1-4 ③
「さてと、コイツをどうすか、だが」
頑固親父は棍棒と巨大な剣に視線を落としながら問いかけ、クラミは唸りながら悩む。親父が言う、「どうするか?」が、何を指しているのか分からず、鎧の時と同じように質問を飛ばそうとすると、横のソフィアが口を開く。
「クラミが使うんじゃダメなの?」
「別に構わないが、大剣の方は鍛錬の仕直しをした方がいいのだが……」
そう言うと、彼は腕を組みながらクラミを見下ろす。
「あ、それでお願いします。幾らぐらい掛かりますか?」
ごそごそと魔法の袋を漁り、クラミは金貨の入った白い袋を取り出した。
「いや、金は要らん」
手を突きだし、拒絶する頑固親父。彼は渋い顔をしながら語る。
「お詫びとお礼をさせてくれ」
「お礼ならギルドから報酬のお金を貰いましたし」
「それはギルドからの報酬だろ? 俺、個人でお礼をしたいんだ」
困惑するクラミの目の前で、今日何度目だろうか、頭を下げる頑固親父。
「ここは、気持ちを汲んであげて」
二人のやり取りを黙って見ていたソフィアが口を開いた。クラミは考える様に唸りながら、頭を下げる。
「お願いいたします」
「わかった。わかったから、頭を上げてくれ!」
一転、立場が入れ替わる二人を見てため息を漏らすソフィア。そんな彼女のため息が聞こえ、咳払いをして姿勢を正す頑固親父とクラミ。
この、おかしな空気を変えるべくクラミは、もう一つの武器――棍棒に目線を向けながら話す。
「これは鍛錬? しなくてもいいんですか?」
「うん……?」
その問いに、親父は視線の先を見つめて口を開く。
「この棍棒は鍛錬のしようがない。と、言うよりもでき無い」
もったいぶった言い方に、首を傾げるクラミとソフィア。その二人を見て、満足げに語り出す。
「これはな、金属じゃなくて木で、できているんだよ」
「え!? でも……あの大きな剣と何度も打ち合いましたけど?」
「ああ、只の木じゃない。木のモンスターを加工した物だろう」
それを聞くとクラミは蹲り、膝に手を置き、胡乱な目をして棍棒をコンコンと小突いてみる。それを見ていたソフィアも腰を落とし、指で突っつく。
「モンスターと言っても、もう、死んでいるぞ」
「そうですよね!」
「だから、そのまま持ち帰っても大丈夫だ。アイテムボックスにでも仕舞ってくれ」
アイテムボックス。魔法が使えないクラミにとって、その言葉は――肩を落とし、暗い表情で地面を見つめて事情を話す。
「魔法が……使えないんですよ」
「アイテムボックスの魔法が、か?」
「魔法が、使えないんです」
「その、すまん。……しかし、困ったな」
話が途切れたので、クラミは蹲ったまま頑固親父を見上げる。その視線に気づき、続きを言うのだが、その表情は優れない。
「このお祭り騒ぎで馬車が出せない。抜き身で持ち帰ったら……街の住民が、な」
ゆっくりとした動作で立ち上がり、悩むクラミ。彼女は親父が言っている事が解らなかった。
その隣に立つソフィアも解らない表情――などしておらず、坐った目で虚空を睨む。
「ああ、あの戯れ言か」
怒気を孕む声で静かに口を開く。
「あんな奴らの言うことなんか――」
しかし、途中で止まり、俯いて押し黙る。
いきなり怒り出したソフィアを見てビビるクラミ。彼女は恐る恐る、ソフィアに声を掛けるが、
「あの、どうかしたんですかソフィア?」
「……ごめんなさい。何でもないの……」
何でもない。そう言いながら、握り拳をするソフィアに対して、気の利いた言葉を掛ける事ができずに、不甲斐ない。と、思うクラミ。
「まぁー……アレだ。持ち帰るなら、布を巻き付ければ……少しは、ましだろう!」
空気を、敢えて読まずに話し出す頑固親父。ソフィアも顔を上げて、「その方がいいわね!」と、わざとらしい作り笑顔見せる。クラミもまた、その笑顔には触れずにぎこちなく口を開く。
「そう、ですね! 布を……?」
ここで疑問を持つクラミ。何故、布を巻くのか? そう思い、街中で武器をぶら下げて歩いている人を見かけたことが無い事に気付いた。
「布を巻く理由は、武器を携帯したらダメだからですか?」
「うん? いや、皆がビビってしまうからな……このサイズの棍棒が入る袋も無いし、布を巻き付けて目立たない様にするわけだよ」
「目立たない用に……!?」
クラミは、しばし考える。そして、自分が持っている物を思い出す。
「あ、ちょっといいですか?」
腰に結んでいる魔法の袋を外し、口を広げて――悩む。
袋の入り口よりも、棍棒の方が太くて大きい。取敢えず、入り口を無理矢理押しつけて、「エイや! えいや!」と、言いながら押しつける。
そんなクラミを見下ろすソフィアと親父は、怪訝な表情だ。それに対してクラミの顔からは焦りが見えていた。
(やばい! これで入らなかったら……恥ずかしい! お願いします……『入れ!』)
すると、棍棒が光り出したので、思わず手を離すクラミ。
「え!? クラミ、今のは?」
「なんだ今の魔法は? 魔法、使えないじゃなかったのか?」
「おお、あの……ちょっと待って下さい」
クラミは地面に落ちている魔法の袋を、困惑した表情で見つめていた。それもそのはず、金貨を入れている白い袋の場合は、普通に口の中に入れるだけだ。それに対して棍棒は光り出すエフェクト付き。
中に入っているのか確認するために、魔法の袋を抓み上がるが、
(うわ! 何だこれ! 物凄く体が重い!?)
