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「それじゃ~お嬢ちゃん銅貨一枚だ。それで張り紙10枚選んでくれ。」
「はいよ。そんじゃ~適当に、っと」
クラミは今、冒険者ギルドにいる。朝起きて何時もどおりの日課を熟して、仕事をしにギルドに来ていた。
雑用の仕事を受けたいが字が読めないので、近くで字を読む仕事をしている男にお願いしたのだ。
適当に選んだ中に、街の広場に在るお店が雑用の募集をしていた。ギルドからも近くて、終わった帰り道にでも普段着を買いに行こうと、何気なくその張り紙を選んだ。
「クラミ様、申し訳御座いません。魔力測定用の水晶がまだ準備できておりません」
「いえいえ、お気になさらずに。それよりも、受付をお願いいたします」
ギルドの受付嬢に張り紙を渡して、雑用を受ける。
「畏まりました。水晶の方は、お昼には準備できますので、このお仕事が終わった後で測定でも宜しいでしょうか?」
クラミは元気よく肯き、笑顔を見せてギルドを後にした。
「さてと……どうしよう」
紙を片手に、途方に暮れるクラミ。広場にはお店が沢山有り過ぎて、どこが依頼の店か分らない。紙にはお店の名前が書いてあるのだが、読めない。
虱潰しに同じ字を探していると、
「クラミさん?」
聞き覚えのある声に振り返れば、アルモニアがそこに居た。
「アルさん! アルモニアさん! 助けてください!」
「どうしたんですか!?」
アルは焦る。ゴブリンや、チンピラ共を素手で倒せるクラミが、こんなに焦っている事態に。自分は弱いが、それでもお世話になったこの人の為にと意気込むのだが、
「実はこのお店を探しているんですが……」
肩透かしを食らうが、クラミが手渡してきた紙を見て驚くアル。
「クラミさん、このお店で今日私も働くんですよ!」
「そうなんですか! 知り合いが居ると心強いですね」
(頑張らなくちゃ。頑張れ私。クラミさんの役に立つぞ!)
クラミは嬉しそうに微笑みを浮かべ、それを見たアルは益々気合を入れる。
そんな二人は仕事先のお店を目指して歩き出す。
★
「ここが目的地ですか?」
クラミはお店の外観を観察する。周りのお店と比べても特に変哲のない、悪く言えば平凡なお店だ。クラミは、アルにこのお店が何屋さんか聞いてみる。
「看板には軽食って書いてあります」
「軽食か~なにが出るんだろうね?」
二人は会話しながらお店の中に入り、店内を見渡す。店の中は四人掛けのテーブルが六卓、L字型のカウンターの前に椅子が五脚。総座席数が二十九席もある。
クラミは未だに気づいていない。自分が行う仕事を。
「申し訳御座いません。ただいま準備中でし……お嬢様方は、仕事できましたか?」
白のシャツに黒のベストを着た老紳士が訪ねてくる。
「は、はい。ギルドから来ました」
「私は紹介で来ました」
老紳士は二人を見ると、和やかに微笑み店の奥へと案内する。カウンターから厨房に入り、そこを抜けると部屋が二つあり、そのうちの一つに入ると老紳士が一着の服を取り説明しだす。
「こちらが、当店の制服になります。奥の棚にサイズの違う制服がありますので、自分に合った服を着て下さい」
二人は、特にクラミは困惑していた。老紳士が見せた服は丈の短い黒のワンピースと純白のエプロン。所謂……メイド服。ご丁寧に黒と白のレースで彩られたヘッドドレス付き。
クラミは泣きそうな表情でアルを見ると、
「アルさん…………って早い! もう着替えたんですか!」
アルは、既にヘッドドレスを着けている最中だった。そんなアルがクラミを見ると、「クラミさん。早くしないと遅刻しますよ!」っと、顔を赤くしながら先に部屋を出ていく。
深呼吸をして服を睨み付けるクラミ。
「お、男なら。漢ならやってやれだ!!」
クラミの言う漢が何なのか知らないが、意を決して戦いに臨んでいった。
★
「ないわ~これないわ~」
クラミは黒いスカートの裾を両手で掴んで呻いていた。このスカートの丈は余りにも短く、もし少しでも屈めば下着が見えてしまう。
「クラミさん……恥ずかしいです」
アルも同様に恥ずかしがっている。この世界に来て女性が穿いているスカートは、ロングばかりだ。ましてや、こんなに短いスカートなど――
老紳士は満足そうに頷き、二人に死刑宣告する。
「よし! 外で呼び込みでもお願いしましょうか!」
その言葉を残して、厨房へと消えていくエロじじい。二人は顔を見合わせて少しの間を置き、外に出て行く。
「っしゃっせ~~。らっしゃいっせ~~」
クラミは投げやりに、黒い髪を振りながら呼び込みをしていた。何語か分らない言葉を発しながらも、その容姿に広場の視線を一気に集め、
「…………ませ…………ませ」
アルはクラミの背中に隠れて、涙を溜めながら呟いていた。
