1-5 ②
ソフィアとの話し合いが一段落つくと、タイミングを見計らった様にドアがノックされる。
「お昼ご飯、持ってきたよ!」
その声を聞くと、「はい、は~い」と、言いながらドアへ向うソフィア。扉を開け、料理が載せられたお盆を受け取り、戻ってきた。
丸いテーブルの中心にお盆を置き、クラミの前に麦粥の入った皿と、スプーンを並べる。
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ、ソフィアの方を眺める。彼女の前に並べられた料理は、茶色いスープとパンが二つ。メインの皿には、薄いステーキと葉野菜と根菜の盛り合わせだ。
「美味しそうですね……」
「でしょ? ここの宿、結構な値段だけど」
そう言いながら薄いステーキにナイフを入れ、一口サイズに切り口の中に入れると、目を瞑り頬に手を当てて顔を綻ばせた。そして、肉の味を確りと確かめる様に咀嚼し、嚥下する。
口の中を空っぽにしたソフィアは、クラミに笑顔を見せて、
「価格以上のサービスなんだよね。料理とか、設備とか」
「……そうなんだ」
麦粥の入った皿をスプーンでかき混ぜながら力無く答えるクラミ。
薄いとはいえ美味しそうな肉だ。鼻孔を擽り、胃に訴えかけてくる香りを嗅ぎながら、湯気が立ちのぼる皿からスプーンで麦粥を掬い上げ、口元で息を吹きかけて冷ます。
「……いただきます」
ソフィアに聞こえないほどの小声を洩らした後、大きく開いた口の中にスプーンを入れる。
「…………」
一言で言うと、可も無く不可も無く。そういたげな顔で咀嚼し、飲み込む。
もう一度、スプーンで掬い上げ口の中に入れると、忽ち麦の香りが口の中一杯に広がり――特に変化も無く終わる。
(味気ないな……もう少し塩とか胡椒を入れて、パンチが欲しいな)
皿を覗き込みながら今朝食べた粥と比べて、難しい顔をするクラミ。
食べ物の味も違うが、それよりも、リトスが食べさせてくれる。その衝撃的な行為に比べて、自分で食べる味気なさ。
これ以上深く考えると空しくなるのでリトスの顔を振り払い、淡々と口の中に入れていく。
「口に合わなかった、かな?」
手が止まっているソフィアが、心配そうに声を掛けてきた。
「そんな事ない――ですよ」
ソフィアの言葉に、今の自分がどれだけ失礼な態度でご飯を食べているか知ったクラミ。
自分の太もも抓りながら、慌てて言葉を紡ぐ。
「味気なくて。じゃなくて! その――」
「うん?」
しどろもどろするクラミを見つめながら首を傾げるソフィア。
「……お肉が、美味しそうだな。と、思いまして……」
頬を赤らつつも、真剣な表情のクラミ。
そんな彼女を見ていたソフィアは目を見開き、何度も瞬きをする。
「……ふ、ふふ」
次第に、クラミが言っていた事を理解すれば、安堵のため息と一緒に、笑いが込み上げてきた。
「クラミって、意外と食いしん坊なんだね」
口元を隠しながら笑うソフィア。そんな彼女を見れば、肩を震わせて俯くクラミ。
ソフィアは笑顔で肉を一口サイズに切りながら、口を開く。
「ねぇ、クラミ」
その呼びかけに顔を上げると、ソフィアはフォークに刺さった肉を突き出していた。
「あ、あの?」
唐突なソフィアの行動に対して、頭に疑問符を浮かべるクラミ。
「はい、あ~ん」
そんなことお構いなしに、クラミの口元に肉を近づけるソフィア。
「あ……あーん」
クラミは恥ずかしさの余に目を閉じて、恐る恐る、小さく口を開く。
その唇に生温かい物が当たり、ゆっくりと口の中に入ってきた。
「……ん」
ソフィアがフォークを口から抜く際に、中の肉も一緒に出て行こうとするので、クラミは逃がすまいと、唇を力強く合わせ、閉じ込めた。
そして、ゆっくりと歯と歯を噛み合わせて咀嚼すれば、溢れ出る汁気が一気に口の中に溜まり、口の中から独特の匂いが鼻腔をくすぐる。
何時までも楽しみたいものだが、名残惜しそうに「ゴクリッ」と、喉を鳴らして嚥下した。
「美味しい?」
「はい! 凄く美味しいです!」
ソフィアの問いに元気よく答えるクラミは、肉の余韻が残る口の中に麦粥を流し込む。
「はい、もう一枚」
クラミが美味しそうに食べるので、餌付けするように肉を突き出す。
そのソフィアに「悪いですよ~」と、言いつつも食べてしまう。しかし、一方的に貰ってばかりだと気が引けるので、
「あの、ソフィアも食べますか?」
麦粥をスプーンで掬い、聞いてみる。
ソフィアは何も答えずに、静かに口を開く。それを見たクラミは麦粥に息を吹きかけ冷まし、おっかなびっくり口元に運んでいく。
「……あ~っん」
口の中にスプーンが入ると、ソフィアの赤く濡れた唇が閉じた。
それを見たクラミは、
(食べるのも恥ずかしいけど、食べさせるのも……恥ずかしいな)
そう思いながら、スプーンを引き抜く。
「確かに、味気ないね」
恥ずかしいのか、顔を斜めに逸らしたソフィアが声を掛けてきた。
それに対してクラミは「ですよね!」と、自分と同じ感想を抱く彼女に笑顔を向けて、麦粥を口元に運ぶ。が、あと数センチと言った距離で手が止まる。
それに釣られて、ソフィアの手――最後の肉の一切れが刺さったフォークが、クラミに向う最中で止まった。
「どうかしたの?」
ソフィアの問いに、クラミは頬を赤らめて口を開く。
「えっと、ですね。その……間接キッス。だなと、思いまして」
クラミの答えを聞くとソフィアも次第に頬を赤くして、止まった手の先、フォークの先端を見つめ、
「あむ!」
自分の口の中に放り込んだ。
それを見たクラミも、意を決して麦粥を――スプーンを咥え込む。
(味は変わらないけど……)
気恥ずかさを覚えつつ、二人とも顔を赤くして、黙々と残りを食べていく。
お金の価値を考えていたら、脇道に逸れてしまい、こんな話しに。
本当は、お金の価値や、宿屋の代金の事を書くはずだったんですが……。