1-5 ③
お昼ご飯を食べ終え、背もたれに体を預けて寛ぐクラミ。
「ただいま~」
「お帰りなさい」
食器を下げに、一階に降りていたソフィアは帰ってくるなりベッドに飛び込むように腰を落として、クラミの正面に座る。
「ご飯美味しかったですね」
「そうだ、ね」
その問いに、歯切れ悪く答えるソフィア。そんな彼女の態度に疑問符を浮かべ、
「ソフィア――」
質問をしようとするが彼女の唇を見てしまい、先ほどの間接キスを思い出せば、話しが続かない。
「どうしたの、クラミ?」
「え、あ、あのですね」
名前を呼んだ手前、何か話しの話題を探すが思いつかずに焦るクラミに、ソフィアは不思議そうな視線を送る。
それに耐えきれず目線を上に逸らせば、冷やかな風を生み出す魔道具が、クラミの目の中に入る。
「あ! アレって、宿屋ならどこにでも設置されているんですか?」
後ろを振り向き、クラミの指の先を見つめて口を開くソフィア。
「魔道具ズロセロね。北区の宿屋なら大概設置されているけど……それ以外はあんまり無いかな」
「そうですか。なら、ここの宿賃ってやっぱりお高いんですか?」
「一泊、銀貨一枚。Bランクなら無理なく払える額だよ」
「う~む」と、唸りながら難しい顔をして、腰に下げている魔法の袋から、ギルドで貰った白い袋を取り出す。
それを丸いテーブルの上に置き、金貨を一枚取り出して中央に置く。
「あのですね、ソフィア」
「あ、ご飯代ならいいよ! 「金貨って、銀貨何枚の価値があるんですか?」私が奢るから!」
「「………………」」
お互いに無言で見つめ合い、頬を赤く染めて目線を逸らす二人。
「その、ご飯代って幾らですか」
その問いに、一瞬肩をすくめて、裏返った声で返すソフィア。
「ッワ! ワタシの奢りだからキニシナイで。それよりもキンカァ――」
握り拳を口元に当てて、明後日の方向を向いて咳払いをし、クラミに向き直る。
「金貨の価値だよね。金貨一枚で、銀貨百枚と同じだよ」
クラミは服を買ったときのことを思い出し、口を開く。
(あの服を買った時は、値切って、銀貨一枚が銅貨数十枚になったから……)
「銀貨一枚なら、銅貨百枚と同じですか?」
「うん、そうだけど……知らなかったの?」
「はい。遠いところから来ましたから」
「そうなんだ」と、ソフィアは言いながら目を見開き、クラミを見つめる。
「ソフィアには、まだ話してませんでしたね。ええと、ですね――」
(私には……か。)
心にチクリと針が刺さるが、表情は変えずに話しを聞くソフィア。
クラミは草原でリトスと出合った事、転移魔法を受けた事を話し、冒険者になった理由を思い出す。
(……独り立ちしないとな。お金も……二千日分の宿賃もあることだし、このまま、リトス様に迷惑を――。リトス様……ッ!)
飛び跳ねるように椅子から立ち上がり、キョロキョロと、時計を探すように壁を見渡すクラミ。
「どうかしたの?」
怪訝な眼差しを向けるソフィア。そんな彼女に、慌てた様子で話しかける。
「そ、そろそろ帰りますね! リトス様と、お昼に約束があったので!」
「……そっか。下まで送るよ」
複雑な表情のソフィアも立ち上がり、クラミと一緒に一階へと降りた。
「ありがとうございました!」
宿屋のおばちゃんの声を背に、店を出る二人。ソフィアは名残惜しそうに、クラミに話しかける。
「今日はありがとうね」
「いえいえ、お昼ご飯ご馳走になりましたし、お礼はこちらが言うことですよ!」
「それでも……ありがと。ところで――明日、一緒に仕事するの?」
ご飯前に話したことは冗談のつもりだったので、クラミは首と両手を振りながら否定した。
「あ、忙しかったらいいですよ」
「大丈夫! 大丈夫だから……朝、ギルドでいいのかな?」
「お願いします!」
ソフィアの力強い返事に、吃驚すると共に、喜びが込み上げてくる。
クラミは嬉しそうに肯き、後ろを見ながら手を振り、歩き出す。
「それじゃ~また明日」
「うん。またね!」
クラミの背中に、小さく手を振るソフィア。寂しそうに、ポツリと一言洩らす。
「……また、あした」
弱々しい声は周囲の雑音と混ざり合い、クラミに聞こえる事無く消えさった。