5-5 ④
―エライオンの街・西門前―
日が西に傾きかけた頃、西門の前ではゴブリンと冒険者や騎士達が死闘を繰り広げていた。
「畜生! どうなってやがる!」
一人の冒険者が悪態を付きながら、ゴブリンの攻撃を盾で受け止め、その隙に剣で切り裂く。
「口じゃ無くて手だけ動かせ!!」
苛立ちを隠せない騎士が怒鳴りつけ、近くのゴブリンに八つ当たり気味に剣の一撃を叩き込む。
冒険者や騎士達は騒然となっていた。
ゴブリンとは元々臆病な生き物で、少しでも強い者に合えばたちまち逃げ出す魔物なのだが、進化固体がでると、それを中心に手足のように忠実に動くのだ。
だから中心人物『将 軍』を強襲し、討伐する事に成功したのだが、ゴブリン達の統率は乱れず、逆に数百以上の援軍が押し寄せ挟撃に会い、混乱しつつも何とか冒険者達は騎士達と合流し、態勢を整えるべく、西門へと一旦引いたのである。
「泣き言を言ってんじゃ無いぞ! もう一匹『将 軍』が居たんだ、気張っていくぞ!」
ギルドマスターの檄が飛ぶが、それに呼応する者は上級の冒険者だけで、中級、特に下級は戦いに疲弊し儘ならない。
(クソが! 厄介な事になりやがったぜ。SSランクを、街の住民を徴兵するか? 否、『将 軍』が、もう一匹出たとは言えまだ姿は見えない。なら目の前の奴らは俺達が……!)
怒鳴り声を上げ、士気を高める為に自ら戦線でAランクの力を出し惜しみすること無く解き放ち、幾重もの屍を築き上げるが、ゴブリン達は止まることを知らない。
しかし、何時まで続くか分らない戦闘は呆気なく幕切れとなる。
(何が、何が起きた!?)
最初に異変に気付いたのはギルドマスターだ。彼の目の前で不意にゴブリン達の動きが鈍り、ざわめきを上げる。
ギルドマスターは今ここに勝機を見いだし、高々と剣を上げて叫んだ。
「勝ち鬨だ! 勝ち鬨を上げろぉぉぉぉ!」
そう言い放つと、一人でゴブリンの群れの中へ入っていく。
しかし。周りの者は「気が狂ったのか?」と、思い制止させようとするが、ギルドマスターに怯え逃げ惑うゴブリン達。
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
それを見るとすかさず、騎士や上級の冒険者達が後に続き、ゴブリンを蹴散らしていく。それに続くように、中級、下級の冒険者も力を振り絞り、戦いに加わっていく。
オレンジ色の西日が照らす中、散り散りに逃げ惑うゴブリン達。それを見つめながら、ギルドマスターは指示を飛ばす。
「余力のある者は、このままゴブリンを蹴散らせ! だが、深追いはするなよ! 下級の者は街に退避だ。今日はよく頑張ってくれた!」
その声を聞き歓声を上げる者、不平を漏らす者と様々だ。
そんな中、一人だけ夕焼け空を眺めるソフィア。両手に持つ、血の滴る短剣を握りしめ黄昏れていた。
「よし! 門が開くぞ、順次集まれ――」
ギルドマスターの声は途中で止まり、彼の目には異様な者が映る。
周りの者も一気に警戒心を高めた。
それは夕日を背に抱えて、一本の長い影の後を辿るように歩いてくる。それの前にゴブリンが居れば黒い塊を振り回し、肉片を散り撒く。
「何だよ……アレは!?」
「悪魔だ」
冒険者達の洩らす震えた声に、ソフィアの視線はそれに向けられた。
「っ。クラミ……!?」
ソフィアはクラミを抱きしめる為に走って近寄るが、次第にスピードは落ち、彼女にたどり着く前にその足は止まる。
「ク、ラ……ミ?」
彼女の体に付いた血は黒く乾き、髪は乱れ、その顔は見えない。が、特徴的な黒髪でクラミだと認識できるが――ソフィアの声に反応したクラミは、ゆっくりと顔を向け、口元を釣り上げ笑顔を見せた。
何時もみたいに笑顔を見せるクラミ。
それがとても、人には見えない。
髪の間だから見える虚ろな瞳と目が合えば、ソフィアは心臓が締め付けられ、背中に冷たい物が走る。
「私は……っ!」
何か言いたげなソフィアを無視しして、クラミはそのまま街に視線を戻し、大剣を引き摺りながら歩き出す。
冒険者や騎士達が奇異な眼差しで見つめる中、剣を握りしめたギルドマスターがクラミの前に立つ。
「嬢ちゃん……『将 軍』は、どうなった?」
クラミはゆっくりと顔を上げ、無言のまま森に指を向ける。
「森に逃げたのか!?」
驚愕の面持ちで声を掛けるギルドマスター。それに対して、クラミは首を横に振り、大剣に視線を落とす。
「まさか倒したのか。その……大剣で?」
クラミは静かに首を縦に振る。ギルドマスターは信じられないと、いった表情だが、クラミの持つ大剣を見つめ、突如、混乱しだしたゴブリン達を思い出し納得した。
「死体は……放置したのか?」
周りからざわめきが起こる中、クラミは再度首を縦に振り、ギルドマスターの横を通り抜け、門を見つめながら歩いて行く。
「お、おいアンタ――」
「構わん! それよりも、上級冒険者で部隊を組んで死体を確認しに行くぞ! 騎士達は……嬢ちゃんを見張ってくれや」
ギルドマスターはクラミの後ろ姿を見送り、森へと駆け出した。
―エライオンの街 西区―
既に『将 軍』を倒したと街の住民には報告されており、冒険者や騎士達を労うために西門へと人が集まっている。
門が開き、英雄達を称えるために、割れんばかりの拍手に歓声が木霊するメインストリート。最初に現われたのは、血まみれの姿で大剣を引き摺りながら歩くクラミ。その後には、警戒する冒険者や騎士達。
そんな彼女達を見れば囂然たる西区は、一転して静まりかえる。
クラミはモーゼの様に人の海を割り、進んでいく。
「っひ!?」
「笑っているのか?」
彼方此方から漏れる悲鳴にも似た声を気にせず、クラミは笑いながら歩いると、青い髪を靡かせた少女が抱きついてきた。
「酷い顔ね。酷い貌をしているわよ?」
その声を聞き、視線を合わせれば、何時もどおりの笑顔を見せてくるリトス。
リトスは自分の胸にクラミを埋くめ、何度も頭を撫でていく。
暖かい。
そう感じたクラミは一言だけ洩らした。
「ただい……ま。」
一瞬、リトスの手は止まるが、すぐさまクラミの髪を梳かすように撫で、強く抱きしめた。
「お帰りなさい……ゼンッジュロゥ」
クラミは瞼を下ろし、涙を流しながら意識を手放して行く。
こうして、エライオンの街を襲ったゴブリン騒動は静かに幕を下ろした。
主人公の名前は、蔵美 善十郎です。




