5-5 ③
最後あたりグロ?です。
ご注意下さい。
咄嗟に朱く濡れた『将 軍』の首根っこを持ち上げ盾代わりにし、その後ろに身を隠した。
つかの間の静寂は風を切る音が終わらせる。幾重の黒い雨が地面に刺さり、弾かれ、転がり、辺りに轟音をまき散らす。
しかし、剣の刃でさえ傷を負わすことが出来ない『将 軍』の頑丈な体は黒い雨を全て弾き返した――が、盾越しに感じる何十、何百、何千もの矢の衝撃に生きた心地がしないクラミ。
(このまま……いや、違うだろ!)
足下に目線を落とし、頑丈な盾を左手一本で持つと、血だまりに浮かぶドス黒い棍棒を拾い上げる。
「こなくそぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
降りしきる雨の中を雄叫びを上げながら駆け出すクラミ。ゴブリンまでの距離は百メートル以上離れている。
その中を地面に落ちている矢を踏み折り、足を傷つけ、盾の隙間から漏れた一滴の雫が頬にかすり朱い線を付けるも、走り、駆け抜けた。
ゴブリンとの距離が半分に迫る頃には雨は上がる。それでもクラミは休むこと無く走り、盾の体と腕の隙間から様子を窺う。その目に映るのは、赤や青、緑色といった色とりどりに光るゴブリン達。
複数の赤く光るゴブリンは魔方陣を展開すると小さな火が浮かび上がり、次第に炎と化し、直径三十センチ程の炎の玉を作れば、数十個の炎の玉を一斉にクラミ目掛けて打ち出した。
燃えさかる悪意が襲いかかる。
クラミは地面を蹴り上げ、横に飛び退き盾の下に身を隠す。それと同時に先ほどまで居た場所に炎の玉が殺到すれば、轟音を響かせ地面を抉り溶かし、巨大な火柱と熱風を巻き起こした。
砂塵と煙で辺りが薄暗い。そんな中を重い盾を持ち上げ直ぐさま起き上がり駆け出そうとするが、一本の青く長細い塊が砂塵を突き破りながら煙を吹き飛ばし襲いかかる。
考えるよりも先に盾で防ぐが――今までに無い、『将 軍』が繰り出した一撃以上の衝撃が盾の腹を突き破り、あまりの衝撃にクラミは盾を手放し後方へと吹き飛ばされ転がされた。
よろよろ起き上がれば全身に痛みが走る。腹を見ると盾を突き破った際に受けた小さな掠り傷だけだ。痛みに反して傷自体はたいしたことない。それよりも問題は目線の先だ。
先ほどの攻撃が通過したその元を辿れば、青く輝くゴブリン達が複数で一つの魔方陣を展開し、一メートルの氷柱を作り出しており、その周りには緑色に光るゴブリンもいる。
(ヤバい!)クラミはそう感じると、急いで盾を手に取り走り出そうとするが、突然吹き出した突風に煽られ思わず身を竦めてしまう。
その隙を逃すはずも無く、一メートルの氷柱が物凄いスピードで眼前へと迫ってきた。クラミは盾と体の間にドス黒い棍棒を挟み左肩を押しつけ、右足を後ろに下げて地面を踏みしめ歯を食いしばる。
刹那――先ほどと同等の衝撃は、盾を突き破りクラミに襲いかかるが、棍棒に阻まれて僅かばかり後ろに滑らせる程度で済んだ。
クラミは顔を上げると絶句した。
黒い矢を幾重にも放ち、色とりどりに光りだし魔方陣を展開するゴブリン達。
(無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ……死ぬ。死んでしまう。し……ぬ? 俺が――)
<スファギ・アラゾニア・エクサシルの加護-憤怒-が発動しました>
「死ぬかよぉぉぉ! お前らが死ねぇぇぇ!!!」
腹の底から声を出し、盾と棍棒を掴むと走り出した。ゴブリンまで後、五十メートル。
再度、黒い雨が降るが盾を傘代わりにして防ぎ、走り抜ける。ゴブリンまで後、三十メートル。
赤く燃えたぎる炎の玉が襲いかかってくるが、横薙ぎに振るった棍棒で殴り付ければ爆散し、風圧でかき消した。ゴブリンまで後、二十メートル。
足止めの為の突風が吹き荒れるが、盾を手放し目の前の地面に両手で持った棍棒を叩き付け、それ以上の爆風を起し相殺した。ゴブリンまで後、十メートル。
青い氷柱が襲いかかってくるが、盾を目の前に構えつつ棍棒を持つ手を肩の後方へと下げ、一気に突き出し氷柱を砕き、ついでにゴブリンの頭を穿つ。クラミの目の前には黒い鉄の鎧で身を固めたゴブリン達。後、二メートル。
仲間を巻き込む位置にクラミが居るために、遠距離攻撃の嵐が止んだ。それを確認するとクラミは走るのを止め、一歩、また一歩と歩き出す。乱れた髪で顔は見えないが、口元はつり上がっている。
「ふふ……ふふふふ」
