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2015年9月7日加筆修正
草原を分け入って、所々に凸凹のある舗装されて無いむき出しの道に出た。
辺りを見渡してクラミは考える。
(右を見ても、左を見ても地平線か。さて、何処に進む?)
道が在るなら左右、どちらにも必ず街なり村なり在るはずで、人も居るだろう。
しかし、どの方向に進むか悩む。悩んだ挙句、右手に持つ棍棒を真っ直ぐ地面に置き、手を離す。棍棒が倒れて方に進むことにした。
(…………)
案の定と言うか、お約束と言うか、棍棒は道の無い草原を指す。が、クラミはその方角を無視して右に振り返り歩き出した。
(右だな。右利き出し。それにしても――)
「何も無いな」
綺麗に整った顔を顰め、どこか悲哀めいた呟きは、誰に届くこともなく消え去る。
雲一つ無い、どこまでも透き通る青空に爛々と輝く太陽の光。
風が吹けば、草花が揺れ、晴れやかな音色をかもし出す。
きっとここは、現代日本人に取っての癒やしの空間になるだろうが、クラミにとっては、そうでもない。
顰めっ面のまま、右手に持つ不細工な出来の棍棒を引き摺りながら腰まで伸びた黒髪を靡かせ歩いて行く。
道と呼ぶには粗末な凸凹の横幅だけは広い地面を踏みしめ歩く。ただひたすらに――
不意に立ち止まり、クラミはあたりを見渡した。
(この臭いは――)
周囲の光景とは裏腹に悪臭が辺りに立ち込める。首を忙しなく振り周囲を確認すると、クラミの前方の草原が怪しく蠢き、徐々に徐々にと近づいてくるのが分かる。
右手に持つ血の付いた棍棒を見つめ、クラミは大きく空気を吸い込み腰を落とす。
(――アイツだよな、ゴブリン。大丈夫、俺なら!)
「ギャッ! ギャァァァァーー!」
異臭と共に、五メートルほど離れた道の横からゴブリンが2匹飛び出してきた。
(おっし! 行くぞぉぉ!)
心のなかで気合を入れ一気に駆け出し、叫びだしたゴブリンの頭に問答無用で棍棒を叩きつける。その一撃は頭蓋骨を意図も容易く割り、ゴブリンはフラフラとその場に崩れ落ちた。
一瞬で間合いを詰めれた脚力、一撃でゴブリンを死に至らしめる膂力にクラミは驚愕する。この華奢な姿のどこから力が出るのか?
先ほどのゴブリンとの戦いでは、頭に血がのぼりそんな事を考えてる余裕はなかった。今は幾分冷静である。
そんな戸惑うクラミを他所に、相方の変わり果てた姿見たもう一匹のゴブリンは、慌てて草原の中に逃げ出す。
「逃がすか!」
それに気付いたクラミは後を追うが、サンダルで草原の中を走るのは辛く、さらに右手に持つ棍棒が草に絡まり邪魔で、その差は開くばかりだ。
クラミは走りながら悩む。取り敢えず邪魔な物を捨てよう。そう思うが、ただ捨てるのはもったいない。
そしてクラミは棍棒をゴブリン目掛けて投げつけた。
投擲された棍棒は見事ゴブリンの後頭部に命中し、その場で崩れ落ちる。それを見てクラミはゆっくりと近づく。
手足がピクピクと痙攣しているゴブリンの元へ近づくに連れ、辺りに漂う異臭に気付く。ゴブリンの匂いとは別の、腐った様な匂いだ。
その匂いが気になり、辺りを見渡すと――何十着もの服や、食器、割れた壺などが散乱しており、その中央当たりに複数の亡骸を見つけた。
「異世界か……」
何を思ってクラミがその言葉漏らしたのかは解らない。悲しいいのか、それとも怒りなのか、弱肉強食による自然の摂理と諦めなのか。
