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1-3

 

「それにしても、ゴブリンが多いわね」


 紅いドレスを華奢な体に纏い、少女は溜息を漏らす。

 窓に頬杖をつき、儚げな表情で揺れる馬車から外の光景を眺めていた。その窓から入る光を浴びて、群青色の髪は宝石のように輝き、ラピスラズリを彷彿させる。


 その美しい髪を人差しにクルクルと巻きつけて、対面の老人に視線を合わせた。


「お嬢様。領地に戻り次第、調査及び、討伐依頼をギルドの方に出します」

「宜しく頼むわ。それとその呼び方はやめなさい」

「申し訳御座いません。女伯爵様(カウンティス)


 少し苛立った声で叱り、立派なカイゼル髭が特徴的な、燕尾服を着こなす初老の執事は、申し訳無そうに少女に謝る。

 普段の少女なら、そんな呼び名一つに怒ることもないが、つい先日まで王都に居た少女は、夜会という名の吊し上げ食らっていた。


 やれ、その歳での伯爵の爵位はおもすぎるだの。

 早く結婚しなさい。私の孫の正妻にしてやるだの。

 爵位の同じ物からは蔑まれ、下の爵位の者からは、上から目線で結婚話を持ちかけられる。

 完全に舐められ伯爵として見られておらず、なんの後ろ盾の無い、ただの貴族の娘として扱われてた。


 少女の今の地位は、自分の力で手に入れた物であり、それを馬鹿にされる事が許せない。

 だからといって、ここで事を荒らげても、教養がないだの、田舎者だと馬鹿にしてくるだろう。

 それがわかるので、穏やかな笑顔を浮かべて過ごしていた。


 伯爵の地位はもともと少女の父親のもので、この地方を纏める領主であった。それに不満でもあったのか、何者かに唆された叔父が、伯爵の爵位を奪う為暗躍し、その結果両親は暗殺された。

 しかし、その後叔父はこの少女により粛清され、そして少女は今の地位に居る。

 

「御免なさい。まだ少し心が荒れてるわね」

「いえ、お気になさらずに。無能ほどよく吠えてやっかいで御座います」

 

 執事の歯に衣着せぬ物言いに、少女顔がほころび、何も無い空間から箱を取り出し、黒を基調とした軽装を出して装備する。

  

「何時迄も腐ってもいられないわね。少し運動がしたいわ」

「畏まりました」

  

 少女の命令に、直ぐ様行動をする執事。馬車を止めさせ、馬にまたがる護衛の騎士が集まり出した。その数五騎。これは少なすぎる数だ。


 他の伯爵の地位を持つものなら、護衛を30騎ほどつける。中には、100騎も護衛に付ける者も。

 沢山の護衛を付けるのは自分の財力、兵力自慢の為であるが、最も、一番の理由はモンスター対策である。

 城や都市を守る城壁を抜けると、外は危険な世界だ。自分の命を護るために護衛を沢山付けるは、当たり前のこ事だ。

 

 そんな危険な場所に、ましてや、ゴブリンが多いと愚痴を漏らした場所に、平然と外に出ることに対して、執事も護衛の騎士も止めることは無かった。


「姫様! お供は、ぜひ私に!」

「いえいえ。ここは私が。」

「お前たち! 隊長の私がお伴する。見学でもしていろ!」

「それは、ずいですよ~。」

「あなた達! 鎮まりなさい。一人は馬車に乗り、私に馬を渡しなさい。残りは私に従いてきなさい!」

 

 その儚げな表情から一変し、凛とした声が響かせ、少女が馬車から降りると、護衛の者が群がる。

 これは、彼女の容姿端麗な姿に群がってる訳でわなく、少女の剣士としての実力に惚れ込んで来ているのだ。

 護衛が少ないのも自分の剣の腕を信じている。


 そもそも、反逆者の叔父を粛清した時、部下に命令した訳でもなく自分の手に剣を持ち、一人で敵陣とも言える叔父の元に向かい、護衛の騎士をもろとも全て斬り伏せた。

 それにより、騎士たちの、自分達の仕えるべき主の敵を、たった一人で仇を討った少女に皆、心酔してるのだ。

 

「それじゃ行くわよ」

「「「「おおおおおぉぉぉぉ」」」」

 

 少女の号令に対して、歓喜を上げる騎士たち、一人寂しそうに馬車に向かう隊長騎士。それを、執事が背中を擦りながら一緒に馬車に乗る。

 

 少女は、優しく風が吹き付ける中、ゆっくりと馬を走らせる。太陽の光が心地よく、目を細め柔らかな笑みを見せた。


 暫くすると、道端に異変を見つけた。

 それは鈍器で頭を砕かれたようなゴブリンの死体。殺されてからさほど時間が経ってないようだ。

 少女達は馬から降り、その死体を困惑げに眺め――

 