突然、空気を洩らすかのように笑い出すクラミ。ゴブリン達は目の前の異形に奇異の目を向け剣を突き出し構え、神輿の上のゴブリンからの指示を待つ。
「ふふふふ……アハハハハ!」
高笑いを上げながらゆっくりと歩き、突き出された剣に触れるか、触れないかの距離で止まる。
<スファギ・アラゾニア・エクサシルの加護-虐殺-が発動しました>
「死ねよ」
一転、地の底に響くような冷たい言葉を洩らすと眼前のゴブリン達にドス黒い、二メートルの棍棒を横一文字に振るえば、圧倒的な暴力により棍棒の届く範囲に死をもたらす。
上半身が吹き飛び、肉片と血が舞い落ちれば、ざわめきと悲鳴が交差する。その中を盾を構えて、神輿で担がれているゴブリンへと走り出すクラミ。
「ガ! ガ! ガギャァァァ!」
神輿で担がれているゴブリン・『 王 』は指示を飛ばし、クラミを睨み付けた。
指示を聞くとゴブリン達が一斉に襲いかかるが、クラミはそれを意に介さず、盾で押しのけ棍棒でその命を刈り取り、その足が止まることは無い。
「グガァァァァ!」
そんなゴブリン達を見て、不甲斐ないと言わんばかりの雄叫びを上げる一匹のゴブリン・『隊 長』。ソイツは周りのゴブリンよりも五十センチほど体が大きく、銀色に輝くバスタードソードを両手で持ち、構えている。
周りのゴブリンは一斉にその場から離れ、三メートル程の空間ができた。クラミはそこにたどり着くと、左手に持つ盾と化した『将 軍』を『 王 』目掛けて投げつけた。
『隊 長』はたまらず後ろを振り向けば、『 王 』は神輿から転げ落ちている。それを確認すると、怒りに顔を赤くしクラミを睨み付けるが、その瞳に最後に映ったのは高々と棍棒を掲げ、口角を釣り上げる黒髪の悪魔だった。
轟音と共に地面を抉り、クレーターを作れば周りのゴブリン達は青ざめるが、下された命令の為に『 王 』の為に、震えながら襲いかかっていく。
「ゴォォォォォォォォォ!」
しかし、その行動を怒気を孕んだ咆吼が遮った。『 王 』は地面に座ったまま、鬼の形相でクラミを睨み付けると、周りのゴブリン達に「退け!」と、ジェスチャーで伝えるように手を横薙ぎに振るう。
その後ろからは何十匹ものゴブリン達が一本の巨大な黒い塊を運んできた。それを両手で掴み、立ち上がればその巨体に目を見張る。
『 王 』の体は『将 軍』よりも大きく、三メートルの弩級のゴブリンだ。
その身は、鉄を細長い板金にして体に合おう用に湾曲させ重ねた、ロリカ・セグメンタタ式の鎧。頭にはガレアと呼ばれる赤く長い毛が印象的な兜。
全体的に見て粗末な出来だが、圧倒的な『 王 』の巨体と合わさり有無を言わさない。
そして、手に持つ得物は、柄の長さが一メートル、刃の長さ三メートルとふざけた様な巨大な剣。
「………………」
「………………」
二人は無言で睨み会い、武器を構えた。
「グガァァァァァァァ!」
「オオオオォォォォォ!」
二人の雄は雄叫びを上げると駆け出し、『 王 』は振り下ろしの一撃を放ち、クラミは腰から振り上げるように殴り付けた。
甲高い音と共に火花が飛び散り、クラミの膝が笑う。
「ガァァァァ!」
『 王 』は再度、振り下ろしの一撃を入れれば、クラミの膝が折れ地面にくっつくと同時に『 王 』の蹴りが飛んでくる。すかさず棍棒で脛を殴り付け、その一撃を止め様とするが、押し負け吹き飛び、棍棒を手放し地面を転げ回る。
<加護--が発動しました>
クラミは直ぐさま起き上がり、『 王 』を睨み付けながら走り出し、地面に落とした棍棒を拾い両手で持ち上げると太もも目掛けて振り下ろす――が、巨体に見合わず素早い動きで避けられた。
そして、地面を抉っているクラミ目掛けて巨大な剣を叩き付ける。それをクラミは腰を落とし、右手に持つ棍棒の柄を斜めに持ち上げ左腕で支えて受け止めた。
衝撃が体全体に響くと左腕を下げ、体ごと右腕を持ち上げて受け流し、そのまま右手一本で持った棍棒を縦に振り下ろし、肩に叩き付けると同時に、剣の腹ではたかれ、吹き飛ばされる。
「ハァ……ハァ……糞が!!」
<加護--が発動しました>
悪態を付きながらも土と自分の血で汚れた体を持ち上げ立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨て再度『 王 』目掛けて走り出す。
馬鹿の一つ覚えと言わんばかりに、棍棒を引き摺りながら襲いかかる。戦い方を知らないクラミはこれしか無いのだ。全力で殴る。全力で蹴る。全身全力で駆け出し、全力全開でねじ伏せるしか――
