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城を抜け出し、石造アーチが特徴的な門をくぐると騎士に会うが、挨拶は無い。クラミは訝しげに挨拶をすると、
「お、おはようございます……」
吃り、口調に切れが無い。
そんな門番を後にして、赤いレンガで作られたメインストリートを歩きながら第一城壁を目指す。
閑静な並木道を暫く歩けば、城壁の門が見えてきた。その門をくぐれば――
「お、おはようございます……クラミ様」
またもや、こんな挨拶だ。クラミは自分が何かしたか? と、悩むが心当たりが無い。そんな調子で歩けば、第二城壁の門が見えてきた。
「おはようございます、クラミ様!」
今度は何時もどおりの元気な挨拶だ。それに満足して、元気よく挨拶を交わし、門をくぐる。
ここは何時も賑やかな区画なのだが、今日はより一層の賑わいを見せており、クラミはあちら、こちらを眺めながら歩く。
メインストリートを挟むように立ち並ぶ建物の前には、幾つか屋台が出ており、それを買い、歩きながら飲み食いしている人達。
また、道中で騒ぎながら歌ったたり、踊ったりと、まるでお祭りのように騒いでいる人々。
そんな住民達が奏でる祭囃子に誘われ、クラミは近くの屋台に顔を覗かせる。
そこには十センチ位の串に、一口サイズの小さい肉が三つ刺さっており、香ばしい匂いを立てながら焼かれていた。
「お! らっしゃ……い」
お客に気付き、五十代位のおっちゃんは威勢の良い声で挨拶をするが、その声は途中で途切れ、マジマジとクラミを見つめる。
「……? コレください」
門番達のような態度に、クラミの心に靄がかかる――が、それよりも目の前にある、串に刺さった肉に目がいってしまい、お腹も「くぅ~」と、可愛らしく鳴いた。
「……嬢ちゃん、そんなにお腹がすいているのか?」
その問いに、クラミは無言で肯く。肉を見つめながら……。
そんな様子を見たおっちゃんは、笑いながら肉の刺さった串を二本手渡した。
「サービスだ! 二本で銅貨1枚だよ」
「でも……悪いですよ」
おっちゃんの言葉に、尚も肉を見つめながら、遠慮するクラミ。
「良いんだよ! 嬢ちゃんって、アレだろ? ゴブリンとの戦いで活躍した娘だろ!」
「う~ん。一応頑張りましたけど……」
歯切れの悪いクラミ。ゴブリンとの戦いや、その後の事がイマイチ思い出せず――いや、思い出したくも無い。
そういった顔をしていると、おっちゃんがまくし立てる。
「何なら、タダでもいいぞ! 俺に出来るのは……この位だからな」
「いえいえ、ちゃんとお金を払いますよ!」
腰に結んでいる小袋から銅貨1枚取りだし、おっちゃんに手渡す。
おっちゃんは、「まいど!」と、威勢良く答え、和やかに肉の刺さった串を二本渡した。
それを嬉しそうに見つめ、お辞儀をして、屋台から立ち去るクラミ。
「良い子じゃないか……何が黒髪の悪魔だよ……っふ」
おっちゃんは鼻で息を吐き、クラミの後ろ姿を見送った。
メインストリートを歩くクラの両手には、二本の串に刺さった肉を持っており、所謂……二刀流だ。その右手に持つ肉を頬張りながら歩くと、広場に着いた。
街全体がお祭り騒ぎだが、ここは特に賑やかだ。沢山の出店から立ちのぼる煙と、食欲を刺激する匂いに、囂然たる街の住民達。
しかし、クラミの黒髪を見れば静まりかえる人達。中には顔を強ばらせたり、ヒソヒソとクラミを見ながら話している。
(……さっきから、何なんだ?)
騎士達や、街の住民の態度に嫌な気持ちになるクラミ。奇異の視線に晒され、居心地が悪い。
そんな中を歩いていると、男の子が真っ正面からぶつかってきた。
「あわわわ。ごめんなさい」
「大丈夫かい?」
しどろもどろしている男の子の頭を撫でながら訊くと、
「うん! だいじょぶだよ、あくまのおねえちゃん!」
クラミの手は止まり、男の子が発した言葉を反芻する。
(あくまって……悪魔って事か?)
そんなクラミを余所に、一人の若い女性がやって来ると、男の子の肩を掴み、
「も、申し訳ありません……」
「いえ……全然きにしてませんが――」
一拍、間を置き、意を決して口を開くクラミ。
「――悪魔? ってなんですか?」
「っえ!? ……その……わかりません。ごめんなさい」
そう言いながら男の子の手を取り、引っ張っていく。男の子は空いた手でクラミに手を振る。
それに答えながら、クラミは呆然と親子を眺めていた。
(……何なんだろうな)
街のおかしな反応にどうしたものか悩むが、答えは出ない。
(ソフィアさん……って何処にいるか分からないや。アルさんは居るかな?)
一人で悩んでもしょうが無いので、知り合いのアルに訊くことにしたクラミは、嫌な空気の広場を突っ切り、孤児院を目指す。