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2015/07/16 加筆修正
青葉とした草原に光が集まりだし、一人の少女が現われた。
「眩しい…………って、本当に別の世界に来たのか?」
光の中から現われて草原にへたり込むクラミは、間抜けな表情で首を振り周囲を見渡す。
そこは先ほどの真っ白な空間と違い、暖かい日差しが草花に照りつける自然豊かな場所だ。
クラミは徐に自分の右頬を抓り、じんじんと痛みを感じて夢でないことを実感する。
痛みが走る頬を摩るながら、ここが異世界ならモンスターが出るかもしれない。そう思いさっと立ち上がり、周囲を警戒して――。
「全裸かよーー!」
自分が全裸であることを確認し、悲しみに満ちた雄叫びをあげる。
クラミの声が届いたのか、天から神々しい光が降り注ぐ。その光の中には真っ白な包が一つあり、静かに舞い降りてくる。
訝しげな表情でクラミがそれを両手で受け止めると、神々しい光は消えた。
恐る恐る包を確認すると、手紙が一通添えられている。手紙読む前に白い包みの中を確認することに。
包は白い風呂敷のようなもので、それを解くと、中から出てきたものは真っ白な半袖のワンピース、純白の下着、白のサンダルも添えられてた。
「…………」
その服を呆けた表情で眺め、手紙が添えられていた事を思い出し、クラミはそれを読み出す。
――拝啓、クラミちゃん、チュッチュしたいです。
背筋に悪寒が走り、反射的に手紙を破りそうになる。が、その衝動をグッと堪え、頬を引き攣らせながら続きを読む事に。
『慌てん坊のクラミちゃんは全裸で異世界に行ってしまわれたので、気の利く可愛い僕はクラミちゃんに似合う装備一式を送ります。
女の子に……乙女(笑)に、一番必要な装備は何か? それは、可愛さ・可憐さ・そして……美しさ。それらを引き出す為の装備だと気付き、服を贈ることにしまし。
その服は、クラミちゃんの黒髪を活かすために、白一色で纏めました。僕とお揃いだね!
服を身につけたら、クルッ! っと、一回転してみて下さい。僕が幸せな気持ちになれます。
あ! それと異世界だからといって、変に気を使う必要はないよ! 自分の思い通り、好き勝手に暮らしていいからね!
何時迄も、裸で手紙を読んでると風邪引くよ? そろそろ服を着ようか?
それじゃ~ね。クラミちゃんのご無事息災を心よりお祈り申し上げます。
p.s.僕は、カワ(・∀・)イイ!!』
「ふんがぁぁぁぁ! 有り難いけど、嬉しくねぇよぉぉ!」
苛立ちと共に手紙を破り捨て、乙女(笑)の装備を手に取る。
何時までも野外で裸で居るわけも行かず、無言のままパンツを見つめ「これは、防具……」と呟き穿いていく。
別に着ける必要も無いブラジャーも「胸当て……これは、胸当て」と、混乱したクラミは悪戦苦闘の末に装備する。全身鎧の白のワンピースを身につけ、背中に入った長い髪を外に出し、最後に白のサンダルを履き、片足を持ち上げて踵の紐を直す。
先ほどの全裸から打って変わって、クラミの艶のある黒髪がアクセントに、白一色の装備が映える。
クルっと一回転でもすれば映画のワンシーンの様な見た目だ。だがここは、モンスターの出る異世界。可愛さ、可憐さ、美しさとかよりも、安全が欲しかった。
「アホか――――!!」
今日これで何度目かの叫び声を上げ、少し涙目になりながら叫びすぎて息切れした呼吸を整える為、深呼吸する。
そして異変に……異臭に気づく。
「っクサァァァ! 何だこの匂いは、吐き――」
「ハァハァ! ギャッ! ギャッ!」
何度も、何度も叫ぶクラミの声を聞きつけたのだろうか、目の前に緑色の物体が一匹出てくる。
そいつの背丈は一メートル程で子供ぐらいの小さ。尖った耳が特徴的で、手には棍棒を持っており、クラミを双眸で捉えると、醜悪な笑みを見せ段々と近づいてきた。
距離が縮まるにつれ、そいつの息は荒くなり、何故か股間部が臨戦態勢である。
(これがモンスター……ゴブリンか?)
