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ソフィアと話しながら、黒髪のポニーテールを左右に揺らし歩くクラミ。その珍しい色の髪に、遠巻きからガン見され、すれ違う人は振り返る。視線が髪から顔に移れば目を見開き、網膜に焼き付ける。その様を見てソフィアがからかってくる。
「皆クラミを見てるね~」
「男にモテてもね」
男ばかりが見つめてくるそんな現実に、げんなりした表情で吐き捨て女神レスヴィアが与えた加護の事を思い出す。リトスやソフィアが自分に係わってくれるのが加護の力なら、男にモテる理由は何なんだ? などと考え自分の容姿を思い出し、男としての正常な思考で考えると背筋に冷たいものが走り、話題を変えるべく街のことを聞いていく。
「それよりもこの街や周辺のことを教えて貰えませんか? まだ来たばっかりでメインストリートぐらいしか知らないんですよ」
「そうだねー市壁の、私が知っている範囲でね。この街は東西南北に4つの門があって南門の外に畜産エリア。今向かっている所だね。南の街道のその先に鉱山都市オリキオがあるの」
オリキオの名前を出すと遠くを眺め、寂しげに笑うソフィア。クラミが見つめていることに気付くと、直ぐさま柔らかな笑顔を見せて続きを話す。
「それと南は、畜産の関係で臭いがキツいことから貧民層が多いの。一部、南西がスラム化していて危険だから近づかないでね」
クラミが肯くのを確認して、ソフィアは顎に手を当てて考えるように言葉をひねり出す。
「うーむ、次は反対の北側ね。北は基本的に裕福な人たちが住んでいるの。南が畜産だから臭いのしない北に住むのが金持ちのステータスになっているんだよ」
「ソフィアはどこに住んでいるんですか?」
「ふふふ……私は北西の宿を借りて暮らしているんだよ!」
薄い胸板をクラミに突きだしように上体を逸らし、腰に両手を当ててドヤ顔で答えるソフィア。その姿に、胸に穴が開くほど睨み付けてクラミは鼻の下を伸ばしながら答える。
「ソフィアってお金持ちだったんですか! 冒険者として成功しているんですね」
両手で胸元を押さえながら口をとがらすソフィア。
「えっち……まぁー冒険者として成功しているけど、正直別の仕事がしたいね。安定した仕事がね……」
瞑目し言葉を漏らす。その姿になんて答えれば良いか判らないクラミは、頭を掻きながら困った表情になる。
ソフィアと目が合うと、舌を少し出して悪戯ぽい表情を見せてくる。
「冒険者として成功して、お金が有り過ぎて困っちゃうな~」
「うらやましい限りです。今日のお昼ご飯はソフィアさんが奢って下さいね」
「どうしようかな~」などと、戯けて話しを逸らすソフィアに乗っかかり、クラミも軽口を言いながら話しを聞いていく。
「それで北の街道の先には海があるって聞いたことがあるよ」
「海ですか……海水浴とかしたいですね」
海の単語に胸が膨らむクラミ。脳裏浮かぶ自分と同じほどの背丈のリトスは、面積の少ない布地でも堂々と立っていた。抱き癖がある彼女の事だから、クラミに抱きつき目を細めて妖艶な笑みを見せる姿が浮かぶ。そして小ぶりの二つの丘が潰され、その柔らかさを堪能する自分姿。
隣を歩くソフィアを見れば、脳内で勝手に水着を着せる。クラミよりも頭一つ高いその背に、スラリと伸びた手足。そのスレンダーな体で後ろからクラミに抱きつき悪戯してくる姿。
顔を赤くして感慨深い思いに浸っているとソフィアが心配そうな表情で、
「どうしたのクラミ?」
「いえいえいえ。何でも無いです! それよりも西と東の話しもお願いしす!」
「う、うん。西門の先には森があって街道は無いの。この森にはモンスターが大量に住んでいて、そこで冒険者が狩りをしてモンスターコアや素材を採取しているの」
