5-2
「人が多いな……それだけ事態は深刻なのか」
装備品を買うために西区に来ているクラミは、辺りを見渡す。右を見ても、左を見ても色んな人が慌ただしく行動していた。新しい武器や防具を買うために鍛冶屋の前で並ぶ冒険者。古い装備を担いで修理に向う農民など。
街全体が騒然としていた。
そん中を、地図を片手に西門付近で彷徨うクラミ。
あまりの人だかりに現在位置がわからず、近くを通りかかった人に聞くことに。
「まったく~ここ最近のゴブリンと来たら! おっと、このお店だよお嬢さん!」
忙しい中、わざわざお店まで案内してくれた人にお礼を言い、店を見て驚愕する。元い、店の前の長蛇の列を見て憂鬱になる。
最後尾に並び、ぼけ~っとしていたら前に並んでいる人が振り返り、クラミをマジマジと見つめて一歩横にずれ、前に案内するように手を差し出す。
「お嬢さん! どうぞ前へ。いえいえいえ~お気になさらずに! 女性に列を譲るなんて当たり前ですよ?」
「はあ~? ありがとうございます」
いきなり声をかけられ戸惑いつつも、お礼を言うと後ろから「ぎゃははは! 見ろよアイツ振られてやがる!」と聞こえる。
その声を聞いたのか、クラミの前の男が振り返ると「お嬢さん――」以下、endless。
(喜んで良いのやら…………)
最後尾から一気に、先頭に躍り出るクラミ。その後ろにはクラミに素っ気なくお礼だけ言われ、テンションの低い冒険者達。
クラミは何とも言えない気持ちで、お店に入る事にした。
「…………らっしゃい」
既成品の剣や槍、斧や盾など色々陳列され、広々とした店内からぶっきら棒な挨拶が飛んでくる。その先には頭にタオルを巻き、無精髭を生やした五十代位の男性、如何にも『頑固親父』と、いった感じの男がクラミを睨み付けていた。
その視線に気づかないクラミは、顔を顰めながら店内を見て歩く。
(臭いな……ゴブリンでもいるのかよ!?)
鼻を摘まみながら、冒険者達で溢れかえった防具類を見ていると、後ろから肩を捕まれ、ドスのきいた声が降ってくる。
「お嬢ちゃん……ここに何を買いに来たか知らないが……今は街の非常時だ。今日は……街が平和になるまでは……冒険者や騎士が優先だ」
「(うわ……この人クサッ!?)あ、そうなんですか? 一応、俺も冒険者でして……それとコレを」
クラミは引きつった笑顔を見せ、大柄な頑固親父に手紙を渡す。
頑固親父は手紙を読み、クラミをマジマジと見つめてため息を吐く。
「悪いが……幾らリトス様の……領主様の紹介状でも売れないな」
クラミは怪訝な表情で顔を上げて、頑固親父に睨み付ける。
「子供に渡しても……宝の持ち腐れだ…………わったら……さっさと帰りな!」
頑固親父は胸の前で両腕を組み、語尾を荒げて、顎で店の入り口を指す。
内心苛つきもしたが、今の自分の容姿を考えると――クラミは仕方なく店を出る。
「あぁ~どうしようかねぇ~?」
喧騒に包まれた街の中を、猫背気味にブラブラと歩くクラミ。
ほかの鍛冶屋に行こうか迷ったが、どうせ断られるだろうと装備品を買うのを諦め、目的も無く歩いていた。
(もう、城に帰って筋トレでいいか。この鍛え上げた自分の筋肉が鎧ってか?)