突如、体全体を押しつける様に重さが掛かる。突然の出来事に、クラミは堪らず魔法の袋を手放す。
(アレ? 消えた!?)
手を離すと同時に、謎の負荷も消えた。
クラミは思案し、歯を食いしばり歪んだ貌で魔法の袋を掴んだり、安堵の表情で離したりを繰り返す。
「その……なんだ。何しているんだ? それと、棍棒は?」
そんな珍妙な行動を見て、頑固親父が訝しげに聞いてくる。
「あ、いや……その、ちょっと待って下さい」
当初の目的通り、中に入っているのか確認する為に、魔法の袋の中に手を入れて(棍棒! 棍棒出てこい!)と念じると、手に硬い感触が伝わる。
その硬い物を掴み、ゆっくりと引き抜く。段々と腕が見え、手首が見え、手に掴んでいるの物も見えてきた。それは光だ。
袋から完全に手を引き抜くと光は長く太く伸び出し、次第に淀み、禍々しい黒に変色し、棍棒の形を取り戻す。
「こりゃあ……凄いな」
「今のは……アイテムボックス? でも……」
困惑する二人に、クラミは魔法の袋を見せる。
「知り合いからの貰い物なのでよく解らないんですけど、この袋の力なんですよ。
この袋はアイテムボックスと同じ能力が有るみたいです」
頑固親父は興味深げに見つめて、「ちょっと見てもいいか」と、返事を待たずに袋に触り、そして……親父は袋を掴み、地面に倒れた。
「あの……すいませんでした。その、体は大丈夫ですか?」
「自業自得よ、クラミが気にする事はないよ」
「そうだ。そこのお嬢ちゃんが言う通り、自業自得だから気にするな。体も……問題無い」
ベッドに横たわりながら、気丈に振る舞う頑固親父。
先ほど魔法の袋を触ると同時に、不意の、衝撃にもにた負荷が全身に掛かり、地面に叩き付けられ、気絶したのだ。
問題の親父が目を覚ますとクラミが謝り、魔法の袋について、解る範囲(物を入れると、その重さが体にのしかかる)で説明をした。
「迷惑を掛けて申し訳ない。だが、仕事はちゃんと熟すから安心してくれ! そうだな、一週間後にまた来てくれ! それまでに、戦利品の買い取り金と、剣の整備を終わらせておく」
「無理はしないで下さいね!」
クラミが口を開くと、外から重低音の鐘の音が街全体に染み渡り、お昼を知らせる。
「あ!?」
「お昼にまた来るから、それまで眠っておきなさい」と言う、リトスの言葉を思い出し、顔を青くさせるクラミ。
「そ、それじゃー帰りますね!」
「どうした、そんなに急いで。なんか用事でも有ったのか?」
「はい、思いっきり忘れていましたので……帰ります! あ、あと、棍棒は持て行きますね! それじゃ!」
慌ただしく部屋から出て行くクラミとソフィア。親父は二人を見送り、独り言を洩らす。
「棍棒を持っていくって……嬢ちゃんは魔法を使えないのに……」
「寝よ……」
深く考えるのを止め、静かに瞼を落とす親父であった。
鍛冶屋のスディラスから飛び出すクラミ。キョロキョロと辺りを見渡し、帰る方角を探す。
忙しない彼女の後ろから、ソフィアの声が飛んでくる。
「クラミ! その……」
「どうしたんですか?」
「何でも無いの! 急いでいるのに、ごめんなさい」
俯き、ジャケットの裾を両手で握るソフィア。
明らかに何時もと違い、今日の彼女は何かがおかしい。そんな状態のソフィアを放っとく事などできる訳も無く――。
「ソフィア、これから一緒にご飯でも食べませんか?」
「……ぇ!?」
顔を上げ、クラミが言った意味が理解できない。と、言わんばかりの表情で見つめるソフィア。
「もしかして、これから用事でもありますか?」
「無いけど……クラミは? あんなに慌てていたのに……いいの?」
笑顔を見せて、手を差し出すクラミ。
「だ、大丈夫です! それよりも、お腹がぺこぺこです!」
ソフィアは困惑しつつも、クラミの好意に感謝して、その手を掴む。
「騒がしいから……私が部屋を借りている宿屋でもいいかな?」
「……い、いいですよ!」
女の子の部屋に行く! その状況に戸惑いと興奮を覚えるクラミ。
何時もリトスと同じ部屋、同じベッドで寝起きしているのだが――シチュエーションが変われば、なんとやら。
(リトス様……すいません!)
心の中で謝りつつ、ソフィアと一緒に歩き出すクラミであった。