亡骸に手を合わせ、無表情で瀕死のゴブリンに近寄り、落ちている棍棒を拾い上げるとトドメの一撃を振り下ろして、その場を去る。
凸凹の道に戻り歩き出せば、また前方からゴブリン2匹が飛び出してきた。
クラミが慣れた手つきで一匹を狩るうちに、またもや、もう1匹が逃げだす。草原の中に逃げていくゴブリンの背中を眺めて、追ってトドメを刺そうと思うが、もしその先に――。
日に何度も人の死を目の当たりにし足がすくむ。
「襲ってくるものだけ撃退しよう」
そう結論を出し、道を進むが、暫く歩けばまたしてもゴブリンである。
今度は前に2匹、後ろに2匹の挟み撃ちの形だ。
しかし、クラミは段々とゴブリンを狩ることに、自分の体の調子になれ余裕の表情で前方に駆け出し、右手に持っている棍棒をゴブリンの頭に叩き付ける。
一匹目のゴブリンは難なく倒すことができ、隣のゴブリンはまたすぐに逃げ出すだろう。と、思っていたが、ゴブリンは奇声を上げて棍棒を振り回す。
クラミは咄嗟に棍棒ではじき返す。あまりの力の差にゴブリンは仰け反る。
それと同時にクラミは棍棒を振り下ろした。
「おっし、後二匹――」
直ぐさま身を翻して後ろのゴブリンと対峙しようとしたのだが、最初の二匹に時間を掛け過ぎたために、いつの間にかクラミの直ぐ後ろに二匹のゴブリンは接近していた。
「おわ!」
「ギャァ!」
振り向くと同時にゴブリンがいたので思わず叫び声を上げるクラミ。そんな彼女の事情などお構いなしに、ゴブリンは振りかぶっていた棍棒を叩き付ける。
「っぐ! 痛く……ない!」
反射的に左腕手で棍棒を受け止め、隙だらけのゴブリンの胴体に前蹴りを入れ、腹を抱えて悶絶しているところに棍棒叩き付ける。
最後の1匹は襲いかかろうとしていたのだが、仲間が死ぬと直ぐさま逃げだした。
「クソ! 追う……のは止めとこう」
逃げ出したゴブリンに悪態を付き、左腕の具合を確かめる。痛みはあるが特に問題無く折れてる様子も、腫れてもいない。手を握ったり、開いたりして感触を確かめる。
(前の体と同じで……力とか、変わらないのか?)
先日、暴漢に襲われている少女を助けた際に、鉄パイプで殴られたが、分厚い筋肉でお覆われた左腕に傷を負わす事は出来なかった。
そんな事を思い出しながら歩く。力瘤が出ないか試したりするが、上腕二頭筋は返事をしてくれない。揉んだら、ぷにぷにである。ついでに二の腕も揉んでみる。
「これが女子のオッパイなのか? ……ッフ」
二の腕の柔らかさが胸と同じと言う話を思い出し、その感触を楽しむ。そんな阿呆な事をしながら歩のは、ささくれた心を落ち着かせるための行為だ。
二の腕を堪能している最中にまた異臭がする。辺りを見渡すと、ゆっくりとクラミを囲むように草が蠢き、そしてゴブリンが飛び出す。
ざっと見てその数八匹――目の前に2匹。後ろに2匹。左右に2匹ずつ。
「またかよ。」
呟きと共にクラミは、目の前のゴブリンに向かい駆け出し、相手が反応を見せる前に頭部目掛けて棍棒を叩きつけ、直ぐ様1メートルほど離れた、隣のゴブリン目掛けて棍棒を横薙ぎに叩きつけると、同時に背を翻し、今度は背後を取られないようにする。
二匹のゴブリンが地に伏したの見て、クラミを脅威だと感じたのか残りの全てで襲いかかる。
クラミは手に持っている棍棒を前から迫り来るゴブリンに投げつけ、地面に落ちている棍棒を両手に持ち、囲まれないように左右の敵のうち、右側の相手にむかって走りだす。
ゴブリンが眼前に肉薄すれば、棍棒をXの字に持ちそのまま体当たりした。