クラミは自分の二の腕を揉みながら自嘲的に笑い、人を避けながら歩くと子供とぶつかり、謝ると、子供はクラミの顔を見ると顔を真っ赤にして立ち去った。
その子供の背中を見て孤児院の子供達を思い出し、立ち寄ってみることに。
南区を第二城壁に沿って歩いていると――
「あっ、クラミさん!」
麻袋の荷物を両手で抱えた、アルに声をかけられる。
その荷物を奪い、アルに笑顔を見せるクラミ。以前までは「彼女に荷物を持とうか?」と、聞いていたが、どうせ断わられるので、最近は無理矢理奪うようになった。
「あ……ありがとうございます」
アルは顔を赤く染めて俯く。
「結構な重さの荷物です…………よね? 中は何ですか?」
最近、重いのか、軽いのか判らなくなったクラミさん。つい疑問系になってしまう。
「中は小麦粉です。今からパンを焼いておこうと思いまして……念のために」
その言葉を聞き、クラミは笑いながらアルを見て答える。
「それじゃあ~ゴブリンの群れを倒したら、そのパンで祝勝会ですね!」
「え……クラミさん、もしかして戦うんですか?」
クラミが肯くと、アルはなんとも言えない表情をし、それ以降会話が無くなった。
居心地悪そうにしているクラミは、何とか話題を考えるが……思いつかない。アルは俯き考えごとをしている。
そんなこんなで協会に着き、二人の沈黙を出迎えてきたおばちゃんシスターが打ち砕いた。
ありがとう! 心の中でクラミはおばちゃんにお礼を言い、建物の中へと入っていく。
「止めときなさい!! 別に貴女が戦う必要は無いんでしょ?」
台所に小麦の入った麻袋を置くと、後ろからおばちゃんが怒鳴り、その声を聞きつけて、子供達もワラワラと集まり一気に騒がしくなった。
クラミは皆に心配を掛けないように笑顔を作り、話す。
「大丈夫ですよ! こう見えても強いですから。それにこの子達もアルも皆を守らないと……漢としてね」
その言葉を聞くとおばちゃんはため息を吐き、子供達がクラミに突撃し、アルは首を傾げる。
「お姉ちゃん、ゴブリンに勝てるの!?」
「ああ。勝てるよ! それに強いよ!」
子供の問いかけに細い腕を見せてアピールするが、笑われ、男の子二人がだめ出しをしてきた。
「お姉ちゃんじゃ無理だよ! ソフィ姉ちゃんみたいぺたんギュアァァァァ!」
「胸があるからダメ! ぺったんこ! ぺたんこぉじゃないぎぃぃぃぃ……」
子供達が苦しそうに悲鳴を上げる。その後ろからソフィアが出てくる。
二人の男の子はお尻を押えて蹲り、おばちゃんがそのお尻を叩き、叱る。ソフィアは気にせずにクラミに話しかけた。
「どうしたのクラミ、孤児院に用事?」
クラミは二人の子供に心の中で手を合わせて、ソフィアに事情を説明した。
「装備品を買いに行ったら追い出されまして……やることも無いので孤児院の様子でもと、思いまして。ソフィアは?」
クラミの話しを聞くとおばちゃんは唸り、食堂を後にする。ソフィアが話そうとするが、アルに席に進められ、お茶を飲みながらクラミに話す。
「私は孤児院に一応、差し入れを……アル、念の為に渡しておくよ」
ソフィアはそう言うと、アイテムボックスから保存食を取り出し、テーブルに置いていく。
アルはそれを見て、何度も何度も頭を下げて受け取り。おばちゃんに報告する為に部屋を出る。
「ソフィアに美味しいところを全部持って行かれた気分です」
「それよりも、装備品を断られて……どうするの? クラミの事だから戦うんでしょ?」
クラミは真剣な表情で肯く。
ソフィアは、息を吐きテーブルに頬杖を付き、明後日の方向を見ながら忠告する。
「装備が揃わなかったら……戦いに参加できないよ。ギルドも無駄死になんて出したくないだろうしね」
「…………剣なら貰ったんですが」
クラミは腰に下げている、剣の柄を撫でながら聞いてくるが――
「モンスターの群れとの戦いは乱戦になる筈だから、防具が無いとダメだよ」
クラミは肩を落として、お茶を啜りながら「どうした物か?」と、解決策を考える。
「これじゃ駄目なのかい?」
その声の主はおばちゃんだ。その手には埃を被った麻の袋を大事そうに抱えていた。
そして、クラミの前に置く。
「これは昔、夫が冒険者だった頃に使っていた……防具でね……古いんだけど使ってあげて」
含みを持たせる言い方に、クラミは躊躇いがちに受け取り、おばちゃんを見つめる。その顔はどこか悲壮を帯びた笑顔。
「大事な品なんじゃ……良いんですか本当に?」
おばちゃんは目を細めて、首を横に振る。
