5-5 ①
門を抜け所でギルドマスターを中心に冒険者が円を描き待機していた。
ギルドマスターはグルリと周りの顔を確認して口を開く。
「ここから先、勝つまでは街には入れないぞ! まずは上級の者を筆頭に縦四列に並べ。その後続に中級、下級と続くように」
その言葉を聞くと一斉に動き出す冒険者達。クラミは最後尾に並ぶと隣には、銀色に輝く全身鎧を身に纏う大男が両腕を組んで聳え立つ。
明らかに下級冒険者では無い。不思議そうに見つめていると、大男は視線に気付き組んでいる腕を解き、ギルドマスター指を向けた。
「これからゴブリンに見つからないように森に入る。騒ぐな、森に入るっと言っても浅い部分だけだ。危険は余りないし、何かあっても列の間、間に中級が入っているから心配するな!」
ギルドマスターは下級冒険者達のざわめきを押えると、背を翻して遠くを見つめながら話す。
「ここから先は私語厳禁で行くぞ……特に、森では絶対に騒ぐなよ。では進軍開始!」
不思議と耳元からギルドマスターの声が聞こえてくる。クラミは不思議に思い辺りを見渡せば、冒険者の耳元に緑色の淡い光の円が浮かんでおり、そこから声が聞こえているようだ。
魔法の神秘を垣間見ながら、歩き出す。
移動ルートは南へと、街を大きく迂回しながら森を目指し早足で行軍する。
二十分程移動した所でクラミは早る鼓動を押え、遠目で街を確認するが特に異変は無い。それから少しして森の入り口が見えてきた。
森の手前で一旦止まり、森を見つめているギルドマスターの声が耳に響く。
「これから森に入る。先ほども言った通りに、私語は厳禁だぞ。上級、中級の斥候は先に行け!」
合図と共に、軽装の者が森の中へと消えていく。
その中には見知った人物、ソフィアの姿も見えた。クラミは心の中で応援と、神様にお祈りをする。
待っている間に、段々と下級のグループは空気が重くなっていく。
森の危険性の話だけ聞いているので、実際に入ったことの無い未知の領域に対して、不安と緊張が隠せてない。
暫くして、斥候の一人が戻ってきた。ギルドマスターに耳打ちをして、また森の中へと消えていく。
「斥候からの情報によると、モンスターはいないそうだ。おそらく、ゴブリンの脅威に森の奥へと引っ込んでいるのであろう。全員、警戒を怠るなよ。進入開始!」
ギルドマスターの話に安堵のため息が、あちらこちらから漏れてくる。
森の中はモンスターの宝庫だと思っていたが、話通りに一匹も遭遇することは無い。
それでも周りの人間はピリピリと警戒するが、クラミは肺一杯に森の空気を取り込み、独特の香りを楽しみ、真上に昇った太陽の光を青々とした若草が優しく遮り、暖かな木漏れ日を浴びれば、口角を釣り上げて暢気に歩いて行く。
「……おい。もっと緊張感を持――」
隣で歩いている大男の注意を遮る様に、遠くからゴブリン達の叫び声に、けたたましい鐘の音が聞こえて来る。
それと同時にギルドマスターの声が耳に入って来た。
「戦いが始まった合図だ、慌てるなよ? これから騎士達がゴブリン共を森から引き離す為に西門へと、ゆっくり後退する。我々は慌てる必要など無い。気取られないように確実に進んでいくぞ!」
その言葉に、周りから言いようのない緊張が感じられる。クラミは平然としていたが、(無理してまで連れてくる必要があるのか?)と、下級冒険者達の立ち居振る舞いに疑問を持つ。
勿論、訳がある。今回の奇襲作戦は挟撃の形を取るために、ある程度の数で後ろからプレッシャーを与えると同時に、前から迎え撃つ騎士達も攻勢に転じる。前後の攻撃に動揺した隙に『将 軍』を討つのだ。
そう言いつつも、やや早いペースで進み、開けた場所に出る。ここはゴブリンが進軍する為に、木々を切り倒しながら作った道だ。
そこからは、森から大分離れた距離の市壁とゴブリンの群れが見える。
「隊列を組むぞ。まずは上級のBランクを先頭に、Aランクと騎士達がその後ろに二列で並び、次に中級、下級と続け。フォローの者はそのまま下級の列に混ざれ」
指示どおりに四列を二列へと編成する為に動きだ出す冒険者達。クラミはまた一番後ろへと並んだ。
隊を組み終えると、ギルドマスターから作戦の指示が飛ぶ。
「敵に補足されたらVの字に展開する。先頭が敵陣を突っ切り、ゴブリン共が密集出来ないように中級、下級で押し広げろ」
これにより見つかりにくくなったが、その分、後方の移動に時間が掛かるし隊も薄いが、一点突破に長けた陣形をギルドマスターは選んだ。
皆、神妙な面持ちでギルドマスターを――その先の戦場を見つめている。
「準備はいいか、野郎ども? ここから先は一気に駆け抜けていくぞ」
一拍間を置き、静かに、しかし力強く言葉を発した。
「魔方陣を展開……突撃開始!」
ギルドマスターの言葉通り、先頭集団の前に茶色の魔方陣が展開され、それを突き抜けて駆け出す。それを躊躇う者など誰一人おらず、クラミは訳も分らずに魔方陣の中を通り抜けて、風を切る。
