プロローグ ②
何も無い白い空間に光が集る。段々と人の姿になり、やがて一人の少女が現われた。
「もうどうにでもなれーー!」
その叫びとともに光は消え、へたり込むクラミは間抜けな表情で辺りを見渡し、先ほどと同じ空間に居る事に戸惑う。
「あれ、失敗か?」
「いきなり現われて、煩わしい奴だ」
野太い声が聞こえ、後ろを振り返る。そこには真っ白な鎧を身に纏う大柄な男であろう者が、クラミに悪態を吐く。頭にはフルフェイスの兜を被り、その声に好意は無い。
「スファギ失礼ですよ。彼女は、被害者なのだから」
「はん! アイツの加護持ちだろ? 碌でもない奴だ」
鎧男の隣には、古代ギリシアの女神を連想させる、真っ白なキトンを着た一人の女性が立っていた。スミレの花のように濃い紫の髪は、足下に付くほどに長く伸び、下に行くにつれて段々と白くなる。紫の妖艶さと、白の純白を持つ不思議な女性がベール越しに微笑み、スファギと呼ばれる男を窘めた。
それに対してスファギは、悪びれる事も無くクラミに威圧を掛け、淡々と喋り出す。
「おい、お前に俺の加護をくれてやる。この力を磨け。そして、アイツに一泡吹かせろ」
「あ、アイツ? 誰ですか? そもそも貴方たちは――」
「黙れ、喋るな」
スファギからあふれ出る悪辣な威圧感に、華奢な体と魂を震わせるクラミ。その恐怖にただ息をするのも忘れ、呆然と見上げるしかできない。
その様子に、落胆と失望――クラミに興味も失せ、威圧感も同時に消える。
「もう一度言う、お前は俺が授ける力を磨け。お前如きができる事は、それくらいだ」
「……断る」
力に、その存在に怯え屈するのは漢として悔しく、クラミは精一杯の虚勢を張り、睨み付けて断る。スファギは特に何かを感じる事も無く、全身から光があふれ出し、クラミに放つ。
「今、お前に加護を与えた。精々足掻き、力を身につけアイツを殺せれば、次は俺が相手になってやろう。光栄に思え、震えるだけの羽虫が」
そう言い残して、光に包まれ消えていくスファギ。
「ごめんなさいね。彼は何時もああなの。それよりも自己紹介がまだでしたね。
私は、レスヴィア・ジリャ・ピレイン。愛を司る者です。先ほどの彼、スファギ・アラゾニア・エクサシル。戦を司ってます。それでは私には時間が有りませんので、今から加護を与えます」
申し訳なさそうに謝りながら、自己紹介をしてくれるレスヴィアは、加護を与えてくれると言うが、何故そのような事をしてくれるのかが解らず、怪訝な表情で聞いてみる。
「あ、ありがとうございます。でも何故、俺に……加護を与えて下さるんですか?」
「そうですね、ただ単純にアイツが嫌いだから……きっとアイツは貴女が困った居るのを見て暇つぶしにするんでしょう。だから私とスファギは、貴女に加護を与えます。その力を磨き、アイツの思惑どおりにならないように頑張りなさい」
クラミの問いに答えてくれるが、それは自分に言い聞かせるように、言葉を漏らす。
その顔は険しく、スファギとは、別の威圧感を漂わせ、思わず生唾を飲むクラミ。話題を変えるべく疑問を投げ掛けてみる事に。
「……あのレスヴィア……様、そもそも加護って何ですか? 運が良くなったりするんですか」
「アイツの事だから何も言わなかったのですね。」
その問いに、顔から険しさが消え、柔らかな雰囲気で腰を下ろし、クラミに目線を合わせて話しかけてくれるレスヴィア。それに心の中で安堵の息を漏らす。
「加護とは、私たち神族が持つ権能を少しだけ分け与える事です。先ほどのスファギの権能は、虐殺・傲慢・高揚です。」
「ぎゃ……虐殺ですか」
「貴女は、虐殺者にもなれる心を手に入れてます。それで、私の権能ですが…………嫉妬・愛です。愛する力で、殿方と愛を育み困難に立ち向かいなさい」
「…………は?」
スファギの虐殺という物騒なキーワードを吹き飛ばすほどの衝撃だった。
(殿方? あれ……男って意味だよな……無理だろ)
混乱するクラミを余所に、光り出すレスヴィアは、青い顔になったクラミに対して光を放ち――
「っふんがあぁぁ!」
恐ろしい加護の光を横に転げ回りながら避ける。
「なんで避けるのですか? スファギや、アイツの加護は受け入れて私は嫌なのですか?」
「ちゃ、ちゃうね……違いますよ、話しを聞いて下さい」
レスヴィアは目を細め悲しそうな表情だが、薄らと開けられた目と視線が合うと、クラミを焼き殺すような怒りの炎をもやしているようだ。身震いをしながら、どうにかこの状況を打開する方法を考えるクラミ。
「どうしたのですか? この加護で貴女は、殿方から愛されガールになるのですよ?」
「いえいえいえ! 私は……俺は男ですから! 男同士とか無理です! ごめんなさい勘弁して下さい、誰か助けて下さい!」
土下座をして命乞いをするかのように、謝り続けるクラミ。それを見つめ、ため息を吐くレスヴィア。
「男だったんですか……わかりました。貴女には、女性に愛される……その……加護を与えます。」
「……女性に愛される……加護! お願いします!」
「はぁ……まぁ、私の権能……一つだし…………行きますよ!」
光を浴びたクラミに、レスヴィアが近寄り、クラミの両手を握りながら、心配そうに話しかける。
「どうですか? 体調が悪くなったとか……胸が苦しくなったとか…………私を抱きしめたくなったとか、そんな症状は、出てませんか?」
「……いえ。ダイジョウブデス」
潤んだ瞳でクラミを見つめ、顔を近づけてくるレスヴィア。その態度の変化に、どう対応して良いのかわからないクラミは、たまらずに話しを振る。
「あ! 元の世界! 元の世界に、地球に帰してくれませんか?」
「ヤダ……じゃなくて……アイツのせいで無理なの。アイツが悪いの、うん! 全部アイツのせい。ごめんね。私に力を使う余裕が有れば……」
申し訳なさそうに謝りながら、クラミの胸元に顔を埋めるレスヴィア。もう本当にどうすれば良いのかわからず、戸惑っていると、クラミの体を光が包み込んでくる。この状況に身に覚えが有り、慌てて異世界の事を聞くが――
「あ……そろそろ時間だ。ごめんね? 私も仕事が有るから……又会いましょうね? そうだ、名前! 名前聞いてない!」
「蔵美 善十郎です! あの異世界の話しとか!」
「クラミ……クラミか。スクピドには、モンスターとか居るから気を付てね! モンスターは、人間を食べたり孕ませたりするから。…………向こうに付いたら会いに来てよね! 待ってるからね!」
少年の神と同じような答えしか返ってこなかった事に、苦悶の表情になるクラミ、そんな事などお構いなしに、抱きつき、懇願するように答えるレスヴィア。光が完全にクラミを覆い尽くし、その姿を消す。
レスヴィアは、寂しげに虚空を見つめ、次第に顔を赤らめ、両手で頭を押さえて悶絶し出す。
「うわぁぁ! 自分の加護の力に当てられたのか……はぁ……」
「クラミ……か」
一言漏らしレスヴィアも又、光と共に消え去る。