モンスターが強ければ強いほどモンスターコアの価値が上がり、その強靭な皮や牙などは武器や防具として利用されるので、それらを採取して売れば収入が増えるが、逆に弱ければコア以外に収入源が無い。
エライオンの街の冒険者は、高ランクになれば森の中で稼ぎ、中級なら森の入り口付近で狩りをする。駆け出しに至っては、街での雑用や草原のゴブリンを狩る。
「森の中は本当に危険だから絶対に入っちゃ駄目だよ! それと森の先には山脈があって、そこにはお伽話にも出てくる伝説のドラゴンがいるとか、いないとか」
「ドラゴンですか! 本当にいるんですか!?」
ドラゴンという言葉に反応するクラミだが、
「うーん、どうだろうね? 誰も見たことないし、危険だから誰も立ち入らない様にするための話しかな?」
別にドラゴンに対して特別な思い入れがあるわけでも無いのだが、がっかりと肩を落とす。
クラミの仕草に思わず笑みがこぼれ、話しを続けるソフィア。
「西側には主に冒険者が住んでいて上級の私とかは北側、駆け出しなら南側ね。あと南西の奥がさっき言ったスラムなの絶対に行っちゃ駄目だよ」
「それじゃ私も一人だちしたら当分は南側ですね」
「駄目! 絶対駄目! クラミ一人ぐらい私が養ってあげるから!」
真剣な表情のソフィアに気圧され、後ずさるクラミ。
それを見て、咳払いをして顔を赤らめて話すソフィア。
「く、クラミみたいな娘が一人で宿屋に居たら危険だからね! 絶対に北側で宿をとる事」
「あい。そもそも何でスラムがあるんですか?」
「モンスターとの戦いでビビって、冒険者として戦えなくなった奴が集まってスラムになったんだよ」
吐き捨てるように言うソフィア。どこか憎々しげな表情だ。
「街での雑用くらい出来るくせに、「はした金だからやらない」なんてほざく奴らなんだよ。南側に住む人を恐喝したりしてお金をせっびて、騎士が来たら逃げ出すカスだね」
「…………」
その話を聞きクラミも怒りを覚えるが、気になることがあった。
「冒険者が怪我を負って働けなくなったらどうなるんですか?」
「部分欠損なら南側にそういった人向けの仕事場があるからそこで働くんだよ。動けないほどの重傷者なら――」
世界の厳しさに冒険者として、人としてこの異世界で生きていく自信が揺らぎ、ソフィアが安定した仕事を探している理由を知る。
「まーあれだよ。一人で無茶しない、危ないと思ったら直ぐに逃げる、他人を信用しない。それで私は生きてきたしね」
その言葉を聞きソフィアから離れ出すクラミ。しかし直ぐにソフィアに手を捕まれ、
「もう遅いよ~クラミは悪い冒険者に捕まったんだよ」
「これからどうなるんですか?」
怯えた演技をしながら棒読みの台詞を吐くクラミ。
「勿論、私に悪戯されながら仕事をするんだよ~」
「うん、ありがと」
ソフィアに手を握られ歩き出す。クラミはソフィアに感謝しつつ不安を振り払い、笑顔を見せると――頬を赤らめたソフィアが顔を逸らして話す。
「次は東ね! 東門の街道はこの国で一番有名な街道なんだよ」
「そうなんですか? 確かに赤いレンガで綺麗に舗装されてましたけど……門の先は普通の道でしたよ?」
怪訝な表情で聞いてくるクラミ。どうして有名なのか考えるが全然思いつかない。ソフィアを見ると誇らしそうに話す。
「東の街道の終着地点はブレ家の門なんだよ。この街道の出発地点に戻ると王都にたどり着き、その先には王城があり、謁見の間まで一直線なんだって」
「それは……なんて言うか、ロマンがありますね」
改めて自分が大物の人物に厄介になっているのを自覚する。自分とたいして変わらない年齢で、街の領主として、ブレ家当主として仕事をするリトスの事を尊敬していると、
「一説には初代ブレ家当主と、その第の王がね……男同士の……愛――」」
「ストップ! それ以上はいいです」
変な事を言い出すソフィアの言葉を遮り、なんとも言えない感情に蝕まれるクラミであった。