一匹突き飛ばし、勢いをそのままに、横の相手目掛けて一の字を描くように棍棒を一閃。
相手が死んだか確認する前に残りのゴブリンを睨みつける。
すると、クラミの強さに気圧され一斉に逃げ出していく。
後ろから物音がして振り向けば、先ほど突き飛ばしたゴブリンが起き上がろうとしているので、右手に持つ棍棒を投げ、相手に当たったのを確認して「っふぅぅ~」と息を吐き、近くに落ちている棍棒持ち歩き出す。
(しんどいな)
心の中で愚痴を漏らす。最初に右方向を選んだのは、間違いだったんじゃないか? 空を仰ぎそう思うクラミ。
しかし、しばらく歩けどゴブリンと出合わない。最後の戦闘から何時間歩いたのだろうか。今までのエンカウント率が嘘のようである。
ゴブリンが出てこないのは良いことなのだが、それとは別に問題がある。お腹が空いた事と、喉の乾きだ。少年の神様からの贈り物は、モンスターの出る異世界に対して素敵な、ホントに素敵な服だけ――。
(神様…………女性を護る神様。お腹が空きました。おにぎりが食べたいです。あと水もほしいです)
空を見上げてお祈りを捧げる。
願いむなしく、辺りから異臭がする。この世界に来て何度も嗅いだ、あのゴブリンの匂いが。
(…………)
辺りを見渡すと草が蠢き、ゴブリンが姿をあらわす。ぱっと見で8匹ゆっくりと近づきクラミを囲もうとしているのがわかる。先ほどと同じ前後左右に2匹ずつ。
更にゴブリンの後ろの草は、まだ蠢いている。かなりの数で来たであろう。
(数十匹か………無理だろ。どうするか?)
今までのような戦い方では厳しいだろうと思い、前方のゴブリンを倒し走り抜け、ゴブリンがクラミを追い、縦に伸びた所を真正面から迎え撃つ事に。挟まれそうになればまた逃げる。そのような欠陥だらけの作戦を思いつき実行する。
「いくぞぉぉぉぉ! らぁぁぁぁぁ!!」
自分を鼓舞する為、相手をビビらす為に叫び前方のゴブリンに襲いかかる。毎度同じく頭目掛けて左手の棍棒を叩きつけるが、棍棒で防がれた。
しかし、気合一発「はァァァ!」っと叫び、相手の棍棒を砕く。が、機動がそれ、肩を粉砕するが絶命には至らない。
すぐさま横っ腹に膝蹴りを入れ、吹き飛ばす。
右横に居るゴブリンが棍棒を叩き付けてくるが、右手に持つ棍棒で防ぎ、そのまま体当たりをして、距離を取るが、もたついてる間に完全に囲まれてしまった。
数十匹以上いる内の、4匹のゴブリンが一斉に跳びかかりクラミを襲う。クラミは右手の棍棒を後ろに投げ捨て、空いた右手で、前方のゴブリンの首掴み、左手の棍棒で横顔を殴り、直ぐ様背を翻して、右手に持つゴブリンを盾にして、攻撃を防ぎ、一匹ずつ確実に殺していく。
その行動に恐れをなしたのか、睨み付け叫び声を上げるだけで、襲ってこない。
時々一匹だけで殴りかかって来るが返り討ちである。足音を消すことが出来ないのか、後ろからの不意打ちにも、クルリ! と、回転して避ける。
クラミもゴブリンを睨み付け、時々殴りかかり威嚇しつつ相手の隙を――この状況を打破する作戦を考える。
膠着状態を打ち破ったのは、第三者だった。
クラミの耳には何かが走って来る音が聞こえる。一匹じゃなく複数だろう。動物の鳴き声も……ゴブリンも其れに警戒するが無駄であった。
「助太刀致します!」
群青色の髪を靡かせ、紅いドレス姿に黒を基調とした軽装の鎧を纏う少女が、馬上の上から凛とした声を放つ。その後ろには全身鎧の騎士が4人。計5人が参戦して来た。