「グ……グガァァァ!」
『 王 』は肩に当てていた手をどかし、巨大な剣を持ち上げて迫り来るクラミ目掛けて振り下ろした。
「はぁぁぁぁぁ! どっせい!」
最初の一撃とは違い、棍棒で受け止め鍔迫り合いし、お互い吹き飛ばし後ずさる。
「まだまだ!」
「ガ? ガァァァァ!」
左足を一歩前に出し、腰を起点に上半身を回して斜めに棍棒を振り下ろす。対する『 王 』は地面を抉りながら、巨大な剣を持ち上げ防ぐ。
力と力が拮抗し、火花と轟音を上げながら押し止める両雄。
「オオオオォォォォォ!」
「グガァァァァァァァ!」
<加護--が発動しました>
拮抗は次第に崩れ、棍棒が徐々に落ちていき、巨大な剣が地面に接してしまう。
「ガ……?」
『 王 』は驚愕の面持ちでその光景を見ていると、クラミは棍棒を手放し懐に入り、左フックを脇腹目掛けて突き放てば、鎧は凹みクラミの拳の痕が刻まれ、『 王 』はたまらず苦悶の声を漏らす。
そして、忌々しそうにクラミを睨み付けながら片手で脇腹を押え、もう片方の手で剣を斜め下から振り上げ様とするが、クラミは足の裏で受け止め、押し返した。
自然と笑みが零れるクラミ。
<スファギ・アラゾニア・エクサシルの加護-高揚-が発動しました>
その頭の中には言葉が飛び交う。
―殺せ―
クラミは左足の親指の付け根を軸にして体全体を回し、腰まで伸びた艶のある濡れ羽色の黒い髪を靡かせて、太ももに蹴りを落とす。『 王 』は痛みに耐えながら、クラミの長い髪を掴み引き寄せ、剣を捨てて殴り掛かる。
<スファギ・アラゾニア・エクサシルの加護-憤怒-が発動しました>
―殺せ 殺せ!―
クラミは抵抗すること無く、自分から引っ張られる方へ動き、巨大な拳を掠りながら髪を掴んでいる手の親指目掛けて殴り付け、束縛が解けると身を屈めて『 王 』の下半身を殴り付けた。
「ギャァァァァァァァ!」
恐ろしいほどの衝撃に、両手で又を押えて仰け反る『 王 』。クラミは自分の膝を持ち上げ関節目掛けて蹴りを放てば、『 王 』は地面に膝を突く。そのまま両手で頭を掴み、何度も何度も何度も膝蹴りを顔面に打ち込む。
<スファギ・アラゾニア・エクサシルの加護-傲慢-が発動しました>
―殺せ! 殺せ! 殺せ!―
両手を離し、突く様に足の裏で蹴り、仰向けに倒れる『 王 』。それに馬乗りに座り見下ろすクラミ。ゆっくりと右手を持ち上げ、振り下ろす。次は左手を持ち上げ、叩き付ける。そのたびに手足が飛びはね、笑いが込み上げてくる。
クラミは思う。手が温かい! 暖かい! 楽しい! そして……気持ちが良い!!
「アハ! アハハハハハハハ!!」
もっと欲しい! もっと! もっともっと!
<スファギ・アラゾニア・エクサシルの加護-虐殺-が発動しました>
―殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ―
「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!」
一人叫びながら、『 王 』を殴り付け、掴み、千切り、剥がし、毟り、もぎ取り、捻り、引き裂いていく。
「ハァ……ハァ……ハハ」
気が付くと『 王 』の頭は無くなり、血の海と肉が転がっているだけだ。周りを見渡せばゴブリン達は一匹も動いておらず、どうすることも出来ずに只、陰惨な光景を眺めているだけだった。
クラミはゆっくりと頭を上げ、空を仰ぐ。日は傾き始め、空の色を変えていく。
(帰らなきゃ……家に帰らなきゃ?)
幽鬼の様にフラフラと立ち上がり、血の海に沈む巨大な剣を掴み取ると、片手で引き摺りながら歩き出す。
左足を上げ、足裏から垂れる血の雫をポチャン、ポチャン。と、響き渡らせ一歩前に出る。
右足を上げ、乾いた地面を踏みしめ、また一歩と、歩を進めた。
俯き、西日を浴びて伸びる影を眺めながら歩くと、ゴブリンの集団が影の進路を阻む。
クラミは無表情な顔を上げれば、怯えた表情のゴブリン達が震えていた。それを見ると、片手で引き摺っていた巨大な剣に空いていた手を添えて、一言だけ洩らす。
「邪魔」
一閃。風を叩き破る爆音を轟かせ、その剣先が届く範囲のゴブリン達を肉へと変えていく。
「グガァ!?」
「ギシャ! ギシャァァ!」
刹那の殺戮に金縛りが解けるゴブリン達。それと同時に悲鳴を上げ逃げ惑い、周りは混乱の坩堝と化し森へと逃げ出す。
クラミはそれを意に介さず、只、影の差す方へ――エライオンの街へと歩いて行く。