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プロローグ

 ゴブリン騒動から一週間。騒然となっていた街は、静けさを取り戻す事も無く、未だに喧噪に満ちている。

 騒動の前に、冒険者達が大量に武器や防具を買い、その後はゴブリンのモンスターコアの臨時収入を戦勝祝いとして湯水のように使っていく。


 街の住民達も、ゴブリン・『将 軍』(ストラティゴス)、ゴブリン・『 王 』(ヴァスィリャス)という脅威が居なくなり、お祭り騒ぎで財布の紐が緩くなる。


 たちまち、にわか景気が起こり、街の商人は近くの村や街で買い付けを行ない、好景気に沸くエライオンに物を売りに来る人で激しく賑わっていた。



 そんな街の様子とは打って変わって、辛気臭い男二人が、狭い部屋で見つめ合う形で座っていた。



―冒険者ギルド 客室―


「今日も相変わらずの賑やかさ、ですな」


 そう言うと、大柄な男が茶を啜り、カップをテーブルに置く。

 男の頭の頂点には毛が生えておらず、代わりに横髪と後頭部の髪が長い――落ち武者事、ギルドマスターである。


「良いことではないですか」


 それに対して、カイゼル髭を指で弄る、燕尾服を着こなす老紳士が、落ち武者の顔を見ながら真剣な面持ちで答えた。

 彼はこの街を治める、ブレ家の執事だ。


「しかし、ですな……商人や、物を売りつけに来る人が魔物に襲われる被害が増えていまして」

「ふむ。街周辺のゴブリンは一通り狩り終えた筈でわ?」

「ゴブリンの群により、森から追い出されたと思しき(おぼしき)魔物が、襲っているようで――若い女性が何人も攫われ、被害が出ているのです。が、街がこの様子で……冒険者が働かないのですよ」


 ギルドマスターはあきれ顔で話す。

 執事も同じ顔をしながらも、解決策を出した。


「騎士達を街周辺や、主要街道に派遣し討伐を行ないましょう」


 騎士達に給料を払っているのは、勿論、街の領主だ。この街の収入源を支える住民を守るのが騎士の仕事だ。

 だからこのように、幾ら街がお祭り騒ぎでも仕事をしないといけない。が、安定した給金と、装備品の支給や、怪我、老後に年金の様にお金が貰える。

 

 冒険者は自由気まま間に仕事をして、好きなときに仕事を休める。腕が良ければ、幾らでも稼げるし、好きに暮らせるのが魅力だ。

 しかし、装備品を揃えるのは勿論自前だし、整備にもお金が掛かる。怪我をして働けなくなったり、老後に貯金などがなければ、スラム行きとなる。


 どちらの仕事が良いかと聞かれたら、前者の方が圧倒的に人気なのだが、それでも、皆が騒いでる時には、一緒に騒ぎたいのが人情だ。


 その為、執事は――

 

(狩り取ったモンスターコアを、そのまま特別報酬として渡せば、少しは不平不満は和らぐか?)


 そんな事を考えながら、カップを手に取る。


 ギルドマスターは思案にふける執事を見つめていた。他にも聞きたいことがあるのだが、声を掛けるタイミングを見計らっていた。

 そんの視線に気付くと、執事は顎で指し「何かあるのなら、言ってみろ」と、言わんばかりに促す。


「お嬢ちゃんは、まだ起きないのですか?」


 ギルドマスターはゴブリン騒動の功労者を甚く心配していた。


「彼女は未だに、眠っておりますよ」


 執事は特に心配した様子も無く、淡々と話す。


「治癒士に見て貰いましたが、命に別状は無く」


 カップを手に取り、ギルドマスターに視線を投げつけ、


「精神的な疲労だろう、と」


 ゆったりとした動作で、茶を飲む執事。

 ギルドマスターはその言葉を聞くと、両腕を組み、瞑目し、思い出すように口を開く。


「無理もない。実際、この目で嬢ちゃんを見たが……ありゃ――」


 顔を顰め、言葉を選ぶ。が、なんと言えば良いのか分からない。


「黒髪の悪魔。ですかな?」


 執事の洩らした言葉に、薄らと目を開け睨み付ける。


「そりゃあ、その言葉は、余りでしょう?」

「確かに、困った言葉ですね……街を救ってくれた彼女に対して」


 執事は涼しい顔で視線を受け流した。彼が口にした言葉は本心では無く、少女に対しての、街の住民の声なのだ。

 血まみれで大剣を引き摺り、薄らと口元を引き攣らせるように笑う姿が、余りにも印象的すぎて、彼女を悪魔だと言う輩がちらほらと。

 その声は段々と広がりを見せている。


「お嬢ちゃんが居なければ……SSランクの脅威――街の住民を徴兵する事態になっていたのに」

 

 今度は執事が瞑目し、重い口を動かす。


「この事は、リトス様の耳に入らないようにしませんと。何分、今はデリケートな時期ですからな」


 ギルドマスターは、髪の生え際を人差し指で、ポリポリと掻き、困った表情になる。


「そろそろ、国王聖誕祭……か。また、王都へと向われるのですね」

「ゴブリン騒動も、見事、奇麗に片付けたのだから、文句は言われませんでしょうが……」


 執事はため息を漏らし、小さな窓から青空を眺めた。

 ギルドマスターは一気に茶を飲み干し、乱雑にカップをテーブルに置き、刺刺しい口調で毒を吐く。


「アレか……アイツが居るんだよな……」


 両腕を組み、自分の腕を握り締めた。


「貴方が怒っても、どうにもならんでしょうに……それに」


 視線はそのままに、ため息を吐き、ソファーの背もたれに体を預けながら、


「国王様の事もありますし……」

「国王ね……」


 執事の目線の先を眺めながらギルドマスターが、ふざけた様に口を開く。


「国王様は、生きているのかね?」


 その言葉を聞くと、物凄い形相で睨み付ける執事。


「不敬ですよ」

「そうなんだが……去年の秋頃でしたっけ? 病に臥せたのは? もう、そろそろ一年になるんじゃ無いか……」


 執事は黙り込み、茶をゆっくりと飲み干し、立ち上がる。


「その事は、私達が心配してもどうにもならんでしょう。

 それよりも、クラミ様の事をどうにかしませんと」


 ギルドマスターは両手で自分の両膝を叩き、起き上がると、ドア目指して歩く。


「案外、あのお嬢ちゃんなら気にしないんじゃ無いですか?」


 ドアを開け、右手を部屋の外に向けて案内する。


「私が心配しているのは、クラミ様の事を悪く言う住民を見て、心を痛めてしまうリトス様の事ですよ」

「もう少し、お嬢ちゃんの事も心配したらどうですか?」

「私はブレ家に仕える執事なのですよ?」


 思わず呆れたような、声と息を漏らすギルドマスター。

 それに対して間髪を、入れずに答える執事。

 ギルドマスターは無言でその背中を見送り、一人、ソファーに腰掛けて独り言をもらす。


「黒髪の悪魔、ね」


「黒髪と言えば、七柱ノ魔王を一番倒した神様だろうに……」


「黒髪の神様と、呼んでみるか?」


「街の危機を救ったんだから……案外」


「ないか。それに、嬢ちゃんは良い子そうだし、大丈夫だろう」


「ソフィアも懐いているし」


「下手なことはしない方が得策だな」


「うっし! 仕事でもするか」


「まずは……街の様子でも見てくるか」


 そう言いながら、ギルドマスターは部屋を後にした。


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