そんな二人を見ると男衆でだけが誘蛾灯に群がる蛾の様に集まりだし、それを確認したクラミはアルの背中を押しながらお店の中に入る。
そして地獄が始まった。
★
「おねぇ~ちゃん注文まだ?」「黒髪の~」「ブロンドちゃん~」などと、先ほどから引っ切り無しに注文がくる。お客が店から出ると同時に、新しい客が入ってくる状態だ。
「おっさん! 無理! お店を閉めよう」
「クラミさん~~! 動いてください! は~い。ただいま」
あまりの忙しさに丈の短いスカートでホールを駆け回れば、後ろから「おおぉぉぉぉ!」っと、歓声が沸くが、二人の少女の中から羞恥心と言う言葉は消えていた。
「なぁ~良いだろ、ブロンドちゃん? 俺って冒険者ランクCの凄腕だぜ~」
そんな忙しい中、一人の男がアルに詰め寄りナンパをし、周りの客はそれを止めようとせずに、逆に煽っていた。
「いえ……御免なさい。離してください」
軟派男がアルの腕を掴みながらニヤニヤと笑うの見て、クラミは無言でその場へと歩く。周りの客がクラミにも声を掛けるが無視である。
「連れないこと言うなよ~。なぁっギャァァア……痛っつ!」
クラミは、手刀を軟派男の手首に叩き付けてる。軟派男は手首を押えながらクラミを睨み付け、
「もしかして、構って貰えなくて嫉妬!? おぉ~い誰かこの女の相手してやれよ」
と、言いながら笑い出す。クラミは冷めた表情のままで「お店の邪魔で、アルも迷惑しているので出て行ってください」と言うが、軟派男はアルの肩に手を回す――なんて事をさせる訳も無く、顔面に拳を叩き付け、仰け反った軟派男からアルを自分の元へと引っ張り、片手で抱きしめる。
「グッギャァ! お……お前! 俺が! おれがCランク冒険者だって事を知っているのか!!」
クラミは特に何も言わずに、ただ鼻で笑った。
軟派男のはそれを見ると、クラミに殴ろうと振りかぶるが、クラミの足が開かれた両足の股へと吸い込まれ、周りから悲鳴が漏れる。
クラミは蹲り呻いている軟派男の首根っこを掴むと、そのまま外まで引きずり片手で放り投げる。
そして、調子に乗っていた奴らに一言声を掛けた。
「巫山戯た真似したら次は、お前らの番だぞ」
店内は静まりかえり、クラミの活躍をただ見ていたエロじじいが労いの声を掛ける。
「クラミちゃん。クビね!」
★
「ごめんねアルさん」
「いえ! そんな謝らないで下さい。助けてくれて嬉しかった……です」
ウエイトレスの仕事をクビになった少女二人は、給料を貰うべくギルドへと向って歩いていた。
アルは直接エロじじいから給料を貰い、クラミがお詫びにお昼ご飯をご馳走すると言うので、真っ赤な顔でクラミと一緒に歩いていた。
謝罪しながらギルドの扉を開け、受付嬢にサインの書かれた紙を渡す。クビになったが一応サインは貰っていた。もしこれでサインが無ければ――エロじじいは恐怖してサインを書いたのだが、クラミは知らない。
「クラミ様、魔力測定の準備は整っております」
受付嬢から雑用の報酬金、銅貨十五枚を貰い、昨日入った測定室へと向う。
アルも置いておくと何されるか分らないので、一緒に行くことに。
「緊張するなぁ~ふふふ!」
「クラミさん嬉しそうですね。何かあるんですか?」
部屋に着くとクラミは自慢げに語り出した。この水晶は大きな魔力を測る為の物で、簡易版の水晶では自分の魔力が測れなかったと。その言葉を聞くと、アルは目を輝かしクラミを見る。
「クラミ様、どうぞお願いします」
クラミが水晶に手を置く――
「…………あの」
「クラミ様…………」
受付嬢が哀れんだ目でクラミを見つめてくる。
「魔力がありません」
クラミは呆然としながら受付嬢に質問をする。
「ゼロナンデスカ?」
「いえ、限りなくゼロに近いです」
藁をも掴む。いや、すがる思いで故障ではないのか聞くが、アルが試しに手を置くと、水晶が激しく光だした。
「凄いです! お連れ様の魔力は並外れていますね! このまま冒険者に……」
受付嬢はアルの並外れた魔力に、テンションを上げてクラミに問いかけるが、クラミは両手で顔を隠して蹲っていた。
先ほどアルに得意げに自慢してこのざまである。それにソフィアにも自慢したし、リトスにも……殴りたい。昨日の自分を殴りたいと、忸怩たる思いでいた。
クラミは力なくギルドから出ると、アルに向って昨日の借りた服の替わりを買うというが、断られる。
「お願いします。買わせてください。そうしないと俺の心が……」
そんな腰の低い脅迫にアルは了承し、ソフィアと買い物をした店で服を買い、お昼ご飯もご馳走する。
「こんなに悪いです」
「お願いします。受け取ってください。俺のために」
「あの、ありがとうございます。この服、大事にしますね!」
アルは午後の仕事がクラミのせいで無くなったので、孤児院に帰ることに。
クラミも自分用に買った服を手に持ち、リトスの城へと帰り、がっつりと、何もかも忘れるほど筋トレに励んでいった。