3-1
門を抜け、森へと続く剥き出しの道を歩くソフィアとクラミ。
街から離れるにつれて草原は踏荒されられ、茶色の地面が見える。
「ここで戦いがあったんですよね」
どこか他人事の様に言うクラミにソフィアは肯きながら言う。
「そうだよ。クラミが戦った場所はもっと奥だよね?」
「たぶん……そうです」
左右に首を振りながら見覚えのある景色を探すが、これといって特徴のある草原でも無く、記憶も曖昧なために歯切れが悪い。その事をソフィアは別に気にする素振りも見せずに歩く。
「ゴブリンって、どうなったんですか?」
「うん?」
クラミが言うどうなったの意味が解らずに、ソフィアが首を傾げる。
「いえ、あんなにいたゴブリンを全部狩ったのか。それと死体も見当たらなくて」
「ああ、そうだね――ゴブリンの死体は全部焼却処分だよ」
ゴブリンはたとえ同族でも死体になれば餌と見なして貪り食う。
更に森からモンスターが死体を食べに出てくる恐れがあるので、全て集めて焼却処分したのだ。無論、モンスターコアを抜き取ったうえである。
ソフィアがそのように説明を行ない、クラミが肯くと、先ほどの質問に答える。
「で、ゴブリンを全部狩ったかだけど――これは大分取りこぼしているんだよ」
「そうなんですか!?」
大声を上げて驚くクラミは警戒心を強めて辺りを窺う。
そんな彼女の肩に手を置き、ソフィアが言う。
「大丈夫だよ。ゴブリンの頭は完全に潰しているから、統率は取れていない。統率の無いゴブリンは只の雑魚だからね」
「でも、他の街とか畑に潜んでいたりしないんですか?」
クラミはそう言いながら、孤児院で暮らしている少女アルモニア・ピスティスと初めて会ったときのことを思い出す。
「その辺は騎士の仕事だからね…………まぁ、何かあればギルドを通して連絡が来るだろうしね」
「何も無ければ良いのですが」
「そうだね。でも、今は目の前に集中しなきゃね?」
アイテムボックスを展開して、ソフィアは二本の短剣を取り出し装備する。彼女の双眸は森を見据えていた。
今までの緩い空気から一転して、ソフィアが醸し出す剣呑な雰囲気に「ゴクリ」と音とたてた唾を飲み、クラミは魔法の袋から鉈を取り出して、深く息を吐く。
「ここから先は私が先頭で行くから、後ろから付いてきてね」
森の入り口を前にして佇むクラミにソフィアが話しかける。
「了解です。何か注意点はありますか?」
右手に持つ鉈を軽く素振りをし、手に持つ感覚を確かめるクラミは真剣な表情だ。
「なにか異変を察知したら直ぐに知らせること。後、声は小さくね」
人差し指を唇に当てて注意してくる姿は魅力的だが、太陽の光をギラギラと反射させる短剣が劣情を打ち消す。
「薬草は浅い部分には無いから、森の少し奥に入っていくよ」
ソフィアはゆったりとした足取りで森の中へと入って行き、クラミも遅れないように付いていく。
森の浅い部分は木々の間隔が広いので、陽光が充分に差し込むため明るく、幾多の冒険者達が歩いてできた細い道のおかげで苦も無く歩ける。
「そろそろキツくなるからね」
小声で話しかけるソフィアの言う通り、森の中へと進むにつれ木々の間隔が狭まり、木の葉が光を遮り辺りは薄暗くなり、木の根や、倒木などでいつの間にか道は無くなっていた。
普段歩き馴れたアスファルトの道と違い、険しい道なき道を歩くクラミの額には大粒の汗が浮かび上がっている。
「大丈夫クラミ?」
「ふーー」っと息を吐き、腕で汗を拭うクラミを心配して、ソフィアは後ろを振り向かずに問いかけてきた。
「しんどいですが、大丈夫です」
顔に張り付く髪を引きはがして、小声で答える。
クラミが大丈夫そうなので、ソフィアは警戒しながら更に奥へと進んでいく。
辺りを警戒しながら、時折躓きそうになりながらもクラミは必死で後を追う。
「この辺で休もうか?」
「……はい」
三十分ほど歩き、開けた場所につく。
そこは、木を切り倒して作った場所のようで、年季の入った切り株がクラミの目に入る。
「この場所って……?」
「ああ、ここは冒険者が本格的に森に入る前に休むために作ったみたいだよ。それよりも座って休んで良いよ」
「本格的って……まだ浅いんですかここは?」
切り株に腰を下ろし鉈を立て掛けると、クラミは長い黒髪を野暮ったく一括りに結び、ため息を漏らす。
「そうだよ、ここから先に薬草があるんだよ」
切り株に座るクラミとは対照的に、ソフィアは休むこと無く立ったまま辺りを警戒し、アイテムボックスから革の水筒を取りだすとクラミに手渡した。
「ありがとうございます。それにしても――」
紐で縛られた水筒の入り口を解き、ゆっくりと喉を潤すクラミ。
「…………ぷはぁ、モンスターって出ないんですか?」
革の水筒をソフィアに返す。
ソフィアも水筒を見つめ、一拍間を置き、唇を軽く飲み口に押しつけて喉を潤しアイテムボックスの中に仕舞う。
「何時もなら、ここに来るまでに何戦かしてる筈なんだけど――」
口から零れた水をジャケットの袖で拭きながら、ソフィアは悩んでいた。
「ゴブリンの大群のせいでこの辺りには、まだモンスターがいないのかな?」
「そうなん――ソフィア!」
大声を出して立ち上がるクラミは、鉈を両手で掴み険しい表情になる。
「どうした…………よく気付いたねクラミ」
クラミを賞賛しなが腰を落とすソフィアも目を細めて森を睨み付ける。
二人の視線の先は特に異変は見られないのだが、クラミは鼻をひくつせながら、ソフィアに聞く。
「何がいるんですかね?」
「分からないけど……このへんにモンスターが居ないのは――」
静かな森の中を地面に落ちた枝をバキバキと踏みつけながら、段々と近づいてくる音に、クラミは息を飲む。
「コイツの、お前のせいか」
木々の中から出てきた存在は、真っ赤な皮膚が特徴的で、その体躯は二メートルを優にこす存在。
「オーガ!」
二本の角と鋭い牙を生やすその姿は正しく鬼。
鬼を確認したクラミは息を吐き、鉈を握る手に力を込め、一歩前へと足を踏み出した。