(足音が無い!? その為の魔方陣だったのか)
クラミの考えている通り、足音(振動)を消す魔法だ。その為、二百名以上で走っているにも拘わらず、一切の足音がしない。
感心しつつ、先頭集団を見れば、さらに緑色の魔方陣を展開しながら駆け抜けていく。そのお陰なのか森を抜けて、ゴブリンに見つかった気配は無いが――それよりも、森と街との間だに陣取っている敵軍の中心に異様な後ろ姿が目に入る。
「あのデカブツが『将 軍』だ! アイツ目掛けて突っ込むぞ!」
全長2メートルに及ぶ『将 軍』目掛けて、冒険者達の列は緩やかに蛇行し、軌道修正しなが走って行く。
今まで見たことも無い大きさのゴブリンに、クラミや、ほかの冒険者達の目は釘付けとなる。
「グルル……ガァァァァァァァァァァ!!!」
その視線に気付いたのか、不意に『将 軍』は振り返り、咆吼を上げ、周りのゴブリンに指示を飛ばす。
「捕捉された!? 騎士達に合図を送れぇぇ!」
幾つもの赤い魔方陣が展開され、複数の火の玉が青い空に駆け上り、爆発を起す。
「こっから先は、遠慮はなしだ! 気張っていくぞ、野郎どもぉぉぉぉ! 散開しろ!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
ギルドマスターの怒号に答える様に、雄叫びを上げる冒険者達。クラミも負けじと金切り声を上げながら右翼へと展開していく。
それに対してゴブリン達は、密集し縦長の陣形を取る。ギルドマスター率いる冒険者達はVの字の陣形で突撃をするが、想像以上に鉄で身を固めたゴブリンは厄介な様で、『将 軍』まで半分の距離で足が止まった。
しかし、前方の騎士達が攻勢に転じた事により、当初の予定どうおりに、挟撃によるプレッシャーを与えることにより、止まっていた足は少しずつではあるが、『将 軍』へとにじり寄っていく。
「当初よりも時間が掛かっている! 囲まれないように後方の者は気張れよ!」
ギルドマスターの言う通り、前後の戦いに携わってない左右のゴブリンが冒険者達の後方へと回り込もうと動いていた。
「手の空いている者は俺と一緒に来い!」
銀色の全身鎧の大男が吠えて、迂回してき数十匹のゴブリンへと突撃していく。クラミと一人の冒険者がそれに続く。
ゴブリンの集団に接触すると、クラミは走ってきた勢いを殺さずに、鉄の鎧に身を固めたゴブリンに剣を力任せに突き刺し、蹴りを入れて吹き飛ばす。
「やるじゃねぇか、お嬢ちゃん!」
大男はそう言いながら、先端が棘付きのメイスを振り下ろして、ゴブリンを屠っていく。くらみは負けじと剣を振り下ろして、装備ごと叩き切ったり、棍棒を奪い圧倒的な力でねじ伏せた。
クラミと、大男の活躍によりあっという間にゴブリンの集団は倒せたが、その横を今し方倒した倍以上のゴブリンが森へと駆け抜ける。
「逃がさんぞぉぉぉ!!!」
「おい! 逃げるや奴なんてほっといて、他の援護に回れよ!!」
クラミの声を無視して大声を上げながら、それを追う大男。仕方なく後を追おうとするが、
「助けてくれ!」
先ほど一緒に来た冒険者が、また、後ろからやってきたゴブリン四匹に囲まれていた。
数が多い――舌打ちをしながら大男に「戻ってこい!」と、言うが無視され、クラミは八つ当たり気味に、ゴブリンに殴り掛かる。
「す、すまねぇ……」
「礼は、今はいい。それよりも後ろを見てみろ!」
クラミが指で指した方向には、またゴブリンが数十匹の集団でやってきた。あの数のゴブリンを突破するのは簡単だが、森に向った大男がこのままじゃタダでは済まない。
「今から、あの大男と合流しに行くが……どうする?」
「ま、マジかよ! ……ついて行くよ、俺も……」
冒険者は森と、後ろのゴブリンを見比べて、渋々同意する。クラミは森へと視線を移せば、大男がゴブリンに囲まれながら一人で戦っていた。
(馬鹿かよ、アイツは!)
悪態を付きながらも、走るクラミ。
しかし、勝手に足が止まった。
後ろから追ってきた冒険者はクラミの横に着くと、震えだし、地べたに腰を落とした。
「逃げ――」
クラミの言葉が届くよりも早く、森から出てきたソイツは黒い塊を叩き付け、大男だった物を辺りに撒き散かせ、地面に朱い花を咲かせる。
「グオォォォォォ!!」
戦場全体に響き渡る程の咆吼を上げ、クラミを――同胞を傷つけた者全てに対して怒りの宣戦布告をした。
「な、な、なんでアイツが居るんだよ!!」
冒険者は腰を抜かしたまま、何度も、何度も必死に地面を蹴り、後ずさる。
「畜生ぉぉぉ! 死にたくないよ……誰か――」
「黙れ!」
「!?」
冒険者は森に人差し指を向けて、口をパクパクと声にならない声を出して抗議するが、クラミはそれを無視して、両手で剣を握り腰を落として睨み付けた。
それを確認すると、ニヤリと、口を不気味なほど釣り上げ笑う『将 軍』。