「モンスターコアは?」

「取らてませんね。回収いたしますか?」

「お願いするわ」


 少女の問に騎士が答え、ゴブリンの心臓部分をナイフで切り開き、突然現れた箱からトングの様な道具を取り出し、それを突き刺して、血の付いたピンポン球程の石を取り出し、箱の中にしまう。


「さて、どう思う?」

「冒険者では無いでしょう。それか、群れに襲われて回収する暇が無かった。とかですかね?」

「それにしては、この辺り荒れた様子もないんじゃないかしら?」

「確かに……ゴブリン以上のモンスターが頭を潰したとか……まさか!? オーガ(クラス)!!」

「聞け! この先何が出るかわからん! 全員警戒を怠るな!」

 

 少女の声に、緩んでいた表情が引き締めた。少女自身も又、己を引き締めて馬に乗る。その様子からゴブリンなど比べ物にならない程の、モンスターが想像できる。


 更に進むと、一度ならず、3度も同じ様に殺されたゴブリンに、抜き取られてないモンスターコアと呼ばれる物。

 それを回収し、より一層険しい表情で道の先を睨む。

 

(この先に居るわね)


 自分が住む街に段々と近づく謎のモンスター。慎重に馬を進めていくと、遠くの地平線に何かが見える。

 追従する騎士の一人が叫ぶ。


「姫様! ゴブリンの群れです!」

「状況は!」

「何か……黒い人型と戦闘している模様です!」

「黒いモンスター……で、人型?」

 

 目を瞑り、モンスターの種類いを思い出すが、黒い人型について記憶に無い。回りを見れば皆首を振る。


「人型だと思うのですが、距離がありすぎまして」

 

 自身なさ気に言う騎士の肩を軽く叩く。

 敵は未知のモンスター……少女は、っすぅぅ。と、力一杯息を吸い込み、地平線の先にある戦闘を睨みつける。歴戦の勇士の顔だ。


「……全員! ここで仕留めるぞ! 私に続けぇぇぇ!!!」

「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉ」」」」


 肺に溜めに溜め込んだ酸素を怒号の号令と共に吐き出し、群青色の宝石の様な髪を靡かせ、矢のように駆ける。

 それに共鳴し騎士たちも雄叫びで答え、駆け出す。


 近付くに連れ、黒いモンスターに違和感を覚える。目を凝らし眺めると、黒い姿の正体は、腰まで伸びた黒髪で、白いワンピースを着た女性なのだ。


(黒い髪? 私の街には居ないが……何処から来たのだ?)


 回りの追従する騎士達を見れば、その黒い髪に戸惑いを見せる。少女はそこで気が付く。ゴブリン達が取り囲んでいる者は、自分と同じ性別の女性――

 戸惑いを断ち切りように腰の剣を右手で抜き、左手一本で馬の手綱を操り、そして騎士達に再度命令する。


「加勢するぞ!」

「「「「おおおぉぉぉぉぉ!」」」」


 騎士達も剣を抜き戦闘態勢に入る。黒い髪の女性はゴブリンに囲まれており、少女は間に合わないか? と、思うが、その女性はゴブリンに見つめられる中で、一人だけ優雅に踊っていた。


 後ろから、襲いかかるゴブリンを見ることもなく、クッル! と、一回転して、黒い髪と、白いワンピースの裾がフワリと持ちあげ、優雅に避けていく。

 それを見ていた騎士達の目に血が走る。それに対して少女が半目で睨むと目を逸らされた。


 そんなやり取りをしている間も、黒い髪の女性とゴブリンは、お互いに睨み佇んでいる。

 馬の頑張りのお陰で、声の届く範囲に入り、そこで少女は声を掛けた。


「助太刀します!」


 少女は叫び、黒い髪の女性をチラリと見る。切れ長の目と視線が合と、顔を綻ばせ――


「有難うございます」


 黒い髪の女性はお礼を言い、近くにいるゴブリンに襲いかかる。右手に持つゴブリンで殴ったり、盾にしたり、逃げ出す奴に投げつける。その戦い方に少女は、騎士達は顔を引きつらせ思う。「野蛮だな」っと。


 粗方倒すと敗走するゴブリン達。それを見届け黒い髪の女性は、両手に持つ凶器を捨て、少女に深々と頭下げる。


「危ないところ助けて頂き誠に有難うございます」


 女性が顔を上げると、柔らかい笑顔を見せてくれ、それを見て騎士達は照れる。

 先ほどの野蛮な戦い方など忘れたようだ。少女もオーガ級のモンスタ―との戦いを覚悟していたが、蓋を開ければ、なんのその。はにかんだ柔らかい笑顔で答える。


「いえ、此方も助けが間に合って良かったです。えぇーと」

「失礼いたしました。私、蔵美(クラミ) 善十郎(ゼンジュウロウ)と、申し上げます」

 

 クラミは再度、頭を下げお辞儀する。

 それに対して少女は、背筋を伸ばし、両手で紅いドレスの両端を摘み上げ、右足を斜め後ろ引き、左足の膝を軽く曲げ笑顔で答えてくれる。


「私は、リトス・ブレ・エライオンと申します」



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