2-5
「……森に行く準備は整いましたか?」
力無く質問するクラミは肩を落として猫背で歩く。先ほどの店主とのやり取りで心身共に疲れたようだ。
その隣を歩くソフィアは苦笑いを浮かべて答えた。
「後は、非常食と水。それと武器の受け取りだけだから――」
武器の受け取り。その言葉を聞くとクラミは目を見開き、何度も瞬きをしてソフィアを見つめる。そんな彼女を宥める様に、背中に手を当てた。
「普通の店だから大丈夫だよ。昨日、一緒に行ったスディラスだよ」
知っているお店の名前が出たとたんに表情を明るくさせ、背筋を伸ばすクラミ。
「あそこは、普通の見せだから良いですよね!」
元気よく答えるクラミに「そうだね」と、笑顔でソフィアは返す。
そんなやり取りをしていると、二人は東区の広場の入り口に辿り着いた。広場は何時も通りの賑わいをみせ、街の人々が屋台や露天をひやかしている。
突然、広場の入り口から喧噪が消え、波風の立たない静かな池に石を投げ入れたように、徐々に沈黙の波紋が広がって行き、ある一点に視線が集まる。
「非常食って、どんな物を買うんですか?」
そんな中を鼻をひくつかせて平然と歩くクラミは、屋台で焼かれている肉を見ると、物欲しそうな顔でソフィアに質問する。
「保存が効く物を買うから、それはダメだよ」
「そうですか……」
周りからの奇異の視線を浴びてソフィアは内心苛つきを憶えるが、視線を集める原因は何食わぬ顔で屋台を物色している。
クラミが気にしていないので何も言わないが、
「難しい顔をして、どうかしたんですか?」
表情にはハッキリと出ていたらしく、クラミが心配そうに聞いてきた。
「……クラミは平気なの?」
「…………?」
ソフィアの質問の意味が解らず、首を傾げる。
「周りの視線とか……気にならない?」
「あ! その事でしたか」
苦笑いを浮かべるクラミは周りを見渡して口を開く。
「訳も解らずあの視線ですからね。昨日は確かにムカつきましたが、孤児院の子供達や――」
一旦話しを区切り、今度は表情を綻ばせて、明るい向日葵の様な笑顔をソフィアに向ける。
「ソフィアは普通に接してくれるから平気ですよ。その……ありがとう」
「…………ッ!」
クラミの不意の言葉に、ソフィアは何も言えず、恥ずかしそうに俯く。
発言した当の本人も恥ずかしそうに、後頭部を掻きながら話題を逸らすべく、屋台に視線を向ける。
初々しい恋人同士の様な空気を醸しだしながら歩けば、いつの間にか広場から抜けていた。
慌てて振りかえるクラミは、ソフィアのジャケットを引っ張り口を開く。
「あの! 広場から出てますよ。非常食は?」
「非常食は西区に売っているかそこで買うよ。水の補給もそこで、ね」
残念そうに歩くクラミを見て、ソフィアは広場を指指して、戻ろうか? と、ジャスチャーを送ってくるが、首を横に振る。
「お昼に食べるから大丈夫です。ソフィアの奢りで!」
「ふふ、麦粥だったよね?」
軽口を叩きながら第二城壁沿いを歩き、西区に入る。
「それじゃ~、スディラスで武器を受け取ってから、非常食を買おっか」
西区のメインストリート歩きながら話していると、クラミは水は買わないのか、疑問に思い質問する。
「水はあそこで――」
タイミング良く水を買う場所があるらしい。ソフィアが指差す先に視線を向けると――メインストリートの道の端に、高さ六十センチメートル程の黒い円柱の物体がポツンと佇んでいる。
それは、車止めポールの様で、クラミは訝しげに見つめながら近づく。
「コレってどうやって使うんですか?」
黒いポールを手の平で軽く叩きながら、クラミが聞いてくる。
「モンスターコアを乗せるんだよ」
そう言いながら、アイテムボックスから茶色い革袋と、モンスターコアを取り出し、黒いポールの上に置く。
ポールの頂上は内側にへっこんでおり、コアが落ちることは無い。
「へぇ~。ここから水が出るんですか?」
クラミは頂上付近にある出っ張りを指で突きながら聞いてきた。
と、同時にコアが青く光だし、クラミは慌てて指を離して、出っ張りを凝視する。
その様子が可笑しかったのか、ソフィアは笑いながら革袋の入り口を出っ張りに近づけると、水がチョロチョロと出始めた。
「……もっと勢いよく出ないんですか?」
「攻撃魔法じゃあるまいし、こんなもんで良いんだよ」
ソフィアの答えに、元の世界の水道を思い出し、便利だったな。と、しみじみと思い出す。
水の落ちる様を眺めていると、革袋は膨れ上がり、ソフィアが両手で支えていた。
「あ、持ちますよ!」
「うんん、大丈夫だよ。それよりも、コアを取って」
目線を青く光るコアに移し、クラミは人差し指を向けて、ソフィアに振りかえる。
ソフィアが首を縦に振るのを確認したクラミは、恐る恐るコアに手を伸ばし、一気に掴み上げた。
すると、青く光っていたコアは、不思議と光が消え、只の石ころ見たいな外見へと変わる。
水の方も直ぐに止まり、今は水滴が一つ一つ地面に落ちていく。
「水の補給は、これで大丈夫!」
そう言いながら、革袋の入り口を細い紐で何重にも縛りアイテムボックスへ仕舞った。