5-1
「お帰りなさいませ、クラミ様」
城に着くと珍しく執事が出迎えてくれる。
「ただいまですって……顔色が悪いんですが、どうかしたんですか?」
「はい、かなり困った事が起ってしまいまして――」
執事は憂鬱そうにゴブリンの事を話して、頭を下げてクラミの元から立ち去っていく。
クラミはその後ろ姿をただ黙って見つめ、今自分が出来ることを、筋トレを熟すことにした。
(この訳の分からない力が役立つのか……漢ならやるしかないな!)
そして、クラミは動き出す。己の肉体に負荷を与えていく。この街のために! 岩を持ち上げながらスクワットをする。 守りたい笑顔の為に!
どうせ相手はゴブリンだし、などと事態の重さをいまいち理解できずにいたクラミは、漫画やアニメの主人公みたいな立場にテンションを上げ、修行という名の筋トレを熱く熟していく。
どん引きしたメイドに止められるまで体を苛めて、食堂へと向う。
食堂にはリトスが深刻そうな表情で、テーブルに肘をつき組んだ手の上に顎を乗せている。
後ろには、何時も居るはずの執事の姿は無く、ただ、テーブルの上に置かれている花瓶の花を見つめていた。
クラミを見ると姿勢を整えて、真剣な表情になり口を開く。
「お帰りなさい、クラミ。……食事の前に少し話しを聞いて貰っても良いかしら?」
その姿に、執事が言っていた事の重大性に気づくクラミ。肯き、椅子に座ると姿勢を正して息を飲む。
「実はね、この街にゴブリンが迫っているらしくて――」
話しの内容は執事が話していた事と同じだ。だが、執事から漂っていた悲壮感は感じられない。
そんなリトスが話し終えると同時に、執事が両手に剣を一本乗せて食堂に入ってきた。
その姿を見たリトスは訝しげに睨み付ける。
執事は特に気にする事も無くクラミに話しかける。
「クラミ様、この剣をお受け取り下さい。」
クラミは驚き、執事と剣を交互に見て恐る恐る、両手で受け取り、リトスに笑顔を見せた。
「クラミ、その剣を帰しなさい」
「ええ……と?」
何時もの柔らかく、どこか儚げな笑顔は其処には無く、ただ冷たい目線でクラミを見つめている。
「貴女が剣を使う必要は無いのよ?」
「え? でも……ゴブリンの脅威が……」
「お嬢様、クラミ様の実力なら問題ありません。ギルドマスターやBランクの冒険者が褒めるほどです御座います」
執事が援護射撃をしてくるがリトスは認めず、食事は後で部屋に運ぶから食堂から出て行きなさいと言われた。
クラミは言われた通りに食堂から出ると、部屋に戻らずに庭園に向い筋トレをする事に!
(リトス様怖かったな……心配されないほど鍛えないとな!)
そしてクラミは薄暗い中、己を磨いていくことに。
「その剣は一体なんのつもり?」
リトスは冷たい声色で執事に問いかける。
「お嬢様、クラミ様は冒険者ですよ……既にこの街の冒険者には強制招集が掛かっております」
「ええ! それは解っているわよ! それで、その剣は何かしら!?」
執事は何時もどおり、平坦な口調でリトスに言い聞かせる。そのリトスはテーブルの下で握り拳を作り、肩を震わせて執事を睨み付けた。執事は、そのリトスの怒りなど無視するように話す。
「お嬢様は丸腰でクラミ様を戦場に立たせるおつもりですか」
その言葉を聞くと両手でテーブルを思いっきり叩き付けて立ち上がり、執事に詰め寄っていく。
「私は、あの子を戦わすつもりは無いわよ!? 一体何のつもりなのかしら、そんな事わかりきっているでしょう? 何故こんな事を聞いてくるの!」
「お嬢様……いえ、女伯爵様。あなた様は自分の立場をお忘れですか?」
その言葉を聞くとリトスは俯き、肩を震わせる。そんな彼女に追い打ちを掛ける執事。
「領主様、あなた様の仕事は何ですか? この街の重大な危機なのですよ?」
「解っているわよ! クラミ一人ぐらい居なくても……」
「お嬢様は今回の事を、『将 軍』を甘く見すぎでおります。三十年前の事件を知らないからその様な事が――」
リトスは執事を大きく開いた瞳で睨み付ける。涙を零しながら。
「知らないわよ! でも! ……でも家族を亡くす事の辛さなら…………だから私は…………甘いのね」
「お嬢様……」
「ごめんさい。少し頭を冷やしてくるわ」
リトスは涙を拭い食堂を出る。
執事は今まで立派に達振る舞ってきた彼女に対して罪悪感を覚えた。
(申し訳ありませんお嬢様。ですが――)
執事はリトスが出て行った扉に一礼をして食堂を後にする。