いよいよもって、この世界が異世界である事を受入れ――不意に少年の言葉を思い出す。
「モンスターは、人間を食べたり孕ませたりする」
そして、今の自分の性別。
(ヤバイヤバイヤバイ!!!)
初めて出会う怪異に、今までに知らなかった未知の存在に対面し、恐怖が全身を襲う。
体が勝手に震え足が竦む。一歩、また一歩。と、自然に後ろに下がる。
その姿を見たゴブリンは、自分が絶対の強者だと確信したのか、棍棒を地面に捨てにじり寄ってきた。
その行為はまるで、折角の獲物を傷つけない為に、長く使う為に、そう思わせる。
クラミの思考はすでにゴブリンに捕まった時の最悪の状況をイメージしており、マイナス思考のまま後ろに下がるしか出来なかった。
このまま背を翻し走れば、後ろから覆い被されて――
(どうする。どうする。神様助けて…………)
心の中で神様に助けを求め懇願していると、何か柔らかい物を踏む。今までにない感触に、そちらに視線を向けると、人の腕が目に映る。しかし、それは腕だけだった。
初めて見る人の死体らしき物に、人を犯して喰らう怪物。クラミの頭は一つの答えを出し、思考が停止する。
(オレモコウナルノカ?)
その隙をゴブリンが許す訳もなく、「ギャッ!」と叫び、一気にクラミに飛びつき押し倒す。
押し倒される最中、地面に落ちている手の先にアルものが目に映る。
それは、白く汚された少女の亡骸。その目と視線が合えば、自分に助けを呼んでいるように感じた。
クラミは更に恐怖が増すが、それよりも別の感情に支配される。
――怒り。
恐怖を塗り潰す様に怒りが沸く。この少女は知人でも友人でもない。今、初めてみる。クラミの人生にとって何も接点も無い少女だ。それでも、この無残な姿を見れば――無念を晴らして挙げなければ。
止まっていた脳が動き出し、様々な感情が込み上げて来る中、父の言葉を思い出す。
『男の力が強いのは、女を護るためにある』
これ以上このゴブリンに好き勝手やらすのは――。
「男じゃないだろがァァァァァァァ!!!」
<スファギ・アラゾニア・エクサシルの加護-憤怒-が発動しました>
甲高い雄叫びと共に綺麗な顔を憤怒の形相に変え、心の中では野獣の様な叫びを上げ、押し倒されるのを踏みとどまる。
そして右手に力を込め、手の平に爪が食い込み血が出るが、そんな事些細な事は気にせずに、ゴブリンの横顔に全力で殴りつけた。
「ギャミャァァァァ!」
悲鳴を上げゴブリンは地面をバウンドしながら転げ回る。数メートル転がった場所には先ほど手放した棍棒があり、それを手に取ると口から血を垂らしながらフラフラと立ち上がるゴブリンは、クラミを忌々しそうに睨みつける。が、その目に映ったのは――拳だ。
クラミは地面を蹴り上げゴブリンに近づくと、拳を顔面に突き刺し下向きに角度を変え、地面に叩きつける。
それと同時に、横っ腹に追い打ちの蹴りを入れて、吹き飛ばした。
ゴブリンは再度、地面を転げ回り仰向けで倒れる。今度は起き上がれそうにもない。
そしてクラミは地面に落ちている棍棒を拾い、ゴブリンを目指してゆっくりと歩き出す。
「……」
幽鬼の様な表情で棍棒を天に掲げ、ゴブリンに向かって振り下ろした。
棍棒から伝わる触感、骨が砕け肉が潰れる音に、地面に滲み渡る血溜まりと、鉄の匂い。
五感全てで人型の生き物を殺した事を実感するが、あの少女の事を思えば――罪悪感は今のところ無い。
ゴブリンを始末すると、クラミは少女の亡骸に風呂敷のような白い布を被せた。
人を埋めるほどの穴を掘る余裕も道具もない。せめてもの弔いに手を合わせる。
そして棍棒を片手にここを去る。行く宛もなく、ただ草原を歩く。
少し歩くと遠目に地面が剥き出しになっている道らしきものが見えた。
そこを目指し歩くことに。