2-1
朝日が差し込む食堂で朝食をとるリトスとクラミ。
向き合う二人に会話はなく、気まずい空気の中黙々と箸を進めるリトス。それを上目遣いに見つめ、箸が進まないクラミは考える。
(どうしこうなった……)
味のしない料理を噛み締めながら、昨日の出来事を思い出す…………。
思い出す………………。
…………。
……。
お昼を過ぎた街の中を髪をなびかせて走るクラミ。息が上がるほど走れば、あっという間に第二城壁に辿り着き、ペースを緩めること無く突っ切れば、第一城壁をあっという間にくぐり抜けた。
各城壁の門番達はクラミの特徴的な黒髪を確認して、止めること無く後ろ姿を見送り、一言洩らしす。
「白か……」
「見えるわけ……あ、白だ」
彼らの声など聞こえる筈も無く、クラミは動きづらいロングスカートを捲り上げ、城を目指して駆け抜ける。
城の門が見えてくると荒い息を整えるために走るのを止め、早歩きで門をくぐり抜けると、遠目に青い髪の少女が城の入り口で立っているのが見えた。
(あ、ダメだ)
早歩きから段々とスピードが落ち、青い顔をしながら庭園を歩く。ゆっくりと進むが、確実に二人の距離が縮まる。後ろを振り返り逃げ出したい思いをグッと堪えれば、俯いた視線の先にリボンが特徴的な靴を捉えた。
そこから、目線を持ち上げれば…………無表情のリトスの貌が――。
「ただいま帰りました。なんか街全体が賑やかですね!」
「そう……。楽しかった?」
笑って誤魔化すクラミに、冷めた言葉を浴びせるリトス。彼女の言葉に、凍り付いたクラミの顔は段々と真剣な表情になり、
「その、一言声を掛けずに、勝手に出て行って……すいませんでした」
頭を深く下げる。
その黒髪を優しく撫でながら、リトスが口を開く。
「心配したのよ?」
「はい……本当に――」
「もう、いいわ。部屋に戻りましょう」
クラミが顔を上げると、リトスの背中が目に入る。恐る恐る彼女の横に立つと、逃がすまいと言わんばかりに、力強く手を握られ、部屋まで引っ張られた。
部屋に着くまで会話は無く、クラミはそこに既視感を覚えつつも、口に出さずにリトスの後を追う。
「暫く、横になっておきなさい」
リトスは部屋に着くなり、クラミをベッドに押し倒し、押さえつけるように布団を被せた。
「あの、リトス様」
「どうかした?」
躊躇いがちに話しかけると、枕元に腰を下ろすリトス。
「心配おかけして、本当にすいませんでした」
上目遣いで話しかけるクラミの前髪を整えるように撫でながら、リトスは不機嫌そうに言う。
「私がどれだけ心配したと思っているの」
そう言いながら、おでこを人差し指で軽く小突かれる。クラミはその度に瞬きをしながら、リトスを見つめ、
「ずっと寝ている間も、心配をお掛けしたみたいで……」
「…………」
その言葉にリトスは小突くのを止め、クラミの頬を手の甲で撫で、難しい表情で口を開く。
「その事で謝る必要はないわ」
無言で肯くクラミに、リトスは話しを続ける。
「そうよね、クラミが謝る必要は無いの……。」
「私の――街の為に頑張ってくれて、ありがとう。」
朗らかな笑みを見せて立ち上がり、ドアを目指して歩き出す。その後ろ姿をただ、黙って眺めるクラミ。
リトスはドアノブに手を掛けると振り返り、諭すように声を掛ける。
「夕食まで、眠っておきなさい」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい。後で夕食をもってくるわ」
部屋を出るリトスを見送り、クラミの視線は閉じたドアから、ベッドの隣の机へと移った。
そこには昼食の時に運んで来たのであろう、麦粥が入った皿が置かれている。きっとクラミが部屋に居ないことに気付き、ゴタゴタしているうちに、その存在を忘れ去られたに違いない。
「アホか、俺は」
冷え切った、無情な麦粥を眺め忸怩たる思いに苛まれるクラミは、ベッドから起き上がり、味気ない粥を平らげて、背中から倒れ込む。
天井を無言で見つめ、ぼーっと過ごし、
「寝よ……」
独り言を洩らすと布団に潜り込んで、瞼を下ろした。
いつの間にか本格的に眠っていたクラミは、くすぐったさをおぼえて、夢心地のまま意識が覚醒し出す。
重い瞼を半分だけ持ち上げ、目頭を擦ると、その手を掴まれた。
「ダメよクラミ。こっちを向きなさい」
「う……ん?」
聞き慣れた声の方を向くと、リトスが拭ってくる。
「もう少し眠る?」
首を横に振り否定して、鼻腔をくすぐる匂いの元を見つめる。と、そこには――今日、何度目かの麦粥だ。
お皿と睨めっこ為ていると、リトスが間に割って入る。
「ご飯、食べられるかしら?」
「はい、お腹すいてますので……」
頭をフラフラと揺らしながら、スプーンを取る為に手を伸ばすが、リトスに遮られた。
そして、今朝の様に食べさせてくる。
(迷惑ばっか掛けているな……)
クラミは無言で口を動かし、最後の一杯を口に入れた。
「美味しい?」
スプーンを握るリトスが聞いてくる。クラミは肯き、口の中の物を飲み込む。
「とっても美味しかったです」
「そう、良かったは……フフ」
「あの、ですね」
「どうかしたの?」
リトスは嬉しそうにクラミを見つめている。そんな彼女に、クラミは寝ぼけ眼で心中を吐露する。
「そろそろ、お城から出て行こうと――」
その言葉を遮るように、床に落ちたスプーンが甲高い音を鳴らす。
耳障りな音が頭に響き、クラミの意識は完全に覚醒して、自分の口を押える。
「……そう」
「あ、違います。その」
張り付いた笑顔のままリトスは立ち上がり、クラミを見下ろす。
何とか言い訳を考えるが――。
「勝手にすればいいわ」
静かに、しかし、はっきりと言い放つと、肩を震わして部屋から飛び出すリトス。
それを只、見送るしかでき無いクラミは床に落ちたスプーンを拾い、皿の上に置いて、ベッドに倒れ込む。
「本当に……アホだ、俺」
リトスの後を追おうと考えたが、はっきりと拒絶されたせいで、足が動かない。
そして、自己嫌悪の海に沈むクラミであった。