「…………」

 

 白いタオルが青く汚れたのを見てクラミは引きながら裏返して、汚れてない部分でまた、顔を勢いよく拭く。

 それを横目で見ていたソフィアは何とも言えない表情をしながら、水筒をアイテムボックスに仕舞う。


「ふぅ、青い血って不気味ですね?」

「うん、タオル借りていい?」


 クラミの問い掛けを適当に流しタオルを取ると、頬を優しく拭っていく。

 子供扱いされている様で恥ずかしいが、抵抗すること無く片目を閉じて、クラミはされるがまま無抵抗で受け入れる。


「奇麗になったね」


 汚れが残ってないことを確認する為に顔を近づけてくるソフィアに、クラミはたじろく。

 

「……あの、近くないですか?」

「…………」


 (オーガ)や、森の奥にいたであろう謎の存在を感じ取った時とは別の意味で緊張するクラミは、ゴクリと息を飲む。

 顔と顔の距離が近づくにつれ、クラミの脳裏にある言葉がよぎる。


(吊り橋効果ってヤツか!? さっきの緊張で……恋と勘違い的な?)

 

 先ほどの極度の緊張状態を思い出し、一人納得した表情をすると、瞼をゆっくりと閉じて顔を少し上げ唇を突き出す。


(最初は…………小鳥がついばむ様に、ソフトタッチだよな。おっし、何時で大丈夫ですよ!)


 両足を閉じて膝に握り拳を置くクラミは、顔の前に気配を感じて、全神経を唇に集め――。


「えっぶし!」


 不意に鼻を何度か軽く突かれて、盛大なクシャミが森に木霊する。

 今の状況がよく解らないクラミは、こそばゆい鼻先を人差し指で掻きながら目を開けると、ソフィアが吃驚した表情で人差し指を突き出していた。


「あの……何を?」


 キッスはしないのですか? なんで鼻を突くんですか? などと、複雑な心境を孕んだ声をあげる。


「えっと……不思議な鼻だな。と、思って」


 そう言いながら今度は、優しく鼻先に触れてくる。

 

「不思議ですか?」

「うん。私よりも早く(オーガ)に気付いていたし、それ以外の存在も察知していたみたいだし――どんな匂いなの?」

「何て言えばいいのか……嫌な感じ?」

「なんだそりゃ」


 首を傾げて不思議そうな表情で唸るクラミの鼻先を軽く人差し指で弾き、口に手を当てて笑う。


「へっぶし!」


 豪快なクシャミをしたクラミは、腕を組んで瞑目する。


(匂いか。そう言えば……倒した魔物からは匂いはしないな)


 鼻孔をヒクヒクと拡げて辺りの匂いを嗅ぐが、異臭はしない。近くに(オーガ)の死体があるのに、だ。

 眉間に皺を寄せて、クラミはこれまでも事を思い出す。

 

(魔物が近づくと、匂いがする。死体になると消えるのか?

 そう言えば、魔物って全部同じ匂いだった……?)


 顎のラインを人差し指でなぞりながらな視線を落とす。落とした先に鉈の刃が目に入る。


(鍛冶屋の親父も……初めて会ったときは臭かったよな。ゴブリンと同じ匂い!)


「敵意か?」


 ポツリと独り言を漏らし、記憶の引き出しを漁る。


(魔物は敵意があるから襲ってくる。死ねば敵意もクソも無いし。

 鍛冶屋の親父も最初は睨んでいけど、次会った時は謝ってきたから……匂い無し?

 今朝の二人組も臭かったな)


 ある程度考えが纏まったところで、肩を叩かれた。


「怒ったの?」


 鼻を弾いた途端に黙り込むクラミを見て、ソフィアが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「へ!? いえいえいえ、少し考えごとを……って、そう言えば薬草採取しないと、デス!」


 気まずい空気が漂ってきたので、クラミは慌てて話を逸らす。


「薬草採取は中止だね」

「そうなんですか?」

「本来なら(オーガ)のテリトリーは森の奥なんだよ。それがこんな場所に出てくるなんて。

 ギルドに報告が先だね。それに――奥に何がいるのか解らないしね」


 鋭い眼光でソフィアは森の奥を睨み付ける。クラミも同じ方向に視線を移し、匂いを嗅ぎながら口を開く。


(オーガ)? の可能性はないんですか?」

「それは無いね。(オーガ)は基本五,六匹の群で動くんだよ」

「でもコイツ一人でしたよ?」


 青い血溜まりに倒れ込む(オーガ)を見つめてクラミが質問を飛ばす。


「群からはぐれたか、群の最後の生き残りだろうね」


 ソフィアの答えがイマイチ理解できずに、クラミは首を横に傾げる。


(オーガ)は結束が強い魔物なの。一匹倒したら、残りの奴らは必ず復讐の為に襲いかかってくるよ」

「厄介な魔物ですね」

「だから、モンスターランクがB何だよ。それよりも……街に帰ろっか」

「そうですね。こんな所で話し込むのも、アレですしね」


 薄暗い森を見渡してクラミは立ち上がり、お尻を叩き汚れを落とす。隣に立っていたソフィアは、(オーガ)の亡骸に歩み寄る。


「アイテムボックスに仕舞うには……魔力的に厳しいかな」


 先ほどの戦闘で魔力の残りが少なくなったソフィアが唸る。アイテムボックスに仕舞うこと自体は残りの魔力でできるが、もし戦闘になると――クラミが察知した未知の存在が気掛かりで、これ以上魔力を使いたくない。

 しかし、(オーガ)の皮や骨と言った素材を無視するのは冒険者としてでき無い。

 かといって、どこに魔物がいるか解らない森の中で素材の剥ぎ取りをするのは自殺行為だ。


「こっちに入れますか?」


 (オーガ)を睨み付けるソフィアに、クラミは魔法の袋を見せながら声を掛ける。


「いいの? 魔力の残りは大丈夫?」


 「魔力の残りは大丈夫?」その言葉に、クラミは肩をビクッと震わして、天を仰ぐ。


「ハハハ……ダイジョウブ。ダイジョウブデス」

「そ、そうなんだ……それじゃ、お願いね?」


 乾いた笑いと、ぎこちない言葉使いに、ソフィアはヒキ気味にお礼を言う。クラミは虚ろな瞳で歩き出し、魔法の袋に(オーガ)を収納する。と、同時に(オーガ)の体重がクラミの全身にのしかかる。


「……フガ!」


 くの字に曲がり笑い出す膝を、気合の入った言葉を発しながら立ち上がるクラミをソフィアは心配そうに見つめていた。

 その視線に気付いたクラミは、握り拳と突きだし親指をたてる――サムズアップと一緒にウインクを飛ばして強がる。


「それじゃ、行くよ?」

「は、い!」

「キツくなったら直ぐに声を掛けてね!」


 外見は美少女だが内面の男の意地を見せるべく、不慣れな森の道を歩いて帰るクラミは、強がったことを後悔しながら街を目指して歩く。



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