「クラミちゃんの方が大切よ。それに、物は使わないと可哀想でしょ?」
袋の中身は、皮の胸当て・皮の脛当て二個・皮の手甲二個。クラミは、自分の体には大きすぎて合わない皮の防具を大事に抱きしめ、深く頭を下げ、横に居たソフィアから装備品を整備に出しに行こうと誘われ、孤児院を後にする二人であった。
「それで何処に向っているんですか?」
「私の行きつけのお店……クラミと一緒に初めて服を買った店だよ。前にも説明したけどあの店は革専門店だから、その皮装備もクラミに合うように調整するんだよ」
ソフィアと話しながら、東区の行きつけのお店へと向う。
目的の店に着くと、店の前には行列など無い。楽々店内に入ると、既成品の普段着以外は売り切れており、物寂しく感じる。
その中をソフィアは店主が居る場所へと歩を進め、クラミはその背中を追う。
「おじさんコレをお願い」
クラミがカウンターに皮装備を置き、ソフィアは店の奥で忙しそうに革防具を作っている男性に話しかける。
男は疲れた顔を上げ、クラミが置いた皮装備を手に取り、マジマジと見つめてため息を吐く。
「皮か……コレをどうしたい?」
「この子に合うように調整して欲しいのよ……直ぐできるでしょ?」
二度目のため息を漏らした男は、クラミに装備するように言う。クラミはぶかぶかの皮鎧を身に付けて、疑問を聞いてみた。
「皮と革って何が違うんですか?」
クラミが装備した防具を弄りながら男は口を開く。
「皮は、モンスターから剥いだ頑丈な皮をそのまま防具に使うと皮装備と呼ばれ、この装備はお金が無い冒険者が良く使用しているが、稀に加工が困難な場合などはそのまま防具として利用される。
で、革装備は、モンスターから剥いだ皮を『なめし』なめし加工処理を行なう。それにより皮は頑丈で腐りにくい革に生まれ変わるり、中級から上級冒険者が頑丈で軽いと愛用しているな」
クラミが装備している物は前者の皮装備。十分な手入れがされておらず、端の方は黒ずんでいる。そこを男は赤い線を引き、クラミが脱いだ皮装備を受け取ると、切り始める。
余分な部分も切り取り、固定するためのベルトを縫い込み、一時間ほどで完成した。
「装備の保存状態が悪いから……まぁ、無いよりましって感じだ。今は何処も装備品は売り切れだろうしな」
額に玉のような汗を浮かべ、クラミに調整した皮装備を渡す。それを早速、装備して付け心地を試すクラミ。
「ありがとうございます! 体にちゃんと合いますね。そういえば……お代はいくらですか?」
店主は考え込み、手の平を付きだしてきた。
「銀貨五枚だ。ほかの依頼があるのに割り込みで仕事したからこの値段だ。本当はこんな事しないぞ? 常連だから調整したんだからな」
クラミに言うよりも、隣の、眼が怖いソフィアに言い聞かせるように語る店主。クラミは納得し、腰に下げている袋から銀貨を五枚取り出して、店主に渡そうとするが、ソフィアの視線を浴びて躊躇する。
「…………」
「…………銀貨四枚……あ、三枚です」
恐る恐る銀貨四枚にするが、ソフィアの顔が渋いので、三枚に減らした。そうすると、「うんうん」と、肯くソフィア。クラミは申し訳なさそうに、店主にお代を払う。
「え!?」
店主は銀貨とクラミを交互に見返し、ソフィアに睨み付ける。
ソフィアは動じること無く――いや、汚い物でも見るような蔑んだ瞳で見返すと、店主の顔は上気し出して、深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございますう!!!!」
(大人の世界…………か? 子供の俺には早いな)
クラミはドン引きした眼で店主を見る。その冷やかな表情を見れば、疲れを忘れたように笑顔になる店主。
「またお越し下さいませぇぇぇぇぇ!!」
(もう来た行く無いな……)
活き活きとした声をバックにお店を出ると、丁度お昼を知らせる重低音の鐘が重く街に溶け込む。クラミはこの後どうするか尋ねると、ソフィアはギルドに向うと言う。
「鉄の剣を持ったゴブリンを見つけた後、ギルドから指名依頼で森の調査をしていたんだよ。今日もこの後はパーティーを組んで森の調査。クラミはどうするの?」
「そうですね~。何かギルドでできる事が無いか聞いてみますよ」
そんな会話をしながらギルド目指して歩いていると、甲高い鐘が四回響き渡り、辺りは騒然となる。
ソフィアは顔を険しくさせ、それを見たクラミはゴブリンとの戦いを想像して拳を強く握りしめるのであった。