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クラミは浮かれ気分で入り口のドアを押そうとするが、触れる前に勝手に開いた。
「うわ、っと、っと、ふんぐぅ!」
予想していた抵抗が無かったために、たたらを踏みバランスを崩すクラミは、少し柔らかい板に顔をぶつける。
「きゃあ!」
と、同時に可愛らしい悲鳴が聞こえ、顔を上げると――左右のもみ上げを肩まで伸ばしている、特桃色のショートヘアーの少女、ソフィア・オリキオが目を見開き、クラミを見下ろしていた。
「すいません……って、ソフィアさん! 奇遇――」
クラミは笑顔で挨拶をしようとしたが、自分の手と顔が丁度、胸に置かれているのに気付く。
「す、す、すみません!」
「あ……」
顔を引き攣らせ、慌てて離れるクラミ。ソフィアから一歩後ずさり、頭を深々と下げる。
「本当に申し訳ありません!」
「え……あ、そんな」
「お嬢ちゃん、ソフィアが困っているぞ!」
そう言いながらギルドマスターはクラミの肩を叩き、助け船を出すが、そんな彼に無言で睨みを飛ばすソフィア。
クラミはこわごわと顔を上げ、ソフィアを見つめると、再度、頭を下げる。
「違うわよ! クラミの事を睨んだじゃ無いから!」
慌てて首を横に振るソフィア。
ギルドマスターは、ため息交じりに声を掛けるが――
「おいおい――」
「うっさいハゲ! クラミ、こっち」
ソフィアのヒステリックな声に遮られた。そして彼女はクラミの手を取り、ギルドから無理矢理連れだす。
「まったく……」
ギルドマスターは髪の生え際を掻きながら、その背中を見送った。
「あ、あの、ソフィア!」
手を捕まれ、引き摺られるように走るクラミ。突然のソフィアの行動に、困惑しながら声を掛ける。
その声で正気を取り戻したのか、徐々に速度を落とし、広場の手前で手を離し止まった。止まったのだが、広場を見つめたまま、ピクリとも動かない。
そんなソフィアの横を通り抜け、真っ正面で向き合い、深々と頭を下げる。
「あの……クラミ――」
「本当に、申し訳ありません!!」
クラミの大きな声を聞き、近くの人達の視線を集めるが、その黒髪を見ると視線を逸らし、拘わらない様にする。
そんな周りの事などお構いなしに、頭を下げ続けると、ソフィアが握り拳を口元に当て咳払いをした。それを聞き顔を上げると、ソフィアが伏見がちに口を開く。
「何をそんなに……謝っているの?」
「え!? いや、あの、ぶつかって胸を揉んだことを――」
「女の子同士なんだから。謝ることでも無いし……」
何か言いたそうなのだが、クラミはそれを察することができない。むしろ、怒ってないので安堵のため息を漏らす。
「それでも、こちらの不注意ですから…………そう言えば、ソフィアは冒険者ギルドに用事は無いんですか?」
「用事はもう済んだから大丈夫だよ」
「……?」
ソフィアは、首を傾げる何時も通りのクラミを見つめて、自分の拳を握る。
「クラミは、どうしてギルドに?」
「ギルドマスターと道端で偶然会って、鍛冶屋のスィデラスに戦利品を置いてある話と、これを貰いました!」
クラミは魔法の袋から、金貨の入った袋を取り出し、ソフィアに見せた。
それを見たソフィアは、クラミの両肩に手を置き、真剣な眼差しで見つめる。
「あの……近い――」
「こんな所で、大金を見せびらかさない!」
ソフィアの正論を聞き、自分が浮かれ気分だったと反省し、魔法の袋の中に入れ、肩を落とした。
そんなクラミのしょんぼりした様子に、焦るソフィア。冒険者の先輩として、真っ当なアドバイスをしたつもりだったのだが――。
「あ、別に、怒っているわけでは無いんだよ!」
「いえ、私が……浮かれすぎでした」
どうしたものかと悩むソフィアは、話題を変えるべく、クラミに話しかける。
「そうだ! スィデラス。鍛冶屋のスィデラスに行こう!」
「あ……でも」
クラミは城に帰ってリトスに、心配を掛けたこと、看病をして貰ったことのお礼を言いたかったのだが、有無を言わさないソフィアの手に、また捕まり、引き摺られるように西区へと足を運んでいく。
(違うでしょ……こんな事がしたいんじゃ無くて、私は……ただ)
住民達からの視線を無視して、クラミから伝わる手の温もりを感じるソフィアであった。